083 敗北

 大会も無事終わり、ノブレスらしい日常が戻ってきていた。


 ウィッチ姉妹の活躍のおかげで、ノブレスはふたたび優勝杯を手にした。

 だが中級生は残念ながら準優勝だった。


 大きな理由は、エヴァ・・・が出なかったから。


 魔族もどきが出現し、駆逐したのが数か月前。


 あれから世界各地で魔族もどきの目撃情報が増えている。


 改変、ではなく、これは順調にゲームが進行している証拠だ。


 エヴァはそれを面白がっているのか、見学してくるといって、学園を空けることが多くなっていた。

 休学ではなく、サボり。


 ポイントが減っても、彼女にとっては何の問題もない。


 エヴァにとっては、ノブレス学園はただのんびりと過ごせる家だ。


 それ以下でもそれ以上でもない。


「寒いですね、ヴァイス」

「ああ、かなりな」


 授業が終わり、部屋と中庭を歩いていた。

 雪で火照ったシンティアの横顔は、天使のように美しい。

 

 さすがに寒すぎるので、学生たちはいつもの純白なノブレスの学生服の上からマントを羽織ったりしている。

 女子生徒は、今のシンティアのように黒タイツを履いていたりする。


 校庭は雪が積もっている。

 当然だが、この世界はゲームだが現実だ。

 

 四季が変わるたび、感情が刺激される。

 

