047 黄金世代

 『黄金世代』


 創作物が好きな奴なら、この言葉に聞き覚えはあるだろうし、興奮もするだろう。


 ある世代の時だけ、突出した才能を持つ人材が集中することだ。


 去年はエヴァ・エイブリーが最強だっただけで、特にそんなことは言われていない。


 そして原作では、アレンの存在は他校に知れ渡っていない。


 ここイベントで何より面白いのは、他校生の奴らが全員示し合わせたように、『黄金世代』なのだ。


 先ほど俺が喧嘩を売ってきたのは、ミハエル率いる、デュラン剣術魔法学校で、ノブレスに次いで二番目に優秀だとされている。


 だが原作では、あいつらが何度も優勝する姿を見てきた。

 偉そうだが、それを裏付ける才能をチーム全員が持ってやがる。


 特にミハエルの奴は、作中でも最強格の一人で、凄まじい剣技と魔法を巧みに使う。


 あいつにバカにされたのはこの世界では初めてだが、何度も見てきた光景だ。

 腸が煮え返っているのはあいつじゃなく俺だ。


 といっても、他校も侮れない。

 様々な分岐点があるノブレスでは、デュランが優勝しない本筋シナリオもある。


 オスカー魔法学園、ウィリアム魔術学校、メイソン王立魔法高等学校、etc――。


 どいつもこいつも曲者で、全チームが黄金世代と呼ばれている。


 更に視線を見上げれば、各国の人材担当の奴らが俺たちを見ていた。

 彼ら個人は突出した戦闘力はないものの目は確かで、将来有望な学生を見極めにきている。


 その学園を卒業したからといって、領土内に留まるかどうかは本人の自由だ。

 もちろん相応の条件が出されることもあって確率は高いが、エヴァ・エイブリーのような突出した存在はどの国も欲しがる。


 直接どうですか? なんて聞くわけがない。これは各国で暗黙の了解だ。

 だからこそ盛り上がる。賭けシステムが合法化されていることもあって、上も下も、どいつもこいつも興奮している。


 といっても、俺ほどじゃねえだろうがな。


 視線を他に向けると、各国のチームが作戦を練っている。

 先ほど俺に喧嘩を吹っかけてきたミハエルが俺に気づき、首を切るようなしぐさをしやがった。


 今思い出したが、俺――ヴァイスはあいつに幼いころ会った気がする。

 何をしたかまで覚えちゃいないが、確か恥をかかしたはずだ。


 まあ、性格がひねくれたのは俺のせいじゃないがな。


 せいぜい今を楽しんでろ。


「そういえば、ミルク先生は?」


 周囲に視線を向けたが、いつのまにかいなかった。

 どのチームにも先生が付き添いでいるはずだが……。


「『私はのんびり観戦する。楽しめよ、ヴァイス』と言って消えてしまいましたわ」

「……はっ」


 まあ、ミルク先生らしいといえばそうか。

 どうせ戦うのは俺たちだ、先生に甘えるわけにはいかない。


 その時、闘技場にスタイルの良い女性が現れた。

 服装も露出が多くて派手だが、大会を盛り上げる為の審判みたいなものだ。


 確か雇われだったはずだが、そのあたりは覚えちゃいない。

 音魔法が付与されている小さな棒を持っていた。


 大会開催について色々と叫んだ後、ついに一回戦が始まった。


 当然かもしれないが、さっそく俺たちの出番だ。


『まずはノブレス魔法学園、由緒正しき学園、去年のエヴァ・エイブリーは記憶に新しいでしょう。果たして今年の下級生はどうなのか!? 対するウィリアム魔術学校は、独自の術式で戦うことで有名です! 更に今年は学園長曰く『最強世代』とのことです! 今大会も初戦は大将リーダー対決になります! ノブレス学園からはヴァイス・ファンセント。ウィリアム魔術学校から、ライリー・アルロ!』


 審判の言う通り、初戦だけは場を盛り上げる為に目玉勝負から始まる。

 

 ライリーは俺もよく知っている。

 属性魔法と魔術を組み合わせた稀有な魔法を使う。手を振る爽やかな笑顔は、どことなくアレンに似ている。


 それに伴って歓声も凄まじい。確かどこかの魔術大会に出場し、最年少で優勝したはずだ。

 決して破れない障壁バリアが得意技だったはず。


「ライリー! 今日も見せてくれぇ!」

「アルロ様ぁ! 格好いいですわぁ!」

「やっちまえ、ライリー!」


 黄色い声援、更に女子生徒からも随分と好かれているみたいだ。

 全力を出してもいいが、これは催しも兼ねている。

 

 せっかく来てくれた観客たちを楽しませてもいいかもしれないな。


「じゃあ、行ってく――」

「ヴァイス、みんなを黙らせましょう」


 俺が出ようとしたら、シンティアが声をかけてきた。

 その顔はとても美しく、俺好みに染められている。

  

 ああ、いいねェ。


 やっぱり、初手から本気で行くか。


「ヴァイス、楽しみにしてるよ」

「すぐ終わる。準備運動をしてろ」


 アレンの応援も、今は少し心地良い。


 俺が闘技場に足を踏み入れた瞬間、声援がピタリと止んだ。


 名前と風貌が一致したんだろう。


 俺の姿を見るやいなや、軽蔑的な声を出す奴もいた。


「ヴァイスじゃない……?」

「あれが悪名高いヴァイスか」


 まあいい、どうせ初めから声援なんて期待して――。


「ヴァイス様ー! やっちゃってくださいー!」

「ヴァイスくん、頑張れー!」


 と思っていたら、バカでかいリリスの声と一生懸命に声を出すカルタ。

 なんだあいつら、いつのまに俺の名前が書かれた扇子を作ったんだ?


