038 ビルフォード・タッカー

  かなり長いです。分けることも考えたのですが、一つの話なのでわかりやすいほうがいいなとまとめました汗 見て頂けると幸いです。

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 ビルフォード・タッカーは、ノブレス・オブリージュの中でも印象深いキャラクターだ。

 年齢は二十代、性別は男性。


 元々伯爵家に生まれた彼は、頭脳明晰、品行方正、ただ過ごすだけでも将来を約束されていたが、その類まれな魔法技術を余す事なく使う為、自ら騎士を目指し、団長トップまで上り詰める。


 戦場では数々の武功を上げた。

 彼の二つ名は【閃光】。

 だがこれは速度のことではない。


 瞬間的だが、時間の流れをスローモーションに視える・・魔法バフを使うことができる。


 その瞬間、タッカーは攻守ともに世界最強クラスだ。


 相手からすればなぜ回避されるのか、そしてタッカーの攻撃が当たるのかがわからない。


 そんな彼はある日、大罪を犯す。


 ――王族殺し。


 貴族社会において決して許されない行為だ。


 彼は、その場にいた王だけでなく同僚である兵士をも殺した。


 物語の中盤、主人公アレンはタッカーと対峙することになる。


 大罪人との戦闘、胸が熱くなる。


 難易度は非常に高い。


 死にゲーと呼ばれるノブレスでは、10回程度は死ぬのが普通だ。

 

 タッカーにいたっては100回が平均とされている。

 クソゲー、だが最高のゲーム。


 これが、タッカー編の――。


 ◇


「シンティア、リリス。奴を見つけたとしてもお前らは絶対に手を出すなよ」


 食事を済ませた後、俺は二人に強く言い放った。

 もちろんそんなことはできません、と返される。


 だが俺は何度も言い返し、無理矢理納得してもらった。

 

 自ら手を出さなきゃおそらく奴は殺しにかかってこない。


「ヴァイス様がそこまで言うって事は、そんなに強いんですか?」

「ああ、瞬間だけでいうならばもしかしたらエヴァと同等かもな」

「……大丈夫なの?」


 シンティアが俺を心配してくれている。その表情は、ひどく悲し気で、そして美しい。


「ああ。それにそのくらいのほうがいい練習相手になる」


 これは事実だ。雑魚ばかり狩っても意味はない。

 するとリリスが首を傾げた。


「でもどうしてそんなにお詳しいのですか? この前初めてタッカーを知ったのではないのでしょうか?」

「……色々だ。情報収集は得意だからな」


 ズルをしているみたいなものだが、流石に言えない。

 まあでも、頭が良さそうに見えるのはちょっと役得か?


 ……なんか小物だな俺。


「私はヴァイスの身が危険だと判断したら、無理矢理にでも止めますよ」

「……ああ、それはいい」


 その言い方は、嬉しいなァ。


 さあて、タッカーがいそうな場所を調べるか。


 ――――

 ――

 ―


「知らねえな」


「わかんねえ」


「さあな」


 一日中歩き回ったが、タッカーの居場所は掴めなかった。

 だが奴も人間だ。腹が減れば飯を食う。疲れたらどこかで休みたいはずだ。

 この街に来たのは告げ口する奴が少ないからだろう。


 悪党が多いと自然と口も堅くなる。

 自身に利益メリットがなければ、誰も余計なことは言わない。


 それが、この街での長生きのコツだ。


「よく考えたらそもそも街にいるんですかね? 王族殺しなんて追われてるでしょうし、私なら森でほとぼりが冷めるまで過ごしますけど」


 リリスの言う通りだ。だが、タッカーに限ってはそうじゃない。

 奴がここにいるのには理由がある。


 あいつは、船を探してる。

 

「タッカーが逃げてるだけならそうだろう。だが違う」

「違う?」


 まあ、このくらい言っていいだろう。


「ああ、奴は――」


 その時、少し離れた場所で大きな魔力がぶつかり合うのに気づく。


 ……クソ、先を越されたか。

 流石は主人公だな、人運は俺より何倍もあるみたいだ。


「……ヴァイス、アレンではないですか?」

「ああ」

「どうしますか?」


 シンティア、リリスも気づいたらしい。

 当然「行くぞ」と声をかけ、魔力を頼りに走った。

 辿り着いた先は、今は使われていないであろう古い廃宿だった。

 

 入口のドアは蹴破られている。

 

 見つけてここに逃げ込んだってパターンか?


