097 四つ巴

 エリアが狭まっていく。


 最後は乱戦になるだろうとは思っていたが、シャリーが最後まで残るのは予想外だった。

 俺の予想は、カルタだったからだ。


 だがシンティアが相打ちに持ち込んだ。

 

 彼女は俺の為に頑張ったのだろう。

 それぐらいわかっている。なら、優勝を届けるのが筋だ。


 次のエリアに移動しないといけないが、残っているのは厄介な奴らだ。


 近距離戦に特化しているデューク。

 いくつも罠を仕掛けているであろうシャリー。


 アレンは、カルタの飛行魔法も使える上に、俺の知らない組み合わせだってある。

 使いすぎると副作用があるとはいえ、一番有利なのはあいつだ。


 だが――おもしろい、なんておもしろい状況だ。


 単純な戦力でいうと、落としやすいのはシャリーだろう。


 だがそれぐらいわかっているはず。


 この状況であえて顔を出し、デュークを守ったのは、自分の罠だけじゃ俺たちを倒せないからだ。

 一番有利な場所を取り、そして俺たちを戦わせるのが目的だ。

 さらにあいつは、まだ古代魔法具を隠し持っている。


 原作で、デュークはどの試験でも上位だった。


 オリンとリリスを撃破したところも見ると、原作以上に強いのは間違いない。

 そして責任感が強いリリスは、俺に申し訳ないと思っているだろう。


 彼女の為にも、俺は絶対に勝つ。


 だがまずどう動くのが正解か――。


「あーくそ、まどろっこしいなぁ! 俺は考えるのをやめた。近い奴を倒す、ただそれだけだ!」

 

 するとデュークが、そんな俺の考えを嘲笑うかのように叫んだ。

 はっ、お前は単純でいいな。


 けどまあ――それもありかッ!!


 縮小していくエリアを横目に、俺はデュークにふたたび切りかかる。


 それを見たデュークは、右拳を突き出して受ける。

 間髪入れずに左拳で脇腹を狙ってくるが、俺は避けずに不自然な壁アンナチュラルで受け止めた。


「はっ、ずりいんじゃねえのかあ?」

「そうかもな」


 そのままデュークに前蹴り、後ろに大きく吹き飛ばされていくが、倒れることはなく踏みとどまる。

 だがその瞬間、後ろから俺に剣を振りかぶってきたのは、アレンだ。


 不可侵領域バリアが発動し、空中で魔法陣の術式が発動する。


 自動発動なので魔力の消費は大きいが、ココのおかげで随分と低減されている。


「――閃光タイムラプス


 急ぎ振り返るも、次の瞬間、アレンの目が漆黒に移り変わる。

 バリアの術式が破壊され、剣の勢いは殺さず、俺の顔に向かってきやがる。


「物真似野郎がッ!」


 俺は魔法剣デュアルソードで受け止める。だが思っていたよりも圧力が強い。

 その後ろでは、エリア縮小の結界が見えている。


「やべっ、やーめた。じゃあな!」


 シャリーの気配はない。後ろのデュークも退く判断をして離れていく。

 すぐに前言撤回できる柔軟性は、あいつのバカでいいところだ。

 

