最凶への一歩
036 最凶への一歩
ファンセント領土、リーグベルト街よりも更に北、トラバ街。
この街を一言で表すならクソだ。
デカい王国だと一人死ぬだけですぐ話題になるが、この街ではそんな話、酒のツマミにもならねぇ。
といっても、表立って悪人が蔓延っているわけじゃない。
観光地だってあるし、食事も悪くない。兵士もいるし、冒険者ギルドだってある。
まあ、でも、クソだが。
深夜、それはこのトラバで一番盛り上がる時間帯だ。
幼い子供はゆっくりと夢をみて眠っている。街を出て、王都に出て、そして魔法騎士団に入るんだと。
だがその夢は、この街にいる限り叶うことはほとんどない。
「がははは、バカいうんじゃねえよ」
大衆酒場の一階、この街のほとんどの店は夜中か朝までやっている。
悪人は夜を好む。それは創作物でも、異世界でも、現実でも一緒だ。
この街は主人公アレンが中盤で訪れる街だ。
勘のいい奴ならわかるだろう。
正義感溢れる若い冒険者が、こんなクソみたいな街に降り立ったらどうなるのか。
そりゃあもう気持ちがいいとしか言いようがない。
ゴミみたいな奴らを手加減なしで粛清できる。
何の躊躇もなく、首を刈り取っても賞賛される。
ああ――流石主人公様だと。
「ビリーの奴、それであの女に入り浸ってやがってよお。金返さねえっていうから腕切ったら死んじまって」
「ははっ、金づるを失っちまったな。前から言ってるだろ、やりすぎなくらいがちょうどいいが、限界はあるってな」
「難しいよなあ、人間ってのは脆すぎるぜ。まあでも、血がドロドロ出て死にゆくさまの顔は、何度見ても愉快だが」
ああいい。いい。
お前みたいなクソは、安心する。
「おいビアーくれ! ――ん? 何だお前?」
「ガキがこんな夜中に酒場に来てんじゃねえよ。それなんだその真っ黒いフードは?」
「ははっ、俺も憧れたな―、深夜徘徊して、悪者をバッタバッタなぎ倒すんだよなあ? がはは!」
そうだな。何だお前、わかってるじゃないか?
髭面の三人、毛深い腕、態度もガタイも無駄にデカい。
この街で偉そうにするのは結構大変だ。
血筋も才能もないカスどもが上にのし上がる為には、圧倒的な力を鼓舞するか、狂気を見せつけるしかない。
躊躇なんてこの街には不要だ。
だがこいつらはそれができる。
命乞いをする奴らの頭に近距離で魔法を放つことが。
コルソン・フォーカス。
ミディアム・ビルス。
ビービー・ファイア。
罪状はありすぎてめんどくせえ。
とりあえず俺の第一歩として、死んでくれ――。
「おい、いつまで突っ立ってんだよガキ、顔ぐらいみせろやァ!」
「なんだぁ、結構可愛い顔してんじゃ――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ……あ……あ……」
頸動脈を一撃。首を刈り取るのはさすがの俺でも面倒だ。
骨は堅いし、刃が欠ける。
お前も言ってたよなァ? 愉快だって。
どうだァ? 楽しいか?
「ガキ、てめぇ!」
「――リリス」
「はい、ヴァイス様」
背後に回っていたリリスが、暗器ナイフを男の首横に刺す。
呼吸が出来なくなると同時に、痛みでその場に倒れ込む。
残りは二人、取り巻きの雑魚と、後なんだっけ、ああ、ビルスか。
「クソッ! おい!」
「へ、へい!」
雑魚に後を任せ、自分だけはまっすぐに出口へ。
いいねえ、そのカスムーブは嫌いじゃないぜ。
「この野郎っ、ぐへっぎゃああああああああ」
雑魚を倒し、後は――、
「逃がしませんわ」
入口付近で待ち構えていたシンティアが、
透明な氷柱が突き刺さると、時間の経過とともに血が滲んで真っ赤に染まっていく。
宝石みてぇに綺麗だ。
「ぎゃあああああああああああ、な、なんだお前たち、なんだよ、なんだ、なんで俺たちを狙ってんだよおお」
ゆっくり近づいてしゃがみ込むと、男の髪の毛を掴む。
これって愉快か……? こいつ、趣味わりぃな。
「暇つぶし――なんて」
「……は? ぎゃああああああああああ」
思い切り蹴りつけて両腕を折ると、男は地面でのたうち回った。
確かこいつだけは生きておかないと金がもらえなかったはず。
これなら朝まで動けないだろう。
するとシンティアは、悲し気な表情を浮かべている。
彼女は元々ヒロインだ。ここまで過酷なことは本能が求めてないのだろう。
「シンティア、無理するな」
「……いえ、でもこいつらは子供を殺し、奴隷を殺し、罪もない人を殺し、大勢を苦しめました。手加減をする必要はなかったはずです」
