059 肝試し

 俺たち下級生は、色々な事を乗り越えてきた。

 入学試験、タッグトーナメント、サバイバル試験、剣魔杯、多くの授業。


 ハッキリといえば、名前もないモブすらも精神面、体力面に優れている。


 そんな優秀な下級生の男子生徒たちが、緊張した面持ちをしていた。


 だがもちろん直視はしていない。

 観察眼ダークアイ閃光タイムラプスを使えばゆっくり視られるぞ、と悪魔の囁きも聞こえた気がするが。


「ふう、楽しかったぁ」


 服をパタパタしながら現れたのは、オリンだ。

 ちなみに言っておくとオリンの声はほぼ女性だ。

 目を手で覆われて「だぁーれだ?」とされたら、きっとわからないだろう。


 まあ、それがコンセプトなんだが。


「お、おい。オリンだぞ」

「絶対に見るなよ! 男だぞ!」

「わ、わかってるけどよお」


 なぜ緊張しているかというと、ここが――脱衣所だからだ。


「楽しかったなあアレン!」

「そうだね、色々と勉強になった。さすがミルク先生だ」


 バカ二人は気にしてない様子だが、他生徒は違う。


 もちろん脱衣所は服を脱ぐところだ。

 そして俺たちは、海で遊んで汗をかいている

 これからどうなるのか、頭を働かせなくてもわかるだろう。


 だからこそ皆どうしたらいいか悩んでいる。


「ふう、さあてお風呂だ、お風呂だー♡」


 語尾にハートが付いている気がするが、まあ気のせいだろう。

 

 俺は鋼の精神を持っている。

 何が起きてもいいように鍛えぬいてきた。

 

 なので早々に服を脱ぐと、その場を後にした。


 ここは内湯だけだが、別の階層には露天風呂があって、そっちは温泉らしい。

 流石にシャワーなんてものはないが、魔法を使った似たようなものが設置されている。


 湯を転送させることで、杖の先から暖かいお湯が出るのだ。


 原理のよくわからない魔法だが、そのくらいはノブレスではご愛敬。


 俺は風呂が好きだ。この世界に来てから初めにしたことは、ファンセント家の風呂を改装するくらいに。

 拘りの強い俺にとってすれば、この風呂はまだ甘い。


 俺がいずれこの世界を制覇クリアしたら、最凶の湯舟を作ってやる――。


「だ、ダメだ、鼻から血が――」

「お、おい大丈夫か!?」

「死ぬな、死ぬなあああああああ」


 身体を洗って湯に浸かろうとしたら、脱衣所から悲鳴のような声が聞こえてきた。

 よくわからないが、何かあったらしい。


 クソ……俺の精神を揺さぶりやがって。


「わ、広いーっ」


 入ってきたのは、なぜか胸までタオルを巻いているオリンだ。


 男だが恥ずかしいのだろう。

 続いてデューク、アレンも。


 ほう、なかなかに鍛えている腹筋だな。


「よっしゃあ、まずは湯に入ってのんびり――」


 だがシシツの野郎がそのまま湯に入ろうとしやがった。

 俺は魔力を込めた手で足を掴む。ボール対決を経て、魔力の使い方がうまくなって力も強くなっていた。


てめぇししつ、かけ湯も知らねえのか? それに汗をかいたのなら先に洗ってこい。――殺すぞ」

「……は、はい。す、すみません」

「ヴァイス、怖い……」


 俺の本気度を理解したアレンとシシツは、背中を丸めて離れていく。

 

 湯道を舐めるなよ。


「隣、いいかな?」


 すると身体を洗った後であろうオリンがやってきた。

 しかし……つるつるだな。


「……いいだろう」

「えへへ、ありがとう」


 流石に頭の上のリスは、ここまで付いてきてはないらしい。


「……そういえばお前のおかげでコツを掴めた。試合には負けたが、色々と意味のある勝負だった」

「え、ええ!? でも、そう言われると嬉しいなあ。あんまり褒められることがないから」


 まあ、そうかもな。今は・・


 だが俺は本当に感謝していた。

 優勝賞品として手に入れた魔法剣デュアルソードの扱いが非常に難しかったのだ。


 おそらく魔力操作は有効だ。これで更に強くなれるだろう。

 しかしそれを聞いたオリンが、少し神妙な面持ちで口を開いた。


「お礼を言いたいのは、ボクだよ」

「……どいうことだ?」

「ボール勝負もそうだけど、ヴァイス君と同室になってよかった。もちろん、デューク君も、アレン君も。……いつも女の子だって馬鹿にされちゃって、避けられることのほうが多くて」


