045 最終日

 夏休みエスターム最終日。


 ミルク先生が戻って来てからの日々は、忙しくも楽しかった。

 閃光タイムラプスを使用しながらでの戦闘は、今までより過酷で、激しく、そして難しかった。


 まず魔力の維持がとてつもなく大変だということ。

 日課の訓練は欠かしていないが、それにしても消費が半端ない。


 基本的には戦闘の最中で小出しに使っていくことになるだろう。


 相手の魔力を乱す魔力乱流アンルートは、相手が強ければ強いほど効果時間が短い。

 それに伴って鞭を対象に触れさせ続ける必要がある。


 たとえるなら電気を流し続けるようなものだ。

 ミルク先生に使用してみたが、数秒程度しか魔力封鎖が出来なかった。

 とはいえ、魔法の詠唱を中断できるのはデカい。


 デュークビタミンから手ほどきしてもらった身体強化パワーアップ、カルタの飛行魔法のおかげもあって、俺は随分と強くなっている。

 だが、まだ足りないだろう。


 そのくらい厄災の難易度は高い。

 セシルが後ろに付いてくれているのは心強いが、それでも不安が過る。


 心苦しいが、厄災では彼女・・に頼ることになるだろう。


「ヴァイス、大丈夫?」

「ああ、考え事してただけだ。……いや、すまないな。今することじゃなかった」

「気にしないでください。エスターム最後の日にこうやって一緒に居られるわけでも、私は嬉しいですわ」

「私もです! でも、私は二人のお邪魔ではありませんか……?」

「そんなことないわリリス、あなたは私たちの大事なパートナーよ」

「えへへ、嬉しいです!」


 ファンセント領土から馬車に揺られ、俺たちは海岸沿いにほど近いユースという街を訪れていた。

 このあたりは海水浴が盛んで、エスターム期間中は特に賑わっている。


 観光客も多いが、ほとんどが貴族だ。

 それをわかっているのか物価も高く、だが犯罪は少ない。


 安心安全のユース、貴族の間でそう言われている。


 景色はとにかく綺麗の一言に尽きる。

 今、俺たちが歩いている場所は目の前に噴水があり、右側には青い海が広がっている。


 綺麗な石畳が続く、子供たちは明るい声を上げて騒ぎ、飲食店は繁盛していた。


 俺は、ノブレス・オブリージュの中にいる。そして生きている。

 最近はよくその事を考えるようになっていた。


 婚約者であるシンティアをアレンから奪ったのは、俺の中でも一番の改変だ。厄災では、彼女も戦うことになるだろう。

 お願いする必要もなく、性格からしてもそれは間違いない。


 だが俺は、二回目の厄災のことを彼女に伝えていない。


 それにはもちろん大きな理由がある。


 シンティア、アレン、デューク、は、厄災の主要人物だ。

 カルタも確か学園を退学していたが巻き込まれてはいたはず。


 未来は不確定。

 今この現状で話すのが吉と出るか凶と出るのか俺にもわからない。


 だからこそ、気を付けていた。


 それに今は、このひと時を大事にしたい。

 その時、綺麗な色どりの屋根を見つけた。


「シンティア、リリス、アイスクリームを食べないか?」

「いいですわね。景色も綺麗ですし、海岸に座って食べましょうか」

「賛成です! シンティア令嬢、素敵な提案です!」

「ああ、それは最高だな」


 このあたりはアイスが有名だ。

 如何にも夏っぽいシャツを着ている店員におすすめを聞いて注文。


 俺はフルーツ系のアイス、シンティアとリリスはバニラとチョコレートを頼んだ。


「デカいな」

「ええ、凄いですわ」

「でも、美味しそうです!」


 想像より大きかったが、これはこれで食べ応えがある。

 近くの海岸沿いまで歩き、海を眺めながら腰を掛けた。


 波音が天然のBGMを奏で、そよ風が俺たちを歓迎している。


「んっ、美味しいですわ」

「最高です……」

「確かに……これは絶品だな」


 流石ユース、高級食材で肥えた俺たちの舌も大満足だ。

 

