077 嵐の前の静けさ

「じゃあ、等級試験を見事にクリアしたってことで、後、アレンは残念だったが、ヴァイスの冒険者大会の優勝も兼ねて!」


 デュークミネラルの野郎が、チラチラを俺に視線を向けながら言う。


 俺は喜んでいない。決して、嬉しくもない。


「ヴァイス様、あらためておめでとうございます!」

「ヴァイス、おめでとうですわ」


 左右に座っているリリスとシンティアが、俺に向かって満面の笑み。


 とある酒場、といっても酒ではなくジュース。

 年齢が問題なわけじゃなく、大人数だからこそ問題がないようにだ。


 店内はそこそこ広く、大テーブルを貸し切ってもらっている。

 長方形の木で作られていて、かなりデカい。

 周囲を見渡しても俺たちのような子供はいない。

 席には、シンティアとリリスの他に、カルタ、オリン、セシル。

 アレン、シャリー、デューク、そしてなぜか準決勝で戦ったネルがいる。

 

 俺を含めて総勢、10人だ。打ち上げすぎるだろう……。


 全員が右手に飲み物を持っている。泡はあるが、ジンジャーエールのような飲み物で、甘味と苦みがあるブルーノの特産品だ。


 右手を上にあげながら、ミネラルが「ノブレース!」と叫ぶ。これは、学生内での乾杯だ。」


 こういうときのこいつの声は良く通る。ま、似合ってるな。


「デビビッ」


 ちなみにデビもいる。ゴクゴクとジュースを飲んでいるが、どうやら美味しいらしく笑顔だ。

 魔力以外でも栄養が補給できるのか。


 テーブルにはフルーツがたくさん並べられていた。もちろんそれだけじゃなく、次々と料理が運ばれてくる。

 鼻腔をくすぐる匂いだ。冒険者が多い国ってのは美味い飯が多い。それだけ食を楽しみにしている奴らが多いってことだが。


「どうぞ、ブルーノポタージュです。こちらはブルーノフィッシュにブルーノステーキ」


 給仕が持ってきたのは、この街の名物料理。

 ノブレスでは健康が第一だが、この国では腹を満たすのが最高とされている。

 なので――デカい。


「すごーい、おいしそう! ボク、お肉好きなんだよね」

「ほんと美味しそう。でも、全部食べ切れるかしらね」


 元気なオリンと、物静かなセシル。

 その横ではちょこんとフルーツを一つ頬張るカルタ。


 このトリオ、通常時もいいバランスかもしれないな。


「デューク、その肉、僕のだぞ!」

「ふあぁひわ、いいあふぁああ?」

「もう、二人とも行儀よくしなさいよ」


 一方でどこでも変わらないデュークとアレン。

 シャリーはいつも大変だな……。


「あいつら、どれだけ料理頼んでるんだ?」

「すげえな……羨ましい」

「おい絡みにいくなよ。あいつら、ノブレス学園だぞ」

「マジかよ、あの有名な集団か」


 周りの大人たちは驚いている。料理の数もそうだが、おそらく金額だろう。

 俺たちのほとんどが貴族だ。悪いが値段なんて気にしていない。

 これは嫌味でも何でもなく、生まれの差だから仕方がないだろう。


 一方で、ネル・・の様子がおかしかった。


「……ええと、ネルは遠慮しておこうかな」

「あ? 嫌いなのか?」

「え、そ、そういうわけじゃないよ!? ネルにはちょっと、あれかなーって! スープだけ飲もうかな!?」


 そういえばこいつ、強いわりに身なりはあんまり綺麗じゃない。

 注文している時、ポケットに手をつっこんでいたが、小銭でも確認していたのか。


 ったく。


「俺たちのおごりだ。気にせず食べろ」

「……え? でも、こんなにたくさん!?」

「気にすんな、金なんて気にしてる奴らはここにいない」


 俺とネルのやり取りに気づいたシンティアが、そっとステーキのプレートを差し出す。


「どうぞ、大丈夫ですわ」

「……じゃあ、遠慮なく……いただきますっ!」


 がつがつを食べはじめる。野良猫みたいなやつだな。

 しかし横顔を見ていると、誰かに似ている気がする。


 冒険者のほとんどが一攫千金の夢を求めている。

 そういう意味では、俺たち貴族で冒険者は異質だ。

