049 改変

 デュラン剣術魔法学校、ミハエル・トーマス。


 こいつはプライドが高く傲慢で、だがそれが許されているのは強者だからだ。


 基礎魔法は当然全て使える上に、俺ほどじゃないが、属性固有魔法も3つ使える。


 恵まれた体格から繰り出される剣術は、防御の上からも防ぐのは難しい。


 奴の通うデュランは、名の通り剣術に重きを置いている。


 入学試験の段階でも魔法よりも重視されているし、当然のように授業の内容は偏っている。


 創立当初は他国からバカにされていた。魔法全盛期の世界で時代に逆行するような行為だからだ。


 だがデュランは、実力でそいつらを黙らせていった。


 敵と味方が入り乱れる戦争では、時として魔法は自軍に牙を向く。


 目の前で立っているのが敵なんてのは、試合のときだけだ。

 

 前後左右、敵と味方がいる戦場でどうやって魔法を放つ?


 そんな中、学生上りのデュラン兵士は常勝無敗で名を上げていった。


 そして何よりこいつは『黄金世代』と呼ばれる一人でしかない。


 副将のルギ・ストラウス、続く、ミリカ・エンブレス。

 ローガン、アイザックと、同レベルの戦闘力を誇っている。


 だからこいつらは原作で何度も優勝し、俺はミハエルが優勝杯トロフィーを掲げる姿を見てきた。


 ハッキリといえば、今回に限っては勝ったところでそこまで影響はないのかもしれない。


 だがそんなものクソ喰らえだ。


 俺は奴の鼻っ柱を叩き潰し、ノブレス魔法学園に優勝杯を掲げる。


 まあ、これは原作ファンなら当然のことだ。



『勝者、ヴァイス・ファンセント! これにて、メイソン王立魔法高等学校の敗北が決定し、ノブレス魔法学園が決勝に進出しました!』


「ボクが……負けた……?」


 と、そんなことを考えていたら、『凶悪のマディス』とか言う奴を倒しちまった。


 コイツ、なんかやったかァ?


「今年のノブレス学園はマジでどうなってんだ!?」

「もしかしてあのエヴァ・エイブリー超えてんじゃね?」

「お、おい! それは言い過ぎだぞ」

「あら、私の名前を呼んだかしら?」

「「「ひ、ひぃ!?」」」


 上を見上げると、エヴァが俺にウィンクしてきやがった。


 はっ、先輩にダサいところは見せられねえな。


 自陣に戻ると、全員が次の試合を前に気合を入れていた。


 今までのミハエルたちの戦いを見て、明らかに別格だとわかったのだろう。


 あいつらこそが真の『黄金世代』。それに気付いているらしい。


「ヴァイス、あなたはやはり最強ですわ」

「どうだろうな。だが雑魚をいくら倒しても意味はない。シンティア、相手はミリカだ。絶対に勝てよ」

「……え? わ、わかりましたわ。でも、どうして知っているのですか? 決勝の相手はランダムだというのに」

「……何となくな」


 シンティアはもちろん原作でも試合メンバーに入っている。

 俺はいないはずだが、まあそこが大きく変わることはないだろう。


 上を見上げると、学園長のギルス、ダリウス、クロエ、そしてミルク先生が俺を見ていた。

 

