071 格差

 アレンには驚いたが、やるべきことは変わらない。

 この大会は予選がない分、試合数が多くなっている。


 その理由は単純で、観客が長く楽しめるからだ。

 賭けは盛り上がるし、出場者の疲れがたまると番狂わせが起きやすい。


 倍率が狂うとそれだけ盛り上がる。

 

 荒々しいが、それがまたこのブルーノ冒険者大会の良さでもあった。


 だが――。


『しょ、勝者、ヴァイス・ファンセント!』


 俺だけは異質だったかもしれない。


 全員が全力で戦っているので、試合時間はどうしても長くなる。

 だが俺だけは違う。


 圧倒的な力で瞬殺、二回戦、三回戦と勝利を重ねていった。


 運が悪かったのか良かったのか、俺の相手は大会の上位常連だったらしい。

 土魔法を使うボンドという男は、地面に撒いた種を発芽させて植物を操り、俺の手足を封じようとした。


 以前ノブレス学園で見たのと似ているが、魔力が明らかに強かった。


 だがそんなもので止められるわけがない。

 

 そいつは、俺の一撃で眠った。


 空中に漂っている魔力をかき集めて放つ奴もいたが、まだ足りない・・・・


 だが続く四回戦目、おもしろい女に出会った。

 原作では知らない奴だ。


「ネルの攻撃が、効かない!?」


 俺と同じぐらいのガキだろうか。

 白髪で、耳がピンと長く、白い服を着ている。顔はかなり美人だ。美少女といっても誰もが頷く。


 一人称が自分の名前なのはちょっと気になるが。


 剣術が扱える上に魔法もとても洗練されている。

 水属性を器用に操り、攻守ともにバランスがいい。


 身体の一部分を水で覆って、ダメージを吸収させる防御魔法を使う。

 しかもただの水じゃない。ゼリーみたいにぶよぶよしてやがる。

 俺の攻撃を防いだのは、こいつが初めてだった。


「ほう、やるじゃないか」

「ふっ、その余裕も今だけだ! ネルの必殺技を見せてやる!」


 そして一番欲しくなった・・・・・のは――。


天からの五月雨降り注ぐ雨


 空に魔法を放ったかと思えば、花火のように弾け飛び、雨が降り注いだ。

 だがその一粒一粒は魔力で覆われている。


 広範囲でダメージを与えられる上に、回避するにしても相手の行動を制限できるということか。


「この技を防いだヤツは、今まで誰も――」

「――いないってか?」


 閃光タイムラプスで時間を、遅くする。

 次の瞬間、俺は体術のみですべての雨を避けきった。驚いたのは、一つ一つが、地面に穴が開くほどの威力だ。

 こんな強い奴がまだ隠れているのか。


 ノブレスはやはりおもしろい。


 観客のざわめき声が聞こえる。他者からみれば、俺はすさまじい動きで動いているのだろう。


 それより――。


「ネル、お前その魔法はどこで覚えたんだ?」


 するとネルはニヤリと笑って――頬を紅潮させた。


「なななな、試合中に、ナンパ!?」

「……あ?」


 突然足を止めたかと思えば、試合中にもかかわらず体をもじもじさせる。

 何だコイツは……。


「ちょっ、ちょっとイケメンで強いからって、ネルが簡単に着いていくと思うなよ!」

「何言ってんだ……」


 訳が分からないが、まあいい。

 術式は理解した。他に引き出してもいいが、手こずってるとは思われたくないからな。


「だけどもし私を倒したら、考えてやって――」

「まあいい。じゃあな」


 試合はそこで終了、面白いのを見せてくれたお礼に、手加減してやった。

 

