044 天才

 バトル・ユニバースは、それぞれキングとなる駒を守る為に戦うゲームだ。

 駒には騎士や魔法使いといった役割があり、攻撃範囲や守備範囲が設定されている。


 シンプルがゆえに奥深く、ノブレス・オブリージュのミニゲームにも関わらず、後々専用のゲームが発売された。

 駒の数は20×20、精巧に作られた駒をプレイヤーが交互に動かしていく。


 かくいう俺もハマりすぎてしまい、メインストーリーそっちのけで遊んでいたこともある。


 で、このゲームで欠かせないキャラクターはもちろん、俺の目の前にいる『セシル・アントワープ』

 

 彼女は八歳で第一回世界戦に出場し、見事に優勝を飾った。

 それからも勝ち続け、この界隈で知らない人はいない。


 だが彼女は飽いている。大好きなゲームにも関わらずライバルがいないからだ。

 開発者ですら彼女には勝てない。


 だが俺は――勝つ。


 その為にここへ来た。

 

 彼女を仲間にすることが、俺の目標だ。


「――で、随分と悩んでいるようだけど」

「……負けました」


 敗北の礼を一礼。


 いや――強すぎんだろおおおおおおおおおおおお。


 なんで今の駒があそこに!? 100手先を読んでるのか?


 勝ちました! と言っている奴を掲示板で見たことはあるが、ほとんどが嘘だった。


 ……だが勝てないわけじゃない。と、思う。


「も、もう一度お願いできますか」

「ふふふ、ファンセントくんは意外に丁寧なのね」

「礼儀は重んじる」

「そう、いいわよ。私も嫌いじゃないからね。――♪ ――♪」


 気づいてないだろうが、セシルは鼻歌を歌っている。

 彼女は本当にこのゲームが好きなのだ。そして俺もそうだ。

 勝てないのは仕方ないが、今この状況は存外に楽しい。



 気づけば俺は、いや俺たちは、没頭してしまっていた。


「……負けました」

「ありがとうございました。――って、ファンセントくん、外!?」

「ん? え、えええ!? なんだ!? タイムリープか!?」


 昼前からスタートしていたはずが、既に外が真っ暗だ。

 周囲を見渡しても誰もいない。いや、よく見ると司書が一人だけ残って、遠巻きに俺たちを見ていた。


 そうか、世界的な天才プレイヤーのセシルと、悪名高い俺、ヴァイスが対戦していて声を掛けられるわけがない。


 ……悪い事をしたな。


「帰るか。――ちょっと待っててくれ」

「ん、どうしたの?」


 俺は司書のお姉さんのところまで歩いて、頭を下げた。

 いくら楽しかったとはいえ、迷惑をかけてはいけない。

 これは最低限のルールだ。営業時間なんてとっくに終わってるだろう。


 だがお姉さんはにっこり笑って、


「大丈夫ですよ! 楽しそうでしたし、お二人とも」


 と言った。そんな楽しそうだったのか……と思ったが、謝罪はキチンとしておいた。


 席に戻ってセシルに声をかけ、早々に外に出る。

 彼女は、俺に驚いていた。


 ……なんだ?


「なんで俺を見てる」

「……噂と随分違うんだなって。今思えば、私もなんで声をかけたんだろ」

「どういう意味だ」

「怖いイメージがあったのになってね。あ、持っていた本が可愛かったからか」

「……糖分――」

「はいはい、頭に良いもんね。でも、ユニバースの腕はまだまだかも」

「それはお前が強すぎるだけだ」

「そうかもしれない」

「謙遜しないんだな」

「しても意味がないし、どちらにせよ嫌味に取られるから」

「ま、そうかもな。――セシル、明日も空いてるか? 良かったら俺とまた勝負してほしい」

「……え? 別に構わないけど。また図書館で?」

「最近は気温もいい、王都の国立公園でどうだ。あそこなら誰にも迷惑はかからないだろう」

「そうね、いいわよ。じゃあまた明日、ファンセントくん」

「ああ、またなセシル」


 帰り際、彼女の背中を何となく眺めていたら、静かな足取りでスキップを踏んでいた。

 どれだけゲームが好きなんだ……。


 まあでも、俺も楽しかった。


 明日は必ず勝つ。

 そして、セシルを仲間に引き入れる――。


 ▽


「負けました」

「はい、ありがとうございました」


 王都国立公園、都会のど真ん中に関わらず自然が残されているのはここだけだ。

 周囲を見渡すと、ほとんどが家族連れとカップルで埋め尽くされている。


 その中心、地面に置かれた『バトル・ユニバース』を挟んで、俺たちは真剣勝負をしていた。


 いや、真剣なのは俺だけか……。


 セシルは、鼻歌混じりで嬉しそうだもんなァ。


「~♪ ~♪」


 しかしこいつの頭はどうなってやがるんだ?

