035 俺はもっと強くならなきゃなァ

「ヴァイス、どうぞ」

「ああ」

「ヴァイス様、どうぞ」

「あ、ああ」

「ヴァイス、どうぞ」

「落ち着け、まだ口に残ってる」

「だったら私がお口でしますか?」

「意味が違う……」


 ノブレス学園、自室。


 ポイントが増えたこと、タッグトーナメントの功績もあって、俺の部屋は随分とデカい。

 高級な家具に天窓付きのベッド。


 観葉植物だって置いてある。


 だが俺は病人のように横になっていた。

 シンティアとリリスが、身体に優しいとされているベリーベリーフルーツを交互に食べさせてくれている。


 味は悪くないが、如何せんペースが速い。

 それに身体はまだ痛む。


 竜の魔力は呪い相当の力があったらしく、俺の身体は限界を超えていた。

 だが闇魔法と光魔法の加護で、日々力を取り戻している。


 医者曰く、ありえない回復速度、だそうだ。


 そして俺はずっと気になっていたことを訊ねた。

 シンティアとアレンは同じペアだった。あの広大な森、なのにあいつは間髪入れず俺を助けにきた。

 そんな偶然、ありえるか?


「――突然走った?」

「はい、何か胸騒ぎをしたかのように。私はてっきり魔物かと思ったのですけれど……ごめんなさいヴァイス、私は気づけなくて」

「それはいい、気にするな」


 ふむ……確かアレンは、俺がシャリーに辞退しろと言ったことを相談されたと言っていた。

 それで胸騒ぎがして……ということか?


 にしてもタイミングが良すぎるな。


 まだ何か裏がありそうだが、今はいいか。


「それと……」

「どうしました?」


 俺はもう一つ、いやこっちが本命だった。

 今でこそ俺はシンティアが婚約者で嬉しいが……、彼女はアレンと三日間一緒だった。

 どう……思ってるのかと。


 もちろん最後に愛してると言ってくれたが、冷静になると不安だ。


 俺は二人のストーリーを知っているからこそ余計に……。


「……アレンと……何かあったりし……ないよな?」

「? どういうことですか?」

「……そのなんだ。何も変わったことはなかったのかなと……」

「どういう意味ですか? 私とアレンはただの同級生です。それ以上でも、それ以下でもありません」

「そ、そうか」


 ……ったく、女々しいなあ俺は。

 ハッキリ聞けばいいのに。


 だがやっぱり未来は変わるってことだ。


 俺の行動が、未来を創っていく。


 ミルク先生の言う通りだ。


「シンティア令嬢、ヴァイス様は焼きも――」

「おいリリス、それ以上は言うな」

「は、はい! 何でもありませんモチモチ!」

「え、モチモチがどうしたんですか?」


 こういう時、シンティアの天然は助かるな。


 ――コンコンコン。


 誰だ? まあいいか。


「入れ」


 扉を開けて現れたのは、シャリーだった。

 いつもの明るい表情は消え、心配そうに、それでいて申し訳なさそうにしている。


 あの日、あの時、あいつは俺に何か言いかけていた。


「シンティア、リリス、外してくれるか」

「……わかりました。行きましょう、リリスさん」


 二人は、何も言わず離れてくれた。

 本当に優しい。


 俺は気絶した後、気づいたらノブレス学園にいた。

 ミルク先生がおぶってくれたらしいが、どうせなら起きていたかった。


 あの後、父上が学園長に直訴したらしい。


 といっても、父上もバカじゃない。

 誓約書に文句は言わないって書いてあるのでそこはいいが、問題は崖に落ちた事ではなく、竜の存在だ。


 北で戦争があって、巻き込まれた森から逃げ出したのがあの番だったらしい。

 言われてみればそんなイベントもあったと思うが、流石にあの森で羽根を休めていたなんて知らなかった。


 今後は様々なことを考慮して十重二十重に気を付けてくれ、というのが父上の真っ当な主張だ。


 まあ、こんな優しい言い方ではなかったと聞いているが。


 ……ちょっと見たかったな。


「で、シャリー何だ?」

「ええと……その……。――ごめんなさい、私はあなたのことをずっと勘違いしてた。噂を鵜呑みにして、何もかも……本当に……私が悪かった」


 ……いや、お前は悪くない。


 俺は変わった。俺の噂自体はそもそも真実だからな。


「何を言うかと思えば、そんな下らない謝罪か」

「え……」

「俺がお前を助けたのは役に立つからだ。今世界で魔物が活発化してるのは知ってるだろう。俺はアレンと違って平等の社会は求めてない。魔物がもしどこかの国を破壊し、炙れた移民が大勢押し寄せてきたらどうなると思う? 間違いなく戦争が起きる。そのとき、お前の魔法付与は役に立つ。これは貸しだ。いつか返せ」