 ま、大会が終わるころには目を覚ますだろ。


 気絶する瞬間『くっ……殺せ……』と言っていたのは気になるが。


 それよりも驚いたのは、俺が攻撃を与える寸前、水の防御魔法が首を守ろうとしていたことだ。

 ああ、世界は広いな。


『勝者、ヴァイス・ファンセント! 決勝進出です!』


「あいつマジでやべえぜ、ナニモンだ?」

「貴族だろ? あんな動ける奴がいるのかよ」

「すげえな……ファンになったかも」



 観客が叫んでいる。

 決勝進出の史上最年少らしいが、そんなことはどうでもいい。


「ヴァイス様は凄いですね……。私が相手だったら、自信を無くして田舎に帰りますよ」

「ははっ、それも悪くないんじゃないか」


 リリスの賛辞は嬉しいが、それよりも次の試合が気になっていた。

 俺と同じく圧倒的な力で勝ち上がっている――男。


「やっぱり勝ち上がりましたね・・・・・・・・・


 シンティア視線の先、勝者を宣言されたのは、アレンだった。


 次の相手は、あいつだ。


 今までの事を思い出すと、心が震える。


 俺たちの間にどれくらいの差があるのか。それが、知りたくてたまらない。


 そして最後の試合が始まる前、俺は二人に問いかけた。


「シンティア、リリス。――俺は強いか?」

「え? 当たり前ですよ!」

「もちろんですわ。そんなの、疑ったことはありません」


 二人の目に嘘偽りはない。だが――。


「でも、アレン、あいつのことも強いと思ってるだろう?」

「そ、それは……」

「はい……」


 ……あァ、俺はやっぱりヴァイスだ。

 もういい加減、力の差をハッキリとわからせたいのだろう。


 今までこんなことを二人言ったことはない。


 だが――。


「俺の戦いを見ておけ。俺が最強だということを、見せてやる」


 アレン、今回ばかりの俺は、優しくないぞ。



『長い間、お待たせしました。今大会は、決勝戦、いや、優勝者の為に開催されたといっても過言ではありません。まずは北、圧倒的な力で相手を捻じ伏せた少年、名門ファンセント家の長男、ヴァイス選手ううううううううううう』


 流石の決勝戦だ。

 盛り上げようとしているのだろう。観客からの溢れんばかりの声援が、俺の耳を破壊しかねないほど響き渡っていた。


 剣魔杯とは比べものにならないほどの数。


 最大の目的は、父の願い、ファンセント家の名を知らしめることだ。


『続いて南、まさかのまさか、史上最年少二人目、アレン選手ううううううううううううう』


 はにかみながら闘技場に上がってくるが、俺に視線を向けた瞬間、真剣な顔に戻りやがる。


 そして俺たちは、対峙する。


「入学式以来だね。――ようやくだ」

「あの時の屈辱を晴らしたいってか?」

「その通りだ。でも、それよりも僕は自分の力を試したい。君を――追いかけていたから」


 歯が浮きそうな台詞を見事に吐きやがる。いつもなら軽口を返すが、今日ばかりはそんなことをしない。

 

 俺はこいつを認めている。だが、こいつに勝てなきゃこの世界を制覇クリアできないだろう。

 アレン、俺からすればお前は確かに主人公だ。当時は憧れてもいた。


 だが今はただの指標でしかない――。


『試合、開始っ!!』


 ――先手。

 癒しと加護と破壊の衝動を無詠唱で詠唱し、俺は駆けた。


 この世界、ノブレスは必ずも詠唱が必要なわけじゃない。ただ消費する魔力量が圧倒的に違うのだ。


 次の試合はもうない。この試合に全力を注ぐ。


 身体強化スケールアップ観察眼ダークアイ閃光タイムラプス黒い癒しの光ダークヒール魔法剣デュアルソード、左手に巻き付けている鞭は、今日初めてのお披露目だ。


 デビの奴は開始直後に放っている。

 魔力を流し込み高速移動をさせていた。おそらく誰の目にも映ってないだろう。


 そしてまずは一撃、アレンに思い切り振りかぶった。


「――クッ」


 だがさすがのアレン、これで終わるほど甘くない。

 俺たち剣術使いは、近づいてからが本番だ。


 以前ならここで競り合うだけで終わっていただろう。


 だが今の俺は違う。


「このままでいいのか?」

「それはどういう――」


 俺はデビに遠隔で命令をした。魔法と同じ、無言葉でも指示を出せる。

 アレンの背後から魔力砲。

 

 こいつは防御魔法に長けていない。


 さあ、どうする――。


氷の浮遊アイスフロスト!」


 するとアレンは、驚いたことにシンティアの魔法で高く飛び上がった。

 上を見上げると、剣が徐々に光で覆われていく。


 あいつ、俺と同じ、いや、光の剣か。


 なるほど、だが魔法については理解できない。


 ――そうか。


 ははっ、お前も、原作を破壊しやがったなッッ!


「ヴァイス、僕は! 負けない!」


 空から俺に直撃を狙う。


 あえて太陽を背にしているのも、狙っているのだろう。


 抜け目のないところはさすがだ。


 だがそれでこそやりがい・・・・があるってもんだ。


 俺は寸前で回避した。

 剣は地面に突き刺さって、その隙を狙って首を刈り取ろうとする。


 あたれば死ぬだろう。だがそんなことは後で考えることだ。


 間違いなく直撃する。


 だが驚いた事にアレンは――。


不自然な壁アンナチュラル


 俺の魔法・・を使って、攻撃を防ぎやがった。


 なるほど、お前の能力ギフトは――模倣コピーか!


