034 お前はそれでいい
竜の一番の恐ろしさは、その生まれ持った体躯にある。
人間もそうだが、体重差ってのは実力以上に力を発揮する。
どれだけ研鑽を重ねたとしても、それを覆すのは並大抵のことじゃない。
魔物は特にそうだ。デカけりゃ強いが当たり前。
その代わり速度が遅いなんて創作物の戯言でしかない。
俺たちと違って、魔物は身体に合わせて魔量総量が増える。
魔法抵抗、物理抵抗、魔法攻撃、ただ手足を振ったり、尻尾を動かすだけでも最強クラスの攻撃だ。
更に村を焼き尽くすことができるほどの炎を、口から吐くことができる。
知能が高く、長寿で、危機管理能力に長け、そして何よりも傲慢だ。
それが、最強と呼ばれる所以。
俺とアレンは、竜の背後から左右に駆けていた。
挟み撃ち、なんて戦略的な技じゃない。
即死するとしても、一人で済むかもしれない。そのことは
俺たちは今できる限界まで魔力を漲らせた。
それに気付かないほど
目の前のおやつより、後ろの蠅を殺すほうを優先するなんて当然だ。
「グォゴォオォオォォォオォオオオ」
振り返りながら大口を開けると――アレンに狙いを定めた。
アレンには、喉奥の赤い炎が見えているだろう。
だがそれでも恐れず、真っ直ぐに駆けている。
決して後ろを振り向かない主人公野郎。
ああ、お前はやっぱり最高だな。
心配なんてしない。
死なないと思ってるわけじゃない。
その感情が、今この瞬間に不必要だからだ。
攻撃の矛先が俺でも、アレンなら同じことを考えていただろう。
やるべきことはただ一つ、渾身の一撃を与える。
その後の事なんて考えていない。ただやるべきことをやって、次の一手を全力で考える。
それほどの相手だ。ああしてこうしてなんて、未来を考える余地はない。
俺は地面で震えてる下級生二人に目配せをした。仮にもノブレス学園の生徒だ。
勇気を振り絞り立ち上がると、急いでその場から離れていく。
振り返るなよ、何が起きても――。
「グォオォオォォォォオオオ」
俺が背後に回って
低い唸り声のような咆哮と共に、断続的な高魔力の炎がアレンに降り注いでいる。
骨すらも残らないと瞬時にわかる威力、今まで聞いたことがない空気を焼く熱の音。
だが俺の心は揺れ動かない。
【癒しの加護と破壊の衝動】は既に発動していた。
竜から吸収した魔力が俺の身体に流れ込み、身体がはち切れそうだ。
たとえるなら小さなコップに蛇口を全開で注いでいるようなもの。
今の俺はミルク先生よりも強いだろう。
だが長く続くわけじゃない。発動し続けていると、俺の身体が四散する。
身体中の血管が膨張していく、だがこの魔力を全て、剣に乗せる――。
「――蜥蜴野郎がッッッ!」
小手先の技術抜きの上段からの渾身の一撃。
竜の鱗は固く、並大抵の攻撃は弾かれてしまう。
だが今の俺の攻撃はそんな生易しいもんじゃない。
どす黒い魔力を身にまとった闇と光、そして竜の魔力を融合させた力。
その全てを刃先に乗せた。
鱗を突き破り、皮膚に到達し、骨に突き刺さる。
ぐちゅぐちゅと竜の肉が剣にまとわりつくようだ。だがそれでも、俺は構わずに切り裂いた。
これにはさすがにダメージを負ったのだろう。
耳をつんざくような叫び声をあげて、鋭利な尻尾をぶんっと振ってきやがった。
大木がいくつも倒れ、だが速度は緩めずに俺に向かってくる。
――が。
再び
カルタがいなければ、俺は既に死んでいた。
生きて帰ることができれば、あいつに感謝の一言でも言いたいくらいだ。
そして竜は、前後左右、全てに
こいつら上級魔物は、生まれながらにして魔法が使える。
生まれたての蜘蛛が誰からも教わらずに罠を張れるように、こいつらも本能で魔法が使える。
クソが。
吸い込んだ魔力が身体の限界値を超えはじめていた。意識が朦朧とし、カーテンが閉じられるかのように視界が遮られていく。
神経が研ぎ澄まされる一方で、俺は死の限界を感じて咄嗟に魔法を解除した。
身体中の全ての抵抗力が失われて、魔力が流れて消えていく。
次の攻撃を自力で回避できなければ、俺の身体は奴の攻撃で即死する。
まあでも、木端微塵よりはいいかァ?