 こんなに静かな時間は初めてかもしれない。

 ユニバースをしている時にも思ったが、俺はもっとこの世界を知りたくなってきている。


 まだまだ知らないことは多い。

 それも、必要なことなんじゃないかと。


「ヴァイス、一口もらっていいですか?」

「ああ、構わないよ」

「ありがとうございます。――んっ、美味しい……」


 しかし何度みても惚れ惚れするほどの横顔だ。

 出会いこそアレだったが、今は本当に彼女に惚れている。


 ……もしかしてヴァイス・・・・が好きだったのだろうか。


 時折、この感情がなのかどうか怪しくなる時がある。


 いや、考えすぎか……。


「ヴァイスは、いつも悩んでいますわね」

「……すまん。また顔に出てたか」

「気にしないでください。でも、もっと頼ってほしいです」

「そうですね、ヴァイス様は何でも一人で解決しようとしすぎですよ!」

「……頼ってるよ。十分すぎるくらいに」

 

 シンティアは、首を横に振る。髪の毛が揺れて、白い頬が見え隠れする。

 何か言いたげだが、少し戸惑っているかのようにも思えた。

 それに気づいたリリスが立ち上がると、声をあげた。


「アイスのお片付けしてきますね! お二人はここにいてください!」

「悪いなリリス」

「いえ! ――それではっ行ってきます!」


 静寂な時間が続いた後、シンティアがゆっくり口を開く。


「……私はヴァイスを愛しています。初めは一目惚れに近かったかもしれません。だけど今は違います。あなたという人物を見て知って、ずっと一緒に居たいと思っています」


 正直、驚いて声が出なかった。

 シンティアが俺に顔を向けて言った言葉は、心の全てを見透かしているかのようなだったからだ。


 俺は原作を知っているからこそシンティアと仲良くなれた。

 それもあって、人の心を弄んでいるような気持ちになるときがある。


 だが、彼女はそうじゃないと否定してくれた。


 ……ったく、俺はダメな奴だなァ。


「ありがとうシンティア。俺も君が好きだ。……これからどんな大変なことがあっても守りぬく。必ず」

「ふふふ、まるで大戦場に行く前みたいですね」


 ああ、その通りだ。けど俺は、死んでも君を守るよ。


「……話せないことがあることは、何となくわかっています。それでも私はヴァイスを信じています。もちろん、リリスさんもそう思っているはずです。ヴァイス、私はもっと強くなります。これからも一緒に頑張りましょうね」

「……ああ、シンティア、何から何まですまない。俺はもう、君がいないとダメかもな」


 心の奥にある深い部分を、彼女はゆっくりと撫でてくれる。

 全てを肯定し、俺に安心してほしいと言ってくれる。


 心地良い、だからこそ、守りたい。


「シンティア」

「――はい」


 周囲を見渡し、誰もいないか確かめる。

 だがそんなわけがない。ここには大勢の人がいる。

 俺たちは紳士淑女だ。完全の二人きりの空間ならいいが、流石に人前は良くない。


 けど、我慢ができねェ。


「愛してる」

「私もです」


 俺たちは唇を重ねた。

 心を赦しているという意味と、必ず守るという二つの意味を込めている。


 今日で夏休みは終わりだ。


 最後に気合が入る。


「明日からまた頑張ろう。夏休み明けで油断している時が、ポイントの稼ぎ時だ」

「ふふふ、そうですね」


 ノブレスには様々な分岐点が存在する。


 もちろん、ヒロインが死んでしまうルートも。


 ……絶対にそんなことはさせねぇ。


 海岸の夕日を見ながら、俺は今までで一番の誓いを立てた。



 ▽


 シンティア、ヴァイスを眺めながら、リリスは微笑んでいた。


 溢れ出る感情は嫉妬心ではなく、二人を守りたいという使命感。


 ――たとえ命を失おうとも。


「私は、二人の為なら――」


 リリスは、一人で誓いを立てた。

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