 だがアレンは退かない。


 おそらく飛行魔法を持っているアドバンテージを生かし、俺を足止めしたいのだろう。


「面白いが、続きは向こう・・・でだッ!」

「いかせないよ――ヴァイスッ!!!」


 俺とアレンは、禁止エリアが触れるか触れないかの間で前に進みながら競り合う。

 少し触れた瞬間、カウントダウンが発生し、何度か二人とも全損しそうになる。


「はっ、アレン、腕をあげたみたいだな」

「ああ、僕はっ! 君に勝つんだ!」


 身体強化を何重にも付与しているのだろう。

 こいつ、副作用のことは度外視か。


 しかし悪いが俺には、頼れる相棒・・がいるんでな。


「デビビッ!」

「――なっ!?」


 無言で後ろから近づいたデビが、アレンを捕縛する。


 魔力をいつも以上に与えているので、力も相応に強くなっているだろう。

 そのタイミングで、俺は不自然な壁アンナチュラルを空中にいくつも出現させて、思い切り駆ける。


 地上ではどんな罠があるのかわからないからな。


「――じゃあなアレン」


 エリアの縮小がアレンに触れる。

 奴の脳内にはカウントダウンが発生しているだろう。


 後ろも振り返らずに空を駆けていると――なんと爆発音が聞こえた。


 その音、その術式、遠くからでもわかる。


 ――はっ、あいつ、魔族もどきの技を模倣してやがんのか。


 同時に、デビが消えた・・・のがわかった。


 だがデビの魔力は完全には四散しない。

 一時的に消えた後、俺の身体に戻ってくる。


 しかしすぐに呼び出すことはできない。だが役目は十二分に果たした。


 ――悪いなデビ、お前にも勝利を届けてやる。



 残る最後のエリアが、視界の先に現れる。

 木々が多かったみたいだが、今はまちまちだ。

 なぜなら、先に辿り着いたデュークバカがご丁寧にも両拳で吹き飛ばしてやがる。


 シャリーの罠を警戒しているのだろう。

 まあ俺にとってはありがたいが。


 彼女がどこに隠れているのかはわからない。


 最後の戦いだ。


『エリア縮小、エリア縮小』


 この試験は本当にうまく作られている。

 優勝を目指せば、それだけポイントが全損する可能性は高まっていく。


 おそらく勝ち進んでた奴の中にも、途中で負けたほうがいいと思った奴がいるだろう。


 だが俺たちのように優勝しか考えていない場合は、それだけ危険性が増す。


 後ろを振り返ると、禁止エリアから猛スピードで飛んでくるアレンがいた。

 空中で戦うのは得策じゃない。


 不自然な壁アンナチュラルを解除し、地面に着地すると、が発動した。


 シャリーは精霊の力を借りているので、俺の閃光タイムラプスでも見破るのは至難の業だ。

 特にここ最近は、隠蔽魔法の上達が目覚ましい。


 罠は魔力の束縛。いくつもの植物の蔓が、俺の手足に絡みつく。


「おおっ? さっきと逆転じゃねえか! ヴァイス!」


 迫りくるはデューク、千載一遇のチャンスだと思ったのだろう。


 だがこの縮小されたこのエリアは――俺も喉から手が出るほど欲しかったものだ。


 植物の魔法罠を、闇魔力をまとわせてはじき返すと、地面に手を置く。


 ――癒しの加護と破壊の衝動。


 今いるエリアはそこまで広くない。すべてを覆う勢いで地面の魔法陣が広がっていくと共に、いつもとは違う術式を組み込んだ。


 それは――。

 


 ――ドゴォオアアン。


 いたるところから、魔法のエフェクトが発生する。

 土が盛り上がり、植物が暴れ倒し、水が発生し、一部は大津波のように襲い掛かる。


 炎が燃えさかり、いたるところから爆発音が聞こえる。

 そのすべてが近くの対象物に襲いかかり、無造作に発動した。

 まるで天変地異だ。


 シャリー、お前一体、いつから罠を仕掛けていたんだ。


 それにこの罠の数、間違いない。古代魔法具は、魔力増強に注いだのだろう。


「な、なんだよこれ!?」

「――クッ!」


 デュークが叫び、地面に降り立ったアレンが叫ぶ。

  

 俺が組み込んだ術式は、疑似的な人型の魔力だ。

 あえて対象が触れたと思わせて、シャリーの罠を一掃した。


 だが正直目を疑った。


 あらかじめエリアを予想していたとしか思えない。即席ではないだろう。

 エリアはランダム、だがシャリーはそれを見抜いていた。


 ははっ、おもしろいぞ、お前らは本当に!

 

 俺は、罠の回避で必死になっているアレンに剣を振りかぶる。

 