「シンティア、リリス、お前たちは北にある森で待っていろ。五百メートルほど進むと開けた場所に出る。そこで待て」

「どういうことですか? どうしてそんなところで――」

「いいから。俺が奴を誘導する。タッカーが来たら足止めしとけ。シンティアも頼んだぞ」

「……わかりました」


 シンティアは聞き分けがいい。ありがたいな。

 二人は顔を見合わせ、俺に理由を訊ねることなく俺から離れていく。


 どうみても変だろうに、頭があがらないな。


 だが――切り替えていこう。


 俺は上を見上げて、その場で跳躍した。


 不自然な壁アンナチュラル


 見えない地面をいくつか作り出し、二階に向かって外から駆けあがっていく。

 封鎖されている窓を木板ごとぶち破り中に入ると、アレンとタッカーがにらみ合っていた。


 互いの身体から血が流れている。

 いや――アレンのほうが傷だらけだな。


 ああァ、お前には勝てない。


 いや、お前は勝ってはいけないイベントだ。


 デュークとシャリーの姿がないということは、別行動をしていたか、それとも……られたのか?


「クライマックスには間に合ったかァ?」

「……また子供か」


 ……また・・か。

 ということはやはり二人が……ったく、雑魚同士が群れてもいいことねえよなあ。

 

 さて、どうすっか。


「下に追手が来てるぜタッカー」

「……なんだと?」

「ヴァイス、邪魔するな。見つけたのは僕だ」

「はっ、これは競争だろ? バカ二人はどうした」

「無事だ。けど、怪我してる」


 そうか、まあ、生きててよかったなァ。

 だから怒ってるのか。

 お前はわかりやすいな、アレン。


 さあてタッカー、どうする?

