042 第二回、ヴァイス・ファンセント様を勝手に語る回

「僭越ながら私、ゼビスがまとめさせていただきます」


 屋敷の一室、ヴァイスが大好きな湯に浸かっている間、四人の男女が集まっていた。

 円卓のテーブルを囲んでいるのは、ゼビスの他に、ミルク、リリス、そしてシンティアだ。


「私の留守中、一体何があった?」

「何が、とはどういうことでしょうか? もう少し具体的にお願いします」


 ミルクは、はあと溜息をついて腕を組みながら言う。


「タッカーの件だ。なぜあいつはあそこまで肩入れした? それにどうみても落ち込んで・・・・・いるだろう。執事として心のケアもできないのか?」


 エスターム期間から戻ってきたミルクはヴァイスに声をかけたが、なぜかちょっと冷たくされた。

 弟子が私を心待ちにしている、そんな気分だったのにもかかわらず、ミルクは少しだけ――傷ついたのである。


 だがゼビスは内助の功だと以前言われたこともあり、余計なことは口を出さないようにしていた。

 意味は理解していないが、何となく、ただ何となくふわっと感覚で理解しようとしていたのである。


「余計なことを聞かずとも、ヴァイス様はいつも正しいことをしておられます。今はそっとしてあげるのが正解かと」

「はっ、それがファンセント家の執事のやり方か? 人は一度傷ついてしまうと簡単に修復はできない。ヴァイスには癒しが必要なんだ」


 何度も言うが、ミルクも傷ついたのである。

 これは、ゼビスへの八つ当たりの他でもない。


 それを聞いていたリリスが、ゆっくりと立ち上がった。

 シンティアは髪の毛をくるくるしていて、枝毛を処理しようとしていた。

 もちろんヴァイスの事は愛している。だから、誰よりも彼を理解しているシンティアは、それよりも二人の未来の事をついて考えていた。


「確かにミルク先生の言う通りです。ですが、ゼビスさんもヴァイス様を理解しようとしておられます。ヴァイス様が心の奥を見せない時があるのは、ミルク先生もご存じなのではないのでしょうか?」

「……一理ある。だがゼビスは一番の側近だと言ってもおかしくはない。なら全てを理解しておくべきではないか? あいつはいずれ、ファンセント家を継ぐ男だ。才能があり、人望もある。強い男に育て上げるのは、こいつの仕事でもあるだろう」


 ゼビスは、頬をピクピクさせながら冷静に深呼吸を繰り返した。その横で髪の毛をくるくるし、ヴァイスからプレゼントしてもらったアクセサリーを眺めながらシンティアが言う。ちなみにその中には、ヴァイスの魔法写真が入っている。


「彼は時々、未来を見ている気がします。凄く楽しそうに笑うことはあまりないですが、他人と関わっている時、彼は本当に心から安心している時があります。私にはそれがわかりますわ。おそらく、タッカーの境遇が心苦しかったんではないでしょうか」

「そう……かもしれませんね」


 シンティアの言葉にリリスが同意し、その場の空気が一旦収まる。


 ゼビスはこのタイミングしかないと、冷静に黒筆で箇条書きしていく。


 【ヴァイス・ファンセント様は何を視ているのか、そしてなぜ落ち込んでいたのか】


 ①タッカーを助けたかった。

 ➁タッカーと友達になりたかった。

 ③全然関係ない嫌な事があった。

 ④私、ゼビスは頑張っている。


「まとめるとこんな感じでしょうか」

「ふむ、やはり④がおかしいとは思わないか? ①➁③についてはどれもゼビスが頑張れば済む話だ。職務を全うしていないとしか思えない」

「そのような根拠はありませんし、ヴァイス様は私を信頼してくださっています」

「ならばなぜお前の出番が少ない? 普段何をしてるんだ?」

「出番……とは? よくわからないことをおっしゃいますね。私は縁の下の力持ちなです。ヴァイス様が円滑に暮らせるように全ての手筈を済ませているのですよ」

「言い訳ばかりの腑抜けが」


 ミルクの最後の物言いで、ゼビスの持っていた硬筆ペンの内部がペキペキと音を立てる。


「少々お口が過ぎていますね。ここはファンセント家のお屋敷内です。その物言いはやめませんか? これはヴァイス様のことを少しでも理解する為に開いたのです」

「お前のその言い方のほうが私は気になるよ。ゼビス・オーディン、お前はもっと仕事の出来る奴だと思っていた。ヴァイスの事を任せすぎたかもしれない。私が代わりに執事をやろうか?」