 ネルはそうなのだろう。だがこの強さならいずれランクは上がるはず。


「おいひい、おいひいよおおいひい」


 涙を流しながらステーキを頬張るネルの姿は、ちょっとだけ面白かった。


「はっ、喉詰まらせんなよ」


 気づけば笑っていたらしく、それをミネラルが目ざとくみつける。


「おおっ、ヴァイスが笑ってるぞ! みんな、注目だ!」

「本当、めずらしいわね」

「そう? ヴァイス、よく笑ってない?」


 シャリーとアレンもついでに俺を見てきやがる。

 ったく、どいつもこいつも楽しそうにしやがって。


 ……まあでも、たまにはいいか。


 破滅なんて考えずに、たらふく飯を食うのも悪くない。


「デビッデビビ」


 そして意外といってはなんだが、デビは闇の剣をナイフにして、貴族マナー並にステーキを頬張っていた。

 胸元には闇ナプキンを装着している。

 ふむ、主人の俺に似て綺麗じゃないか。誉めて遣わす。


 それから俺たちは店の食材が無くなるほど、とまではいわないが、皿が積みあがるほどには食べた。


 そのほとんどがネルだったが、もうこんな豪華な食事は食べられないと泣いていた。


 ……どんな生活してたんだ?


 すっかり日が落ち、解散しようとなる。

 宿は違うので、店の前でお別れだ。


 明日、アレンたちは別の国に行くという。

 セシル、オリン、カルタもだ。


 俺も用事は終わったが、どこかの国で鍛えるのも悪くない。

 別れ際、オリンがテクテク歩いてきて、デビの頬をつんつんした。


 相変わらず男の娘おとこのこっぽい表情を浮かべてるな。

 酒も飲んでないはずなのに、なんで頬が赤いんだ?


「デビちゃんと仲良くできてるみたいだね」

「ああ、オリンお前のおかげでそこそこいい活躍してるよ」

「えへへえ、よかった」


「デ……デビ……」


 デビは飯を食べたら眠くなったらしくウトウトしていたので、闇へ戻す。


 俺の心はいつもより穏やかだった。

 ノブレス学園内では全員がライバルだが、今は違う。

 それで安心していたのかもしれない。


 だがノブレス・オブリージュってのは、安堵した瞬間を狡猾に狙ってくる。


 剣魔杯での厄災のように。


 そして――。


「クソ、やべええぞ。――緊急招集、緊急招集が発令だああああああああああ」


 そのとき、一人の冒険者が叫びながら走っていた。

 周りがざわめく。

  

 よく見ると、兵士たちが大勢いる。


 ――一体何が。


「ヴァイス、緊急招集とはなんですか?」

「……緊急招集は、冒険者たちの中で使われる言葉だ。わかりやすくいうと、暇な奴は全員来てくれってことだ」


 貴族のシンティアが知らないのも無理はない。

 冒険者の共通語ではあるが、ほとんど使われることはない。俺も原作のおかげで覚えていたくらいだ。

 なぜなら、かなり・・・ヤバい時にしか発令されない。


 当然、こんな時に無条件で動く奴らがいる。

 アレンとオリンは追いかけていた。


「ヴァイス様、どうしますか?」

「ま、聞くだけきくか。面倒な案件なら引けばいい」


 そうリリスに伝えると、ひとまず全員で冒険者ギルドに向かうことになった。


 冒険者の近くは、すでに大勢が集まっている。

 人混みをかき分けようとしたが、俺に気づいた奴らが道をあけた。


「おお、優勝者のヴァイスだぜ」

「やった、来てくれたんだ」


 ……なんだ?


 中に入ると、そこにはさっきみた試験官のオッサンや、見たこともない冒険者が大勢いた。

 ランクはCやBばかりだが、どうやらAも数名混じっている。


 ミルク先生やエヴァのようなSは世界でも有数なので、めったに見かけることはない。


 正式な識別方法は冒険票だが、俺は魔力で判断した。


 そして俺たちをテストした試験官のおっさんが、前に出て話はじまる。


「本日、西のジャイアントダンジョンが――崩壊した」


 ダンジョンの崩壊とは、魔力が溢れすぎたり、何からの理由で制覇クリアされずに壁が取っ払われることだ。

 するとどうなるか?


