050 掴み取った勝利

 私の氷剣グラキエースは絶対零度、かすり傷を与えるだけでも、大ダメージを負わせることができる。


 皮膚に当たれば、その傷跡はとても見られないものになるでしょう。

 ただ今回は、特殊な術式が展開されている闘技場の上、更にミリカは、訓練用の戦闘服に着替えている。


 その為、私の氷剣の攻撃も全て数値で計算される。

 ただおかげで手加減する必要はありません。


 ――ヴァイス、見ていてください。


 私の姿を。


『試合、開始ッ!!!』


 ミリカは、まだ驚きが隠せないようでした。

 私はリリスさんから教えてもらった静かなる足音サイレントステップで距離を詰めていく。


 歩幅を変化させることで、相手からすれば突然に近づいたかのように見える技です。


 今までの私は、離れた場所から魔法を放つのを得意としていました。

 近距離戦は不得意でしたが、これでいいと自分に言い聞かせていた。


 だけどこれからは――違います。


「ハァァアアアッ――」


 ミリカは、私を撃退する為に剣を構えた。

 そして次の瞬間、魔力が込められた空気の刃が飛んでくる。


「勘違いしているかもしれないけど、あたしだって色々使えるんだから!」


 だけど私は回避することもなく、真っ直ぐに進む。

 すると彼女は驚いていた。


「な、なんでだよ!? 食らってるじゃない!」


 ミリカからは当たっているように見えるのでしょう。

 今私の身体からは、微弱な氷魔力があふれ出ています。


 あえて名づけるならば『氷分身アイスシャドウ』でしょうか。


 本来の私の位置とはズレて見えているはずです。

 これは、私が新たに編み出した技。


 それに驚いたことに、ミルク先生の言う通りでした。


『シンティア嬢、攻撃は最大の防御と言われているが、その本質がわかるか?』

『ええと、手数を増やせば防御に回るしかないなくなる、ということでしょうか?』

『それも一理ある。だが私に言わせてみれば違う。私たちは無意識に攻撃と防御、それぞれ魔力を振り分けている。もちろん最後は意識的に振り分けるが、君のその氷剣グラキエースを見れば相手どうなるか。たとえば100魔力あったとしよう。本来は30防御に対し70の攻撃を振り分ける、が、その氷剣グラキエースを見た瞬間、数値は逆転せざるを得ない。それが本質だよ』


 実践投入は初めてでした。

 ミリカの試合をいくつか見ましたが、明らかに攻撃の威力が弱くなっている。いや、せざるを得なかった。


「――私は、絶対に負けられない」


 ミリカは必死に防御しようとしましたが、氷分身アイスシャドウを見破れていません。

 剣を振ってきましたが、私には当たらないです。


 返しざま、肩に一撃を与えると、その部分の数値が超えたのか、凍りついていく。


 ミリカは驚き、急いで離れて肩を押さえました。


 このリードは――大きい。


『な、なんとぉ!? ミリカの攻撃は当たらないが、シンティ攻撃がいとも簡単に!? 一体今年のノブレス学園、どうなってるんだあああああああああ!?』


 けれども油断はできません。

 ここからが――本当の彼女。


「……驚いた。正直、才能に奢ってあなたは変わらないと思ってたでも嬉しい、シンティア、あなたがそこまでやるなら、私も――全力で相手をさせてもらう」


 私もただこの剣魔杯に参加したわけじゃない。

 ミリカのことは調べつくしている。


 彼女の属性は火、リリスさんのように剣に魔法を付与し、更に自身も炎を身にまとうことで攻守一体の攻撃を行う。


 今はまさに攻撃を仕掛ける絶好のチャンス、それはわかっている。


 でも、それでは意味がない。


 私の目的は勝利ではなく、強くなりたいのです。


『こ、これがミリカの本気の姿なのか!? 炎をまとった剣、そして自身の身体から炎が溢れている!?』


「ここからが本当の勝負よ、シンティア」


 次の瞬間、彼女は瞬間移動したかのように消えました。


 おそらく炎を燃やすことで空気抵抗を著しく弱め、瞬間的な速度を上げている。


「これを出すとは思わなかった」


 気づいたら後ろから声がした。

 私の首を狙って一撃。


 威力の高い攻撃。一太刀食らってしまえば、私の魔力が排出され、気絶するかもしれません。


 ですが――、当たればの話です。


 私は高く飛び上がりました。

 カルタさんのような飛行魔法は使えません。ヴァイスの不自然な壁アンナチュラルも習得できませんでした。


 しかし、私には氷魔法がある。


 今までは天からもらったこの才能を生かすだけの努力が足りなかった。


 でも、今は違う。


 氷の浮遊アイスフロウト


 氷の魔力を足から地面に放つことで、体が一気に押し上げられます。

 それは、まるで加速装置。

 

 私の氷分身アイスシャドウと合わさると、彼女の目からは残像しか見えていないはず。


 ミリカ、この勝負は――私の勝ちです。


氷槍アイスランス!」


 天高くから無数の氷を放つ。


 ですがミリカの反応は凄まじいものでした。

 私の攻撃に気づき、そして回避行動を取りました。


「な――っ、くっ――」


 しかし、そこに余裕はありません。


 見逃さない――。


「止めです!」


 重力に身を任せ、氷剣グラキエースをミリカさんに突き刺しました。

 ですが驚いたことに、寸前で回避され、頭ではなく腕に直撃。


 悲鳴と共に右腕が使い物にならなくなったのでしょう。


 酷い凍傷にはなっていませんが、剣術をメインとする彼女が利き腕が使えなくなって勝てるわけがありません。


 ――ヴァイス、見てくださいましたか?


 私は――。


「ミリカ、まだやりますか?」


 それでも彼女は剣を構えた。


 ああ、凄い。


 黄金世代は伊達じゃないんですね。


 ですが私は優しくありません。


 なぜなら、ヴァイス・ファンセントの婚約者ですから――。


 ――――

 ――

 ―


『勝者、シンティア・ビオレッタ! 片腕だけになったミリカ選手もあきらめることはなかったものの、やはり序盤のリードが大きかった!』


「すげええええええええええ、なんだよあの魔法!?」

「とんでもねえ! シンティアさん、すげえええ」

「シンティア令嬢、おめでとうございます!」


 遠くのリリスに微笑みかけると、喜んでくださいました。


 ……ありがとうございます。


 闘技場から自陣に戻ると、ヴァイスが私を見てくれています。


 ――嬉しい。


「シンティア――」

「ヴァイス、私は婚約者ですが、あなたの隣で胡坐をかいているわけではありません。あなたのふさわしい女性となります。ですから私も皆さんと同じように見てください」


 正直、ちょっと偉そうだったかもしれません。

 ですがこれでいいのです。私たちは対等です。上下関係なんてないのですから。


 ヴァイスは少し驚いた後、微笑みました。


 そして、手を出してくださいました。


 私はそれを、少しだけ強くたたく。


「よくやった、シンティア」

「ふふふ、はい」


 ああ――私はようやく、あなたの隣で相応しいと少しだけ言えるかもしれません。



 心から愛しています――ヴァイス。

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