 俺の言葉が嘘かどうかを確かめるすべはない。


 お前にはやることがある。ここで捕まえるわけにはいかないだろ。


「……ふん」


 タッカーの顔色が変わった。

 俺は追い打ちをかけるように魔力を漲らせる。


 しかしアレンも随分と強くなったのか。

 タッカーの身体に傷をつけるとは……さすがだ。

 だが。後は俺に任せておけ。


「……じゃあな」


 次の瞬間、タッカーは壁を蹴破って消えていく。

 流石に俺とアレンを相手するのは無理だと判断したのだろう。

 更に追手が来ると言われればなおさらだ。


 にしても卓越した魔法技術だ。

 壁自体は古くとも、瞬間的に足の裏に魔力を乗せて破壊力あげてぶち破るとは。


 いいねぇ。


「クソ、タッカー待て!」

「アレン、手を出すな。それにお前は血を流し過ぎだ」

「黙れ! あいつはデュークとシャリーを傷つけた。僕が止める!」


 そのとき、階段からデュークとシャリーが現れた。

 二人とも怪我をしているが治療した後がある。

 なるほど、シャリーの奴が回復魔法を覚えたのか。どいつもこいつも努力しやがって。


「ヴァイス!? なんでお前もここに」

「デューク、シャリー、アレンを止めろ。今のこいつでは閃光に勝てない。――死ぬぞ」

「そんなのわからないだろ!」


 いや、わかるんだよ。こればっかりはな。


「アレン……」

「もし付いてきたらお前らを殺す。俺は本気だ」


 俺の漲る殺気に気づく、空気が変わった。


 お前たちは、タッカーと戦うべきではない。


「じゃあな。家に帰って怪我を治せ」


 アレンたちを後に残し、俺はタッカーを追いかけた。

 観察眼ダークアイで痕跡を探すと、俺の予想通り森へ向かっている。


 そして――。


「よお、閃光」


 シンティアとリリスが、俺の命令通りに足止めしていた。

 少し心配だったが、流石俺の婚約者とメイドだ。


「シンティア、リリス、離れていろ」


 手を出すなと言った通り、二人は一歩引いた。

 ……動くなよ。


 タッカーは自身で傷を癒しながら俺を睨んだ。

 ブラウンの短髪、まったく、原作通りだな。


「お前たちは一体なんだ? 俺の首を取って金が欲しいのか?」

「ま、そんなことだな。タッカー俺と戦え。勝てば逃がしてやる」

「はっ、何を言うかと思えばそんな当たり前のことを。子供が粋がるなよ。俺は手加減しない」

「ああ、わかってる。お前にはやるべき・・・・ことがあるもんな」


 タッカーの頬がピクリと動く。

 お前のことは知っている。何をしたのか、何をしたいのかも。

 

「……嘘はよせ」

「嘘じゃない。――タッカー、お前はグルジュツに行きたいんだろ?」

「……どこで調べた」

「何でも知ってる。だがお前にいいことを教えてやろう。――妹は生きてるぜ」

「な……んだと? どういうことだ!?」


 ああ、いいねェ。

 お前はやっぱりいいやつだなァ。


「俺に勝ったら教えてやる。船もやろう。お前にとってこれ以上の話はないと思うが」

「……お前が何をしたいのかはわからない。だがそういうことなら腕の一本や二本、覚悟してもらうぞ」

「ああ、そんぐらいじゃなきゃ意味がねえ」


 いいねえ、この張り詰めた空気に漂う死の予感。

 これでこそ実践、これでこそ意味がある。


 俺はお前にただ優しくはしねぇ。


 つかみ取れ――欲しければな。


 『閃光』の名に恥じない戦いを俺に見せてくれ。


 ――――

 