「面白い、面白いぞアレン!」

「ははっ、僕もだ。ヴァイス!」


 それから俺たちは、ジャンケンのような手を繰り出していた。

 

 といっても、一度もアレンの攻撃は俺に当たらない。

 こいつは、カルタの飛行魔法やシャリーの魔法付与、デュークの身体強化を駆使して必死に食らいついてくる。


 すべての能力が使えるチート技なんて創作物では珍しくもなんともないが、実際この目で見ると笑えてくる。


 俺の閃光タイムラプスは、術式を理解した上で自分なりに変化させているだけだ。

 完全模倣とは少し違う。例えばシンティアやシャリーのような稀有な魔法は、俺にもわからない。


 しかしこいつはそれすらも模倣コピーしやがる。

 

 ありえない、だが当然デメリットも存在するだろう。

 こいつも、この試合にすべてを賭けてやがる。


 だが俺は父との約束がある。


 シンティアとリリスに宣言したのも、覚悟の現れた。


 俺は確信した。


 ――アレン、お前はまだ弱い。


 だがいずれ――俺に追いついてくるだろう。


 それまで待っている。


 悔しいが、魔王を倒すには、俺一人では不可能だろうからな。


 それにお前が模倣なら、俺は――学習だ。


 俺は空に天をかざした。そして先ほど視た・・ネルの術式を瞬時に構築し、闇の雨を降らせた。

 同時に地面から植物が出現し、そのすべてがアレンの身体を覆う。

 

 身動きが取れない、だがこれだけじゃない。


 空中に浮遊している全ての属性魔力をかき集めて、不自然な壁アンナチュラルを四方に発動させる。

 ただの壁じゃない。特殊な術式を構築し、遠距離からの攻撃を可能とした魔法砲台だ。


 火、水、風、地の魔力砲が四方から放たれる。

 そして最後は――。


「デビビッ!」


 デビによる直接的な捕縛、なりは小さいが、腕力は成人男性の二人、いや三人分はある。


 同時に、今まで一番の魔力を剣にまとわせた。


 だが俺の魔法もまだ発展途上だ。闇の雨の威力も、さっきみたネルほどじゃない。

 といっても、アレンにはたまらないだろう。


 やりすぎか? まあでも、主人公補正を見せられたんだから、これくらいは当たり前だよなァ?


「――じゃあな、アレン」


 ――――

 ――

 ―


『勝者、ヴァイス・ファンセント選手! アレン選手も見事な動きを見せていましたが、結局、傷一つつけることはできませんでした。

 最後は無慈悲な攻撃によって敗北! よって、第三十回、ブルーノ冒険者大会は、ファンセント家、ヴァイス選手! 史上最年少、最短試合、そして……無傷、この記録が二度と破られることはないと、私はここに宣言します!!』


「ヴァイスうううううううううう!」

「すげえええ、かっけええええ」

「ヴァイス! ヴァイス! ヴァイス!」

「あの魔物は使役か!?」


 当然、歓声は今までで一番凄まじいことになった。

 倒れこんだアレンにデュークとシャリーが駆け寄る。今日は敵だ。声はかけない。

 

 俺を待っていてくれたのは、シンティアとリリスだった。


「……凄すぎますよ、ヴァイス様。もう言葉がでません」

「さすがです。ヴァイス、私はあなたの婚約者で誇らしいですわ」

「ああ、そういってくれて嬉しいな。これで俺の名は劇的に広まるはずだ。父の仕事もやりやすくなるだろう」


 ――アレン、お前は弱くない。原作を考えると強すぎるくらいだ。


 模倣魔法の能力ギフトなんて見たことないし、正直反則レベルだ。


 だが俺も努力している。この世界に来てから、一日たりとも鍛錬を欠かしたことはない。


 俺は勝利したが、この差は未来の自分を知っているからだ。


 ――追いついてこい、アレン。



「さて、この後は自由行動だ。フルーツでも食べにいくか」

「ヴァイス様、本当に人間ですよね? 疲れとかないんですか?」

「ふふふ、そう言うと思ったので、ブルーノのフルーツ専門店を調べておきましたわ」

「シンティア……天才か?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る