058 最初の試練

 照りつける太陽、白い砂浜、青い海。


 ビーチパラソルのような下で、俺はサングラスのようなものを掛けていた。

 横にはトロピカルジュースのようなものが置いてあり、皿の上にはスイカのようなものがある。


 全てにような・・・が付いているのは、この時代にはどれもないものだからだ。

 まあ深く考えるな。ノブレス・オブリージュは、ただ感じればいい。


 そう――今の俺みたいにな。


「ヴァイス、そろそろ行きませんか? スイスイカも食べ終わったみたいですし」


 フレアチュール、バックレースの黒い水着姿のシンティアが、ビーチボールなようなものを抱えながら言った。

 海よりも、シンティアのたゆんたゆんのほうが綺麗だ。


「冷たくて凄く気持ちいいですよ! ヴァイス様!」


 パレオ付のピンク水着のリリス。

 程よいたゆんは悪くない。一番万人受けするだろう。


 そうだな、少し海に入るかとサングラスのようなものを外す。

 だがそこに――。


「ヴァイスくん、試合をするから来い。って、ミルク先生が。後、セシルさんも」

「私が? ……うーん、いいけど」


 続いて現れたのは、たゆんたゆんたゆんたゆん、スクール水着のカルタ。

 以前よりも、たゆんが1個増えてないか? こいつ、まだ発展途上なのか?


 それに対してワンピースのセシルは大人びている。

 スラリと伸びた手足は、まるでお姉さんだ。


 まあ、同じ下級生だが。


 ……ってか試合?


 もう・・こんなに早く?

 これも改変ってことか。


 ああ、なら手加減はできねえな。


「わかった。行こう」


 ミルク先生に呼ばれてるのなら急がなければならない。

 するとそこに、オリンが小走りでやってきた。

 上着がなぜか極端に短く、へそちらが凄い。


 つうかこいつ、たゆんぐらいはねえか?

 いや、そんなわけないか。


「ボ、ボクも行っていいかな」


 その問いかけに返事をしようとすると、シンティアが前に出た。

 なぜか覇気を感じる。


「オリンさんですね。よろしくお願いします。私はヴァイス・ファンセントの婚約者、シンティア・ビオレッタです。あなたがとても可愛い可愛いオリンさんですね。私はヴァイス・ファンセントの婚約者です、覚えておいてくださいね」

「は、はい! ご丁寧にありがとうございます!」


 シンティアが2回も強調した理由はわからないが、どこかけん制のようにも感じた。

 だがオリンは男だ。ま、それはないか。


「ヴァイス、行きましょうか」


 シンティアが俺の腕を掴む。たゆんが、俺の腕に触れる。

 周りの男たちは賛美の目で俺を見ていた。婚約者がいない奴はまだまだ多い。

 ノブレス学園在学中、特にこの修学旅行で仲を深めるとも言われている。


「な、なあ、カルタちゃんっていけっかな?」

「おい、ヴァイスに殺されるぞ」

「じゃ、じゃあセシルは?」

「バトルユニバースに勝てばデートしてくれるって聞いたことあるぞ」

「無理だろ……」


 耳を澄ませば随分と浮足立っている。

 まあ生徒にしてみれば一大イベントだもんな。


 だがそれより自分の心配をしたほうがいいと助言したいくらいだ。


 さて、気合を入れなおすぞ。


 試合開始だ――。


 ▽


「ヴァイス、お前と久しぶりに本気の勝負ができるとはな」

「こちらこそです。でも、負けませんよ」


 砂浜の上、目の前には、たゆん先生が立っていた。

 意外にも純白のビキニ水着姿だ。

 引き締まったふとももが歴戦の勇士を思わせる。


「ヴァイス君、頑張ろうね」

「ああ」


 俺の横にはオリン、細い二の腕は心配だが、今はチームだ。


 後ろにはシンティア、デュークが控えている。


 そしてなんとミルク先生の横には、アレン、シャリー、リリス、がいた。

 いつもとは違う合同戦だ。ある意味で面白い。


「負けないよ、ヴァイス」

「ああ、かかってこい」


 そして笛を吹いたのは、セシルだった。


 ――ピーーーー。


死ね・・


 開幕で弟子にいう台詞とはとても思えないが、ミルク先生は高く飛び上がった。

 俺の視界には、網目模様越しのたゆんが2つ。


 いや、それどころじゃねえ。


 ミルク先生は、高く舞い上がらせたボール・・・を空中で強く叩いた。

 それは俺の顔面を狙っている。


 恐ろしいほどの威力、閃光タイムラプスじゃなければ見えないだろう。


 恐ろしいことに、魔力を込めたらしい。

 高密度に覆われたボールは、まるで大砲。


 轟音と共にボールが近づいてくる。


 (強い……いや、速……避けるか?)