 ダンジョン内のモンスターが外に溢れる。だが奴らは不思議なことに、外で縄張りを持たない。

 次のダンジョンまで移動するので、魔物大移動が起きる。

 

 それが、通称「スタンピード」。


 移動といっても、奴らの暴力性が失われるわけじゃない。

 道中に街があれば破壊するし、それで国が崩壊することもある。


「進路予測からすると、どうやら街の西、一般居住地区を通過するらしい」


 ブルーノは国がデカい分、横に広がっている。壁を増築し、新しい部分は平民が住む。

 今回はそのあたりの家が無くなるってことか。

 

 西は確か貧困層の奴らが住んでいたはず。


 そいつらの家が無くなるってことは、この世界において死ぬのと変わらない。

 誰も他人を助けたりはしない。私財が無くなれば奴隷になるしかないし、仕事だって失うだろう。


「……そんな」


 それに一番反応していたのは、アレンだ。

 あいつの故郷はスタンピードによって崩壊、そして家族を失った。


 俺は知っている。


 だが――。


「よりにもよってジャイアントか」

「ヴァイス様、知ってるんですか?」

「ああ、最悪のダンジョンだ。全種族が、巨大な魔物だからな」

「……そんな」


 そして俺は思い出していた。

 メインに匹敵するほどのサイドストーリーがの一つが、これだったことを。


 だがメインとなる場所は確かこの先にある国だ。


 そこには大勢の強者がいて、仲間と共に国を守る。


 しかしゲームではいくつかの国が致命的な崩壊をしたと書かれていた。

 文字にすればたったの一行、だがそれが、このブルーノ国なのだろう。


 原作ではこのサイドストーリーをクリアした場合、国を守った英雄扱いされる。


 犠牲になった国の事は、一切触れられていない。


 ここへ来る途中、泣く泣く離れようとしていた家族たちが歩いていた。

 そのどれもが身なりが乏しい奴らだった。おそらく魔物の通過ルートに家がある連中だったのだろう。

 当然、幼い子供も大勢いた。


「これは緊急招集だ。もちろん、ブルーノの兵士たちもいる。任務は討伐じゃない。奴らのルートをできるかぎり逸らすことだ。報酬はそれなり支払うことが約束されてる。頼む、力を貸してくれ」


 俺たちを担当した、バンス試験官が頭を下げる。冒険者試験官こいつらは、通常の冒険者と違って簡単に他国に移動したりはしない。

 ここが故郷みたいなものだろう。


 しかしどう甘く見ても危険な任務だ。

 厄災とまではいわないが、今ここにミルク先生たちがいないことを考えるとそれ以上かもしれない。


 冒険者大会を見た限りでも、俺やアレンがこの場でトップクラスに近いはず。

 ということは――。


「ど、どうするよ。やべくねえか?」

「わ、わかんねえ。命が惜しいけど、報酬がな……後は……」


 自然と、冒険者は俺たちに視線を向ける。

 当然だろう。俺たちが参加するかどうか、それで決めたいのだ。


 誰も負け馬には乗りたくない。いくら金が欲しくても、命は惜しい。


 とはいえ二つ返事する奴らは・・・知っているが。


「やります。――僕は戦います」

「ボクも」


 いの一番に声を上げたのはアレンだ。続いてオリン。

 そうなると、デュークとシャリーは当然のように着いて行く。


 セシルは俺を見ている。戦力の差をわかっているからこそ、冷静だ。


 俺はブルーノに何の執着もない。正直、こいつらの国が崩壊しようが、貧民どもが奴隷になろうが知ったこっちゃない。


 だが――。


『ファンセント家の名を知らしめる』という、父上の手紙を思い出す。


 俺は父が好きだ。できるだけ願いは叶えてあげたい。


 冒険者大会を史上最年少で優勝、ダンジョンを制覇、そしてスタンビードを退けたとなれば、これ以上の成果はないだろう。


 ――締めにはちょうどいいか。


「リリス、シンティア、少しだけ寄り道していくぞ」


 俺が声をかけると、二人は緊張な面持ちを解き、ふっと笑う。

 それに気づいたセシルも、同じように笑みを浮かべていた。


「――俺も出る。だが条件がある。上の奴らの命令なんてきかない。好きに動いていいのならな」

「も、もちろんだ! 助かる!」


 そして俺の言葉で覚悟を決めたらしく、手を挙げる。


「セシル・アントワープ、私も参加します」

「カルタ・ウィオーレ、私もです」

「ネルも! ネルも参加する!」


 セシルたちも続くと、他の冒険者たちも名乗りを上げる。


 だがこれは命を懸けた戦いだ。

 頼れる先生たちはいない。


 だが相手は魔物、手加減する必要はない。


 せっかく手に入れた新魔法もある。


 厄災の前に、予行練習といこうじゃないか。


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