 俺だってこの世界に来てから死ぬほど勉強してたんだぞ。

 なんで、勝てねェんだ。


「次、お願いします」

「はい、でも、ちょっと休憩しよっか。流石に朝から何も食べてないし、お腹空いた」

「まあ、言われてみればそうか」


 静寂な時間が流れている。理由はあれど、特訓以外でこんな没頭したのは初めてだ。

 今気づいたが、俺がこの世界に来てから、強くなること以外で一生懸命だったのは初めてかもしれない。


 今この場所には子供や老人、大勢の人がいる。

 この世界はゲームだが現実だ。

 

 ああ、俺は本当に、ノブレス・オブリージュの中にいるんだな。

 すると、綺麗な白い腕が伸びてくる。


「ファンセントくん、どうぞ」

「……なんだこれは?」

「ゲームしながら食べるっていったらこれでしょ?」


 差し出された手に持っていたのは、美味しそうなサンドイッチだった。

 中の具は――俺の好きなメロメロンが入っている。クリームもたっぷり。


 これは……もしかして……!?


「……新店のか?」

「そ、お弁当でも作ろうかと思ったけど、この前食べたそうにしてたからね。朝、寄り道して買ってきたよ」

「天才か?」

「そうね、よく言われる。――なんて、私からのささやかなお礼」

「お礼?」


 ……どういうことだ? 何かしたか?


「ユニバースを一緒に遊んでくれてるお礼。大会なんてそうあるわけじゃないし、いつも一人だからね。友達もいないし、遊んでくれる人もいなくて」


 そういえば 強すぎて相手にされないんだったな。天才すぎるとそれ自体が嫌味に思われて友達もいないのか。


「なら遠慮なく」


 俺はありがたくサンドイッチを受け取った。

 一口食べると、フルーツとクリーム、そしてパンの甘味が口いっぱいに広がる。

 

 もしかしたら俺が食べているのはプログラムの記号かもしらねえが、そんなのはどうでもいい。


 俺は生きている。セシルも、シンティアも、リリスも、カルタも、アレンも、シャリーも、デュークも。


 これから起こる厄災は、誰が死んでもおかしくないほどの難易度だ。

 ミルク先生ですらその可能性はあるだろう。


 間違いなく死人は出る。


 ……もっと、本気にならねえとな。


「セシル、食べ終わったらもう一戦、いや勝つまで頼む」

「いいわよ。ここなら一日中やっても怒られないしね」

「ずっと俺が負ける前提じゃねえか……」


 それからも俺たちはユニバースで戦った。

 夜ご飯を食べる事も忘れ、時折雑談も挟みながら。


 翌日、そのまた翌々日も。


 だが俺は、セシルに勝てない、結局、勝てなかった。


 もうすぐ学園が始まる。

 そうなると大きく時間が取れることもなくなるだろう。


 つまり俺は、セシルを仲間に引き入れることは出来なかった。


 ノブレス・オブリージュは、仲間が死んでも物語は続く仕様だ。


 原作ではそれが面白いとされていたし、失った奴らの為にも頑張るという気持ちになる。


 だがそんな未来はくそったれだ。


 破滅回避の為、いや……誰かに死んでほしくない。


 俺は戦うことに自信はあるが、それは駒として。

 プレイヤーであっても、参謀ではない。


 厄災は大勢が入り乱れる。それをコントロールできるほど俺は賢くないし、大勢からの信頼もない。


 だがセシルは違う。


 こいつなら全員が言うことを聞くだろう。


 俺は……自分でもわからないが、学園の奴らを守りたいと思ってるのかもしれない。


 なんだろうな、あまり口にしたくないのは、俺がヴァイスだからだろうか。


 でも、それが本音だ。


「…………」


 最後の一局、終局は見えていた。だが、俺は抗おうとしていた。

 これが未来になるかもしれないと、怯えているのかもしれない。


「これで詰み、ね」

「…………」


 最後の戦いが終わった時、俺は情けなくも声が出なかった。

 努力が足りなかった。


 もっと研鑽を積んでいれば……未来は変わったかもしれない。

 ああクソ、俺はほんと馬鹿だ。


「0勝674敗1引き分けか、笑えないな」

「……そんなことない。何度かいい手もあったし、最後の試合が、今までで一番強かった」

「ああ、そうかもなァ」


 セシルに直接頼むか? 助けてくださいッて懇願するか?


 はっ……信じてくれるわけがない。

 二回目の厄災はまだ起こってもいない。以前あったのは数百年前の話だ。


 それが近々起こるだなんて誰が信じる?


