093 負けられない戦い。

 ノブレス・オブリージュでは、ごくまれに魔力を一切持たない人間が生まれる。


 平民ですら、魔力はある。

 もちろん生まれたての赤ちゃんも、子供も、老人も。


 しかし完全に魔力がない場合、ノブレスでは身体能力や五感が強化されるという加護が発生する。


 自己防衛反応の一種と原作では明かされていたが、詳しくはわからない。


 しかしそれは先天的な場合だ。

 俺たちみたいに元から魔力がある奴が魔力切れを起こしても、ほんの一欠けらは魔力が残る。


 だがセシルから一切魔力は感じ取れない。

 おそらく自らの魔力の全てを構築魔法に費やし、身体から魔力を一滴残らず消し去った。

 

 そんな奴、原作ではいない。

 だが代償は大きいはずだ。魔力がない状態、つまり抵抗力は皆無なはず。

 そよ風ですら激痛が走っている可能性すらある。


 だが彼女の表情からは読み取れない。


 はっ、さすが天才セシル・アントワープだ。


「たとえ訓練服を着ていたとしても、かなり危険な賭けをしたな」

「縛りプレイは得意なの。いつも強すぎるからね・・・・・・・


 セシルなら優勝はできなくとも、上位を目指すことはできただろう。

 だがあえてそれを捨てて、優勝を狙う為に力を身に着けた。


 その努力、その精神力は尊敬に値する。


 ああ――最高だな。お前はッ!


 俺は真正面から駆ける。

 小手先のテクニックで軽い一撃を狙うなんて恥ずかしい真似はしない。


 お前の覚悟を、俺は受け止めてやる。


「――ありがとう」


 それに気づいたセシルが、声を出さずに礼を言った。


 だが勝利まで上げる気はない。


「デビビッ!」

「黙ってみてろ! これは、俺とセシルの勝負だ!」


 自動行動しているデビを制止し、一撃を振りかぶる。

 セシルは剣の腹で受け流そうとした。


 笑ってしまうような反応速度と反射神経、速度はまるで超人だ。

 だがそれで捌けるほど俺の剣は弱くない。

 

 受け流されようとした瞬間、思い切り力をこめる。


 グッと剣を押し込むと、セシルは急いで後ろに飛んだ。

 臨機応変に動けるのは、彼女のいいところだろう。


 しかし――。


「それはいい手じゃないなッ!」


 間髪入れずに剣撃をぶち込む。今度は横からの薙ぎ払い。

 脇腹を狙っている。

 受ければ足を止めるしかない。

 かといって下がることもできない。


 さて――どうする――。


「――わざとよ」


 するとセシルの地面が輝いた。

 そのまま姿を消す――いや、空中に飛んだのだ。


 セシルにはもう魔力がない。魔法は詠唱できない。


 ということは、事前に術式を用意していたということ。


 続けて空中が光り輝く。

 はっ、空中の固定術式なんて上級生で覚える技だ。


 どこまで天才なんだ、お前はッ!


「おもしろいぞセシル!」


 俺の言葉に、セシルは笑みを浮かべた。

 何を考えているかわからない。だが、心底楽しいのだろう。


 その顔は、バトル・ユニバースをしている時と同じだった。


 指示しているときの彼女はいつも真剣で、笑みなんて零さない。


 そうか、お前も本当はこっち側・・・・だったんだな。


 空中から振り下ろされる剣を受け止める。

 セシルは本当に楽しそうだった。


 それから俺は、セシルの剣をすべて受け止めた。


 それが礼儀で、尊敬に値すると思ったからだ。


 全てを引き出し、彼女は自らの限界を超えていたのだろう。

 明らかに遅くなっていく。


 俺は嬉しかった。原作を超えた動きをしているのはセシルに限ったことではないが、彼女は自らの殻を完全に破った。


「……ありがとう、ファンセントくん」


 最後にセシルは悟ったらしい。

 俺には勝てないと。


 だが彼女はその言葉の後、全力で俺に攻撃を仕掛けてきた。


 悲痛に顔を歪め、少しも笑えないほど痛みに耐えているというのに。


「強かったぞ。――セシル」


 俺は最大の賛辞を送り、そして、セシルを葬った。

 脇腹を一撃。できるだけダメージは与えたくなかった。


 完全に気絶すると、セシルが強制的に転移されていく。

 