 流石にこれ以上は危険だと判断し、リリスが前回よりも少し早く止めに入る。


「もうやめましょうよ! 争いは何も生みませんよ! これだと前と同じじゃないですか!」

「いや、ゼビスは給料をもらっている以上、対価と同等、それ以上に働くのが礼儀だろう。ヴァイスの心のケアをしていないのがゼビスが悪い」

「それは私たちのせいでもあります。ねえ、シンティア令嬢も何か――」

「てめぇミルク、いい気になりやがって。俺が給料泥棒だァ? こっちはエスターム期間中も休みなく働いてんだよ。お前は故郷に帰って酒浸りだっただろうが!」


 硬筆ペンが真っ二つに折れた瞬間、仏のようなゼビスの顔に亀裂が走る。

 その魔力と殺気はすさまじく、同時刻、身体を洗っていたヴァイスが、椅子から滑り落ちて、お尻を打ってしまう。


「ゼ、ゼビスさん!? 口調が!?」


 必死に止めるリリスだが、シンティアは魔法写真を眺めながら、ヴァイスの右頬のホクロに初めて気づき喜んでいた。


「あら、こんなところに可愛いちょんちょんがあっただなんて。知りませんでしたわ」


「私が酒浸りだと? だったら確かめてみるか? 少しは手加減してやるぞ?」

「はっ、だったら俺は腕一本でやってやるよ。そろそろ我慢ならねえと思ってたんだ。後で後悔するなよ?」

「上等だ、剣を持て。お前の不得意な魔法なしでやってやろうか?」

「もぉ、ダメですって! 二人が喧嘩なんてしたらヴァイス様が余計に悲しみますよ! ねえ、シンティア令嬢助けてくださいよ!」

「あ、ここにもちょんちょんありますわ。今度は全身を撮らせてもらおうかしら。西の方では技術が進んでいて精巧な人形も作れると聞きますし、ヴァイスちゃん人形を注文しようかしら」


 慌てふためくリリスに、人の話を聞かない三人。

 堪忍袋の緒が切れたリリスは、スカートをカーテシー、暗器ナイフを取り出すと、魔法を付与した。

 シャリーに教えてもらった魔法で、切っ先に属性魔法が乗っている。


「本当に怒りますよ」

「ほう、リリス、いつの間にか強くなってるじゃないか」

「下がってろリリス、こいつは俺が叩き潰す」

「リリスさん、以前よりも暗器ナイフがピカピカですわねえ。その魔法付与、私のネックレスにも付けられませんか? ヴァイスをより強く感じれるかもしれません」


 シンティア令嬢は、ヴァイスが落ち込んでいたとき常に寄り添っていた。だからこそ、今はそっとしておいたほうがいいと知っている。

 とはいえそれとは別に、今はヴァイスが早くお湯から上がらないかなと、それしか考えていなかった。


 ――――

 ――

 ―


 それから数十分後、湯上りのヴァイスが扉を開けた。

 だが木板に書かれていたメモはすべて消え、代わりに【ヴァイス・ファンセント様が行った偉業10のこと】が書かれていた。


「なにこれ……てか、ミルク先生おかえりなさい」

「ああ、ただいまだ」

「ゼビス、なんだか息上がってない? てか、ミルク先生もちょっと肩で息してない?」

「気のせいでございますよ」

「リリス、なんか魔力の匂いがしないか?」

「勘違いでは?」

「あらヴァイス、よく見ると左目尻にも可愛いちょんちょんがありますわ」


 その日、ヴァイスはなんだかデジャブだなあと首を傾げた。

 だけどみんながこうやって仲良くしてくれていることが、何よりも嬉しかった。


 色々と落ち込んでいたが、思わず笑顔になってしまう。


 最高の仲間を持った。


 でも俺は、いつも隠し事ばかり。


 もっとみんなに気持ちを伝えないとダメだなあと気づき、次に何かあったら、素直に落ち込んでいると言おう、そう決意したのだった。

 

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