 天然で気づいてないと思っていたがわかっていたのか。

 まあでも、仕方ないところもある。

 いろんな意味で触れてはいけないアンタッチャブルなオーラがあるからな。


 といっても、それだけじゃない。


 ノブレス学園内で爵位は意味を持たないが、根っこのところではそうじゃない。

 人の良いアレンだって、デュークやシャリー以外に誰かと話している所を見かけることはないし、差別はいつまでも無くならないだろう。


 そしてそれ以外、例えば特別な才能を持つ相手に対して感情を抱くこともある。


 それは、妬み・・だ。


 俺の場合は話しかけづらい雰囲気を出していることもあって、気軽に声をかけにくる奴は少ない。

 ポイント制度がある以上、俺たちは同級生であり、ライバルなのだ。


 ま、それがいいところでもあるが。


 オリンは爵位持ちで人当たりもいいが、召喚士テイマーという稀有な素質を持っている。

 カルタの飛行魔法同様、天性の素質ってのは、どうしても嫌われる傾向にある。


 どれだけ血反吐を流しても到達できない高みが隣にいるのは、どうしても気にくわないのだろう。


「そんな奴らは実力で黙らせてやれ」

「え、ええ!? できるかな? でも、が、頑張る!」


 激励のように見えるが、これはただの事実だ。いずれそうなる。


 まァ、俺も結構好きなオリンキャラだったからなあ。

 正直、他の奴よりは多めに見てあげたくなる。


 人間だし、多少の忖度はあるよなァ。


「身体を綺麗に洗ってきました」

「ええと、僕もです」

「……そのまま待ってろ」

 

 観察眼ダークアイで汚れを検出、アレンはいいが、シシツは足の裏が甘い。


「お前はやり直しだ」

「嘘だろ!? 綺麗に洗って――」

「死にたいのか?」

「……はい」


 そういう意味ではシシツも嫌いじゃないが、湯道は厳しいからな。


「ねえ……アレン君、ヴァイス君って、お風呂に厳しいんだね」

「実は裏で、風呂男爵って噂になってるらしいよ。あ、これ絶対に言っちゃだめだからね」

「わ、わかった」


 二人がこそこそ話している気がするが、今はそれどころじゃない。

 あいつらも……まだまだだ。


「おいお前ら、まだ汚れてるだろうが。他人のことを考えられないのか? もう一度洗ってこい」


「「「「は、はい……すいません」」」」


 ▽


 風呂上り、廊下に出ると、シンティアとリリスを見つけた。

 二人とも髪の毛がまだ濡れていて、俺と同じく湯上りなのだろう。


「あら、ヴァイス。湯はどうでしたか?」

「まあまあだな。もう少し温度が高いといいが」

「ふふふ、ヴァイス様は本当にお風呂が好きですね!」


 そういえば、まだ風呂でしたことなかったな。


 ……まあ、たまにはいいかァ?


 いや……浮かれ気分はここまでだ。

 

 今日、この時までがノブレス学園の飴だ。


 この後何が待っているか? ――鞭だ。


 頭を切り替えろ。これは、学園試験の中でも過酷なイベントだ。


「シンティア、リリス、部屋に戻ったら訓練服に着替え魔力統一をしておけ。後は優勝賞品の武器を装着、最低限の医療装備も準備しておけよ」

 

 俺の突然の物言いに、二人は目を見開いた。

 だが俺は冗談を滅多に言わない。それにここまで信頼関係がある。


 本気かどうか、すぐに気づいたらしい。

 表情が180度切り替わった。


「わかりましたわ。カルタさんやセシルさんにも伝えておきますか?」

「ま、それは任せる」

「ヴァイス様、了解しました!」

「ああ、じゃあまたな」


 それから部屋に戻った後、俺は準備を終えて時が来るのを待っていた。


 事前のスケジュール表では夕食になっているが、それは嘘だ。


 疲れ切った身体、油断しきった脳、その後に待っているのは、それはとても愉しいイベントだ。


「腹減ったなあ! やっぱり夕食は海の幸かな?」

「どうだろう? でも、思ってるより集合が遅いね」

「だな。つうか、ヴァイスはなんで訓練服に着替えてるんだ?」

「もうすぐだからだ」

「はあ? どいう――」


 まさにその時、屋敷内に放たれたであろう魔法鳥が叫びだす。


『集合、中庭に集合、集合、中庭に集合』


 俺たちは日々訓練している。

 魔法鳥が楽しいイベントで使われることがない。


 たった一つ、試験・・の時だけだ。


 同室のデューク、アレンは顔を見合わせて、オリンも急いで服に着替える。


 俺はゆっくり外に出ると、一番乗りで中庭に着いた。

 

