075 セイレーン

 さっそく歩き出した俺たちに待っていたのは、ダンジョンの洗礼だった。


「――しゃがめ!」


 水の柱、そこから小魚が飛び出してきた。そして隣の柱へ飛び乗り、姿を消す。

 二人は俺の指示通りに屈んだが、小魚は俺たちを狙っているらしく、ふたたび飛び出した。


 俺は剣で小魚をまっぷたつに叩き切ると、その鋭利な・・・嘴に気づく。

 まるで剣だ。


 身体に当たれば突き刺さる。いや、魔力の漲り方からすると、下手すれば貫通する。

 

 なるほど、だからこの空間には等間隔に水の柱が立っているのか。


 次の瞬間、水の柱から音が聞こえはじめる。

 

 そして、弾丸のように小魚の大群が移動しはじめた。


 はっ、これが――ダンジョンか。


「足を止めるな、行くぞ!」

「わかった!」

「は、はいい」


 先頭を駆けるのは俺だ。アレンはともかく、カルタには荷が重いだろう。

 と、思っていたが、カルタは自身の周りに風魔法を詠唱させながら魚を吹き飛ばしている。


 怯えた様子のアレンだったが、俺と同じく凄まじい速度の小魚を難なく切っていた。


 ったく、優秀な奴らめ。


 五百メートルほどか、全速力だということもあって、少し時間はかかったが数分程度で次の階段がみえてきた。

 俺は無傷だが、アレンとカルタは少し血を流している。


「休憩が必要か?」

「僕は大丈夫」

「私も、問題ない」


 この程度は問題にならないらしい。続く階段は地下だった。

 カルタが回復魔法を詠唱し、アレンと交互に癒している。


 初めから予想以上だった。


 半数以上の冒険者があそこでリタイアか、死か、もしくはかなり時間を食うだろう。


 だがこの世界において死ぬことは重要視されていない。

 あの試験官のオッサンめ、なかなかに過酷なダンジョンを指定しやがる。


 デビを出してもいいが、魔力の消費を考えるとまだいいだろう。

 あいつは燃費が悪い。後、うるさいのがたまに傷だ。


『デ、デビー!?』


 なんか頭から聞こえた気がするが、気のせいだろう。


 階段を下っていくと、途中から浸水していた。


 いや、これこそが、この階層で必要な攻略ということか。


 途中で足を止めて、距離を考える。


 500メートルを泳ぐとすれば、結構な時間がかかる。途中で息継ぎができるかどうかはわからない。


 さて、どうする――。


水の加護キュアヒール

 

 すると後ろのカルタが、俺たちに魔法を付与した。

 身体の周りに薄い膜が覆われる。


「十分程度なら息ができるようになる。後、泳ぐのも早くなるよ」

「凄いね、カルタさん。こんなこともできるんだ!」

「えへへ、辺境生まれだから、泳ぐのが好きだったんだよね」


 簡単に言っているが、これはかなり高等魔法だ。

 単純な攻撃魔法と違って、付与魔法ってのはかなり難易度が高い。

 術式も複雑で、相当な理解が必要だ。


 ったく、才能を見せつけやがって。


「じゃあ行こうか、ヴァイス」

「……ああ。次はお前が先頭だ、アレン」

「よし、任せて」


 そしてアレンの姿が消えたのを見計らって――。


「ありがとな、カルタ」

「えへへ、もちろんだよ」


 ま、カルタを残留させたのは俺だからな。

 このくらいのご機嫌は取っておくか。


 途中、魚の魔物が出現したが、そんなに強くはなかった。


 俺の攻撃で即死。

 まあ、ちょっと十体ほど出てきたので数は多かったが。


 地下三階からは水がなくなり、広々とした空間が現れた


 いや、広すぎる・・・・


 すると突然水の壁が出現する。

 轟音を響かせた後、迷路みたいとなり居場所がわからなくなる。

 遥かに高い壁だ。試しに登ろうとしても、水壁なので掴むことができない。

 だが――。

 