 ヴァイス・ファンセントが破滅するきっかけはアレンだが、俺を直接殺すのは魔王だ。

 いずれ厄災・・がこの世界を襲う。


 その時、シャリーは必ず役に立つ。


 ノブレス・オブリージュには様々な分岐点があるが、最後だけは同じ。

 それは覆らないだろう。だからこそ、俺は必死に抗おうとしてる。


 今はまだ通過点に過ぎない。


 シャリーは、肩の重荷が解けたかのようにふっと笑みを浮かべた。

 ああ、お前はそっちのが似合うよな。


「……わかった。ありがとう、ヴァイス」

「はっ。それで……アレンの奴はどうだ?」

「……気になるの?」

「あ?」


 ふふふっと笑みを零す。

 ったく、なんだよ。


「生きているといえば生きてるけど、ほとんど死んでるわ。あなたと同じで力を使い過ぎたみたいで、今はデュークに看病してもらってる」

「男同士で慰め合いか」

「そうだね。――羨ましいの?」

「バカ言うな、俺にそんな趣味はない。なんだったら、お前もここにいて俺にフルーツを食べさせるか?」

「しないわよ」

「だろうな」


 この先、シャリーがどう動くのか、俺にはわからない。

 今まで俺が行った中でも、一番の改変だ。


 凶と出るか吉と出るか、まあ、どっちでもいいか。


 未公開シーンってのは、ファンの特権だよなァ。


 つうか……。


「おいカルタ、いつまでそこにいるんだ」

「ひ、ひぃ!? ご、ごめんなさい!?」


 扉の外、カルタがいるのはわかっていた。

 おそらく見舞いに来てくれたんだろうが、俺とシャリーが話してるのに気づいて立ち往生。


 で、そのまま待っていたらいいのか困ったのだろう。


「用事あるなら入れ。――シャリー、アレンに伝えておけ。お前の能力は、俺が暴くと」

「……わかったわ。ほんと、あなた達はお互いを認め合ってるのね」

「あ? 認め合う?」

「何でもないわ。それじゃあまたねヴァイス。本当に感謝してる。でも、もしまた戦う時があれば、遠慮はしないわよ」

「当たり前だ」


 アレンの奴は、能力ギフト――と言いかけていた。

 そんなもの……聞いたことがない。

 俺を崖から助けたり、竜の炎を回避したり、普通じゃ考えられない。


 だがいい。お楽しみは後々に取っておこう。


「し、失礼します!」


 カルタは、怯えた様子で入ってくる。

 手に持ってるのは、どデカい……それは、メロメロン!?


 確かこの世界で採れる希少価値の高いフルーツ。


 最高に美味しいと原作で書かれていた。


 どんな味か気になるとコミュニティサイトでも話題で、俺も……食べたかったやつだ。


 こいつ……神か?


「ご、ごめんなさい。ヴァイスくんの体調、どうかなって」

「……まあまあだ。そういえばお前の飛行魔法おかげで助かった。だが使いこなすのはまだ難しい。身体が治ったら教えてくれ」

「え、あ、う、うん! あ、違った……。返事は、はい!」

「……今はどっちでもいい」

「わ、わかった! じゃ、じゃあまたねヴァイスくん」


 カルタは、そのまま去っていこうとする。両手にメロメロンを抱えながら。


「おい、どこへ行く」

「え、そ、その戻ろうと思って」

「……その……なんだその……おい……フルーツは俺のじゃないのか」

「フルー……ツ? あ、あ、いやこれ!? そ、そうだよね……。ごめんなさい、ミルク先生が食べたいっていってて、家から送ってもらったの」

「……お前の家、農家なのか? それも、メロメロン農家なのか?」

「え? う、うん。農家ではないけど、事業の一つだよ」


 クソ……そんなこと原作に書いてなかったぞ。それにこいつ、なんで俺にそれを見せつけるんだ。

 病人にフルーツを見せたら食べたいに決まってるだろう。


 わがままを言えばくれるか? しかしミルク先生の食べ物……殺される。


 確実に殺される。


 『おいヴァイス、やっていいことと悪いことがあるよな? 死ね』


 てな感じか? いや、でもこれやっていいことのほうだよな?


