076 完全制覇
セイレーンとは、ギリシア神話に登場する海の怪物のことだ。
上半身が人間の女性で、下半身が魚の姿をしている。
ノブレスでは、彼女の歌声に魅惑されてしまうと、魔力を阻害されたり、意識を失って命を落とす。
ここでいう歌声ってのは魔法と同じで、音に微量な魔力を混ぜ込んでいる。
それが
何よりも厄介なのは、ダンジョンボスのほとんどが
一体一体が通常モンスターより強く、討伐に時間がかかる。
そしてセイレーンは、水に囲まれた大きな岩石の上に佇んでいるので、攻撃するのも一苦労だ。
だがそれは、
「ララー♪ ラララー♪」
俺たちの侵入に気づいたセイレーンは、美しい歌声を奏ではじめた。
原作で聞いたときは綺麗な声だと思ったが――クソ、現実はこんなにも頭に響きやがるのかッ!
「くっ――ッ!」
「きゃぁっ」
アレンとカルタも、顔を苦痛に歪める。
同時に扉が固く閉ざされる。
離脱魔法やアイテムは存在するが、俺たちはそんなのを持っていない。
セイレーンを殺すか、俺たちが死ぬか。
普通の奴なら扉の前で帰っただろう。
この人数でボスを攻略なんて、正気の沙汰じゃない。
だが俺たちは誇り高きノブレス魔法学園の生徒だ。
それに自信だってある。
セイレーンは部下モンスターが出現させた。
水から現れたのは、何とも言えぬ異形な形をしたドロドロの人型魔物だ。
「デビ!」
「デビビビ!」
右腕が闇の剣、左腕が闇の盾に変化すると、パタパタと翼を動かして飛んでいく。
なるほど、デビも進化しているらしい。
「カルタ、ここの高さなら問題ない。俺たちが時間を稼ぐ、お前はセイレーン本体を狙え!」
「わかった!」
「――アレン!」
「わかってる!」
箒に跨って、カルタは高く飛び上がる。同時にアレンに声をかけたが、言わずとも理解していた。
部下モンスターを倒し、余裕があればセイレーンを攻撃する。
「ラララー♪ ララー♪」
原作ではボスにHPゲージが存在するが、そんなものは見えない。
そしてこいつにも憤怒が存在する。
残り3割ほどになると、さらに凶悪度が増すだろう。
「ギョギョッ!」
「気持ち悪い奴らだなッ!」
だが俺はその術式をも破壊する。
アレンに視線を向けると、光の剣が輝いていた。
そして驚いたことに、水の魔物は復活せず、ビチャリと地面で水に戻っている。
クソ腹立たしいが、俺と同じような効果が、あの武器に宿っているのだろう。
純粋な光、どちらかというとシャリーの精霊魔法に近いのか。
まあ今はいい。それより、セイレーンだ。
「デビビーッ!」
デビは優秀だった。
討伐の要がカルタだとわかっているのだろう。
部下を倒しながら、カルタの護衛をしている。
一体のモンスターが放った水魔法を、デビが闇の盾でカバーする。
「あ、ありがとう!」
「デビィ!」
そしてカルタは、
魔力量を増やす手段は地道な努力しかない。日々の鍛錬、それのみがのちの自分を支える。
カルタは一日たりとも欠かしていないのだろう。あの日、俺とタッグを組んだ日、いや、もっと前からか。
はっ、俺が行った一番の良い改変は、お前を退学にさせなかったことかもしれないな。
そしてカルタのとんでもない魔力砲はセイレーンに直撃した。
ダメージは相当なものだろう。轟音が響き、まるで大砲だ。
歌声が一時的に止まると、俺たちの魔力阻害が切れる。
「アレン!」
「ああ!」
これで全力が出せる。
その短い時間を使って、俺たちは部下モンスターを瞬殺した。
だが驚いたことに、セイレーンはふたたび歌声を奏でた。それは俺でも聞いたことがない声、中心近くと水がふわりと持ち上げられると、自身を回復させた。
――こんなの、見たことがない。
「カルタ、こいつらにも魔力消費はあるはずだ。絶えず撃て!」
無限なんて存在しない。
それからも俺たちは同じように攻撃をし続けた。しかし回復は一向に終わらない。
癒しの加護と破壊の衝動は複雑な術式なので、阻害されながらの詠唱は難しい。
となると、俺とアレン、カルタでの総攻撃が必要だ。
「アレン、部下を同時に倒して、三人でセイレーンを即死させるぞ!」
「同時に!? そんなのでき――」
「やるんだ。俺たち――できる」
部下モンスターは次々と出現する。水はいくらでもある。
不死身ではないが、数に限りがない。
ちなみに上空のデビもこくりと頷いていた気がする。健気な野郎だ。
カルタも抑えた魔力砲で部下を倒す。
そして機がきた瞬間、俺は叫ぶ。
「今だ!」
次の瞬間、今出現している雑魚モンスターを全員で倒す。その瞬間、残ったのはセイレーンだけだ。
「
「
同時にアレンと俺は同じ魔法を詠唱した。俺は必死に会得したというのに、
しかしいつのまにか憤怒が発動していた。セイレーンは、上空のカルタに狙いを定めて、水魔法を飛ばした。
それも驚きの威力だ。防御魔法は貫通するだろうと思えるほどの魔力。
そのすべてがカルタを襲う。
切り伏せるには距離がある。となると――。
「デビビ!」
わかっている。あいつは。
デビは全力で闇の防御魔法を詠唱し、カルタを守った。水は断続的に続いているので、両手をかざして魔法を詠唱し続けていた。
ったく、縁の下の力持ちの称号をくれてやろうか?
