084 死神の鎌

「ごめんなさい。この前、急用ができちゃって行けなくて……」


 シエラ先輩が、俺に頭を下げていた。


 俺は先日、試合を受けたのだが待ちぼうけを食らったのだ。


 おかげで『ヴァイス、試合に勝つも勝負に完全敗北』など陰口を叩かれている。

 もちろん全員殺す予定だが、なぜそんなことをしたのか聞きたかった。


 偶然中庭で雪だるまを作っているウィッチ姉妹を見つけ、俺が詰め寄ったところ、今この状態ということである。


「……それは仕方ないですね」


 てっきり俺は放置されてバカにされたのかと思ったのだが、そうではなかったらしい。

 エレノアはとても微妙な顔で苦笑いを浮かべているが、どういう意味だろうか。


「お姉ちゃん、でもベッドで――」

「エレノア、静かにしなさい。これは、私のミス・・なのよ」


 妹が何か言いかけるが、姉がそれを制止する。

 ああ、凄いな。


 詳しい言い訳もせず、ただ後輩に頭を下げるなんて並大抵のことじゃない。

 原作ではかなり光の意地悪キャラだったが、これも改変なのだろう。


 俺は……疑ってしまっていた。


「……いえ、そういう事ならば仕方ありませんね」

「だったら、この後改めてどう? 試合は30分後、武器を取って待っててほしい。――私の本気・・を見せてあげる」

「わかりました。楽しみです」


 俺はその場から去る。


 しかしエレノアとシエラは、雪だるまをふたたびいじりはじめた。

 おそらく完璧主義なのだろう。

 完成させたいのだ。それが、強さにもつながっていると見える。


 ――望むところだ。



 二時間後――。


「おいアレン、シエラ先輩を見なかったか? ここで雪だるまを作っていたはずだ」

「え? し、知らないけど、どうしたの?」


 中庭で筋肉と雪合戦していたアレンを問い詰める。

 あの野郎、どこへ行った。


「どうしたんだよヴァイス、もしかしてまた待ちぼう――」

「てめぇの筋肉を断裂させてやろうか? デューク」

「な、何でもないです」


 上級生の棟に行っても女子棟までは入れない。

 先に食堂を探してみたがいなかった。

 クソ、これ以上探しようがない。


「シエラ先輩なら、エレノア先輩と裏の模擬戦Bに向かうのを見たわよ」

「シャリー、それは本当か? 言わされてないよな?」

「……いつからそんな人間不信になったの?」


 模擬戦Bとは、ノブレス学園内で使われる隠語だ。


 廃墟の市街地風な場所で、以前も使ったことがある。


 今日は雪が多すぎて立ち入り禁止になっていたはず。

 だがあの二人なら、そんなこと関係ないだろう。


「ありがとうシャリー」

「え、ど、どういたしまして?」


 俺は急いでその場から離れる。

 もう許さねえ……。


「ヴァイス、どうしたのかしら? 慌ててるね」

「なんだろうね? うわっ、デューク、やったな!?」

「はっはっー俺の渾身の雪玉をくらえー」



 模擬戦Bへ移動、建物が多く立ち並び、屋上は雪で埋もれていた。

 雪仕様の靴を履いてないとすぐに転んでしまうだろう。


 だが俺は足に魔力を漲らせ、建物の壁をよじ登る。

 

 授業で覚えた魔力移動の基礎だ。一番高いところから観察眼ダークアイであたりを見渡すと、建物の裏から二人の魔力を感知した。


 小さな雪玉を投げ合っているのか、小刻みに動いている。


 闇の波動はよくわかる。片方がエレノアってことは、間違いない。当たりだ。




「食らえ、百発雪玉連打っ!」

「お姉ちゃん、誇張しすぎだよ!?」

「エレノア、勝負とは騙し合いなのだよ。――んっ」


 シエラは、俺が投げつけた雪玉をひょいと回避した。


 原作での設定をよく思い出していた。

 シエラは負けず嫌いで、狡猾で、卑怯で、意地悪で、そして――。


 もう遠回りはやめだ。

 俺から勝負を仕掛ければいい。


「用事は終わったみたいですね、先輩」

「えへえへへ、あれ、バレ・・ちゃいましたか」


 てへへぺろりん、舌を出して頭をこつん。

 ノブレスに昭和ちっくなキャラいたか?


 いや、惑わされるな……。

 やり方を変えればいい。俺は――ヴァイスだ。


「もういいですよ。どうしても俺と戦いたくないのはわかりました。――怖がりなんですね」

が強いのは知ってるし、私も上級生だからさー、老後はゆっくりしたいタイプなんだよね」

「お姉ちゃん、まだ十代……」


 そして俺は、無言で雪玉を投げつける。


 それも――エレノアに。


「ふぇ!?」


 だがそれは当たらないとわかっている。

 なぜなら、シエラが庇うからだ。


 俺は思い出した。エレノアはシエラをバカにされるとキレれるが、自分の場合はそうじゃない。

 そして、シエラもだ。

 エレノアに被害が及ぶと、キレる・・・


「なるほど、やり方・・・を変えてきたわけだ、後輩ちゃん」

「そうですね。でも俺も嫌がらせをしたいわけじゃないんですよ、ただ――先輩として後輩への指導をしてもらいたいんですよね」

「ふふふ、あっははは! ――いいよ。しょうがないねえ」


 シエラは高笑いした後、を切り替えた。

 真剣な目だ。


「エレノア、手を出さないように」

「え、ここでするの!? 訓練服は!? 怪我なんてさせちゃったらどうするの!?」

「だってさ、後輩ちゃん。エレノアは、私の心配なんてしてないよ」


 ああ、そうだろうな。

 シエラが三年間で貯めたポイントはエヴァに匹敵する。

 対抗戦でも今だ無敗。


 エレノアは、もはや姉を心配することなんて忘れているだろう。


 だが――思い出させてやる。


「ルールはどうしますか」

「何でもいいわよ。死んだ方が負けでもいいし」

「お姉ちゃん!」

「うそうそ、エレノアは怖いなあ。――じゃあ私に一太刀でも浴びせたら、勝利でいいわよ」


 するとシエラは、どこからともなく死神の鎌デスサイズを出現させた。

 おそらくデビの闇の収納と同じようなだろうが、魔法の痕跡がまったくわからなかった。


 さらに無詠唱ときたもんだ。


 はっ、上級生ってのはやっぱり違うな。


「――デビ」

「デビビビッ!」


 俺はデビを呼び出し、魔法剣デュアルソードを構える。


「へえ、随分と可愛い子を従えてるじゃない。あなたにそっくりね」

「デ、デビィ!?」


 なぜか照れて身体をもじもじさせるデビ。

 

 俺はこんな簡単に手玉に取られない。

 デビめ、まだまだだな。


「あ、でもこのルールだといつまで経っても終わらない可能性があるか……」


 しかしシエラは鎌の構えを解いて、顎に手を置く。

 つまり、俺が一撃も与えられないという意味の煽りだ。


「なら俺も一撃を食らえば終わりでいいです――」

「なら、そうさせてもらうわ――」


 俺がそう言った瞬間、シエラは姿を消し、次の瞬間、目の前で鎌を振りかぶってきやがった。

 訓練服も着ていないのに首を狙ってきている。


 当然、俺は剣で防いだが、シエラは満面の笑みを浮かべている。


「にゃは、やっぱこの程度・・・・の攻撃じゃ無理か」


 はっ――おもしろい。


 これが、ノブレス上級生、そして原作でもトップクラスの強さを誇っていた、シエラ・ウィッチ。


 手加減は無用だな――。

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