 静寂な時間が流れる。

 左手でゆっくりと鞭を取り出し、右手で剣を構えた。


 魔力を刃先まで漲らせると、黒い魔力で覆われる。


 反対に鞭は光っていた。闇と光、シャリーの付与魔法を改良したヴァイスVerヴァージョンだ。

 さて、新技のお披露目会といこうか。


「――悪いな」


 閃光が動き出す。ゆったりとしているが、その動きに一切淀みがない。

 こいつは天才だ。俺とアレンとも違う、生まれながらにして天性の能力を持っている。


 決して動きが早いわけじゃない。だが魔力の流れが美しすぎる。

 奴の攻撃は、俺の腕を狙っていた。


 見える、わかる。だが回避行動を取ろうとすると、奴の目からはそれがスローモーションで見える。


 相手からすればこれほど怖い奴はいねぇ。


 ゆっくり、なのに回避ができない。


 一度や二度致命傷の攻撃を食らえば、もうタッカーの攻撃を避けることも、当てることは絶対にできない。


 だが奴も完璧じゃない。魔力が切れれば能力は使えないし、スローモーションとはいえ絶対に回避できないわけじゃない。

 タッカーの攻撃が俺に当たる直前、鞭をそっと動かした。


 あいつは油断している。鞭が多少触れても大したダメージにならないだろうと。

 だから必死に避けることはない。


 だがこれはそういう生易しいもんじゃねえ。


 タッカーの剣が俺の腕を切る瞬間、自身の身体を覆っている永続防御バリアの魔力を極限まで高めた。

 便利な防御魔法だが、相手の攻撃を防いだ瞬間に魔力が大幅に消費される。


 できれば発動してほしくない諸刃の剣だが、今回はこの一撃を防ぐだけで俺の勝ちだ・・・


「――な!?」

「はっ、残念だったな」


 永続防御バリアが発動し、剣が魔法障壁によって弾かれ、ガラスが割れたような音が響く。

 だがそれだけならタッカーもそこまで驚くことはない。

 次の一手を打てばいいだけだ。


 驚いたのは、そこじゃない。


「なんだこれは……魔力が……使えない!?」


 俺は竜に負けた後、必死で考えていた。

 あいつらの強みは魔力だ。


 ならその根本を断ち切ってしまえばいい。


 今はまだ短時間しか狂わせることはできないが、鞭を通して対象の魔力を乱すことができる。

 更に魔力を流し込む為に、鞭をタッカー左腕に巻き付かせた。


「どうだ? 自慢の魔力は?」


 タッカーは何とか魔力を漲らせようとするがうまくいかない。


「……クソ」


 名付けるなら、魔力乱流アンルート


 だがそこまで拘束力が強いわけじゃない。力技で外されると終わりだが、俺の右手には剣がある。


 ダリウス並の脳筋じゃなければ抵抗する前に殺せばいい。


「……あっけないな。これで俺は終わりか」


 だがこれはまだ最初スタートだ。今のはただの新技の検証だ。


「次は鞭なしだ。――来い」


 俺は鞭を緩めてほどく。タッカーは驚きつつも後方に跳躍して俺から距離を取った。


 強い奴と戦って実践を積み、誰にも負けない力を手に入れる。


 そのためにこいつを利用させてもらう。


「……大したガキだな。俺を練習相手にするとはな」

「御託はいい。俺に負け続けたら一生この森から抜け出せねえぞ?」

「――子供ガキが、その慢心は後悔するぞ」


 それからタッカーは何度も俺に攻撃を繰り出した。

 前後左右、奴の攻撃は鋭く、魔力に頼らずとも剣術の才能もすさまじい。


 俺は何度も身体を切られ、そして頬も裂かれた。


 数時間後、俺は血は流し、腕の骨が見えた状態でタッカーと戦っていた。


 シンティアは何度か助けに入ろうとしたが制止した。リリスは静かに待っていてくれている。


 ……わがままな男で悪いな。


 だが俺の指が数本吹き飛んた瞬間、流石に我慢ができなくなったらしい。


「ヴァイス様!」

「ヴァイス!」


 ……タッカーの動きも限界に近づいて来ていた。

 これ以上はどっちかが死ぬ……か。


「もういい……殺せ」

「いや、もう終わりだ。随分と勉強になった。お前の閃光、間近で見れてよかったぜ」


 魔法はイメージの世界だ。

 火魔法、水魔法を出せと言われれば頭に浮かぶが、変わった能力はそうじゃない。


 予想以上に複雑だったが、おかげで勉強・・させてもらった。


「ヴァイス様、手をお借りします」


 俺の落ちていた指を拾い上げ、リリスが回復魔法を唱える。

 いつのまにか腕をあげたらしい。神経がくっついていくのがわかる。


 といっても、首を切れらたような痛みだが。


「結局……お前は何がしたかったんだ」

「強くなりたいだけだ。そしてお前は、俺の練習相手に相応しかった」

「……大した子供ガキだな。そういえば名前を聞いてなかったな」

「ヴァイス・ファンセントだ。聞いたことあるか?」

「……あの悪名高い貴族か」

「ああそうだ、光栄だな」


 ったく、どこまで噂が広がってやがんだ?