 この場所は試験にとって都合がいい。

 近くに街がなく、大きな声を叫んでも誰かに通報されることもない。


 そして今日は原作通りで、月も出ていない。

 

 暗闇の世界、よっぽど近くでなけりゃ顔も見えづらいだろう。

 空を見上げたが、星も出ていない。


 ああ、絶好の試験日和だ。


 立って待っていたのは、ミルク先生、ダリウス、クロエだった。

 相変わらずダリウスだけは申し訳なさそうな表情をしているが、俺たちが望んでこの学校にいる。


 どんな時も冷静に、それはノブレスで散々言われる言葉だ。


 そして少しすると、生徒が急いで屋敷から出て来る。

 みんな怯えている。外は暗く、これからの事は想像もつかないだろう。

 だが物々しい雰囲気だということはわかっている。


 中には、冷静になりたいがゆえに声を掛けるやつもいるが、ほとんどが頭を切り替えようと必死に黙っていた。

 魔法ってのはイメージの世界だ。浮かれた状態で魔法を詠唱するのは難しい、構築が甘ければ威力は半減する。


 全員が揃った後、ミルク先生が前に出た。


「察しのいい優秀なお前らならもうわかっているだろう。――これは試験だ」


 突然の賛美とわかっていたが無情な宣言。

 みんなほんの少しだけ希望を抱いていたのだろう。

 どうか何か楽しいイベントであってくれと。


 だが当然そんなことはなく、過酷な試験だとすぐにわかった。


「……いい顔だな。恐れと、そして覚悟の顔だ」


 学園物にありがちな夜のイベント、それは一つしかない。


 答えは『肝試し』。


 男子と女子が二人一組となって通過点チェックポイント通って、入口から出口へ。

 そして芽生える感情、だがノブレスではそんな楽し気なことをしない。


「左を見ろ」


 全員がミルク先生の言う通りに左を向いた。何も視えない・・・・

 いや、うっすらとだけ見える、のようなものが。


「あの山の至る所にリングを置いてきた。それを見つけ、制限時間まで守ればいい。簡単だろう? だが甘えるなよ。安全な場所にリングがあると思うな。更に嬉しい情報も教えてやる。それは――リングが多ければ多いほど、ポイントがもらえることだ」


 この言葉で、下級生全員の表情が変わった。

 驚いてはいたが、誰もが気合の入った奴らだ。競争となれば血が滾るのは当然。


 もちろんイベントを知っていた俺もだ。


「時間は日付が変わるまで。といっても、5時間はあるだろう。夕食はその後のご褒美にしてやる」


 夕食、その言葉で少しだけ頬が緩む下級生たち。

 だが間髪入れずに、ミルク先生が口を開く。


「しかし夕食にありつけない奴もいるだろう。なぜなら、制限時間が終わってリングを一つも持っていないやつは――退学だ」


「嘘だろ……」

「マジかよ……」

「退学……」


 ずっと静かにしていた下級生たちが声を漏らす。


「と、言いたいところだったが、流石にそれは学園長に止められてしまってな。だがリングがゼロの場合、ポイントは大幅に激減する。当然、人によっては退学者も出るだろう。そしてどれだけ減るか、増えるか、それは伝えない」


 ホッとしたのも束の間、ミルク先生は地獄に突き落とす。


 なぜなら俺たちは、そこそこポイントを持っている。


 今から一つや二つの試験が落ちても退学たいがくなんてありえないほどに。


 だがノブレスではそんな余裕を逆手に取り、絶望を突き付けてくる。

 といっても、ここまで過酷なのがいつもあるわけじゃない。


 これは警告、そして見せしめだ。


 ここまで来て誰も落ちたくはない。それは当然だ。


 ポイントがどの程度減るかわからないなら、やる事は同じだ。

 たった一つのリングを懸命に守る奴も出てくるだろう。

 

 だが中には俺みたいなやつがいる。


 ――全員、叩き潰す。


 そしてもう一つ、俺たちを絶望に叩き落とす舞台が揃っている。


 場面によっては、共闘せざるを得ない時もでてくる。


 それは――。


「この森は通称、死の森と言われている。既に気づいている奴もいるだろう。ここは、夜になると魔物がうようよする。それも――」


 ミルク先生の言葉、原作ではクロエが言ったが、覚えている。



 この森は――アンデットモンスターの巣窟だ。


 




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