041 シャリーとアレンの夏休み

「あづい……」


 夏は好きだけど過酷だ。

 北にあるユースは、この時期でも快適に過ごせると聞いたことがあるので、いつか行ってみたい。


 エスターム期間中の王都は、いつもより人で賑わっていた。

 みんな暑すぎるという顔をしているが、その裏は笑顔で溢れている。


 この時期だけは見慣れない顔も多く、私たち同様に故郷に戻ってきているのだろう。


 家族連れがほとんどで、幸せ期間、そう呼ばれることもある。


 私は、パルミア神殿と書かれた扉の前で足を止めた。

 隣には、パルミア孤児院が隣接している。


 扉を叩くと、いつもの笑顔が私を迎えてくれた。


「あらシャリー、今日もきたのね」


 愛情たっぷりに笑みを浮かべているのは、ここの神官でもあり、孤児院の創立者でもある、エマさん。

 彼女は、アレンの第二の母親で、私も大好きだ。

 子供に優しく、何よりも公平を重んじる。


 その人間性は、今まで私が接してきた人の中でも凄く良い。


「アレンはどうですか?」

「ようやくいつもの姿に戻ってたわ。あの子にしたら遅かったわね」

「だったら、いつも・・・のとこですね」

「ええ、朝からずっとそこよ」


 神殿内は等間隔に椅子が並べられ、天井や壁の窓はステンドグラスになっている。

 騎士や神様の絵が描かれていて、中心には女神の像、前の机には、沢山の蝋燭が並べられていた。


 私はこの場所が好きだ。その一番の理由は――。


「わ、シャリーおねえちゃんだ! 遊ぼうよー!」

「後でね」

「ちぇっ、アレンはずっと『とっくん』しててつまんないしー」


 子供たちの笑顔が見られることだろう。


 神殿の奥は扉があり、そこを開くと中庭に繋がっている。

 広場のように開けていて、お昼になると子供たちの遊び場だ。

 

 けれども朝は彼専用の特訓場になっている。


「ハァッ、セェッ! ハアッ!」


 一生懸命に剣を振り、仮想の敵と戦っていた。

 十分強いのに、これ以上誰に勝ちたいのかな?


 ……やっぱり、ヴァイス?


