096 七日目

 七日目、最終日。


 禁止エリアがどんどん増えて、無人島の半分以上が入れなくなった。


 終了まであと数時間。残っているのは、デューク、シャリー、そして――ヴァイス。


 僕は誰が相手でも遠慮しない。


 この試験、絶対に優勝してやる。


『禁止エリア、A-1 A-2 A-3 A-4 A-5』


 そして、最後の禁止エリアが発表された。

 地図を確認する、連続で並んでいる。


 なるほど……最後は全部が消えるのか。


 今までは順番通り消えていった。つまり、最後はA5だ。

 

 なら、急いでここへ向かう必要がある。


 誰よりも早く、いい位置を取る為に。


 ――よし。


「――カルタさん、使わせてもらうよ」


 僕は、ゆっくりと能力ギフトを発動させた。

 といっても、特別なことは何もない。


 魔力とは違う、ナニカが身体の中にある。

 

 それを呼び起こす。


 模倣した魔法は、僕に適していないほどものほど身体に負担がかかる。

 痛みなんて当たり前で、使いすぎると、魔力が一定期間使えなくなったり、意識を失ったりする。


 当たり前の副作用だ。それを有り余ってでもおつりがくる。


 理由はよくわからない。

 なぜ授かったのか。なぜ僕だけが使えるのか。


 卑怯だとわかってる。他人が一生懸命に編み出した力を、横からかすめ取っているだけだ。


 だけど理想を高らかに語るだけじゃ、不可能を可能にはできない。


 感謝はしても、後悔はしない。


 身体がふわりと持ち上がる。風が、僕を歓迎してくれる。


 杖もなく、特別な操作もいらない。


 前にがけ下へ落ちたヴァイスを助けたときのように、僕は空に上がっていくと、すぐにエリアに向かった。


 だがいつまでも使えない。カルタさんの飛行魔法は、それだけとてつもない力だ。


 だけど空を飛ぶのは気持ちがいい。

 カルタさんは、いつもこんな景色を見ているんだろうか。


 そのとき、地面がキラリと光る。


 ――いや、違う。


 魔法? いや、――衝撃波だ。


「――くっ」


 咄嗟に回避するも、二発目、三発目と続いてくる。

 その一つが右足に当たり、軽いがダメージを負う。


 このまま飛び続けてもいいが、今ので魔法耐性が発動し、魔力を消費してしまった。


 これからのことを考えると――。


 僕は、ゆっくりと地面に降りる。

 

 エリアが狭くなっていく。


 もう少しで辿り着けたが、仕方がない。


 木々の間から姿を現したのは――。


「よお、アレン」


 わかっていたが、デュークだ。まるで今から戦うかのように内から漲る魔力。

 七日間も戦っていたはずなのに、疲れた様子は一切ない。

 攻守ともにバランスが取れている身体強化が、それを支えているのだろう。。


 だけど僕が何よりも尊敬できるのは、強靭な肉体よりも、その精神だ。


 弱音を吐いたところなんて、今まで一度も見たことがない。


「ここで戦うと、後が不利になるかもよ」

「ま、そん時はそん時だろ?」

「ははっ、君らしいね」

「褒めても拳しか出ねえぜ」


 デュークは、魔力を一切乱さずに構えた。


 彼は騎士の家系だ。僕と違って、幼い頃からキチンとした訓練を身に着けている。


 だが、彼には魔法の才能がなかったらしい。

 貴族は魔法を扱えるのが普通だ。内に秘めた魔力があっても、騎士家系でも、それは別。


 だけどデュークは、そんなことどうでもいいと言っていた。


 他人なんて関係ない。オレは、オレだと。


 その言葉は、僕に凄く刺さった。

 卑怯な能力ギフトを使うことはダメだと思っていた。


 だけど違う。


 デュークの言う通り。僕は――僕だ。


 ゆっくりと、武器を構える。


 聖剣ホーリーソード。それが、僕の専用の武器だ。

 古代魔法具は驚くほど手に馴染んだ。


 手に取って魔力を漲らせると、光の加護が剣を生成し、同時に僕の身体を覆ってくれる。

 デュークの身体強化パワーアップが、自動で発動しているようなものだ。


「行くぜ、アレン!」

「ああ――デューク!」


 お互いに真正面から駆ける。デュークと戦うのは好きだ。

 力と力のぶつけ合いができる。


 まずは一撃、思い切り振りかぶると、デュークは右拳で剣を受け止めた。


 一歩間違えれば体が切られるのに、怯えは一切ない。


「いいねいいねえ!」


 間髪入れず、左わき腹を狙った拳が飛んでくる。

 だけど僕は、構わずに剣をずらし、デュークの頭部を狙う。


 なぜなら、回避する理由がないからだ。


氷壁アイスシールド――」 


 シンティアさんの魔法だ。攻撃が当たる寸前に、小さな壁を作る。

 デュークの拳が当たると、バキバキと割れながらも受け止めた。

 もちろんそれだけじゃない。シャリーの魔法を付与し、硬質化させているので強化されている。


 デュークは驚きながらも笑っている。


 だが――僕の剣が当たる――。


 しかし。


 ――カキンッ。


「あふぇえなあ」

「とんでもないな、キミは」


 だがデュークは、顔を横に傾けて、魔力を使ったのか、歯で剣を受け止めた。

 確かに氷壁に力を割いていた分、威力は少し弱くなっていたが、ありえない。でもありえないからこそ――防がれた。


「ったく、やっかいな剣だぜ」

 

