043 バトル・ユニバース

 厄災とは、数百年以上前に起こった歴史的大事件のことだ。

 犠牲者は数十万人を超え、行方不明者はそれ以上。


 当然この所業を行ったのは、魔王率いる魔族たち。


 ほとんどの創作物の魔王ってのは、魔王城をどっしりと構えて、何をしてるかわからないが怠惰を貪っている。


 だがノブレス・オブリージュでは違う。


 魔族は別次元の異世界で生きていて、この世界に突然やってくる。

 なぜ人間を襲うのか、その理由は現時点でわかっていない。


 だが俺は知っている。奴らは若くて才能がある人間を欲している。

 用途は様々で、餌、奴隷、研究材料、遊具と多岐に渡る。


 魔族によっては人間を食べる事で強くなる個体も存在し、趣味趣向は魔族によって違う。


 だが魔王だけは異質だ。奴は生まれながらにして最強で、何も欲していない。


 ただ、愉しい。それだけの理由で俺たちを殺し、捕まえ、捕食する。


 そしてこれは、ノブレス・オブリージュのプロローグみたいなものだ。


 俺たちプレイヤーはその魔王に対抗すべく戦う、それがメインストーリー。


 元を辿れば、ノブレス魔法学園や他国の学園は厄災後に設立されたものだ。

 本来の目的は、同じ悲劇を起こさないように才能ある人材を強くし育てることだったが、やがてその考えは風化し、学園によって思想が変わった。


 俺が危険視しているのは、二回目の厄災、つまりこれから未来に起こりうるであろう事件だ。


 だがこれは相当厄介で、いつ起きるのかがわからない。つまりランダムだ。

 突然始まるクソイベント、他に面倒なことを数えればキリがない。


 ゲームの進行度でいうと最初の鬼門みたいなもので、魔族を追い返すにはかなりの腕、そして運が必要だ。

 原作でこの部分をクリアするのに、俺は一週間以上もかかったかもしれない。ゲームオーバーを見た回数はもはや覚えちゃいない。


 それにこれは平均よりも早いほうだ。

 このイベントがクリアできず、ゲームを辞めざるを得なかった奴は山ほどいる。


 それを俺は一回でクリアしなきゃいけない。コンテニューなしのハードモード。


 鬼畜ゲームが、更に鬼畜になった超ハードモードというべきか。


 だが俺は諦めない。


 絶対に制覇クリアしてやる――。



「……王都で人気のフルーツ店だァ?」


 ここはオストラバ王立図書館、ファンセント領土から馬車で五時間。


 屋敷の書庫は全て読み漁ったが、魔族についての文献が少なかった。


 流石の俺でも全てを覚えてるわけじゃない、知らない設定も山ほどある。

 この世界はゲームだが現実だ。俺の知らない裏設定もあるだろうと足を運んでいた。


 もし一つだけ願いが叶うなら『ノブレス・オブリージュ完全攻略本』を入手したいくらいだ。

 いや……それならヴァイスじゃない別のキャラにしてもらったほうがいいか。


 もし選べるならっつたら――あいつ・・・しかねえよなァ。

 

 てか――。


「……メロメロンクリームが人気だァ?」


 魔族について調べようとしていたが、全く関係ないの本が歴史の棚に混じっていた。

 それもフルーツ関連だ。


「ほう、ビーランストリートか、ここから近いな……」


 最近、新店が増えているらしい。

 ゲームをプレイしていた時には載っていない情報ばかりだ。これも改変なのだろうか。


 ……クソ、ページを捲る手が止まらねぇ。


「ファンセント家の長男は、意外と乙女なんだ」

「あ?」


 突然話かけられて顔を上げると、眼鏡をかけた女性が立っていた。

 わかっていたが、マジで原作通りなのか。


 何度か学園でも顔は合わせているが、まともに会話するのはこれが初めてだ。


 スレンダーな手足、長い黒髪、身長はそれほど高くないはずだが……スタイルがいい。


「……フルーツや甘いものは糖分だからな、俺はよく頭を使うから足りてないんだ」

「そうなんだね。まあ、私も好きだけど」

「ま、お前ほどは使ってないけどな――セシル・アントワープ」

「あら、下級生首位のファンセントくんにそう言われるだなんて光栄ね」

「はっ、よくいうぜ」


 こいつはタッグトーナメントでデュークの相棒だった女だ。

 俺と同じ下級生、魔力も戦闘技術も大したことはねえ。むしろ平均以下。


 だがこいつは天才だ。


 座学は常に一位を誇っている。IQは200オーバーだったか?