 まあいいか。指がくっついた後、俺は――。


「タッカー、お前を逃がしてやる」

「……は? なんだと?」

「王族殺しのタッカー、いや、妹想いのタッカーか」

「……さっきからなんでお前は……」

「お前の妹は本当に生きてグルジュツにいる」

「……どういうことだ? なぜお前が知っている!?」

「理由は言わない。だが生きているのは事実だ。側近のミリー、彼女が助けたといえばわかるだろ?」


 ミリーは、タッカーにとっても信頼できる友人だ。恐らく裏切られていたと思っていただろうが、事実はそうじゃない。

 シンティアとリリスは訳が分からないって顔してるが、まあそうだろうな。


「……何が本当かわからない」

「俺が嘘をつくメリットがどこにある?」


 タッカーは沈黙した。考えてもわからない。

 俺を信じるしかないだろう。

 そして、ふと笑みを零した。


「……ならどうすればいい」

「船を用意する。金もやる。それで妹に会いにいけ」

「なぜそこまで俺に肩を入れる? 俺とお前は今まで会ったこともないはずだ」

「ああ、そうだな」


 ったく、俺はなんでこんなことしてるんだろうな。

 まあでも、師に金を払うのは当然か。


 そのとき――アレンがやってきた。

 ったく、主人公ってのは聞き分けが悪いよなァ。


「ヴァイス!」

「随分と遅いな。それにおまけ・・・もか」


 シャリー、デュークも付いて来てやがる。


「アレン、こいつの首は俺がもらう。だがここでは殺さない。こいつの国に引き渡すことに決めた」

「……君がそんな法を守るのか」

「ま、金もほしいしなァ?」


 そして俺は、タッカーに目配せをした。

 リリスに護衛を頼むとしよう。


「リリス、連れて行け。さっきの話は聞いていたな?」

「……はい」

「タッカー、さっき言った通りだ。暴れないように付いて行けよ」

「……ああ。――ありがとな、ヴァイス」

 

 タッカーはよろよろとリリスに連れられていく。最後に小声で俺にお礼をいってきたが、そんなのはどうでもいい。

 怪我はリリスに治してもらえるだろう。


 アレンはタッカーの後ろ姿を神妙な面持ちで眺めていた。

 どんな気持ちを抱いているのかはわからない。


「……よくわかんねえけど、俺たち負けたってことか? って事は、土下座すんのか!? 俺が!? ヴァイスに!?」


 突然デュークが叫び出す。

 こいつはほんと愉快な奴だな。


「今回は引き分けにしといてやる。先に見つけたのはお前らだからな」

「……ヴァイス、君が何をしたいのかがわからない」

「ああ、お前には俺の考えなんてわからねえさ」


 今回はこれでいい。

 お前は悪党タッカーに負けて悔しいんだろうが、これは仕方ない。

 物語の都合上、お前は勝てないんだ。


「シンティア、行こう。リリスは後で来る」

「はい」


 じゃあな主人公、お前たちは納得いかなくても、これはハッピーエンドなんだ。


 俺も収穫が出来て満足だ。


 そろそろ家に帰るとするかァ。


 ▽


「……タッカーが死んだ?」

「はい」


 屋敷に戻って数日が経過していた。

 リリスに怪我を治してもらったが、魔力はすぐに回復しない。


 それでもやるべきことをやる為に魔力を整えていたら、ゼビスが衝撃的なことを言い放った。


 あの後、タッカーは無事、グルジュツに到着した。

 そして妹とも再会を果たしたと聞いている。


 なのに死んだ? ……クソが。


「誰に殺された? 追手か?」

「いえ、事故です。子供が海に溺れていて、それを助けたと」


 バカが、海なんかで奴が死んだ?