 ああ、なんで俺はもっとうまくやれなかったんだ。


「ありがとなセシル、楽しかった」

「こちらこそ、ファンセントくんの色々な面が知れて良かったわ」


 だが仕方ない。

 これは原作通りだ。

 ズルをしようとしていたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。


 何とか知恵を絞って、これからのことを考えよう。


 セシルのおかげでゲームは強くなれた。それを生かせばいい。


「で、そろそろ教えてくれる?」

「……何がだ?」

「あなたが勝ちたかった理由。言ったよね? 私が勝った時の条件。それにする。いいお願いでしょ?」

「……信じないと思うが」

「いいから、言ってみて。ファンセントくんが嘘をつくとは思わない」


 ……驚いた。原作でセシルはこんなことをいうタイプじゃない。

 人を信じていない。だからどれだけ頼んでもゲームに勝たなきゃ仲間にならない。


 もし勝ったとしても、勝負事として仕方なくだ。

 だが、セシルの表情は俺をしっかり見据えていた。


「――厄災」

 

 そして俺は、これから起こりうる二回目の厄災について話した。


 といっても、全部を覚えているわけじゃない、言えることと言えないこともある。

 魔王や魔族、そして、どれだけ危険なのか。


 未来予知の魔法で見たとでも嘘をつこうと思ったが、それはしなかった。

 俺を信用してくれたセシルに嘘をつきたくなかったからだ。


 だから話した。セシルは余計な口を挟まずに最後まで聞いてくれた。

 

 普通に考えて信じるわけがない荒唐無稽な話だ。


 仲の良い友人ですら耳を傾けても、信用はできないだろう。更に俺はヴァイス・ファンセントだ。

 揶揄っている、そう思うのが普通だ――。


「……わかった。そんな大変なことが……。それは心配だわ。いつ起こるかわからないのは不安だけれど、私でよければ最善の方法を考えておく。といっても、そこまで期待はしないでね」


 それをセシルは、理由も聞かずに信じてくれた。

 

「……嘘だとは思わないのか?」

「だって、嘘じゃないんでしょ?」


 セシルは真剣な顔つきだった。その顔に嘲笑は浮かんでいない。


「ああ……だが俺たちは今まで接点なんてなかった。俺がお前なら……信じない」


 するとセシルは、駒の一つをゆっくりと持ち上げた。


「……あなたが思ってるよりユニバースは面白いゲームなの。その人の戦い方で人となりがわかる。ファンセントくん、自分が思ってるよりあなたは強いわ。ハッとさせられる手はいくつもあったし、何度も驚かされた。だけど、駒の動かし方は犠牲を恐れていた。だからこそ大勢を守りたいってヒシヒシと伝わったんだけどね。それが、信じる理由」

「はっ、でもこれはゲームだ」

「そうね、人にとってはただのゲーム、でも私にとってはすべてなの。ユニバースがあったから私は生きているといっても過言ではない。でもそのせいで、誰も私と関わろうとしてくれなくなった。そんな時、あなたに誘われて本当に嬉しかった。だから力になる。今後も色々聞くと思うから、その都度教えてもらうと思うけど」

「……願ったりかなったりだ」

「ふふふ、じゃあよろしくね」


 この世界の奴らは……なんでこんなにも優しいのだろうか。

 俺は支えられて生きている。それを実感した。


 だがおかげでより良い未来を選択できる可能性が高くなったことは間違いない。


 俺は破滅を回避したかった。だが今は、それよりも強欲なことを考えている。


 不可能を可能にしたい。


 なあ、ヴァイス・・・・。お前もそう思うだろ? 全てを最高にしたいと思うだろ?


 なァ、答えろよ。


「もう夜も遅いから、家まで送るよ」

「ダメ、あなたはシンティア令嬢の婚約者でしょ。正直、いつ現れないかとヒヤヒヤしてたわ。ちゃんと伝えておくのよ、私とゲームしてたこと」


 ……そうなのか?

 いや、そうか、怒られるか。


 ……ちゃんと伝えておこう。


「それじゃあ、ファンセントくんまたね。もし今回ので喧嘩して婚約破棄になったりなんかしたら、慰めてあげるから言ってちょうだい」

「……慰める?」

「おやすみなさい、楽しかった。それに私が引き分けしたのは、ユニバースを始めて2回目のとき以来だわ。もっと誇って」

「はっ、そうするぜ」


 最後はよくわからなかったが、結果としては最高の展開だ。

 更に俺を含め、学園の連中は原作以上に強くなっていることもありがたい。


 絶対に……負けない。


 俺は全てに抗う。


 魔王、お前は俺が殺る。


 首を洗って待っとけよ。

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