 原作では最終局面でアレンの参謀的な位置で暗躍するが、こいつに限っては無条件で仲間・・になるわけじゃない。

 ノブレス・オブリージュでは、仲間となるキャラクターを自らつかみ取らないといけない分岐点が存在する。


 あっちが立てばこっちが立たない場合もあるし、そのあたりは俺も全ては把握できていない。


 で、こいつを仲間にするのは、難易度で言うとSSクラス。


 エヴァ・エイブリーと戦って勝つと同等くらいか? いや、わかんねぇ……。


「それで、何してるの?」

「調べものだ。図書館でそれ以外にあるか?」

「まあそうかも。下らない質問だったわね」

「なら逆に聞くが、お前は何してるんだ?」

「暇つぶしかな。王立図書館の本はほとんど読み漁ったし、今は二周目って感じだけれど」


 セシルじゃなければただのユーモアだが、こいつに限っては大真面目だろう。

 今この図書館の蔵書は10万冊を優に超えている。


 ま、それが全て頭に入ってるんだろうが。


 もちろん、俺が知りたい過去の厄災・・や魔族についても。


「で、セシル、何でおれに声かけてきた?」

「何となく。本を取ろうと思ったら、珍しいな人がいると思ったから」

「そうか」


 俺が見ていた棚は歴史だ。

 おそらくこいつが見たいのはこれだろう。


 棚から本を手に取って、セシルに渡した。


「ほらよ」


 すると彼女は、少しだけ驚いた顔で受け取る。


「……なんでわかったの?」

「有名人なんだからわかるだろ」


 こういう頭がいい奴ってのは、自分の時だけ鈍感になったりする。

 まあ、お約束か。


「そうだったんだ」

「はっ、冗談かどうかわからねえな」

「ファンセントくんのほうが有名じゃない?」

「まあ、悪い意味でな」


 なぜかそれがツボにはまったのか、クスクスと笑いだす。

 ファーストコンタクトしては上々だ。


「なあ一戦やらねえか? ちょうど暇してたんだ」

「……できるの?」

「こう見えて強いぜ。ま、お前ほどかどうかはわからねえが」

「ふうん? いいわよ」


 無表情を装っているが、内心でセシルが喜んでいるのは知っている。


 この王立図書館は本だけじゃなく、遊戯も置かれている。

 小さな子供が遊べるおままごとグッズから、大人向けの複雑なカードゲームまで。


 俺たちは三階へ移動、後ろ姿を見ていると、セシルの足取りが軽くなっているのがわかった。


 ポーカーフェイスだが、心は踊っているらしい。


 だが反対に俺はかなり緊張していた。


 この状態は、俺にとって喉から手が出るほど欲しかったものだ。


 セシルから声をかけてきたことは予想外だったが、ここにいてくれよと願っていた。

 いなければ何日か通う予定だったが、初日から出会えるとは運がいい。


 俺はこいつに勝たなきゃならない。


 二回目の厄災、つまり未来の事件だが、死ぬほど難易度が高い。

 そして本来、セシルはその場にいない。

 理由は覚えちゃいないが、実家に帰っているか、何かの都合で離れていたか、そもそも戦うことを選択すらしないはずだ。


 彼女は冷徹とまではいわないが、他人に興味がない。


 俺は何とかセシルを仲間に引き入れ、厄災を制覇クリアしようと考えた。


 俺の全てを話してでも、セシルにはその価値がある。


 掲示板では、ノブレスの諸葛孔明や竹中半兵衛だと比喩されているのを何度も見た。


 終盤でもセシルがいるといないとでは、難易度がまるっきし違う。

 それを序盤から仲間ゲットできるかもしれないとなれば、やらない理由はない。


 俺は今日の為、いや、この世界に来てからずっとゼビスとバトルユニバースの練習を重ねていた。

 原作でも腕が痛くなるほどやった。


 縁側のテーブル、窓から日差しが入っている場所に腰かける。

 ぽかぽかしていて、随分と気持ちがいい。


 だが俺の心は平穏とは程遠いほど燃え盛っていた。


 勝つ。そして、こいつに認められる。

 

 それが、天才、セシル・アントワープを仲間にする唯一の条件だ。


 彼女は慣れた手つきで箱を開け、一体ずつを取り出していく。

 過去の偉人たちが精巧な造りでポーズを決めている。

 それぞれが役割・・を持っていて、武器や防具を構えていた。


 セシルの横には、俺がさっき渡した本『バトルユニバースの歴史』がある。


 これはチェスや将棋、囲碁を組み合わせたようなゲームだ。


 彼女は静かに駒を並べているが、頬が少しだけ上がっている。恐らく嬉しいのだろう。

 セシルは、世界で一番このゲームが強い。


 これはノブレス・オブリージュにあるミニゲームの一つだが、これ一本でミリオンセラーになるほど完成されている。

 子供から大人まで、まさに老若男女が楽しめるゲーム、それが『バトル・ユニバース』。


 そして大勢のプレイヤーがセシルを仲間にする為に挑んだ。


 しかし誰もが諦める。中には1000時間やっても勝てなかった奴もいると聞いた。


 俺も原作では一度も勝てなかった。


 だが、今回は違う。


 勝つつもりで、ここに座っている。


 それに応当する準備を積んできた。


「置き駒は?」

互先たがいせんでいい。その代わり、俺が勝ったら一つ言う事を聞いてくれ」

「……それ本当に言ってる?」

「ああ、世界優勝者チャンピオンのセシルに言ってる」

「ふふふ、面白いわね。でも、私が勝ったら何のメリットがあるの?」

「それはそっちで考えてくれ」

「ふうん、いい条件ね。だったら、そうさせてもらうわ」


 ……言質を取れたのはいいことだ。

 普通ならこんなことを言って了承するわけがない。

 だがセシルは違う。圧倒的な自信、プライドを持っている。


 後は勝つだけ、まあそれが一番の問題だが。


「私は後攻でいいわ」

「なら甘えさせてもらうおうか」


 このゲームは先手のほうが有利だ。

 こいつにとってはただのお遊び、だが俺にとっては命をかけた戦い。


 ――絶対勝ってやる。


 そしてセシル、お前を俺の仲間にしてやる。


 もちろん、真っ向勝負でな。



「じゃあファンセントくん、よろしくお願いします」

「あ、はい。セシルさん宜しくお願いします」


 もちろん、勝負の前の一礼を忘れるな。


 これは、バトルユニバースの公式ルールだ。


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