037 競争

 人の噂ってのは尾ひれがつく。

 あいつはやばいと一人が言ったら、次のやつは、あいつはかなりやばいと言う。それの繰り返しだ。


 それが積み重なって出来たのが俺、ヴァイス・ファンセントである。


 まあ俺に限っては、その噂に負けないぐらいの悪役貴族だったが。


「シンティア、まだか?」

「悩んでいます……」

「だったら――これ、二つくれないか?」

「お、兄ちゃん太っ腹だねえ。磨いてから渡すよ、ちょいとまってな」


 俺たちがこの街にきてから一週間が経過。


 今は露店商店、煌びやかなアクセサリーの前でシンティアがどちらにしようか悩んでいた。

 彼女は今まで屋敷で過ごし、品行方正で育てられた。

 なのに今は俺と一緒に過ごしている。どれだけの気苦労があるのかは本人にしかわからないが、少しでも喜んでくれるなら安いものだ。


「よく似合ってるよ」

「ふふふ、ありがとうございます! あ、……その、プレゼントをもらって嬉しいのですが、一つはリリスにあげても構いませんか?」

「ああ、もちろんだ。リリスも喜ぶだろう」

「はい!」


 シンティアは優しい。同学年になった今も肩書はメイドだが、そんなリリスに対しても分け隔てなく接している。

 正ヒロインを悪に染めている気分だが、後悔はしていない。主人公アレンには絶対渡さないと決めたからだ。


 そこにリリスがやってきた。

 袋の中には俺が好きなフルーツが盛りだくさん。朝市場に行ってくれたらしい。


「お待たせしましたー! いいのがいっぱいありましたよ! ほら、これなんてツヤツヤ!」

「ああ、旨そうだな。宿に戻ったらみんなで食べようか」

「私のことも食べますか? なんて!」

「それもいいかもな」

「え、本当ですか!?」


 相変わらずリリスは元気がいい。シンティアの笑顔も増えるので、俺としてもありがいたい。

 そういえば俺たちが三人が歩いていると、この街は随分と騒がしくなるようになっていた。


「朝からガキどもが朝からイチャついてんな。どれちょっかい――」

「バカお前、何考えてやがる! そうか、お前昨日戻って来たからヴァイスを知らないのか?」

「ヴァイス?」

「バカ野郎見るな! ……あいつが来てからコルソン一家は全滅、ユーフィア組、ミストンの所もだ。今この街は一番やべえことになってる。あいつらは容赦がねえ。何しに来てるか知らないが、今は大人しくなりをひそめとけ。マジで死ぬぞ」

「嘘だろ……あんな子供ガキがか」


 俺たちが通るたび、こそこそと大人が怯えたり耳打ちしたりしている。

 まあ、大体は聞こえているが。


 しかし俺が思っていた以上にこの街はつまらないことがわかった。


 名の売れた悪党どもはどれもミルク先生の足元すら及ばないし、エヴァ・エイブリーなら小指一本で倒せるだろう。


 肝心の閃光のタッカーの情報は未だなし。


 追手から逃げるのに必死か、それとも今はまだ出会えないのか。

 ひとまず宿に戻ってきたが、一階の隣接衝動から嬉々馴染みのある声が聞こえてきた。


 脳まで筋肉で出来ているような騒がしい声だ。


「でよぉ! それで薬草が俺の後ろにあったってわけ! で、アレン! アレン? どこ見てんだ? あ、え、ヴァイス!?」


 よお、筋肉ササミ野郎。


「あ、ヴァイス……、なんでここにいるの?」


 シャリー。


「やっぱり」


 で、主人公野郎ばかやろうか。


 ……やっぱりだと?