「カルタ」

「はい!」


 彼女はこの迷路の反則技に近い。

 軽々しく空を飛び、俺たちに道案内をしてくれた。

 今のところ、一番役に立っている。


 だが続く四層目は、主人公野郎が役に立った。


 その理由は、敵が多くて面倒だったからだ。


「ちょっと休憩だ。頼んだぞ」

「え、ええ!?」


 ダンジョンは長い。適度な休憩も必要だ。


「ハアァッ! ハアッ!」


 こういうとき、熱血タイプはやる気が満ち溢れているので良い。

 デュークミネラルの奴もいてもよかったかもな。


 もし次の機会があったら誘ってやるか。俺も楽ができそうだ。


「ハァハアッ終わった……」

「ア、アレンくん大丈夫?」

「ああ、僕は魔法もあまり使えないし、ヴァイスみたいに頭もよくないから、頑張らないと……」

「はっ、自分の立ち位置がよくわかってるじゃないか。少し休んだらいくぞ――」

「いや大丈夫だ。――行こう」


 お前のそういうところは嫌いじゃないぜ。主人公野郎。


 だがおかしいことに、五層目でもセイレーンの奴は出てこなかった。

 他の魔物は大勢いたが、弱い魔物ばかりだ。


 たしかに希少魔物だが、そろそろ出現してもおかしくない。


 ……どういうことだ? ダンジョンが違う? いや、そんなわけないか。


 俺の記憶が正しければ、もう少しでボスに到達する。

 もし目当てのモンスターがいなければ戻って探すことになるだろう。


 ダンジョンでは目当ての魔物を狩りまくるなんて普通なことだ。

 ドロップを求めて数百体籠ることもある。


 だがその時、俺は気づいた。


 ……あのオッサン、そういうことか。


「――デビ」

『デビビ!』


 闇からポンっと出現。俺は、魔法剣デュアルソードに切り替える。

 ここからが本番だ。


「アレン、そんな鈍らじゃなく、大会で見せた古代魔法具を装備しろ。第七層まで突っ切るぞ」


 通常時は俺とアレンもできるだけ普通の剣を装備している。

 少なからず魔力の消費があるからだ。

 

「え、でもセイレーンは?」

「そうだよヴァイスくん、私たち、見逃してたのかも」

「いいから着いてこい」


 第六層は巨大なウォーターゴーレムだった。

 攻撃を仕掛けてもすべてを吸収しやがる。


 かなり厄介で数も多かったが、唯一の弱点が存在した。


 それは、小さな心臓――魔核だ。


 俺たちには見えないように巧妙に隠されていたが、それを発見した。


「ゴォォオオォオォオオ!」

「魔力を眼に漲らせて感知しろ、そこを叩け!」

「わかった!」

「なるほど、さすが――ヴァイスだ!」


 二人は指示さえすれば的確に動く。

 時間はかかったがゴーレムを倒し、次の層へ進もうとした。

 

 するとこそこは階段ではなかった。


 あったのは、クソデカい扉だ。


「これってもしかして……」

「ボス……ってこと? じゃあやっぱり、セイレーンをどこか――」

「違う。俺の考えが正しければ、この中にいる」


 あの試験官のオッサンはこう言っていた、『セイレーンを倒して魔核を持って帰ってきたら合格』だと。

 全員が合格するとは言っていない。


 つまり――ボス討伐をしてこいってことだ。


 そのことを伝えると、二人は笑みを浮かべた。

 怯えるのではなく、安心したという様子だ。


「準備はいいな?」

「ああ、もちろんだ」

「大丈夫!」


 二人の意思を確認し、扉を開ける。


 そこはまるで海だった。だが真ん中に大きな岩がある。

 周りは走り回れるように道になっているが、それがまた怪しく思えた。


 中心で歌を奏でていたのは――巨大な、セイレーンだ。


 あいつの歌は魔力を歪ませる。現に、魔法使いの詠唱を止めたり、魔力を通わせた剣のダメージを著しく下げる効果がある。

 事前にそれは二人に伝えてある。


 チームメイトが一人でも死んだら、合格にならない可能性があるからな。


あたり・・・だ。ここからは臨機応変にいく。――お前ら、散れ!」


 そして俺の、俺たちの、初めてのボス討伐がはじまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る