 俺を罠の対象から外している・・・・・ので、襲われることはない。


 その瞬間、シャリーが地面から飛び出し、デュークに向かって魔法を放つ。

 俺に罠が解除されて今しかないと思ったのだろう。


「私が勝つ!」

「はっ、かかってこい、シャリー!」


 同じようにデュークも必死だ。



「どうしたアレン、お前はその程度か!」


 俺の言葉が効いたのか・・・・・、アレンは魔力をかなり消費して飛行を使った。

 この瞬間、抜け出さないとやられるとわかったのだろう。


 続けざま身体強化、閃光を詠唱、剣を振りかぶってきたが、同時に冷気を感じる。

 シンティアの属性を付与した絶対零度の聖剣ホーリーソード


 チートの詰め合わせみたいな攻撃だ。


 だが俺はそれを受け止める。魔法剣デュアルソードが凍っていくが、その前に閃光タイムラプスで術式を解除しながら、絶対零度を防ぐ――。


 エリアが、更に縮小していく。


「負けない、僕は、負けない!」

「ああ――俺もだ!」


 シンティアは、リリスは、俺を信じてる。デビも俺の為に消えた。

 セシルも原作を超えて強くなった。


 俺は、絶対に勝つ。


 競り合いしていた剣を弾き飛ばす。

 そして――。


「――高速移動ファストムーブメント


 シエルが使っていた高速移動魔法。それを、不自然な壁アンナチュラルの術式の上で発動させた。


 ロケットスタートみたいなものだ。足が触れた瞬間、俺の身体が前に飛び出る。


 突殺――。


 アレンは身動きが取れない。

 だが奴もただでは死なない。


 ――防御シールド


 驚いたことにココとまったく同じ術式を発動させた。


 それも――四重を連続で。


「大した野郎だな、お前は!」


 俺の剣が、アレンの防御シールドにぶち当たると、ガラス塊を割り割くような大音響とともに、微細な欠片となって飛散した。

 だがそれは一枚目のみ、続く二枚目を閃光タイムラプスで破壊する。

 しかし三枚目で剣が止まる。ヒビが入るも破壊できない。


「僕は! 勝つんだ!」


 アレンは体勢を立て直し、上段からの横薙ぎ払いで俺の首を取ろうとした。

 凄まじい速度だ。


 だが俺は避けない。


 ――不可侵領域バリアが自動発動し、受け取める。


 二人とも引かない。お互いに防御を魔法に任せて、攻撃特化だ。


 どちらの刃が先に到達するのか勝負だ。


「ヴァイス――!」

「アレン――俺は勝つ!」

 

 そのとき――後ろからシャリーが迫りくるのがわかった。


『デューク・ビリリアン、脱落。シャリー・エリアスにポイントを付与』


 流れる――アナウンス。


 シャリー! お前は本当は死ぬはずだった。

 デュークは強い。

 いくら強くても、それ以上は超えられないはず。

 

 だがお前も、原作を超えたかッ!


 後ろを視る余裕はない。だがわかる。


 あいつはアレンじゃなく、俺を狙ってるはずだ。


 ならば急いで、こいつを倒す――。


「アレン――これで終わりだ――」


 三枚目の防御を突き破り、四枚目に到達、俺は全ての魔力を剣に込める。

 同時に、背中に剣が突き刺さったのを感じた。


 だが二つ目の不可侵領域バリアが発動し、俺を守る。


 だがシャリーの攻撃が予想よりも強い。

 おそらくすべての魔力を剣に込めている。俺がすぐに反転できないとわかっていて、防御に回す魔力を剣先に乗せたのだろう。


「私が、勝つ――」


 シャリーもアレンも、最後の力を込めている。


 俺のバリアにヒビが入っていく。


 同時に禁止エリアが三人の身体に触れる。


 だが――。


「――俺は、絶対・・に負けない!」


 俺は、俺の剣は、アレンの防御シールドを破り、奴の身体に到達する。


 しかし、その瞬間、シャリーの刃が俺の背中に当たった。


 訓練服から魔力が一気に溢れ出る。


 だが俺はわかっている。


 シャリー、お前のことを――。


 俺は、あえてアレンへの攻撃を止めて、魔法で思い切り吹き飛ばした。

 禁止エリアの中に、アレンが吸い込まれるように飛んでいく。


 後数秒もすれば、奴はポイントを全損するだろう。


 そして――。


「――アレン」


 シャリーは頭がいい。それに気づいて、アレンに注意が向いた。同時に、力が少し弱まる。その瞬間、俺は反転し、シャリーの剣を叩き折る。


 そしてシャリーの心臓を突き――堕とす。


『シャリー・エリアス、脱落。ヴァイス・ファンセントにポイントを付与』


「アレン、アレン――」


 強制転移、シャリーの体が薄くなっていく。

 だがシャリーは自分がやられたことよりも、アレンに手を伸ばしていた。


 そして俺は、急いでアレンに視線を戻す。


 ――なっ!?


