091 無人島

 転送がスタートして数時間が経過していた。

 久しぶりの訓練服、身を包んだ瞬間に、気が引き締まる。

 まだ誰も遭遇していないのは、この無人島が如何に広大なのかを物語っているだろう。


 そして俺は何をしているのかというと、海岸沿い、返しがある崖になっているので、泳ぐのには適していないが、綺麗な海を前に座っていた。


 木枝を切り、蔓を用意し、返しを付け、先端に小さな虫をつけ――釣りだ。


 その理由は、食料の確保の為。


 サバイバル試験の時は三日間ということもあって休まなかった。

 魔物から得られるポイントが高かったこと、まあ後は小さな理由もあったが、今回はそうじゃない。


 体力を温存しながらも駆け抜ける為に、時間を費やして先行投資だ。


 更に食料をデビの闇魔法である程度収納できることは既に確認済。


 肉でもいいが、解体に時間がかかる。

 まずは数日分の魚を釣って、日が落ちてから油断している雑魚を倒していく。


 それが、俺の作戦だった。


 だが最大の誤算は――。


「釣れないな……」


 俺には、釣りの才能がなかったことだ。


 ……だがこんなこともあろうかと、次の作戦も考えていた。


 おそらくみんなまずは食料を何とかしようとしているはず。


 なら俺は敵からそのまま食料を奪えばいい。


 野蛮な考えだが、これほど効率が良いものはない。


 名付けて、突撃隣の晩御飯大作戦だ。

 

 ちょっとダサいが、これ以上に適した名前はないだろう。


「ふ、やはり俺は天才だな」


 だがそのとき、釣り糸が引っ張られる。


 なんだと?


「くっ、重いな、これは大物か?」


 そして――釣り上がったのは、王都から出たであろう誰かのボロボロの靴だった。


「……海は綺麗にしろ。バカが」


 俺は闇魔法でゴミを消滅させ、その場から離れようとするが、なんと森から雑魚モブの下級生が現れる。


 その手には、兎のようなものを持っていた。


 お腹が、ぐうぅとなる。


「ヴぁ、ヴァイス!?」

「よお、悪いなわざわざ届けに来てもらって」


 雑魚と言ったが、その辺の冒険者なんかよりも何倍も強い。


 下級生のモブは、手のひらをかざす。


 希少な水魔法の使い手なのだろう。


「ここならっ!」


 そいつが手を翳した瞬間、後ろの海水が持ち上がる。

 そのとき、魚がぴちぴちしていた。


 クソ、こいつ釣りの才能が……。


「水の魔法――」

「――死ね」



『リンドン・グリス 、行動不能。ヴァイス・ファンセントにポイントを付与』


 魔法鳥のアナウンスが流れた後、区域のエリア外が発表された。

 俺がいる場所は問題ないらしい。


「しかしうまいなこの兎……」


 ご丁寧に血抜きまでしてくれていたので、枯れ木を用意し、火にかけて美味しく食べていた。

 それからも、脱落者のアナウンスは流れ続けた。


 だがアレンやシンティアのような上位成績の奴らは一人もいない。


 ま、当たり前だろう。


 俺もお楽しみは最後に取っておこう。


 どうせ狙うは一位だ。


 まずは今日一日、食料雑魚を倒しながら準備を整えるか。


    ◇


 翌日、俺は早起きして森の小川で顔を洗っていた。


 狩った数は七人ほどか。

 どいつもこいつもいい具合に魚や兎を持っていたので、デビの闇魔法に収納している。


 さて、ここからが本番だ。

 強い奴を残しすぎると後々面倒だろう。


 他の奴らもそう考えているはずだ。


「――デビ」

「デビビッ!」


 デビを召喚し、魔法剣デュアルソードを取り出す。


 今まで抑えていた魔力を少し放出すると共に、魔力を整える。


 この森は魔力を乱す木が多く生えている。


 分かりやすく言えばコンパスで磁場が狂っているのと同じだ。あっちこっちに変な魔力が反応するので、簡単には探し出せない。

 魔力感知が強すぎると有利に運びすぎるので、バランス調節としてもちょうどいい。

 このあたりは、まさにゲームって感じだ。


 だが、多少魔力を多く使えば、近距離なら感じ取ることは可能。


 そして俺は、ゆっくりと目を瞑る。


 木、魔物、生物の魔力を除外し、人間特有の魔力を探る。


 数メートル、数十メートルと、範囲を広げていく。


 そして――。


「……そういえば戦ったことはなかったな」


 見つけたのは、正直、一番気乗りしない相手だ。

 感謝している気持ちが強いからだろう。


 だが、それでも覚悟は決めている。


 俺は深呼吸して、まっすぐに駆けた。


 そしてある程度近づいたところで、相手が反応したことに気づく。

 

 魔力を隠し、ゆっくり近づいても良かっただろう。


 だが不意打ちの攻撃はしたくなかった。


 少なくとも、彼女・・に対しては真正面から正々堂々と戦いたいからだ。


 まあ、負けるつもりはないが。


 彼女は、木々の中心で立っていた。

 開けた場所だ。野営をした後がある。

 

「悪いな、一番近かったんだ」

「――気にしないで。何となくだけど、あなたと戦う気がしてたの」

「そうか。一人……か、てっきり誰かと徒党を組むのかと思ってた」

「そんなことしないわ。本気で一位を目指してるから。私も、ノブレス学園の生徒だしね」

「はっ、そうだな」


 眼鏡をかけた長い黒髪、彼女は武器を所持していなかった。

 短剣? それも暗器?


