078 実践練習

「ほう。彼らが、かの有名なノブレス学園か」


 ブルーノの広場、そこに冒険者たちが集められていた。

 兵士は、別の指揮官の元で集合しているらしい。


 下手に指揮を合わせるのはデメリットだ。

 それをわかっているのだろう。


 今、俺たちの目の前にいるのは、ダリウス並に体躯のいい男だ。短く刈り込んだ髪に無精髭。

 俺は原作でこいつを知っている。A級冒険者でギルドの運営も任されているボルディックだ。


 雑魚しかいないと思ったが、これで随分と楽になりそうだな。


 そしてボルディックは、俺に近づいてくる。


「お主がヴァイス・ファンセントか。噂は知ってるぞ」

「それは光栄だな。それより、こんな悠長に構えていていいのか?」


 俺は貴族だが、こいつもそれなりの地位を持っている。

 敬語なんて必要ない。今は、冒険者としてここにいるからだ。


「到達時間はわかってる。それより、戦力の確認をしておこうと思ってな」


 それなりの冒険者は、ミルク先生もそうだが目を凝らすことで魔力がわかる。


確認・・できたか? それと、さっき伝えたが、俺たち・・・は別で動く。こっちにはいい指揮官がいるんでな」


 そして俺はセシルに視線を向けて、ボルディックにそれとなく伝える。


 結局、俺たちノブレスだけは個別で動くことにした。陣形としては同じ位置だが、指揮系統は別だ。

 これには、全員が同意している。もちろん、アレンやオリンも。

 それだけセシルに信頼を置いているということだろう。


 冒険者組合にしたら面目なんてないだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。

 それを咎められないのも、貴族の特権かもしれないな。


 だが――。


「彼女がセシル・アントワープか」


 ボルディックは、なぜかニヤリと笑う。

 その後、何をするかと思えばセシルを呼びつける。


 何を考えてんだ?


「セシルや、お願いがある」

「なんでしょうか?」

「オレに代わって指揮をしてくれないか?」

「……はい?」


 こいつ、何を言ってる?

 セシルはまだC級冒険者だ。もちろん、バトル・ユニバースで有名だと思うが、大役を任されるような――。


「厄災で活躍したことは知ってる。オレは戦いは好きだが、頭は良くない。お前なら、より良い戦果を挙げられるだろう」

「お言葉ですが、誰も納得しないと思いますよ」


 セシルの言う通りだ。ここにいる奴らは血気盛んな冒険者たち。

 下手すると自分よりランクの低い、それも差別するわけではないが女に指図されるなんてと怒る奴もいるだろう。


「そんなやつはオレが粛清する。年齢も、ランクも、性別も、関係ない。いま用意された最高の手札で戦う、それが大事だろう?」


 その言葉で、俺は思わず笑みを浮かべる。

 原作では脳筋のAランク冒険者と書かれていたが、事実じゃないことに。


 そしてそれでも断るだろうと思っていたが、驚いたことに、セシルは了承した。


「でしたら、全力を尽くしますよ」

「はは! 頼むぞ、セシル! 聞いたかお前ら! このセシルは、あの厄災をもはねのけた頭脳を持つ女性だ! 彼女がオレに代わって指揮を担当する! 文句をいう奴はぶっ飛ばす! だが安心しろ、彼女はノブレス魔法学園の在校生! そしてここにいるヴァイス、アレンもだ!」


 そしてボルディックは、なんの遠慮もなくすべての手札を使うと宣言した通り、俺たちを使いやがった・・・・・・

 貴族がキレたら面倒だというのに、そんなことを気にしちゃいない。


 俺たちのことをまだ知らなかった冒険者たちも、ノブレスならと顔に生気が宿る。


「よ、よし、頼んだぞお!」

「やるぞ! 兵士たちもいるんだ。やれる!」

「全員でやるぞおお!」


 兵士は使命感だが、ここにいる奴らのほとんどの目的は金だ。

 ま、俺もそっちのほうが好感は持てるが。


「セシル、いいのか?」

「何が?」

「この作戦、失敗すればすべての責任がお前に圧し掛かるんだぞ」


 そう、これは遊びじゃない。訓練でもない。

 以前のセシルならこんなこと引き受けるわけがない。

 だが――。


「大丈夫。――私なら、誰よりもうまくやれる」

「……はっ、その通りだ」


 セシルは自信満々に笑みを浮かべた。

 その言葉は真実だ。セシルがダメなら、誰がやってもダメだ。


 もし失敗して彼女に責任をかぶせようとするやつがいたら、俺がぶっ殺してやる。


 とはいえ本来は蹂躙されるはずの国だ。

 敗北が普通だろう。


 つまりこれも改変の一つとなる。


 いくらなんでも簡単にとはいかないだろう。


「シンティア、リリス、無理するなよ。もしダメだと思ったら、俺を見捨てでも退け」

「ふふふ、そんなことすると思いますか?」

「魂だけになっても、ヴァイス様のお傍にいますよ!」


 ったく、いつもの忠誠心だな。

 しかしリリスは本当に魂だけになっても、俺の周りに浮遊してそうだ。


 