「ヴァイス、見せてやれー!」

「あいつらお前のこと知らねえぞー!」

「勝てるわけないだろー! うちのヴァイスにー!」


 と思っていたら、全然絡みのないない同学年たちが、俺に声援を送ってくれた。

 なんだったら、訓練で手加減なしに倒した奴もいる。


 ……はっ、こりゃ、負けられねぇわ。


 試合のルールはシンプルだ。

 だだっ広い闘技場の上で、何でもありで戦う。


 武器の使用は当然認められているが、お互い訓練用服に身を包んでいる。

 地面は特殊な魔術が施されており、ダメージを相手に与えると、相応の痛みを感じ、更に魔力が身体から消えていく。


 限界を超えれば気絶、それはいつもと同じだ。


 だが緊張感を持たせる為、数値を少し下げられている。

 骨の一本や二本は覚悟しろってことだ。


 ライリーは爽やかな笑顔をやめて真剣な表情になると、俺に向かって剣を構えた。。


「君の噂は知っている。残念だが、時間はかけない。僕たち『最強世代』は、将来に名を残す冒険者として活躍する予定だ。通過点として処理させてもらうよ」

「そうか、光栄だなァ」


 原作で俺は何度もこいつに負けた。

 勝ったこともあるが、何度も挑んでようやく、だ。


 ああ、腕が鳴るぜ。


『それでは、試合ッ、開始ィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ』


 ――時間が止まったかのように思えた。


 歓声も鳴り響いてるが、俺の耳には届かない。


 ただ目の前のライリー・アルロだけがゆっくり視えている。


 観察眼ダークアイからの閃光タイムラプス、更にデュークに教えてもらった身体強化パワーアップでいつもより魔力が効率よく四肢に行き渡っている。


 俺は真っ直ぐに駆けた。


 ライリーは障壁バリアを詠唱し、360度自分を覆って、障壁の外に魔法を出現させた。

 火と水、ミルク先生と同じく2属性の使い手だ。


 手のひらからではなく空気中に魔法を出現させるのは高度なテクニックだ。

 およそ学生で習得できる技ではないが、こいつにとっては当たり前。


 火と水の二つが無から出現すると、意思があるかのように俺に放たれた。まるでヘビのように蛇行しながら向かってくる。


「――はっ、馬鹿正直だね」


 ライリーは笑みを浮かべた。腕の差を感じ取って勝利を確信したのだろう。

 声は聞こえないが、口元で何を言っているのかわかった。


 だが俺には視えていた。

 奴の魔法が、術式が。


 まるでプログラムのようだ。

 魔法のほころびが見える。繋ぎ目がわかる。

 どこに剣を這わせれば切れるのかわかる。


 そっと、それになぞればいい――。


『な、なんと、ヴァイス・ファンセントが、魔法を切った・・・!?!?!?!?』


 俺は火と水の魔法を全て破壊しながら距離を詰めた。

 目の前にはライリー。驚いているみたいだが、障壁バリアに安心しているのだろう。


 ――バカが、その程度の防御魔法で何とかなると思ってるのか?


「俺の勝ちだ」

「……は?」


 一撃でバリアの術式を完全に破壊すると、無防備なライリーが姿を現した。

 別の魔術を詠唱する暇も与えず、俺は何度も切り刻む。


 右腕、左腕、右足、左足、みぞおち、急所、そして――心臓だ。


 これが『最強世代』とは、随分とぬるま湯に浸かっていたらしい。


 そしてライリーは、おそらく二週間は動けないであろう怪我で倒れたこんだ。

 本来なら死んでるはずだ。まァ、このくらいはいいよなァ。


『しょ、勝者、ヴァイス・ファンセントオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』


 観客の声がピタリと止み、そして――一気に上がる。


「すげえ、何したんだ!?」

「わかんねええ、魔法切ったよな!? そんなことできるのか!?」

「嘘だろ、ライリーが一撃!? いや、何度も切ったのか!?」

「ありえねえ、なんだよ。あいつ誰だ!? ヴァイス!?」


 ゆっくりと自陣に戻ると、シンティアが讃えてくれた。

 流石です、と。


 そして――。


「ヴァイス」


 アレンが、俺に手を向けてきた。


 ……はっ、まあ機嫌がいいから、一度だけ許してやるよ。


「お前も続けよ」


 手をたたき、勝利を嚙み締めた。


「当たり前だ」


 あァ、俺の努力は無駄じゃなかった。


 自然と、頬が緩む――。


「ヴァイス、ほらほら!」


 しかその直後、デュークが俺を見ながら尻尾を振って手を出していた。

 ……うーん。


「ビタミンは次の試合に備えてバンプアップしてろ」

「そ、そんなあ……って、ばんぷあっぷってんだ? 美味しいのか?」


 はっ、相変わらず面白いやつだな。


「――冗談だ。ありがとな、デューク」


 肩をぽんと叩いて、椅子に座る。

 前を向くと、いつもの面子が俺を見ていた。


 そして俺は、声を掛ける。


「この場にいる全員に見せつけてやろう。――本当の『黄金世代』をな」


 ああクソ、戦うのはやっぱり楽しいなァ、ヴァイス・・・・


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