 いつもは魔法主体だが、剣は持っていたはず。


 だが正直、戦闘で秀でたところは一つもない。

 

 しかし彼女の成績、ポイントはトップクラスだ。

 だがそれはあくまでもチーム戦に特化している。


 個人での戦闘試験は最近こそ少なかったが、対して強くない。


 魔力量も 原作では最低クラスと書かれていた。


 だが――天才。


「――セシル・・・悪いが脱落してもらう」


 厄災・・を退けられたのは、彼女のおかげだろう。

 

 その後、俺は動かなかった。


 遠慮しているわけじゃない。


 驚くべきことに――がなかったからだ。


 武器は持っていない。何かを構える様子はない。

 相手がセシルだからだろうか。明らかに怪しすぎる・・・・・


 何もない・・・・なんて、ありえるわけがない。


 だが俺はデビを出現させていた。

 心の中で命令する。


 何があっても、全てを破壊すればいい――。


 次の瞬間、駆けた――。


「デビビッ!」


 セシルの裏から、デビが魔力砲を放つ。

 回避行動を取ればセシルを落とす。


 もし防御魔法を詠唱しても、閃光タイムラプスで破壊すればいい。


 ここまでする必要はなかったと思うが、全力で挑むのが礼儀だ。


 デビの魔力砲は速度が速い。

 俺の攻撃よりも先に直撃する。セシルは気づいていないのか動く気配がなかった。


 ノブレス・オブリージュはゲームだ。

 各キャラクターには、個性や立ち位置が存在する。


 例え戦えなくても、これでセシルの評価が落ちるわけじゃない。


 そんな言葉を心の中でつぶやきながら、俺は驚くべきものをみた。


 魔力砲がセシルに直撃するかと思いきや、その場から忽然と消えた・・・のだ。


 直後、後方から殺気を感じて回避する。頬の横から飛びでてきたのは、細い、いや、細すぎる剣先。

 だがその剣から、かなりの魔力が感じられた。


「デ、デビビ!?」


 闇の魔力砲は逆に俺に直撃しそうになるが、問題なく剣で破壊する。

 ホッとするデビを横目に、セシルに視線を戻す。


「――構築魔法か」

「そう、驚いてもらえたみたいね。本当はこれで決めたかったのだけれど、あなた相手に、それは虫が良すぎたわ」


 セシルの言葉通り、俺は驚いていた。

 構築魔法は、魔力を使って物質を0から構築する術式だ。


 魔法はイメージの世界。複雑なものを想像するのはより難しい。

 だがレイピアはシンプルだ。魔力で構築された剣は、通常よりも属性が乗っている分ダメージが高くなる。

 シンティアの氷剣がそれに近い。彼女の場合はイメージだけで出現させているので、術式は必要ないが。


 だがこれは、ありあまる魔力量を持つ魔法使いがするものだ。


 セシルの魔力量だとレイピアを構築しただけでも魔力切れを起こす。


 いや、実際に彼女の身体から魔力は一切感じられない。

 

 なのになぜ、あれほどの動きが。


 だが――ッ。


 俺は地を蹴り、速度と力、魔力を剣に乗せて振りかぶる。


 魔力で出来た剣なら、術式を破壊すればいい――。


 だが彼女は、俺の剣の腹をそっと這うようにして位置をズラした。


 弱点を理解し、受けることをしないと初めから決めていたのだ。


 とても今回の試験のために用意したとは思えない。


「私だって、ただ後ろで見てるだけじゃない」


 その瞬間、地面が魔法陣で光り輝く。


 これは、光の術式だ。


 属性関係なく使える構築魔法だが、複雑かつ理解度が高くないと使えない。

 俺の癒しの加護と同じだが、闇魔法がないので、俺にデバフは与えられない。

 だがセシルは加護を得ている。


 しかしそれだけじゃない。それだけじゃ考えられない速さだ。


 ああ、これだからノブレスはおもしろい。


 セシル、俺は誰よりもお前を認めている。

 もちろん、ノブレス学園の全員がそう思っているだろう。


 だがお前はそれだけで満足しなかった。

 

 この一瞬で、お前の努力・・を感じた。


「セシル、お前は最高だ」

「ありがとう。そういってもらえて、私も――頑張ったかいがあるわ」


 だからこそ、敬意を持って倒させてもらう。



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る