 ペッと吐き出すと、ふたたび拳を振りかぶってきた。

 一旦後ろに跳躍し、距離を取る。


 聖剣ホーリーソードのいいところは、実体があってないようなものだ。

 いわゆる武器破壊ができない。


 デュークはそれが得意だ。ある意味では、天敵に近い武器だろう。


 だけどこれはほんの挨拶代わりだ。

 

 もっと、もっと能力ギフトを――。


 するとデュークが、手のひらを見せてきた。

 いや、その後に、指をさす。


 後ろを見ると、エリアが狭まってきていた。


「やっぱタンマ。一旦下がらね? ま、このままでもいいけど」


 確かにこのままでは優勝・・できなくなるかもしれない。


「……乗った」

「はっ、そういってくれるとおもったぜ」


 デューク先に駆け、僕が後ろから着いていく。


 もちろん気は抜いていない。不意打ちをしてくるタイプではないが、残りの二人は違う。

 それが卑怯だとは思わない。


 ただのタイプの違いだ。


 そしてそれが――現実となる。


「ぬおおあっ!?」


 次のエリア外に出ようとした瞬間、地面が、まるで泥のようになっていく。


 デュークのだけじゃない。僕の足元もだ。

 更に魔法糸が付与されているので、身動きが取れない。それも、何重も付与されている。


 他属性の魔力も編み込んでいるのか、うまく解除できない。


「くっ――クソ、とれねえぞ!?」


 あのデュークですらあがいている。

 カルタさんの魔法を使うか? いや、まだ早い――。


 しかしそれだけじゃなかった。


 続いて、魔力砲が飛んでくる。

 鋭く、属性が乗っている分、強い――。


 僕は身動きが取れなかった。だけど魔法、不自然な壁アンナチュラルでそれを防ぐ。

 ヴァイスの魔法は、全属性に対応している。


 デュークは笑ってしまうが、殴りつけて破壊していた。


 その先、木々の間で次の攻撃を仕掛けようとしていたのは、シャリーだ。


「クソ、ずりいぞシャリー!」


 デュークが叫ぶが、いや、おそらく彼女はこの為に最後まで姿を現さなかったのだ。


 彼女は頭がいい。

 残ったエリアは、全て彼女の罠があると思って行動すべきだ。


 しかしそのとき、シャリーが突然に木々から飛び降りた。

 いや、違う――後ろからの攻撃を回避したのだ。


「ほう、やるじゃないか。――しかし滑稽だな。二人そろって泥沼で休憩か?」


 そこに現れたのは――ヴァイスだった。


「おいおい、タイミングがずるいんじゃねえのか?」

 

 デュークの言う通り、最悪だ。

 だけどここでのんびりしてるわけにはいかない――。


「ハアァツ!」


 僕は――閃光タイムラプス身体強化パワーアップを使って、泥の術式を破壊する。


 見た目は泥だが、これは魔法でできたものだ。

 すると泥が、土に戻って身体が押し上げられていく。


「物真似野郎の前に、お前からだデューク!」


 しかし目の前にデュークは、ヴァイスに首を切られそうになる。


 だが――。


「悪いなヴァイス、これは二回目だぜッ!」


 思い切り足で泥をけり上げ、ヴァイスに付着させる。

 だが、ヴァイスはそれを読んでいたらしい。


 不自然な壁アンナチュラルで泥をすべてを防ぎ、そのまま一刀両断――。


「私の獲物よ――」


 だけどそれを守ったのは、なんとシャリーだった。

 木の植物を伸ばし、何重にも重なった蔓が、デュークの目の前で、ヴァイスの剣を止める。


 そのタイミングで、シャリーは泥の魔法をあえて解いた。

 デュークは勢いよく飛び出す。


「はっ、ありがとな! シャリー!」

「助けたわけじゃない。――勝つためよ」


 そう、シャリーだって本気だ。

 デュークが今ので落ちると、位置関係的に僕よりもシャリーが狙われる可能性が高かったはず。

 あえて助けることで、自身を有利に運ばせたのだろう。


『エリア縮小、エリア縮小』 


 そして、エリアが狭くなっていく。

 近距離戦はデュークが有利だ。


 だけど次のエリアに移動しなきゃいけない。そこにあるのは、シャリーの罠。


 想像していたが、とても厳しい戦いだ。


「はっ、アレン、楽しいよなあ!」

「え?」

 

 デュークの言葉でハっとなる。

 僕は笑みを浮かべていたらしい。


 絶体絶命、これからとんでもない戦いが起きるにもかかわらず。


 ……そうだ。おもしろい。戦うのは、楽しんだ。


 僕も、うすうす気づいていた。


 世界を守りたい。誰も傷つかない世界を作りたい。


 だけど、僕だって男だ。


 戦うのが――好きだ。


 いつもヴァイスに遅れをとっている。


 今回は、絶対に――勝つ。

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