 悪魔が囁く。死にたくない。だが、食べたい。


「……メロメロン、半分切ってもバレないんじゃないか? そのくらいデカいとわからないだろ」

「え? ヴァイスくん食べたいの?」

「……いや、少し味見したいだけだ」

「ふうん、でもミルク先生に怒られるから……」

「だから半分だ。バレなければいいだろう」

「だから、食べたいの? ヴァイスくんが、食べたい! っていうなら、考えるけど……」


 コイツ、天然か? それともマジなのか?

 顔からは何も読み取れない。どうみても食べたいに決まってるだろ。


 普段の俺の態度から察せないのか? くそ、鈍感ってのはこういう時に面倒だ。


「……食べた――」

「ヴァイス、調子はどうだ?」


 そのとき、ミルク先生が思い切り扉を開けた。

 しかも足だ。ここは俺の自室だが……まあいい、それよりも今の聞こえたか?


「ひ、ひぃ!? げ、げんきですよ!?」


 思わず上ずった声で返してしまう。

 カルタはペコリと挨拶して、そして――。


「じゃあ、ヴァイスくん半分切るね」

「は、はい?」

「食べたいんでしょ? メロメロン」

「どういうことだヴァイス。これは私が頼んだものじゃないのか?」

「あ、ええと、でもヴァイスくんが、半分食べたいって言うんです」

「え、いや、いや!?」


 カルタ、なぜそんな――。


「ふふふ、冗談だよ。初めからこれ、ヴァイスくんのだから」

「え? ど、どういう」

「私が仕掛けた。お前の食事を何度か見てきたが、フルーツに目がないことを知ってる。どうせ食べたいと言い出すだろうとな」

「……ひどい」


 酷い、悲しい、冷たい。


「私なりのエールだ。カルタ、私が切ろう、貸してくれ。ヴァイス、あーんまでしてやるぞ」

「え、あ、はい! せ、先生、大胆!」


 ……まじ? あのミルク先生が……?


 病室でリンゴの皮をむくみたいな感じ……?


「さて、粉々が一番食べやすいか」


 ミルク先生は、どこからともなく棍棒を出した。

 スイカ割の要領でメロメロンを破壊――するかと思いきや、寸前で止めて、その風圧だけで真っ二つに割る。


 空斬撃エアリィ、ミルク先生の得意技だ。


「ヴァイス、口をあけろ」

「え、あ、はい」

「ヴァイスくん、メロメロン美味しいよ!」

「あ、あ、ああ、ああ」


 そして俺は、ドッキリでも仕掛けられてるのか不安になりながらフルーツを口に入れてもらった。

 ミルク先生の「あーん」。

 こんなの原作にはない。最高の改変、最高の未公開シーン。

 ファンディスクに投入すれば、売り上げは二倍、いや三倍は伸びるだろう。


 そして肝心のメロメロンは……美味い。


「最高……」


 ノブレス学園の理念は飴と鞭。

 

 これは世界の強制力に違いない。


 悪い事の後にはいい事が起きる。


 これは揺るぎない事実だ。


 まじで……飴ちゃん様様だな。


「も……もう一口いいですか」

「ああ、零さずに食べろよ」

「ばぁぶすくん、あんよが上手!」


 今日だけはヴァイスじゃなくて、ばぁぶすを受け入れよう。

 しかしカルタ、お前は俺を舐めているな。それにあんよじゃない。


 体調が治り次第、俺はまた強くなる為に特訓をはじめる。


 今よりもっと魔法を覚えて、剣術もミルク先生を超えるつもりだ。


 あのエヴァ・エイブリーにだって、俺は勝てるようになりたい。


 来たるべき魔王に備えて、俺は――前だけを見続ける。


 ――――

 ――

 ―


 中級生の寮、エヴァ・エイブリーの自室。


 ヴァイス・ファンセントの部屋より三倍も広いその部屋には、高価な絵画が沢山飾られていた。

 そのどれもが絵画ファンなら喉から手が出るほどほしいものである。


 だがこれはエヴァが一時期ハマっていた時に集めたものだ。


 彼女は一度ハマると真っ直ぐ突き進む。


 エヴァ・エイブリーが最強になったのも、世界最強を目指したから。

 

