094 決意

 急いでその場から離れる。

 木々の間を縫うように高速移動をしていると――。


 ――ゴォオォォオン。


 カルタさんは、私に向かって魔力砲を何度か放ってきます。しかしこれはただの威嚇。

 彼女の魔法には属性が乗っていません。


 飛行魔法は無属性。


 威力はすさまじいものの、属性による追加攻撃はない。


 ですがそれゆえに魔力消費の効率がよく、ありあまる魔力量と合わせてとんでもない力を発揮する。


 遥か上空。

 森の中にいる私を、カルタさんは視ている・・・・。隠れることは無意味でしょう。


 靴裏に氷を漲らせ、魔力で覆う。

 そして地面に触れたところを凍らせていく。


 それによって、私はいつもの数倍以上早く走ることができる。


 魔力消費は大きいですが、非常に使い勝手が良いです。


 そして私は、視界の先に次のエリアへの境界線・・・を見つけました。

 そびえたつ巨木、あらかじめ記憶していたので、それが境目だとわかります。


 次の瞬間、何倍も速度あげていく。


 カルタさんも驚いているはずです。想像以上の速さに。


 しかし――カルタさんは、一度だけではなく、二度、三度と凄い力で魔力砲を放ちました。


 天から注がれる光は、まず私を足止めし、残りは完全に道を――塞ぐために。


 砂埃が消えると、また同じように、いやさっきよりも凄まじい巨大な穴が姿を現しました。


 超えようもとのなら、間違いなく叩き落されるでしょう。


 今からカルタさんに戦いを挑んでも、すぐに禁止エリアとなります。

 間違いなく勝てない。もし勝てたとしても、ポイントを全損。


 私に残されたのは、この場に立ち尽くし、カルタさんの攻撃をあえて受けること。


 魔力を眼に漲らせ上空を見上げる。

 カルタさんは、しっかりと私を見ていました。

 

 手のひらを向け、魔力を漲らせる。


 数秒後、彼女は魔力砲を放つでしょう。


 しかし――。


「カルタさん、本当の勝負はこれからです」


 ◆


 シンティアさんは、私を見上げている。


 今の状況を理解しているに違いない。


 初めから道を防いでも良かったが、それだと思考の猶予を与えてしまう。戦いを挑んでくるしかなくなるはず。


 私はシンティアさんを侮っていない。彼女の刃が、もしかすると私に届くかもしれないからだ。


 だけどもう、時間の猶予はない。


 私は、彼女から攻撃を受けない空から攻撃を放つ。


 ただの魔法じゃない。


 これは、退学か敗北を天秤にかけた攻撃だ。


 卑怯な作戦、だけど私は――それでもいい。

 

 全力で今できることをする。


 それが、ヴァイスくん、そしてセシルさんから教わったこと。


 禁止エリアが、シンティアさんの間近に迫る。


 私の魔法が、シンティアさんに辿り着く――。


 シンティアさんは動かない、いや動けない――。


 これで私の――。


防衛氷壁アイスシールド


 しかしシンティアさんは、両手の平をかざし、とんでもない魔力量を使って、私の攻撃を防いだ。


 どうして、なぜ!?


 後数十秒もすれば、禁止エリアがシンティアさんの身体に触れる。


 わけがわからない。ここから手なんてないはずなのに。


 そしてシンティアさんは、さらに私に魔法を放ってきた。


 遠距離から正しく魔法を放つのは非常に難しい。


 命中精度、魔法収束率、威力も著しく下がる。


 だけどシンティアさんの氷魔法は凄い。


 触れるだけで強属性攻撃が乗るので、それだけ魔法耐性を高める必要がある。


 しかし私は魔法を簡単に回避した。

 的確に狙えているだけでも凄いのだが、遠すぎるからか、速さ・・が圧倒的に足りない。


 しかしそれは……ただの時間稼ぎだった。


 シンティアさんは、空高く舞い上がってきたのだ。


 それも、氷の翼・・・で。


 訳が分からない。シンティアさんはとてつもなく速い速度で移動していた。

 それだけ魔力を使ったはずだ。

 さらに防御魔法、攻撃魔法、飛行魔法を、もうほとんど残っていないはず。


 なのになぜ、勝てない戦いを挑んでくるの!?