 これは予め組み込まれた転移術式だ。


『セシル・アントワープ、行動不能。ヴァイス・ファンセントにポイントを付与』


 お前は、よくやった――。


      ◆


 サバイバルが開始して三日が経過した。

 昨日、空を飛んでいる魔法鳥が、聞きなれた名前を発した瞬間、心臓がキュッとなった。


『カルタさん、私は絶対に負けないわ。一緒に頑張ろうね』

『はい、セシルさん!』


 セシルさんが、ヴァイスくんに負けた。


 でもわかっていたことだ。


 これは、バトル・ロワイヤル。

 誰であろうと勝つ。それにこれは単純な力勝負じゃない。


 この試験は、誰よりも私が有利だ。


 早くエリアを動ける上に、攻撃が当たらない場所から一方的に攻撃ができる。


 そうやって私は、この三日間、何人もの下級生を倒した。


 もう以前の弱虫・・じゃない。


『禁止エリア、E-1 E-2 E-3』


 魔法鳥のアナウンスが流れる。

 急いで地図を確認すると、私が今いる場所はエリア外だった。

 それも連続している。


 普通ならもっと焦るだろう。


「……よし」


 私は、ゆっくりと箒に跨る。

 それからイメージする。風が、身体を覆っていく姿、そして自分が空に飛ぶ姿を。


 それは現実となる、足元に風が巻き起こると、砂埃が舞う。


 次の瞬間、私は空高く舞い上がった。


 だけどこれには何度見ても驚く。


 上空まで結界が貼られていることに。


「ココ先生……凄い」


 無人島はとてつもなく広い。

 でも、それを覆うように結界魔法が貼られている。


 以前のような竜の侵入を防ぐ為だろう。


 それにしても、この島全体を覆うなんて、凄い技術だ。


 いや、感心している場合じゃない。


「E1-E2」


 私は、復唱しながらエリアを超えていく。

 猶予は30分、十分な時間だ。


 だけどその時、E-3のエリアで戦っている人たちの姿が視界に入る。


 徒党を組んでいるわけではなさそうだが、位置関係を見ると、1vs3になっている。


 だがその一人が、とんでもない魔法を連続で放つ。

 私の魔力砲とは違う。鋭く、速く、瞬間的な威力に優れている。


 同時に、アナウンスが流れた。


『イルア・グリッド、行動不能。シンティア・ビオレッタにポイントを付与』

『ウェイトン・イルス、行動不能。シンティア・ビオレッタにポイントを付与』

『ミスティス・アン、行動付与。シンティア・ビオレッタにポイントを付与』


 凄い……。


 私と違って、彼女は近距離、中距離、遠距離と隙がない。

 魔力量も膨大で、バランスでいえばノブレスでも一番だ。


「…………」


 だけど私は、この試験のことを聞いてからずっと考えていたことがある。


 私にしかできない。


 私だからこそできる、卑怯で狡猾で、そして酷く最低な作戦。


 だけど……私は――。


「……勝つんだ」


 覚悟を決めて、手のひらを下にかざした。


      ◆


「ふう……」


 エリア外で三人に囲まれたのは驚きましたが、相手が上位陣じゃなかったことが幸いでした。

 これがもし上位陣なら……いえ、弱気になるのはやめておきましょう。


 のんびり構えてる時間はないはず。


 この先のE-3を抜けないと、私のポイントが消えてしまう。


 急がなければ――。


 そのとき、空が突然に光る。


 次の瞬間、天から巨大な光が降り注ぐ。

 それは、凄まじいほどの魔力を帯びていました。


 ――ドゴォオオトオン!


 とてつもない轟音と共に地面に穴が開く。


 衝撃破で身体が震える。


 土埃が消えたとき、絶句してしまう。


「……道が」


 目の前の道が、忽然と消えていました。

 いえ、えぐり取られています。


 それに……今いる場所は最悪の立地。


 左側は断崖絶壁の海、右は高い岩壁で、一本道でした。


 上空を見上げると、空中では箒に跨るカルタさんが見えました。


 前へ進むには、このを飛び越える必要があります。


 ですがその場合、攻撃される可能性は非常に高いでしょう。


 しかしなぜカルタさんは、後ろの道を残したまま――。


「――なるほどですわ」


 ……あえて逃げ道を残したのは、確実にポイントを奪う為。


 もし私が後ろの道へ走れば、エリア外から出る直前に、道を防ぐ。


 彼女ならば、どれだけ時間ギリギリになっても、魔力を使って全力で飛べばエリア内に到達できるでしょう。

 先生はエリア外に触れても、猶予は10秒間あると言っていました。

 彼女なら、その間に抜け出すことが可能。

 

 ……選択肢は三つ。


 一つ目は、前の道を飛び越え、エリア外に脱出する。

 しかし穴が大きすぎます。それに……先ほどの攻防で、魔力を嗅ぎつけた下級生が待ち構えているは可能性は高い。いえ、優秀なノブレスの生徒なら間違いなくいるでしょう。

 カルタさんの攻撃を回避した上で、さらに大勢を相手にする必要がある。


 二つ目は、今すぐ氷魔法で空を飛び、カルタさんを倒す。

 しかし空はカルタさんの領域、勝てる可能性は著しく低い。


 三つ目は、残された道を急いで戻り、カルタさんが道を塞ぐ前に脱出する。

 一番可能性が高く見えますが、これこそが彼女の罠。


 カルタさんの最大の狙いは、最後の逃げ道を寸前で防ぐこと。

 それが成功すれば、後は見ているだけでいい。禁止エリアでのポイント全損を天秤にかけることで、私はカルタさんの攻撃をあえて受けるしかなくなる。


 退学か、敗北か、強制的な選択肢を私に叩きつけると同時に、魔力の消費を最小限に考えた作戦。


 この試験、わかっていたことですが、カルタさんが誰よりも有利。


 上空に浮いている彼女は、怯えていたり、憐みの表情は浮かべてはいません。

 覚悟を決めた顔で、私を見据えています。


 カルタさんが今、後ろの道を防げば、私は一か八かでカルタさんに戦いを仕掛けるでしょう。


 もちろんカルタさんが有利。だけど、彼女にとっても負ける可能性がある勝負となってしまう。だからこそのけん


 きっと私がカルタさんの立場でも、同じことをする。

 なぜなら慌てるほど思考が塞がり、魔法にも影響するから――。


『残り、十分、残り、十分』


「……カルタさん、私はあなたをただの優しい人だと思っていました。いえ、おそらくそうだったのでしょう。――あなたも、変わったのですね」


 私は……ヴァイスを思い出す。


 答えは、一つ。


 私は――足に魔力を漲らせる。


「カルタさん、私は負けません・・・・・


 覚悟を決め、後ろの道へ急いで戻っていく――。



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