「アレン、おはよう。ほら、朝ご飯よ」

「え? わ、わわわ――」


 私は、手に持っていたフルーツをアレンに投げた。

 彼の好きなミニメロメロンだ。


「ありがとう、朝から何も食べてなくて」

「だと思った。筋肉が育たないぞって、またデュークに怒られるわよ」

「つい夢中に……」

「まあでも、元気が出て良かった」

「ありがとう……いつまでも落ち込んでるわけにはいかないなって」

「まぁ、そうね」


 ビルフォード・タッカーが亡くなった話は、私たちの耳にも入っていた。

 彼が妹を守る為に正当防衛で戦ったこと。

 貴族内で流れている噂によると、ヴァイスがそれを証明したという話だ。


 そしてアレンはそのことを知って、かなり落ち込んでいた。

 彼はタッカーを捕まえようとしていた。もしかしたら妹を守ろうとしていた兄を投獄していたかもしれない、と。


 タッカーを法で裁くと言っていたヴァイスは、今思えばいつもとは違う表情を浮かべていた。


 もしかしたら初めからタッカーの真実を知っていたのかもしれない。


 ……流石にそれはないか。


 アレンはずっとふさぎ込んでいた。

 人を助けようとしたはずが、間違っていたことに。


「人は誰でも失敗する。……私もそうだったしね。これからだよ、大事なのは」

「……ねえシャリー、ヴァイスは初めから知ってたと思う? タッカーのこと」

「そんなことあるわけないじゃない。アレンは気にしすぎよ。まあでも、ヴァイスは頭がいいだろうから、何か違和感を感じ取ってたのかもね」

「……そっか」


 ヴァイスは噂通りの人じゃなかった。

 友達想いで、そして……優しい。


 怖い所もあるけれど、人の事をよく観察している、努力もしている。


 私は間違っていた。

 彼は、とても真っ直ぐな人間だ。


 だけど一方で不安もあった。

 ヴァイスはどうして、あれほどまでに強くなろうとしているのか。

 見えない何かと戦っている気がして――。


「あぁあぁあぁあああああああああああああああ」


 その時、突然、アレンが空に叫びはじめた。

 訳も分からず顔を向けると、ニッコリ笑った。


「ど、どうしたの?」

「スッキリした……。僕は僕のできることを考える。ありがとう、シャリー」

「ふふふ。それ・・、いいわね。――ああああああああああ!」

「シャ、シャリー!?」

「私もスッキリした」


 あの日、ヴァイスに命を助けられた日から、私の頭はぐちゃぐちゃだった。

 今までの人生が嘘だったわけじゃないけど、整理が出来なかったのだ。


 ヴァイスがいなければ私は間違いなく死んでいた。

 今の人生は、彼からもらったも当然だ。


 この恩をどうやって返せばいいのかわからなかった。


 だけど、悩んでいても何かが変わるわけじゃない。


 私もいい加減、前に進まないと。


「そういえば今日、デュークがヴァイスの強さの秘訣を知る為、カルタさんと遊びに行くらしいわ」

「あはは、デュークらしいね。そういう真っ直ぐなところは見習わないと」

「ただでさえ真っ直ぐコンビなんだから、アレンはもう少しひねくれていいわよ」

「そ、そうかな?」

「かなりね。頑固な所はヴァイスといい勝負かも」

「うーん、自分ではわからないなあ……」


 アレンとヴァイスが竜を倒した話は、学園内で噂になっていた。

 けれども大半の人が嘘だと思っているらしい。

 そんなことできるわけない。だけど私は知っている。

 

 二人なら、不可能を可能にできる事を。


「そういえば……身体はどうなの? その……副作用っての……」

「ああ、大丈夫だよ。今のところ問題ないし、能力ギフトの使用も出来るだけ控えてるからね」

「……無理しないでね」

「どうだろう? 無理はするかも」

「バカ」

「えへへ」

 

 屈託のない笑み、いつもと同じだなあ。

 ちょっとだけヴァイスに似てるかも。


 ……なんとなくだけど。


 よし! 私も二人を見習わなきゃ。


「あれ、シャリーどうしたの? な、なんで服を脱ぐの!?」

「このままだと汗だくになっちゃうから、着替えるのよ」

「にしてもなんでここで!?」

「今さら恥ずかしいの? 何度かここで裸も見られてるけど」

「そ、それとこれは別だろ~~~~!?」


 今日はのんびりしようかと思ってたけど、辞めた。


 私も……負けてられない。


「ま、まだ!?」

「目、開けていいわよ」

「はあ……ってなにその木剣、シャリーも学園から持ってきてたの?」

「いつまでも魔法付与だけの防御担当だと思われたくないからね。足手まといはもうこりごり」

「……そっか。よし、シャリーやろう! 手加減はなしで!」

「手加減はして。でも、そんなにはしないで」

「難しい注文だ……。まあでも、頑張ろう。僕たちはヴァイスに勝たなきゃいけない。僕たちの考えている理想は、それ以上に困難なことだから」

「そうだね。また彼に笑われちゃうしね」


 ヴァイス・ファンセント。


 誰でも知っている有名な悪名高い貴族。

 努力もせず、持って生まれた才能と権力で好き放題。

 

 ――だがそれは間違いだった。


 彼は努力家で、強く、そして――真っ直ぐな心を持っている。


 アレンの言う通り、私は彼に、そしてアレンにも負けないように頑張ろうと思う。


 ただ理想を語るだけじゃなくて、言葉に重みを出せるように。そして正しくいられるように。


「よし……アレン。かかってこい」

「それ、ヴァイスの物真似でしょ」

「バレた? こっちのほうが強そうに見えるかなって」

「こい、シャリー」

「あ、上手いね」



 それが、私の新しい目標だ。







 

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