 さらにシンティアさんは、無言のまま氷剣グラキエースを構えた。

 絶対零度、触れるだけで大ダメージを負う。


 しかし同時に背中の翼が、魔力の使いすぎで四散していく。


 理解不能だ。もし私に勝てたとしても、禁止エリアでポイントが全損する。


 だけど可能性を一つだけ考えていた。


 私はシンティアさんが古代魔法具アーティファクトを使ったところをみたことがない。


 もしかすると、私の知らないとんでもない力を持つ可能性がある。

 転移や移動の類かもしれない。それか、私へのカウンターで何かが発動するかもしれない。


 そしてシンティアさんは、まっすぐ私に向かってくる。

 氷の翼はただの飛行イメージで、羽ばたきはしない。

 魔法はイメージの世界。

 飛行を成功させる為にあえて構築したのだろう。


 凄い才能だ。だけど――遅い。遅すぎる。


 私は攻撃をかわすと同時に魔力砲を放つ。


 これで……終わりだ。


 しかしシンティアさんは、ふたたび氷防御・・で攻撃を防ぐ。


 ――訳が、わからない。


 もう時間がない。

 シンティアさんが逃げるつもりがないのなら、私が全力で倒せばいい。


 私は、かなりの魔力を練り、魔力砲をシンティアさんに向けて放つ。


 空気を押し返すかのように音が響き、シンティアさんに向かっていく。


 できるだけ温存したかったが、仕方がない。


 残り少ない魔力で防げる生易しいものじゃない。

 回避したところで、シンティアさんが私に向かってくる時間の猶予はない。


 もし向かって来たとしても、シンティアさんの攻撃が届く前にここから全速力で脱出する。


 そうなると、シンティアさんは退学になる。


 これが彼女にとっても、最後のチャンス・・・・


 絶対に攻撃を受けるはずだ――。


 そのときシンティアさんは――氷の翼を解除した。いや、魔力が尽きた?


 受けるでも、避けるでもなく、ただ――墜ちていく。


「――なぜ、なんでどうして」


 私は、隣のエリアまで全速力を出せば二秒もかからない。


 落ちていくシンティアさん。


 このままだとポイントが全損する。


 魔法を放って倒そうにも、今使うと飛行に影響がある。


 だから……離れなきゃ。


 だけど――。


 そしてついに、禁止エリアが私たちの身体に触れる。


『禁止エリアです。残り十秒以内に脱出してください。ポイントがゼロになります』


 ……いや、間に合う。全速力でシンティアさんの元へ行き、直接攻撃をして、離れればいい。


 ポイントを得て、完全勝利を収める。


 私は短刀を取り出す。

 