 俺は、正しい方向に進めているだろうかと。


「エレノア、今年のマフラーは何色がいい?」

「ええ、お姉ちゃんいいの!? じゃ、じゃあ! 赤かな? あーでもやっぱり、黒かな?」


 そのとき、今、ノブレスで最も話題、もとい、人気の姉妹・・が歩いてきた。


 上級生とは棟が違うこともあって、食堂や合同訓練室でないと会うことはそんなにない。


 さらに優秀な生徒は食事を部屋まで運んでくれるサービスがあったり、そもそも人が好きじゃない生徒も多く、大人数の場に姿を現さない。


 上級生の肩には、金の模様が入っている。

 下級生は一本、中級生は二本、そして彼女たちは三本だ。


「こんにちは。ノブレス杯、優勝おめでとうございます」


 シンティアが丁寧にお辞儀をする。

 先輩後輩というシステムはあるが、ノブレスではあまり重要視されていない。


 なぜならここでも貴族社会が完全に抜けていないからだ。

 表向きは爵位なんて関係ないとされているが、そんなことはない。


 だがシンティアはいつも丁寧だ。先輩はもちろん、同学年にも。


「こんにちは。――あら、あなたが氷のシンティア、そしてヴァイスね」

「こんにちは! 私も知ってる!」


 どうやらシエラは俺たちを知っているらしい。

 下級生に興味がない先輩は多いが、少し名が売れているみたいだ。


「それは光栄です。そういえば、先日の大会、面白かったですよ。先輩たちの戦いはなかなか見ることができないので」

「ふふふ、ありがと。特にエレノアはあなた・・・と同じ闇だし、見応えがあったんじゃない?」

「お、お姉ちゃんー!? 見応えなんて言わないで!? あんまり覚えてないし……」


 身長差はあるが、確かにこうしてみると姉妹だという感じがする。

 エレノアの前で姉をバカにしたらどうなるのか、そんなことを考える俺はやはりヴァイスなのだろう。


「ええ、勉強・・になりましたよ」


 ウィッチ姉妹は、原作でも最強格だ。

 ノブレス四英傑は伊達じゃない。とあるイベントでアレンとも戦うはず。

 それが今から楽しみだ。


 だが――。


「でも、シエラ先輩よりエレノア先輩のが強そうに見えましたね」

「……どういう意味?」


 エレノアが、ゆっくりを俺に視線を向ける。


 俺がこんなチャンス・・・・を見逃すわけがない。


 さすがに上級棟にいってまで喧嘩を吹っかけるつもりはない。だが運命なら別だ。


 ここで姉妹と会えたのは何かの縁だろう。


 なら、勉強・・させてもらおうか。


「ヴァイス、一体なにを――」

「いや、姉より妹のほうが優れてるなんて、めずしいと思ってな」


 シンティアは止めようとするが、俺は続ける。

 感じる、異質な魔力が、エレノアから放たれている。


「……お姉ちゃんのこと、バカにしてるの?」


 ――来い。来い。来い。


 しかし――。


「ねえ、あな――いたっ!? お姉ちゃん、な、なんで叩くの!?」

「バカノア、そうやってすぐ絡まないの。あなた、先輩でしょ」

「ふぇええ……ご、ごめんなさい」


 しかしシエラが手を精一杯伸ばして頭を叩く。

 それでエレノアは牙を収めたらしい。


「そうやってをつけるのが、あなたの常套手段?」


 驚いたことに、シエラは不敵な笑みを浮かべながら俺を見た。

 どうやらバレていたらしい。


 原作でも頭脳派だったことは知っているが、俺の一言でそこまで見抜くとは、さすがだ。


「何のことですか?」

「闇属性はやることが狡猾だからね。いいよ――、妹はダメだけど、私が相手をしてあげようか?」


 そしてシエラが、まさかの言葉を放つ。


 光属性を持ちながらも死神の鎌デスサイズを操るその才能と力。


 それを間近で見られるチャンスなんて早々ない。

 特に彼女は面倒くさがりで、こんなことをいうタイプではない。


 ――願ってもない。


「いいんですか?」

「後輩の願いを叶えるのも、先輩の役目だからね。場所は地下訓練室、時間は30分後、武器を用意してくるから待ってなさい」

「わかりました。楽しみに待ってますよ」

「お、お姉ちゃんー!?」


 そして俺は、笑みを浮かべながら心臓を高鳴らせる。

 喧嘩を吹っかけたのは悪いかもしれないが、最高の結果だ。


「ヴァイス、無理しないでくださいね」

「ああ、それどころか楽しみだ」


 30分は長いが、魔力を整えていればすぐだ。

 シエラは強い。エヴァを相手にするつもりで全力を出してもいいだろう。


 ああ、久しぶりに本気を出せる。



 地下訓練室。

 準備を終えて待っていると、いつのまにか噂を聞きつけた同級生たちが集まっていた。


「シエラ先輩とヴァイスだってよ! どっちがつええのかな?」

「そりゃシノ――ヴァイスかな? くぅ、わかんねえ!」

「楽しみすぎるぜ。ああ、早くはじまらねえかな!」


 後ろでは、アレンたちが集まっていた。

 当然、シンティアとリリスがいる。


 俺は絶対に勝つ。


 下級生でも、上級生に勝てる証明してやる。


 俺は――絶対に勝つ。



 ――勝つ。



 ――――

 ――

 ―


「なあ、いつになったら来るんだ? げ、もう一時間じゃん」

「そろそろ飯の時間じゃね? てか、これ……」

「……もしかして……置いけぼ――」


 俺は、闘技場でずっと待っていた。


 だがシエラは、一向に現れない。


 そして俺は思い出す。


 彼女は頭脳派で、狡猾で、そして光属性とは思えないほど意地悪だったことを。


 つまりこれは――。


シエラあいつ……俺を待たせてイライラさせる作戦か」


 残念だが、俺も頭脳派だ。


 そんなことで心を乱したりはしない。

 何をしているのかわからないが、早く来い、シエラ・ウィッチ。



 上級生棟、ウィッチ姉妹の部屋。

 

 そこでは、オレンジベリージュースを飲みながらベッドでごろごろしている二人がいた。

 シエラは、エレノアのたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんを枕にしている。


「お姉ちゃん、試合はいつ行くの?」

「行くわけないでしょ。大会も終わって、なんでわざわざあんな強い奴と戦わなきゃならないのよ」

「え、えええ!? でも、ヴァイス君はどうするの!? 待ってるんじゃないの!?」

「あの正直タイプはそうね。きっとワンちゃんみたいに大人しく待ってるはずだわ。ふふふ、私のエレノアをバカにした罰よ」

「お姉ちゃん、ひどい……」


 シエラ・ウィッチvsヴァイス・ファンセント。


 シエラが現れないことにより、ヴァイスの不戦勝が確定。

 ただし公式試合ではないのでポイントの移動はなし。


 しかし――。


「デビを出した後にあの鎌で攻撃してきたら……よし、これは有効だな」



 ヴァイス――試合に勝利するも、勝負駆け引きに敗北する。


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