079 蹂躙

 森やダンジョン内で出会う魔物は、無条件で人間を殺そうとしてくる。

 理由は知ったこっちゃない。ゲームだと考えると、ただのプログラムに過ぎない。

 だがこの世界は現実だ。


 そして魔物から伝わってくるのは、恨みだ。


 自分たちより弱い種族が蔓延っているのが許せない。だがそれは、俺も同じ。


「ギァアッガア――」

「失せろ」


 俺とアレンは、誰よりも前に出て魔物を駆逐していた。

 巨大で獰猛な魔物は攻撃力だけじゃなく、防御にも優れている。


 だが古代魔法具は魔力でコーティングされている分、切れ味が非常にいい。


 血肉がまとわりつくこともなく、油で汚れることもなく、ただ間を縫うように魔物の手足や首を落とせる。


「すげえ……」

「見惚れてんな! 次々来るぞ!」


 ブルーノの兵士は弱くない。中には手練れの騎士もいる。

 しかし俺たちのように魔物を想定した訓練は少ないのだろう。


 巨大な魔物相手に手こずっているみたいだ。


 そしてやはりというべきか、アレンは俺と大会で戦った時よりもいい動きをしていた。


身体強化パワーアップ――、ハァッ!」


 デュークの魔法を模倣し、体操選手のように魔物の首を無駄なく削ぎ落していく。


 こいつは自分の為だと力をフルに出せない。

 誰よりも他人優先の主人公野郎。ある意味では、まさにこの欺瞞と悪意に満ちたノブレス・オブリージュにふさわしいのかもしれないが。


「ネルの必殺技! 天からの五月雨降り注ぐ雨


 そして俺たちのように指揮系を無視して、ネルが後から着いてきた。

 大会でもわかっていたが、やはり大人数相手に特化した魔法のようだ。


 魔物に降り注いだ雨が、魔物に大ダメージを与える。

 

 致命傷とまでいかなくとも ダメージを与えて弱くするだけで仲間が殺してくれる。

 今までとは違う戦場の利点を、俺は一つ覚えた。


「デビビ!」

「ああ、頃合いだな」

 

 デビはすでに召喚している。二人で地面に手を翳す。

 面倒な術式をいつも頭で描いているが、デビがそれを省略してくれるので発動が早い。


 今回は魔力補給と傷の回復を重視だ。


 ――癒しの加護と破壊の衝動。


「ほう、光の加護か!」


 いつのまにか前線で戦っていたボルディックが、俺の魔法を見てニタリと笑う。

 ダリウス並の大剣が、魔物の血で染まっている。


 切れ味よりも打撃がメインなのだろう。魔物が悶絶する姿なんて初めてみた。


 混戦の最中俺の魔法にもすぐ気づくあたり、さすがはA級冒険者というところか。


 後方にちらりと視線を向けると、取りこぼした魔物たちがシンティアたちと戦っていた。

 さすがに誰がどうなっているかまでかはわからないが、国への侵入はまだ許していないらしい。


「アレン、前に出すぎるなよ」

「ああ――わかってる!」


 魔物の進撃は一時的にだが止まっていた。

 おそらく俺たちを敵認定し、駆逐しなければ前に進めないと気づいたのだろう。


 だがそれは俺たちにとって好都合だ。


 巨大なサイクロプス、ゴーレム、魔狼、魔犬、ヘビ、他にも見たこともない異形なモンスターが、人間に牙をむいている。


「――この程度か?」


 数は多いが、一体一体は大したことがない。

 所詮は意思を持たぬ魔物。


 原作を知っている俺からすれば、人間に駆逐されるために存在しているといっても過言ではない。


 つまり理詰めで対処すればいい。

 魔物にはそれぞれパターンがある。


 二度三度攻撃を回避すれば、それはすぐに理解できる。

 アレンも本能で理解しているみたいだった。一度手こずった攻撃も、二度目は難なく回避している。


 ったく、主人公野郎は成長速度がチート級だなッ!


『ファンセントくん、魔物の様子が――』


 だがすべてが順調ってのは、創作物において逆に不穏なパターンだ。

 ご多分に漏れず、どうやらこの世界でもそうらしい。


「――憤怒だと?」


 セイレーンのゴーレムのときもそうだが、憤怒は限定個体のみ。

 むしろ稀有な存在だ。


 だが驚いたことに、いま俺たちを囲ってきているすべての魔物が、赤く染まりだす。


 これが、憤怒のわかりやすい症状だ。


「な、なんで……うわああああああああああ」

「ク、クソ、どういうことだよ!」

「や、やめげあぁぁっあ」


 ただでさえ巨大な魔物だ。ステータスの上昇値は半端ない。

 今までの速度が約三倍になり、攻撃力、防御力も同じように上振れていく。


「しっかりせんか! 兵士よ! フンヌラアアアアアアアア!」


 失いかけた士気をボルディックが立て直す。

 ブルーノにも指揮官はいるが、巨大な国はそれだけ驚異的、よっぽどのことがなければ他国から攻められることはない。


 ぬるま湯に浸かっていたんだろう。これが、原作でスタンピードに蹂躙された理由の一つか。


 そしてそのタイミング、ここが踏ん張りだとわかったらしい。


 セシルが指示を飛ばすと、残りの面子・・・・・が俺たちと同じ前衛で戦いはじめる。


「――グオオオオオオオオオオオオオン!」


 次の瞬間、目の前の巨大なサイクロプスが、同じ同胞であるサイクロプスを殴りつけた。

 これができるのはただ一人――。


「使役しました! 赤く光っていないのは、ボクの魔物です!」


 魔力総量の分だけ使役は難易度が高い。

 はっ、オリンの奴、順調に育ってきてんじゃねえか!