 ……考えるな――飛べ――。


 そして私はおそらく、今までの飛行魔法で一番早く動いた。


 風切り音が耳に響く。


 私自身、その速度に驚いた。こんなにも早く動ける自分に。


 これなら、余裕で間に合う。


 そして私は、シンティアさんの元に辿り着く。


 心臓に一突き、そうすれば一撃で落ちるはずだ。


 私は短刀を前にかざし、シンティアさんに一撃を与える――。


 ――カキンッ。


 だが驚いたことに、短刀が弾かれる。

 およそ人間とは思えない硬さ・・――。


 ピキピキとシンティアさんの身体にひびが入る。

 同時に色味が消えていく。体が青くなり、白くなり、そして砕け散る。


「――擬態氷魔法!?」


 その瞬間、私は体勢を崩した。

 いや、崩された・・・・


 急いで振り返ると、そこにいたのは、シンティアさんだった。


 攻撃を受けたんじゃない。破壊されたのは――だ。


「カルタさんのことを、信じていましたわ」


 飛行魔法は繊細な技術を要する。だけど私なら、杖がなくても飛ぶことはできる。

 しかし速度はどうしても遅くなる。


「あなたは、強すぎる・・・・のですよ」


 シンティアさんは、私の心臓に手を当てた。

 その瞬間、私は彼女の狙いにようやく気付く。


 今私に残されたのは、同時に攻撃を撃ち合い、強制的にここから転移。禁止エリアから脱出するしかない。


 つまり――相打ちだ。


 おそらくだが、私に追い詰められた時点でシンティアさんは勝つのを諦めた。

 逃げられる可能性も低いと踏んで、ポイントを最小限に減らす目的に切り替えた。


 初めからシンティアさんはエリア外に逃げるつもりはなかった。

 それでもあえて移動したのは、私に思考の時間を与えない為。


 諦めたふりをして攻撃を防いだのもだ。

 時間ギリギリまで私を足止めして、最後に注意を逸らし、この状況まで持ち込んだ。自死してもポイント全損は免れない。だからこそ相打ちを狙った。


 ……いや、だけど変だ。

 私がシンティアさんを見捨てないことを信じていたとしても、もし物理的に間に合わない・・・・・・と判断していたら? 事実、数秒でも遅れていたら私は止めを刺す判断をやめて、全速力でエリア外に逃げていた。


 そうなると――彼女は、退学になっていた。


 ここまで考えていたのだ。

 それも計算に入れていないとおかしい。


 シンティアさんのポイントは多い。試験に負けたところで、これからの学園生活に何も影響はない。


 得られるメリットに対して、デメリットが大きすぎる。


 普通なら誰もこの作戦は実行しない。


 ――いや、たった一つだけある。


 なぜ退学を賭けてまで、私と相打ちしたかったのか、説明に足る理由が――。


『残り七秒以内に脱出してください。ポイントがゼロになります』


 ――アナウンスが流れる。


「……ずるいなあ、シンティアさん。そんなになりふり構われたら、勝てないよ」

「ふふふ、気づきましたか。私はカルタさんを信じていました。私を絶対に見捨てない、そして、どんなに短い時間でも止めを刺す能力があると。それをわかったうえで相打ちに持ち込む私は、かなり卑怯ですが」


 私がこの試験で一番危険視していたのは、氷魔法があるシンティアさんと飛行模倣ができるアレンくんだ。

 二人なら、空を飛んでいる私に攻撃を仕掛けることができる。


 だけど最終日まで時間を稼げば、間違いなく残るであろうヴァイスくんと地上戦で戦う。

 ここでシンティアさんを落とすことができれば、アレンくんとヴァイスくんが戦うのを遥か高く空で見守り、残った最後の一人に温存した魔力砲を放つだけでいい。


 私は絶対に勝てると踏んでいた。


 そこまでシンティアさんは考えたのだ。


 だからこそ、退学を賭けてまで相打ちに持ち込んだ。


 すべては――ヴァイスくんのため。


 彼女は最後まで残るであろうヴァイスくんのために、私を倒したかった。


 ヴァイスくんが少しでも有利になるため、ただそれだけのために退学を賭けた。


 ふふふ、そりゃ勝てないや。


 でもそういえば、古代魔法具は――。


「一つ不思議なんでしょう。――私の古代魔法具は、戦闘用じゃないんです。ただの支援用です」

「……もしかしてそれも……ヴァイスくんのために」

「……私は結局、皆さんのように勝利に貪欲にはなれません。ヴァイスには手加減しないなんて言いましたが、私は愛する人の為なら、死ぬ覚悟があります。それにカルタさん、あなたにはそれだけの価値がありました」


 たとえ私に価値があったとしても、それはこの試験この時だけ。


 たった一度の試験の為に、退学を賭けられるなんて……。


 いや、それが――人を愛するということなんだ。


 さすが、ヴァイスくんが認めた女性だ――って!?


「シ、シンティアさん、ちょっ、あっ、あのっ! も、揉むのやめて!?」

「柔らかいですわね……私もこのくらいあれば……」

「ちょっちょっと!?」

「ふふふ、可愛いですわね。――カルタさん、次は負けませんわ」

「もお…… でも、――私もだよ」


『残り一秒以内に脱出してください。ポイントがゼロになります』


 ――――

 ――

 ―


『シンティア・ビオレッタ、行動不能。カルタ・ウィオーレを付与』

『カルタ・ウィオーレ、行動不能。シンティア・ビオレッタを付与』


 両名、禁止エリア外に滞在。ただし魔力漏出により強制転移の為、ポイントの全損なし――。







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