「何してんだ三人組サンバカ

「ああん!? 誰がササミだあ!?」

「言ってない。それにお前、ササミがわかるのか?」

「バカにされてることだけはわかるぜえ!」

「褒めてるんだ。その賢さに免じて、人間の身体では作り出せないビタミンに昇格してやる」


 リリスは、嬉しそうにシャリーに駆け寄っていく。

 あのサバイバルで随分と仲良くなったらしい。最後は少し喧嘩したらしいが、喉元過ぎれば熱さを忘れるってやつだ。

 シンティアはアレンと挨拶はする程度だが、まあそれでも以前よりは仲が良い。


 ……少しモヤっとするが。


「アレン、やっぱりとはなんだ? なぜお前がここにいる?」

「エスタームは僕にあまり関係ないからね。一人で君に勝つために修行でもしようと思ってたんだけど、二人がついてきてくれるってことになって」

「はっ、結構なことだな。それで冒険者か」

「なんで知ってるの?」


 ……しまった。シンティアから聞いた情報をここでバラすと俺が意識しているみたいに思われる。

 クソ……弱みをみせたくない。


「……その恰好で大体わかるだろ。シャリー、ビタミン、お前らは貴族だろ。アレンにもう少しいい装備を買ってやれ」

「アレンがいらないっていったのよ。まあでも、それより言いたいことがあるわ!」


 人差し指をピンと立て、俺を睨みつけるように言った。


 シャリーは以前シュンとしていたが、今はまた元気になっていた。

 俺に申し訳なくて大人しくウジウジしているより随分と良い。

 

 そのほうが、お前・・らしい。


「ヴァイス、あなたや・り・す・ぎ」

「あ?」

「そうだよヴァイス、僕たちこの街で歩いてるだけで凄い避けられてるんだよ。あいつがヴァイスかって」

「あー……」


 そうか、ガキなんて大人から見れば一緒に見える。

 しかし納得いかねえな。主人公こいつより俺のほうがイケメンだろうが。


「いい子ちゃん三人組にこの街は辛いだろう。さっさと別の拠点に移ったらどうだ?」

「おあいにく様、私たちはここから離れないわ」


 シャリーが言って、デュークが懐から何かを出す。


 ……これは。

 賞金首の紙か。


「なんだ、いつから賞金首ハンターになった?」

「別にそういうわけじゃねえけどよ、ここに逃げ込んだっつーから、ちょっと探してみようかってなって」


 逃げ込んだ? タッカーが?


 偶然にしては出来過ぎているが……アレンがいるってことは、ありえるな。


 なんだか世界の強制力を感じるが、まあいい。


 それより――。


「閃光はお前らには荷が重い。全員殺されてもいいのか?」

「ヴァイス、知ってるの?」


 アレンが真っ直ぐに俺を見つめて訊ねてきた。

 此奴は本当に素直なやつだな。


「ああ。だがこの街に逃げ込んだっていうのはいい情報だ。俺たちに任せて、お前らは薬草でも拾ってこい。F級の依頼を紹介してやろうか?」

「僕たちはここに残るよ。どうも悪人が多いみたいだし、やるべきことがあるはずだ」

「はっ、平等ってやつか?」

「一歩ずつだけどね。君もそうなんだろ? 悪人たちが軒並み君にやられてる」

「……俺は違う。ただムカつく奴らに悪人が多いだけだ。それに罪を犯さずに人を殺せるなんて最高じゃないか」

「……最低ね」


 ああシャリー、お前はそれでいい。

 お前たちはおのれの道をいけばいいさ。


「そういえばヴァイス、その荷物はなんだ?」


 デュークが、俺の手に持っていたフルーツに気づく。

 さっきリリスからもらったのだ。

 宿についたら口に放り込もうとしたブドウ、メロメロン、バナナン、マンゴン。

 

 ……バレたくない。

 いや、バレてもいいが、なんだか弱みを握られてるようで嫌だ。


「フルーツだ」


 完璧な答え。余計なことを言わず、ただ一言だ。


「……そうか」


 やっぱりこいつはバカで助かるぜ。

 危ないところだった。

 これ以上言及されないように消えるか。

 

「じゃあな」

「ヴァイス。――僕たちはタッカーを探す。もし分かったら教えてほしい。一緒に戦ったほうが安全なはずだ」

「……やなこった。そいつの首は俺が獲る」

「みんなが平和を求めている。ヴァイス、それは君もわかってるはずだ」


 相変わらず甘っちょろいこといってんなァ。

 否定しないが、俺に理想を押し付けるな。


「なら競争だ。どちらかが先にタッカーを殺すか。負けたほうは一つ言うことを聞く。俺が勝ったら、デューク、シャリーは土下座、――アレン、お前は能力ギフトを教えてもらおうか」

「……わかった。じゃあ僕は君の真実を知りたい」


 ははっ、こいつ何か気づいてやがるな。

 ……いいだろう。乗ってやる。


「先に言っておくが、死んだら負けだぞ」

「そうはならないよ。忠告ありがとう」

「ふん……リリス、シンティア。行くぞ、飯を食ったら本腰を入れてタッカーを探す。こいつらを後悔させてやろう」


 アレン、お前は絶対、閃光に勝てない。


 これだけは間違いない事実だ。


 だから俺がお前の代わりに主人公をしてやるよ。


 クソ面倒だがな。


 さあて、試合開始だ。


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