048 圧倒

 俺はそれなりの努力を重ねてきた。

 主人公アレンに負けないように、そして大勢を真正面から叩き潰し、破滅を回避する為だ。


 当然俺の根底には、死にたくないという強い意志がある。


 誰だって俺と同じ状況になれば運命に抗うだろうし、血と汗を流すだろう。


 だがこいつ・・・はどうしてここまで強くなれた?


 俺と同等? いや、それ以上の可能性すらあるというのか?


 ……わからない。


 ただ一つ間違いないことは、今この状況が、頗る愉しい・・・・ことだ。


『避ける、避ける、避ける! 避ける! アレン選手、一体、目がいくつあるんだァ!?』


 相手の副将、チャーリー・ゲイルは星の降る夜スターダストという稀有な魔法が使える。

 空に放った魔法が対象に降り注ぎ、その一つ一つの威力は頗る高い。


 だがアレンは、その全てを回避していた。ただの一つも身体に触れさせることなく距離を詰め、俺と変わらない速度で剣を振り、敵を沈黙させた。


『しょ、勝者、ノブレス学園、アレン! 何ということでしょう!? 今年のノブレス下級生は、一体どうなってるんだぁ!?』


 当然、観客からも声が漏れ出る。


「どうなってんだよノブレス学園の奴らは」

「下級生だよな? 上級生いねえよな?」

「誰だよ今年は弱いって言ったやつ……」


 今の所余裕だと思うが、油断はできない。

 俺たちと同じく強くなってる連中もいるかもしれないからな。


 アレンは額の汗を拭いながら戻ってくると、シャリーとデュークと手を叩いた。


「頼んだよ、デューク」

「おう! っしゃあ、行ってくるぜええ!」


 続くデュークは、奇しくも同じ身体強化系の相手だった。


 原作でも攻守のバランスが取れており、勝利するには長時間の戦闘が必要だ。


 俺の攻撃でも、なかなか大変な――。


「勝者! デューク・ビリリアン!』


 ……あ?


「なんか相手弱くねえか?」

「……だよね? 実は僕もそう思った」


 デュークは拍子抜けした様子で戻って来て、アレンが頬を搔いていた。


 続く、シャリーの相手は素早い動きを持つ――。


『勝者! シャリー・エリアス!』


「確かに、大したことないかも……」


 …………。


 まあいい。

 次はシンティアだ、それに彼女の相手が一番強い。


「ではヴァイス、行って参ります」

「心配はしてない。叩き潰してこい」

「仰せのままに」


 相手は生粋の風の魔法使いだ。


 シンティアとの相性はそこまで良くない。


 だが、そんなことはものともせず、彼女は圧倒的な魔力で風をものともせず、その強さを見せつけた。


『勝者! シンティア・ビオレッタ!』


 優雅に歩く様は、まるで氷の女王だ。


 はっ、俺に相応しい。


「シンティアさん、よくや――」

「触るなアレン」


 アレンが手を叩こうとしたので、俺は必死に止めた。


 ……それはダメだ。


 これはただの嫉妬だが。


 そして次の試合まで俺たちは待機となった。

 本来なら次の対戦相手を見る必要はあるが、それよりも気になることがある。


「シンティア、少し付き合ってくれ」

「もちろんですわ」


 俺がその場を後にしようとすると、アレンが落ち込んでいた。

 どうやら俺がシンティアと手を叩くのを止めたのがショックだったらしい。


「僕、なんか悪いことしたかな」

「あれはアレンが悪い。私もどうかと思う」

「え、そうなの!? な、なんで!?」

「まっ、そういうのって難しいよな!」


 ったく、あいつらは相変わらず仲良しだな。


「次の試合までには戻る。気になるやつがいたら教えてくれ」


 そう言葉を残し、俺はその場を後にした。


 会場はかなり広く、なんとまぁ驚いたことに出店みたいなものも許可されている。

 ゲームだからといえばそれまでだが、たかが学生たちの催しにここまでするのか?


 通路には大勢がごった返している。

 俺を見ても騒がない所を見ると、闘技場から離れているから顔まではわからないのか。


 まあ大人からすれば下級生の子供ガキの見た目なんてそこまで変わらないか。


「美味しいよー! 産地直送だよー!」


 ……何?。


「――ありっしたっー!」


「ヴァイス、何を買われたんですか?」

「メロメロン揚げだ」


 一口食べると……サクサクで美味い。


 シンティアと半分こしながら歩く。

 とはいえ俺はのんびり楽しみに来たわけじゃない。


 目的は視察だ。

 闘技場の下からは流石に遠すぎて見えなかった。


 何かするわけじゃないが、実際この目で見ておくのが大事だと思った。


 観客席に足を運ぶと、壮大な景色が広がっていた。


「いい眺めだな」


 試合は続いているが、大した連中じゃない。

 今頃アレンたちも別の意味であっけにとられているだろう。


 だがそんなものはどうでもいい。


 俺の視線の先には権力者たちが笑っていたり、話し合っている。

 どいつもこいつも品定めしているのだ。


 それから俺は観客席に変な奴が混じってないかを確認していた。

 ノブレス・オブリージュでは色々なやつがいる。


 前に屋敷に襲ってきた組織がその代表格だ。


 だがみたところ危険はなさそうに見える。


 それよりどいつもこいつも楽しそうだった。

 

 王都国立公園やユースのときでも思ったが、やはり俺はこの世界が好きになってきている。


 ――ヴァイス、楽しんでるか?

 

 っと、のんびりしすぎたな。


 そろそろ戻らねえと、あいつら・・・・が不安になるなァ?


「ヴァイス・ファンセントくん」


 その時、声をかけられた。

 全身が鳥肌で沸き立つ。空気が固まったかのような甘美な声、だが、何度も聞いたことがある声。


 振り返ると、立っていたのは、エヴァ・エイブリー――先輩だ。


「……中級生の試合は明日ですよ」

「あら、後輩の試合を見るのも楽しみの一つだわ」


 彼女の存在に気付いた一般人が、おそれたり、歓喜の声をあげている。

 おそらく去年のことを知っているんだろう。

 まあ、美貌と恐怖が合わさると困惑するよなァ。


「なら最後まで見ててくださいよ。俺たちが優勝するので」

「自信家は好きよ。私もそうだから。それじゃあ、シンティアちゃんもまたね。優勝杯、ノブレスにまた持ち帰ってね」


 エヴァはにこりと笑った後、銀髪を揺らせながら去っていく。

 原作では自主退学しているので当然いないはずだが、好都合だ。


 エヴァがいれば、何かあっても安心できる。


 それに……いずれ超えなきゃ超えないといけない人が近くにいるほうが、気合も入るってものだ。


「ぷにゅ」

「え」


 何を思ったのか、シンティアが俺のほっぺに指をさした。

 穴は開いてないが、ぷいにゅりと頬がへこむ。


「浮気はダメですわ」

「……はい」


 女心は難しい。

 否定しても怒られるだろうと察した。

 これは俺の努力のたまものだ。


 その時、アナウンスが流れる。


『では次戦、ノブレス学園vsメイソン王立魔法高等学校です!!!』


「いくか、シンティア」

「はい!」


 さあて、次もぶっ潰しにいくか。


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