「す、すげえ、あんな巨大な魔物を使役したのか」

「女の子もがんばってんだ、お前らも気合いれろ!」

「「「おお!」」」


 オリンのパッシブのおかげで士気も上がっている。あえて訂正する必要はないだろう。


「はっ、いいねえ、いいねえ、巨大な魔物ってのは、戦いがいがあるぜぇ!」


 そしてデューク。

 奴は拳に古代魔法具を装備していた。以前のナックルカイザーと形は同じだが、体内の魔力を拳に乗せられるようになっているのだろう。


 持ち前の腕力と魔力のハイブリットの強打撃、いや――。


「はっ! 風通しがよくなったんじゃねえのか?」


 そんな生易しいもんじゃない。奴が打ち込むと魔物の身体にが開く。


 バカみたいな威力に思わず笑みをこぼす。


 シンティアは氷剣グラスエースのままで魔物を叩き切っていた。

 古代魔法具はまだ使用していない。

 おそらくだが、付け焼刃よりも慣れている武器を優先したのだろう。


 リリスは暗器ナイフに魔法を付与し、縦横無尽に駆けまわりながら、的確に魔物の目を潰していた。

 視界を失った魔物ほど与しやすいものはない。


 やるべきことをわかっている彼女らしい戦い方だ。

 

 シャリーも同様で、後方で支援しながら魔法罠でみんなを助けている。

 全員が訓練の成果を出していた。誰一人として無駄な動きはしていない。


 厄災からそんなに時が経っていないというのに、正直、その成長速度には舌を巻く。


 だが――。


闇の雨ダークレイン――不自然な壁アンナチュラル

 

 俺も負けてはいない。

 天から闇の雨を降らす。術式も改良済だ。


 敵にはダメージを、味方には加護を。


 傷を負っていた兵士の身体が癒えていく。同時に空中に出現させた不自然な壁アンナチュラルから魔法砲が放たれる。


 大会を経て、俺はまた強くなっている。


 魔物は一向に減らないが、楽しくもあった。


 永遠に続く戦闘楽しみを味わっているようだ。


「あいつ、笑ってやがる……」

「狂ってるな、だが頼もしい」


 ははっ、おもしろい、おもしろい。


 もっとこい、もっと俺を苦しませてみせろ――!



「にゃ、にゃんだー!?」


 そのとき、ネルが叫んだ。同時に、兵士が空中に吹き飛ぶ――。


 ――なんだ?


 魔物をかき分けて前に出ると、そこに立っていたのは――魔族!?


 いや、これは……もどき・・・か。


「う、うわああああ。こ、こいつ、賞金首のベリルだ! な、なんでこんな!?」


 いち早く気づいたボルディックが兵士を制止する。


「下がっておれ。あいつは魔族もどき・・・・になっておる」


 俺が以前倒したブータンのように褐色肌で、身長は二メートル以上あるだろう。

 だが盛り上がった頭の黒い角、それが、もどき・・・だと教えてくれた。


 それに気づいたアレンが、俺の横に立つ。

 初めてみたらしく目を見開いていた。


「彼は……人間なの?」

「アレン、油断するなよ。あれは――」


 魔族もどきとは、数百年前の厄災後に唐突に出現するようになった病気みたいなものだ。


 ある日突然、人間の頭部に黒い角が生える。

 だが魔族もどきになる連中は悪党だけだ。何の因果でそうなったのか原因不明だとされているが、俺は知っている。


 悪と魔力が絡み合い、そして魔族の手によって引き起こされるのだ。

 早い話が改造人間だと思えばいい。


 ……つまり、このスタンピードは偶然じゃないってことか?


 そして魔族もどきになった時点で、全ての能力が上昇するデバフ・・・が付与される。

 なぜ加護バフじゃないのか。それは、理性がなくなるからだ。


 自我を失う代わり強くなる。


 だからこそ魔族もどき・・・・・


 これはノブレス・オブリージュの本筋メインストーリーが進行しているということでもある。


 クソが。


 そして一番の特徴は、魔族に似た魔法が使えるようになること。

 

 それが、もどき・・・


「アガ……アガ?」

「――離れろ!」


 俺の言葉で、全員が身構える。

 魔力には個性がある。俺の闇、シンティアの氷のように。

 もどきになると、生前のステータスが上昇すると共に、その個性が爆発的に進化・・する。


 賞金首のベリル。俺はこいつのことを知っている。

 たしか得意技は――魔力を飛散させる攻撃。


 つまり――爆発・・だ。


 ――ドゴオオオオオオオオオオン。


 次の瞬間、巨大な魔物が飛散した。

 肉片の欠片が弾丸のように飛び散って大勢の兵士に降り注ぎ、肉を突き破り骨を貫通していく。


「がぁあっあああぁつ」

「ぐぁあぁあああああっっ」


 重傷を負った兵士が叫び声をあげる。今の攻撃で手足をもぎ取られたやつもいる。


 こいつにとって魔物は、爆弾・・代わりということか。


 デカければデカいほど爆発力が高いのだろう。

 

 ここは、まるで動く地雷原。


 だが――。


この世界ノブレスらしくなってきたんじゃねえか」


 俺は剣を構えた。魔族はこれ以上の能力・・を使う。

 もどきに怯えていては前には進まない。


 それに近くに奴らがいる可能性は高い。


 ならばこいつをすぐに駆逐する必要がある。


 そしてこれこそが、俺の知っているノブレス・オブリージュだ。


 俺は、絶対に負けない。




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