 ノブレス学園もその通過点だったが、彼女にとっては退屈な生活だった。


 戦うことも、魔物も、竜も、彼女にとってはただのお遊戯。


 つまらない、つまらない、つまらなかった。


 ――ヴァイスが現れるまでは。


「ふふふ、ふふふ」


 ベッドの上、ネグリジェで横になった状態のエヴァは、魔法写真を眺めていた。

 そこには竜と戦って満身創痍で気絶したヴァイスとアレンが映っている。


 どちらも上半身裸で、血だらけで、そして――乳首が見えている。


 それを見ながら、エヴァは――興奮していた。


「ああ、いいわあ。凄くいい。凄くいい……こんな素晴らしい組み合わせが学園にいただなんて……」


 エヴァ・エイブリーは、ノブレス学園で過去最高のポイントを保有している。

 だがS級になる寸前で授業を休み、わざとポイントを減らしていた。


 理由は一つ、この快適な住居を守る為だ。


 そんなことが出来るのは、後にも先にも彼女しかいないだろう。


 だがそれでも彼女は学園に飽きていた。自主退学して南のバカンスでも行こうかなと考えていたとき、ヴァイスと出会った。


 やる気に満ち溢れ、気高く、そして何よりも貪欲なヴァイス。


 と――。


 やる気に満ち溢れ、真っ直ぐで、正義に溢れるアレン。


 この正反対のようで同じに見える組み合わせが、彼女にとって最高の――おかずになった。


「ああ……いいわああ」


 エヴァは異性に興味がない。


 興味があるのは、男性同士の絡み合い。


 学園を自主退学しようとしていた最大の理由は、いい組み合わせがいなかったから。


 だがアレンとヴァイスの登場で、世界が変わった。

 

 どちらか一人が欠けていても、エヴァの気持ちが昂ることはなかった。


 原作のようにヴァイスが怠惰のままなら、ここまで至ることはなかった。


 ヴァイスの努力が、信念が、彼女の心を揺れ動かせた。


 今は、ヴァ×アレ、いや、アレ×ヴァ、攻め受けどちらがいいかと悩んでいた。


 そして今まで彼女が望んたことは、すべて叶えられている。


 たとえそれが、他者からみて絶対に不可能だということも。


 楽しい、楽しい、楽しい。


 でも――。


「……仲が良すぎるのは、好みじゃないわねえ」


 いがみ合い、罵倒し合い、お互いの嫌悪感が最高潮に辿り着いてなお、二人がくっついてほしい。


 エヴァ・エイブリーは――生粋の変態である。


「どうしようかな、何か考えようかな。二人が喧嘩するところ、見たいのよねえ」


 これこそが最大の改変だということを、アレンはもちろん、ヴァイスはまだ――知らない。

 

 ───────────────────


【大事なお願い】



 これにて第一部完結になります!

 10万文字という長編を見て頂きありがとうございました!


 更に書籍化の決定までしたので満足でしかありません!


 第二部の始まりは学園スタートではなく、少し世界観が広がっていくと思います。

 といっても、今作の軸は学園、ヴァイスを中心とした物語になります。


 また、ここまでの話が面白かった! 続きがみたい! と思ってくださった方にお願いがあります。


 それはもう気づいていると思いますが、作品フォローや★で本作を応援して頂ければと思います!

 最近では文字付きレビューが帯になったり紹介ページで掲載されることもあったりするらしく、もし……もらえたら、心がぴょんぴょんするんじゃあ!?


 また、サポーター様限定で、『もし、コインの表が出ていたら?』を掲載していますので、ご興味がありましたらどうぞ!


 どんな些細なコメントでも頂けると嬉しいです。一言でもありがたいです。


 では長くなりましたのでこの辺で。


 ここまで見て頂き誠にありがとうございました。

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