「――じゃあな、セイレーン」
しかしその数秒で十分だ。カルタの魔力砲、俺とアレンの同時攻撃で、セイレーンを切り伏せる。
最後は美しくもない断末魔を叫び、そして水に沈んでいく。
どういう原理かは知らないが、その後、水は干からびると、水晶のような魔核が落ちていた。
これが、ウォーターダンジョン、セイレーンの魂だ。
ま、なかなか強かったんじゃねえか?
「ヴァイスくんっ」
箒から降りてくるカルタ、あと、デビ。
「デビビッ、デビビッ」
「ああ、よくやったよ。頭をこすりつけるな」
構ってちゃんはちょっと困るが。
「……デビくん、ちょっとうらやましい……」
「あ? カルタ、なんか言ったか?」
「ううん、何でもないよ!? 何でもない!」
頬を赤くさせやがって、なんだ? 戦いの興奮が冷めないのか?
「ありがとう、みんな」
屈託のない笑みを浮かべるアレン、ったく、こいつはいつも誰かに感謝してやがんな。
「試験だからな。さて、帰るか」
そういえばボスを倒せば自動的にダンジョンは消えるはずだ。
原作ではたしか――。
轟音が響いて、真っ白に包まれる。
『ウォーターダンジョンが
ああ、そういえばこんなんだったか。
▽
「……え? ダンジョン討伐しちゃったの?」
ギルドに戻って試験官に魔核を渡したが、なぜか驚いた顔をしやがった。
というか、俺たちがクリアしたせいでダンジョンが消えたので、中断された奴もいるらしい。
まあ、そんなのはどうでもいいが。
「あ? そっちがセイレーンを討伐しろっていったんだろうが」
「あれ、いや……。セイレーンはセイレーンでもその、途中にいた小さなコセイレーンのことで。ええと、冒険者の間では常識なんだけど……」
「コセイレーン……?」
そういえばなんか似たような小さい奴がいた気がする。
アレンとカルタに顔を向けてみたが、覚えてないと首を横に振った。
……弱すぎてわかんねえよ。
「嘘だろ、コセイレーンでもあんなに苦労したのに、ダンジョンをクリアするなんて……」
「あいつら、優勝と準優勝コンビじゃねえか!」
「あんな小さな女の子も!?」
まあ、でもいいか。
「それで、合格か?」
「え? あ、あ、はい。もちろん合格です。ええと、ゴホン。――今回等級試験をクリアしたのは、ヴァイス・ファンセント、アレン、カルタ・ウィオーレの三人のみ!」
阿鼻叫喚が聞こえる。試験をクリアできなかった場合、等級が下がるらしい。任務に影響するんだろうな。
そんなことは俺に関係ないが。
そして同時に終わったのか、リリスとシンティアを見つけた。
合格を言い渡されている。
俺を見つけて、駆け寄って来る。
「ヴァイス様!」
「ヴァイス、どうでしたか?」
「合格だ、そっちもか」
「はい!」
「で、――お前は誰だ?」
「なななな、ネルを忘れたとでも!?」
垂れ下がった猫耳……あ、こいつ、雨を降らしてたやつか。
「雨女か」
「あめおんな!? 名前はネル!」
「何でもいい」
「ネルさん、凄かったですよ。おかげで試験が楽でした」
「でゅへへー、シンティアさんもすごかったよー」
……変な奴だな
そして横を見ると、アレンがデュークとシャリーと話していた。
カルタは――セシルとオリンとだ。
……多いな。
なんだか居心地が悪いのですぐに去ろうとしたが、デュークが必死に手をぶんぶん振ってやがる。
絡まれる前に消えなければ――。
「よお! ヴァイス! みんなで打ち上げいこうぜ! せっかくだしよお!」
「腕立て伏せでもしてろ」
「おおそうか! ヴァイスも行くか!」
俺が何をいっても聞こえていないらしい。耳にまで筋肉が詰まっているのか?
そしてデュークはリリスとシンティアに声を掛ける。
さすがに断るだろうと思っていたが、なんだか様子が――。
「ヴァイス様、せっかくだし行きましょうよ!」
「たまにはいいかもしれませんわ。ねえ、ヴァイス」
「……仕方ないな」
楽しめ、とミルク先生も言っていた。
俺自身は本当に面倒だが、師匠の教えを守ることにするか。
「デ……デビ……」
そしてデビは悲し気な顔をしていた。戦いが終わったということで、自分がどうなるかわかっているのだろう。
そういえば戻すのを忘れていたな。
ふむ、そういえばこいつは普段、魔力を食べているが、食事もできるのか?
……しょうがない、実験として連れてってやるか。
「最低限の魔力で召喚しといてやる。だがあんまり動くなよ」
「デ、デビーーーー!」
「頭をこすりつけるな……」
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