「……クソが!」


 俺は感情のままに机を叩いた。


 閃光のタッカー、あいつが王族を殺したのは妹を守る為だ。


 奴の国は農業が盛んで裕福だったが、雨が降らなくなり、突然干ばつ地となった。

 他国へ支援をお願いするも断られ、その時、とある国の王が支援を申し出た。

 だがそいつは最低なゴミ野郎で、外交に訪れていた時、タッカーの妹に目を付けていた。


 王を含む国の上層部は、タッカーの妹を献上することに決定した。

 だがそれを知ったタッカーは妹を守る為に戦って王を殺し、更に正当防衛で兵士を殺した。


 これがタッカー編の真実だ。


 あいつは既に妹が死んだと思っていたがそれは間違いだ。

 側近のミリーが、妹を何とか故郷に帰らせた。


 タッカーは知らず、追手を振り切る為に故郷に帰ろうとしていた。


 そして原作だと何も知らない主人公アレンは、旅の途中でタッカーと出会う。


 アレンからすれば、王族殺しの悪党、閃光のタッカーだ。


 だが本当は、妹を守る為に戦った男と主人公の悲しい対決でもある。


 結果はアレンの敗北。だがこれは物語の進行上で当たり前だ。

 だがその対決で大怪我を負ったタッカーは、それがきっかけで追手に殺される。


 そして後日、アレンはタッカーの妹と偶然出会い、全てを知る。


 これは最悪な鬱エピソードだ。

 正義を信じていたアレンが、妹を守ろうとしていただけのタッカーを間接的に死に追いやった。


 物語としても賛否が凄まじく、俺も嫌いだった。


 だが当然話はこれでは終わらない。


 アレンはタッカーを死に追いやる原因を作った奴らを全員倒すと決意し、一つの国を潰す。

 まあ、盛大なザマァってことだ。


 俺はもちろんそれを知っていた。

 タッカーを無条件に助けることはできたが、そこまで俺は優しくない。


 だからこそ奴と戦って練習相手になってもらった。その報酬に助けてやっただけだ。

 間接的にアレンのことも助けているかもしれないが、まあそれはいい。


 しかしタッカーは死んだ。

 偶然にしては出来過ぎている。日付を確認してみたが、タッカーが本来死ぬはずだった日だった。


 ……なんだこれは?

 これが世界の強制力なのか?


 俺はシャリーを助けた。だがそれすらも遅延行為なのかもしれない。


 この世界の本筋は変わっていない。

 俺のやってることは……全て無意味だというのか?

 

 ……わからない。


 今もなお、タッカーを間接的に死に追いやり、妹を危険な目に合わせた悪党やつらは裁かれずに生きている。


 俺は手を出すつもりはなかった。そこまでの義理はないし、ファンセント家にも迷惑がかかるかもしれない。


 だが奴は死んだ。

 その仇は誰が取る?


 俺が下手に改変したせいで、アレンはこのことを知らない。


「……タッカーの妹は生きてるんだな?」

「はい、それは間違いありません」

「そうか」


 ゼビスだけには奴の真実を話していた。

 なぜ知っているのかまでは伝えてないが、俺を信じて余計なことは聞いてこない。

 

 ……手を出すなら、最後までやれ、か。


「ゼビス、父上に連絡をとってくれ。それとお前にまた頼みたいことがある」

「何なりとお申し付けくださいませ」


 俺はその日から動いた。

 タッカーを追いつめた奴らは、どいつもこいつもカスばかりで何度殺しても足りないようなゴミどもだ。


 原作で全てを知っていたおかげで追いつめるのは簡単だった。

 賄賂と権力、手段を問わず証拠を集め、そいつらの悪事をすべて暴いた。


 数週間後、タッカーの件に関わったクソどもは全員首を吊った。


 これで少しはタッカーも浮かばれるだろうよ。


 俺の……第二の師みたいなもんだしなァ。


「ゼビス、この金を全部タッカーの妹に渡してくれ。見舞金だ」

「……この大金をすべてですか?」

「ああ、どうせ賞金首あぶくぜにだ。色々と奴に借りがあってな。理由が必要か?」

「いえ、承知しました。仰せの通りに」

 

 結局俺は何もできなかった。

 タッカーは死に、妹は一人で生きていくだろう。


 更に世界中で魔物が活発化しはじめた。

 南で戦争が起きはじめている。


 これもすべて、原作通りだ。

 

 厄災やくさいは近い。


 だが俺は決して諦めない。


 何度も、何度も運命に抗ってやる。



 タッカー、お前の【閃光】は俺が引き継いでやる。



 固有スキル:New【閃光タイムラプス】。

 発動すると世界が遅く・・視える。

 魔力消費は大きいが、観察眼と併用することで、魔法の術式をも見破ることが可能。


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