「お前はそれでいい、それに、どうせこいつらは雑魚だ。その気持ちは大悪党にとっとけ」
「はい……」
「ヴァイス様、かっこよかったです!」
反対にリリスは眩しいほどの笑顔で歩いてくる。
頬の返り血は、まるで化粧をしているみたいだ。
「とりあえず朝まで飲むか、どうせ金に引き換えれるのはギルドが開く朝だ」
「いいですね! シンティア令嬢、何にしますか?」
「……ま、そうね。気にしても仕方ないわよね」
カウンターに座って、店主に声をかける。
今この光景を見ていたはずだが、無表情でグラスを拭いている。流石、肝が据わってるなァ。
「……店の――」
「わかってる。汚れた部分の金は払う。それより水とフルーツをくれ。シンティアとリリスは?」
「オレンジです!」
「ブルーベリージュースで」
「……あいよ」
サバイバル試験が終わって、俺たちはエスタームに入った。まあ、わかりやすくというと、
この期間は先祖を大事にする為、ほとんどが故郷に帰省する。
ノブレス学園に通ってる奴らは地方出身が多い。
俺は偶然、といっても原作都合なのでこの言葉は適切ではないだろうが、帰る必要がない。
本来のヴァイスなら家でのんびり怠惰を貪るだろうが、俺がそんなことをするわけがない。
といっても、母の墓参りだけは父上と行ってきた。
花を添える時の父上の悲し気な表情を、俺は二度と忘れないだろう。
そして俺も母と会ったことはないはずだが、何とも言えない悲しい気持ちになった。
ああ、ヴァイスはやっぱり俺のどこかにいる。
それがわかった出来事でもあった。
「そういえばアレンが冒険者になったらしいですわ」
「あいつが? ……もう?」
おかしいな、原作ではまだ先……いや、俺のせいでしかないか。
シャリーが生きていることで変化があったのだろう。
あいつらは弱き者を助け、悪を倒したがっている。休みの日に冒険者をするなんて至極当然か。
「もう? 詳しいことは知りませんが、凄まじい速度で依頼をこなしてると」
「ははっ、どうせチマチマ薬草でも集めてるんだろうなあ」
「どうでしょうか、もしかしたらこの街に来てるかもしれませんね」
俺たちがトラバ街に来たのは昨日の夜だ。
つまりついさっきの戦いが、記念すべき初陣でもある。
原作では結構名の知れた奴らでワクワクしていたが、とんだ拍子抜けだ。
ちなみにミルク先生も帰省している。
故郷を愛してるらしく、当分は帰ってこない。
一人で特訓してもいいが、俺は早く最強たちに追いつきたいのだ。
実践に勝る修行無し、これはミルク先生の教えである。
「ヴァイス様、これからどうしますか?」
「当分はここを拠点にする。
「承知しました! 明日から情報収集します!」
俺この街、トラバに来たのはもう一つ大きな理由がある。
俺は悪名高い貴族、ヴァイス・ファンセント。
その噂はまだ根強く、ノブレス学園に入学後してからも消えてはいない。
学園内のことが秘匿なので仕方ないが、少しはその噂を払拭しておこうという狙いだ。
といっても、ヴァイスが実は優しいらしいよ、なんて広がったところでメリットはない。
なんだったらデメリットのほうが多いくらいだ。
俺が求めているのは圧倒的な力。
狂気を感じるほど強く、だが悪人しか殺さない。
どうみてもこっちのほうがいいだろ?
この街には殺してもいい奴らがうようよしている。
地面に転がっている
一石三鳥、こんな最高なことあるかァ?
その時、壁に貼られている紙が目が入った。
賞金首のポスターだ。
へえ……この
「シンティア、そいつの顔覚えててくれ、リリスもだ」
「……ビルフォード・タッカー? 賞金首……一千万ペンスですか!?」
「王族殺し……? こんなことをしてまだ捕まってないだなんて……」
「うまく逃げたんだろうなあ」
別名、閃光のタッカー。
こいつと対峙した場合、瞬きは厳禁だ。
理由は単純明快、その刹那が、生死を分けるからだ。
原作では、
本来ならまだ先のイベントだ。
今の時点でエンカウントできるのかはわからないが、もし会えたら俺の練習相手にピッタリだな。
雑魚を狩りながら情報収取でもするかァ。
それと――。
「おやじ、このフルーツ美味いな。もっとくれ」
「あいよ」
「ヴァイス、本当にフルーツが好きですねえ」
「ヴァイス様、メロメロンもあるみたいですよ!」
「……おやじ、それもくれ」
「あいよ」
色々外に出た理由をつけたが、フルーツの食べ歩きが出来るってのは、正直かなりデカい。
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