 そして俺たちは西門に移動した。

 当然だが、兵士たちが前衛だ。可哀想かもしれないが、それが仕事だろう。


 その後ろ、左右に広がって俺たち冒険者が立っているが、左右にも色々散らばっている。

 相手は統率のとれた兵士ではなく魔物だ。どう動くかなんてわからない。


 街の壁はまだ増築していることもあって、建物が薄い。その上、一番見晴らしのいい場所にセシルがいた。


 少し笑ってしまうが、演習を思い出す。


 ここにいるのは、俺たちの隊、アレン隊、セシル隊だ。


 ――実践の成果を出せばいい。


『それでは、私が指揮を執ります。細やかな指示は一人一人に語り掛けますので、よろしくお願いします』


 いつものセシルの声が、脳内に響く。

 セシルは魔力の識別に優れている。彼女からすれば、全員の魔力を容易に判別できるらしい。


 冒険者たちは驚いていた。こんな指揮は初めてなんだろう。


 そして俺たちより前で立っている、A級冒険者ボルディックが嬉しそうだった。

 

 その顔は、少しミルク先生似ている。

 ああこいつもしかして、面倒な指揮が嫌で戦いたかったんじゃねえのか?


「はっ、戦闘狂バトルジャンキーばかりだなこのノブレス・オブリージュのの奴らは」


「おい、あの子すごくねえか?」

「飛行魔法……ノブレス学生ってマジでやべえな」

「ああ、それにこれに勝てば報酬がっぽりだ!」


 上空ではカルタが杖に跨って待機していた。飛行するだけで凄いのだが、彼女は空中で停止している。

 それがどれだけ凄いのか、彼女はわかってないが。


「ネル、一宿一飯の恩、忘れない!」


 そして横では、ネルが腕をぶんぶん振り回していた。

 こいつの雨は役に立つ。だが言葉は苦手らしい。誰も一宿はしてない。


 そして長い間、静寂な時間が続いた。


 いつ来るのか、緊張が解けそうになった時、音が聞こえはじめる。


 まるで地鳴りだ。ゴォオオゴオオオと、地震のような音。


 そしてセシルが、俺たちに語りかける。


 全員が気合を入れた。もちろん、俺もだ。


 しかし目の前に現れた魔物を見た瞬間、あまりの巨大さに驚いた。


 油断していたわけでも、舐めていたわけでもない。


 巨大なモンスターが、それこそ永遠に続いているかのように動いているのだ。


「う、嘘だろ……」

「こんなの、勝てるのか?」

「ま、まじかよ……」


 だが覚悟が決まっていない奴らもいる。

 怯えた表情で、肩を震わせる。


 もちろん、それは、セシルも気づいていた。


 次の瞬間、上空から砲台のような魔力砲が響く。


 それは今まで見たことがないほどの大きさと威力。


 ぐんぐんと伸びていくと、魔物の集団にぶち当たってはじけ飛ぶ。


 その場にいた冒険者、兵士も上を見上げる。


 それを放ったのは、カルタだ。セシルの指示なのだろう。


 あいつめ、セイレーンの時より強いじゃないか。


 アレンと同じで、誰かと守る為には強くなれるのか。


 そして次に、魔物の先頭を走っていた奴らが突然に倒れこむ。


 事前に付与していたシャリーの罠だ。その瞬間、兵士たちが前に進む。


 同時に、ボルディックが叫ぶ。作戦というわけじゃない。鼓舞だ。


「来るぞお前たち、試合の鐘はなった! 身構えろ! 」


 だが俺は前に駆けた。周りの連中が驚いて声をあげる。


『ファンセントくんを追いかけないでください。彼は――自由に動きます』


 後衛で魔物を待つなんて趣味じゃない。だからこそ俺は、自由に動くと宣言した。

 そして腹が立つほどに、同じことを考えていたやつがいた。

 

 俺と並走して並んでいたのは、アレンだ。


「――死ぬなよ。準優勝」

「そっちこそ怪我しないでね」


 俺たちは兵士の間を縫って巨大なサイクロプスを二人で真っ二つに切り裂く。


「ギガァァッアアア……」

「――雑魚が」


 さて、厄災の予行練習のはじまりだ。


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