 楽しみにしているのかまでかはわからないが、生徒が勝ってほしいと思うは当然だろう。


 決勝戦まで少し休憩インターバル、作戦なんてない。相手を叩き潰す、ただそれだけだ。


 周りの面子を見ていると、どいつもこいつも優勝したがっている目をしていた。


 ま、同じ気持ちだがな。


『準備が出来ました! ノブレス剣魔杯、決勝戦、第一戦目は、シンティア・ビオレッタ選手、そして、ミリカ・エンブレス!』


 審判が叫ぶと、歓声が一気に上がった。


 最後の戦いだ。弥が上にも盛り上がる。


 勝敗はシンプルだ。

 団体戦、つまり勝ち数が多いほうの勝利。


 シンティアは驚いていた。俺の予想が当たっていたからだろう。


 だが気合を入れなおし、いつものように真剣な表情を浮かべて、前を向く。


 余計な言葉は交わさない。彼女が考えてくれている。


 俺の婚約者として、恥ずべき戦いはしたくない。だからこそ、勝ちたい――と。


 ああ、シンティア。


 俺はお前を信じてる。


 ――叩き潰してやれ。


 ▽


 幼い頃から、私は常に一番であり続けなさいと教えこまれました。

 由緒正しきビオレッタ家に生まれたからには、常に品行方正でもいなさいと。


 ただそれは苦ではありませんでした。


 私自身も上を目指すことは好きでしたし、驕ることなく上を見続けることは楽しくもありました。


 舞踏会でヴァイスとお会いして、初めは以前のことを思い出し、思わず汚い言葉を使ってしまいましたが、なんと彼がただの恥ずかしがり屋だということがわかりました。


 食事会を通じて婚約者となり、より一層距離が近づきました。


 驚いたことに、彼は類まれな才能を持った上で私なんかよりもよっぽど努力していました。


 頭にゴブリンをぶつけられたような衝撃、思わず言葉が出ませんでした。

 ですが、リリスさん共に特訓を重ねていくうちに、私自身も成長していきました。


 ノブレス魔法学園に入学後、ヴァイスは私の予想をはるかに超えた勢いで成長し続け、下級生の首位をただの一度も明け渡していません。


 そんな彼が私の婚約者というのは、とても誇らしいものでした。


 ですが同時に、このままではいけないという思いも強くなりました。


 彼の横でただ立っているような女性にはなりたくない。


 同じ景色を、同じ目線で見ることが彼の一番の理解者であり、そして婚約者にふさわしいと思っています。


 そんな私の気持ちに気づき、リリスさんは励ましてくれました。


 そしてある人も――。


 ▼


「精が出るな、シンティア嬢」

「ミルク先生!? どうしてこんな遅くに?」

「愛弟子のことを気にかけるのは当然だろう?」

「私が……でしょうか?」

「一度でも私が教えればそう思ってる。もちろん、ヴァイスにふさわしい婚約者になろうとしていることも気づいているぞ」

「そうだった……のですか」


 ある日の訓練場、ミルク先生は私のすべてに気づいていました。

 もちろん悪いことはありません。ですが、私は今までもって生まれた才能に甘えていました。


 アレンという子には到底敵いませんし、私よりも遥かに強い人は大勢います。


 私は努力するのが……遅かったのかもしれない――と。


「才能があれば人は驕る。それは仕方がない。だがこれからの未来は自分で決めることができる。ヴァイスだってそうだ。何も遅すぎるということはない。シンティア嬢、私で良ければいくらでも付き合うよ。魔法は強力だが、一方で諸刃の剣だ。魔力が切れてしまえば使えなくなるし、残り少なくなるだけでも効果は著しく弱まる。だが剣術は違う。自身の心が折れるまで、戦い抜くことができる。だがシンティア嬢、あなたは違う」

「……違う?」

「ああ、あなたは両方を望めば掴むことできる。私の秘密を教えよう、あのヴァイスを――驚かせてやれ」


 ▼


「シンティア、随分と野蛮な連中と付き合って変わったみたいね。その腕、傷だらけじゃない」


 ミリカとは幼い頃からの知り合いです。

 一時期は仲良くもありましたが、今は疎遠になっていました。


 それに、今の私を凄く否定的に見ているみたいです。


「これは私が今生きている証ですわ。綺麗な腕よりも、随分と綺麗でしょう?」

「ははっ、わかってないわね。剣術ってのは傷がついたらだめなのよ。所詮、氷魔法使いのあなたにはわからないでしょうね」


 私の前で剣を構えている、ミリカ・エンブレスは、驚くべき速度と威力の剣術を使う。

 幼い頃は使えなかったはずですが、おそらく身体強化で何倍も力を増幅させているのでしょう。


 今までの対戦を見てきましたが、どれも圧倒的でした。


 デュラン剣術魔法学校は、対魔法使いに特化していると聞きました。

 もちろん、私の天敵であることは間違いありません。


 ですが、それは。


 ――以前の私ならです。


『それでは、試合開始の前に距離を取ってくだ――な、なんと!? シンティア嬢の手から、な、なんだこれはああああああああああ!?』


 魔法はイメージの世界。

 私の氷魔法は、脳内で描かれたイメージによって構築されている。


 それが私は人一倍優れている。だからこそ稀有な魔法が使えます。


 だけどミルク先生は、一段階上を目指せと言ってくれた。


 まさに今この時の為に――。

 

 手のひらから水があふれ出る。それは徐々に剣の形をかたどっていく。


 最後にもう一つ魔力を加えれば、剣は絶対零度で覆われ、氷剣グラキエース となる。

 一太刀浴びせるだけでも絶大な威力を誇る剣。


 特筆すべきは、魔力の消費が極端に少ないということ。


 ――私は、ヴァイス・ファンセントの婚約者、シンティア・ビオレッタ。


 ただ隣で立っているだけの――女性ではありません。


 ▽


 ……言葉が出なかった。


 誰もが驚いているが、俺は特別だ。



 俺はノブレス・オブリージュのことを知っている。

 原作を知っている。シンティアの事を知っている。


 だが彼女は、彼女が、あんな魔法は使えないはずだ。

 

 原作、いやプログラム上でも、魔法は強いが近距離は弱い。

 そう設定・・されているのだ。


 これは改変どころの話ではない。彼女が、全てを壊した。


 ……ああ、そうか。


 後ろ姿から伝わってくる。


 シンティア、俺のために頑張ってくれたのか。


 今でこそ彼女は、俺の隣にいることでお飾りとまではいわないが、羨ましいと言われることがある。


 それに抗うため……俺のために……。


 ああクソ、なんて嬉しいんだ。



 シンティア、お前は最高の女性ヒロインだ。


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