 無理だ。無事に受け止めれるわけがない。


 そして俺は、隣にいた筋肉ゴリラの身体を掴んで入れ替える。


「え? ――ぎゃあァああァあァああァあァ」


 ボールが早くも日焼けした黒い筋肉ブラックゴリラの顔面にぶち当たると、そのまま吹き飛んだ。

 だが流石デュークだ。すぐに起き上がって俺に軽口を叩く。


「おいヴァイス、俺を身代わりにするんじぁghじhjrwgw」


 呂律が回っていない。恐ろしい破壊力だ。

 とりあえずシシツの話は無視して、前を向く。


「魔力を込めるなんて反則じゃないですか」

「当たり前だ。これはただのゲームじゃない、魔力操作を使った試合・・だ」


 なるほど……。俺は勘違いしていた。

 これはただの余興だと思ったが、そうではない。

 物質に魔力を付与する練習を兼ねた本気の試合ということだ。


 そうとも知らず、開幕早々、危うくゲームオーバーになるところだった。

 とはいえまだ試合は続く。

 できるだけ筋肉ゴリラを大事にしよう。


「おいヴァイス、俺じゃなきゃ死んでたぞ!」

「かもな。でも、お前のおかげで助かった」

「え? そ、そうか? ははっ、じゃあ許してやるか」


 単純な奴は、こういうときに扱いやすくて済む。

 だがルールは理解した。手加減無用、この試合も、俺が勝つ。


 ――――

 ――

 ―


「0-20、ミルク先生のチームが優勢ね」


 本を片手に、水着姿のセシルが冷静な声で言った。

 心配とは思えない態度だが、誰も文句は言わない。


 炎天下でボールを何度も顔面ブロックしたせいで、シシツの自慢の体力も底をつきかけていた。


「はあはあ、しんど……痛……。てか、シャリー! てめえ、やったことあるだろ!」

「ないわよ。別にこのくらいできるでしょ」


「リリス、あなたも上手なのね」

「シンティアさん、ありがとうございます!」


 シシツの言う通り、シャリーは物質に魔法付与するのが上手だ。

 精霊の力かもしれないが、俺たちのスパイクと違ってズッシリと重い。


 そして意外にもリリスもだ。

 正直、舐めていた。


 この魔力ボール対決は、俺が想像していたより高度な魔法技術力を駆使しないと勝てない。


 その中でも特に優れているのは、今挙げた二人。

 アレン、俺、デュークは全く駄目だ。

 そして意外だったのは――。


「はあっ!」


「1-20 オリンの一本ね」


 か弱い声を出しながらアタックを決めるオリン。

 彼女――いや彼も技術力が高い。

 とはいえ、将来を考えると当然か。


「やるなあオリン!」

「えへへ、やった」


 そういえば、男たちが静かだな。

 いつもなら騒ぎそうなものだが――。


「オリン、可愛すぎないか?」

「ああ、俺……好……」

「言うな! いくな、そっちに行くんじゃない! おい!」


 いや、ただ興奮しすぎないように自制しているだけか。

 放っておこう。


 それからも俺は打ち込み続けたが、なかなか上手くいかなかった。

 スパイクの瞬間、手のひらに魔力を漲らせ、ボールに付与する。


 ただそれだけなのだが、難しい。


 ……クソ。


「ヴァイス君」

「……なんだ?」


 すると、オリンが声を掛けてきた。頭の上のリスがピピピと鳴いている。

 シンティアが少し離れた場所からジッと視ている気がするが、気のせいだろう。


「ええと、思ったんだけど……」

「あ?」

「ご、ごめんなさい!」

「……いや、少し気が立っていただけだ。なんだ?」

「多分、力を入れすぎなんだと思う。あ、ええと、その腕力じゃなくて、魔力のことね!? 付与ってのは、手のひらの魔力をそっと移動させるだけ。だから、力はなくていいと思うんだ。ボクがピピスを使役したときと、似てるから」

「……そっと・・――か」


 そう言われてみれば、俺の辞書にそんな優しい言葉はない。

 シャリーとリリスはわかるが、たゆん先生もそんなことができるのか?


 いや、師匠を疑うのはやめよう。殺される未来が見えた。


 てか、ピピスっていうのか、頭のリスの名前。

 ま――そんなことはどうでもいい。


「……やってみるか」


 そして俺は、ボールを高く上げた後、同じようにスパイクの瞬間に魔力を漲らせた。

 だが直前とふっと力を抜く、すると驚いたことに手のひらの魔力が静かに、そして滑らかに移動していく。


 手のひらにボールがぶつかった瞬間、魔力を滑らすように優しくすると――凄まじい威力となって突き進んでいく。


「ほう、やるじゃないか」

 

 それを見てミルク先生は笑みを浮かべる。

 思いのほか威力が高いが、余裕なのか。


「アレン、後は任せたぞ」

「え? え、ええ!? ふぇええぇぇぇええぇ!?え」


 と、思っていたら、ひょいと軽やかに回避。

 ミルク先生の後ろにいたアレンの顔面にぶち当たると、吹き飛んでいった。

 流石主人公だ。オチも担当できるらしい。


 ……いや、それより。


 もしこれを剣で利用すれば、凄まじい事になりそうだ。


「ヴァイス君、やった!」


 するとオリンが、俺に手を差し出してきた。

 あふれんばかりの笑顔、俺としたことが思わず合いの手で叩く。


 しかしいい笑顔だな。

 大勢の男の脳を破壊した意味がわか――。


『ヴァイス、視ていますわよ』


 するとシンティアが、口だけで俺を制止した。


 ……ああ、オリンは危険だな。


 その後、デュークもオリンの助言でコツをつかんだらしい。

 続くアレンも遅れて。


 だが最後はミルク先生の容赦のないスパイクで、試合は負けてしまった。


 太陽がまぶしい、背中が汗でびっしょりだ。

 だが前を向くと青い海が広がっていた。


「ヴァイス、一緒に泳ぎませんか?」

「あァ、そうだな」


 強くなれる上に目の保養があって、更に楽しくもある。


 クソ、最高じゃねえか、修学旅行ってヤツは。



 

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