 だが驚いたことに、とんでもない魔力砲が飛んできていた。


 あいつは大きく吹き飛ばされながらも、最後の力を振り絞り、カルタの魔力砲を撃ちやがった。


 普通なら飛行魔法でエリア内に戻ろうとするだろう。


 だがポイントの全損に怯えることもなく、最後の最後まで、俺を倒そうとした――。


「お前は本当に――面白い奴だ! ――全防御フルシールド


 しかしその魔法は、俺には届かない。

 ココとの訓練がなければ、もしかすると俺は負けていたかもしれない。


 身体を覆う強固な防御が、アレンの魔力砲を防ぐ。


 丁寧な術式に加えて、闇と光の加護で覆われている。

 魔力砲が上下左右に四散していく。


 このままだとアレンはポイントを全損するんだろう。


 だが俺は、完全に勝つ。


「――アレン、俺の勝ちだ」


 そして俺は小さく呟きながら、アレンの心臓目掛けて魔力砲を放つ。

 鋭く、細く、そしてアレンに貫通し――。


『アレン、脱落。ヴァイス・ファンセントにポイントを付与』


 その瞬間、禁止エリアが俺の身体を覆う。


『バトル・ロワイヤル終了、バトル・ロワイヤル終了、優勝者――ヴァイス・ファンセント』



 ――――

 ――

 ―



 砂浜に戻ると、ノブレス下級生の全員が待っていた。

 いち早く駆け寄ってくれたのは、もちろん、シンティアとリリスだ。


「おかえりなさいませ、ヴァイス」

「ああ、ただいま」

「見てましたよ! 格好良かったです!」

「……見てた?」


 すると後ろでは、ココが結界を通して戦闘が見られるように、投影魔法をホログラムのように出していた。

 予め術式を付与した場所のみ、見れるようにできたはずだ。


 ……そういえば、そんなものあったな。


「くそー、シャリーてめぇ! 吹き飛ばすの反則だろうがよお!」

「これは試合よ。ま、まともに戦っても勝てたけどね」


 なるほど、そういうことか。

 デュークを吹き飛ばし、ポイントの全損する代わりに魔法を放ったのだろう。

 彼女の右手には見たこともない腕輪をしていた。これが、シャリーの古代魔法具か。


 そして――。


「ヴァイス、次は勝つ」


 後ろから歩いてきたアレンが、屈託のない笑みで俺にそう言ってきやがった。

 こいつは戦うたびに強くなる。


 それに絶対に後ろを振り返らない。

 ったく、こいつの心はどうやって折れるんだよ。

 

「それにありがとう、最後に僕を――」

「黙れ。お前のポイントが欲しかっただけだ」


 言葉を遮ると、俺はアレンから視線を外す。

 なれ合いは必要ない。俺が欲しかったのは、完全勝利だ。



「ヴァイス」


 するとミルク先生が、俺を迎えてくれた。


「……今回は頑張りましたよ」

「一日目で終わらせれば百点だったが」

「ははっ、そうですね」


 しかしやっぱり厳しい。

 原作より強いんですよこいつら! と、たまにはわがままを言いたい。

 そんなの許されないが。


「だがよくやった」

「――ありがとうございます」


 そして、セシルもいた。


「ファンセントくん、おめでとう」

「ああ」


 何か言おうとしたが、思いとどまる。

 俺はセシルを倒した。余計な言葉は必要ないだろう。


「次は勝つから」

「はっ、楽しみだな」

「……とりあえず、今日の夜はバトル・ユニバースしない?」

「なんでそうなるんだ」

「なんとなく」

「また今度な」

「ズルい……」

「はっ、たまには勝ち逃げさせてくれ」


 悲し気な真似をするセシル。そうか、本気の戦いで負けて終わるの経験が少ないのか。

 だがこの余韻は渡さない。


 その後、シンティアはカルタと仲良く話していた。

 リリスとオリンはデュークと。

 もちろん、他の下級生たちもだ。


 ノブレスでは、試合を通じて絆を深めていく。

 遺恨はなく、みんなが必死で戦って、そして笑い合う。

 

 それが原作でも人気の理由だった。


「すぐに船が出発するみたいです。――ヴァイス、行きましょうか」


 そして、シンティアが手を差し伸べてくれた。

 その後に、リリスが声をかけてくれる。


「ヴァイス様、今日はお風呂でゆっくりしましょう!」

「脈絡はよくわからんが、まあ確かに湯舟でゆっくりはしたい気分だ」


 さすがに今回ばかりは頑張りすぎた。

 今日ぐらいは怠惰に過ごそう。


「ヴァイス、褒美・・はまた後日、伝えるな!」

「あ、はい」


 するとダリウスが、俺にそう言ってくれた。

 すっかり忘れていた。なんだろうか。まあでも、ノブレスの飴は割と期待できるか。


 船に乗り込んだ後、ほどなくして出航した。

 リリスが飲み物を取って来るといって、俺とシンティアは二人きりになる。

 

 甲板の上、小さくなっていく無人島を眺めながら、思いをはせる。


 原作でこの試験を優勝するのは非常に難しかった。

 それでも、俺は制覇クリアした。


 俺の願いは、破滅回避だけじゃない。


 俺を慕ってくれている人を守ることもだ。


「シンティア、ありがとう。お前のおかげだ」

「……何のことですか?」


 わかっているだろう。ま、俺に気を遣わせない為か。

 まったく、俺には勿体ないくらいの婚約者だ。


「愛してますわ、ヴァイス」

「俺もだ」



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