「――グオォオオォオオオオオオ」
俺が与えたダメージは致命的とは程遠い。生死を賭けた戦い、指を一本失くしたからといって何が起きるわけでもない。
それでも爪痕を残したのには違いないだろう。
今のレベルで、この魔力で、俺はできることをやった。
最後に人助けを出来たのも……悪くはない。
アレンの最後を見届けたこともな……。
わりぃな、ミルク先生、弟子の癖に、俺は不甲斐ねえ。
「――ヴァイス!」
竜の
どこにいるのかわからない。だが聞き間違えるわけがない。
どうやって避けた? ありえない。
けど、今はそんなことはどうでもいい。
お前が諦めないのなら――俺だって諦めるわけにはいかない。
俺は再び【癒しの加護と破壊の衝動】を瞬時に詠唱した。
今までで最速の発動だ。多分、いやおそらく二度とこの速さで発動できないだろう。
だが限界はとうに超えている。補充された魔力が皮膚を突き破って、手足から血が流れていく。
まるで
「人間様を、舐めるんじゃねえ!」
俺は寸前で爪を回避する。主人公野郎が俺の名を呼ばなければ、今まで何度も見たゲームオーバーを思い出していたはずだ。
身体を翻し、全身の骨が軋む音を響かせながら牙突――竜の脳を狙う。
この瞬間、今だけに全力だ。
アレンの姿は見えない。だがあいつは、確実に俺と同じことを考えている。
わかる、知ってる。あいつに憧れた俺だから、わかる。
耳鳴りが酷く俺の脳内を圧迫する。痛い、脳が焼けるようだ。
しかし俺は――俺の剣は――竜の額に突き刺さる。
同時に、アレンが上空から飛び降りていていた。続けざま、頭部に剣を突き刺す。
2本の剣は、ずぶずぶとクソへどろしい音を立てながら、やがて脳に到達していく。
「グォオオオォオオオォオオン!!!」
だがそれでも絶命はしない。脳が破壊され思考が妨げられているにもかかわらず、それでも敵を探している。
本能が、己以外の全てを駆逐しようとしていた。
しかしそれでも竜は生物だ。脳が破壊されて生きることはできない。
周囲を破壊したあと、ついには動かなくなった。
俺とアレンは――不可能を可能にした。
「もう動けない……」
アレンはその場でへたり込んだ。わけがわからない、なんであの炎を回避できたのか。
勝ったのは、こいつのおかげだ。
はっ、すげえな、
そして俺も、その場に倒れ込むように座り込む。
全てが限界だ。身体中が痛い。
だが――勝った。
そしてアレンが、俺に顔を向け、いつものように笑った。
あの、むかつく笑みだ。
「ヴァイス、君はやっぱり最強だよ」
「はっ、お前もな」
俺たちの思想は合わない。
それは覆らないだろう。
だが俺はお前を認める。お前のことは嫌いだが、お前はそれでいい。
理想を語れるだけの正義を、お前は持っている。
全てが終わった。と、思えたそのとき――。
「グゥウゥウゥウゥオォオオォオォォオォォン」
上空を見上げた瞬間、心臓が止まりかけた。
なぜ気付かなかった、なぜわからなかった。
魔力を隠していたのか? ありえない。ありえない。
俺たちは勝った。竜に勝った。だが、何でこいつはここにいる?
思い出せ、思い出せ。記憶を呼び起こせ。
そうか、そうだ。
竜が一匹なわけがない。原作でも、各地に竜は存在した。
そう、こいつらは――。
「グォオォオォオォオン」
俺たちの目の前に、全く同じ竜が下りてきた。
瓜二つだ。
こいつらは番だった。
半身を失われた竜が、俺たちを睨んでいる。
復讐に燃える魔物、俺たちが勝てるわけもない。
「……ヴァイス」
「……ああ」
流石のアレンでもわかったらしい。
もう俺たちの魔力は毛ほども残っていない。
剣を構えることもできない。
立ち上がることすらできない。
竜は、口を大きくあけて魔力を漲らせた。
喉奥に赤い炎が見える。
ああ、こいつはこれに向かって駆けたのか。
やっぱりすげええな。
アレンの瞳に怯えは一切ない。
「……ヴァイス、君と話した後、色々考えたんだ。僕がいかに理想を語っているのか」
ああ、そうだな。
わかってる。
けど――
「僕が間違――」
「言うな」
「……え?」
「お前はそれでいい」
ああ、最高の
じゃあな――。
「――蜥蜴如きが、一丁前に復讐者きどりか」
次の瞬間、竜は口を
空中から颯爽と現れ、剣で蓋をするように切り裂いたのは、燃えるような赤髪、ミルク・アビタスだった。
「俺の生徒に何してんだゴラァ!!!!」
そして間髪入れずにダリウスが森から現れると、大剣で竜の腹部に叩きつける様に攻撃を放った。
俺たちとのとは違う。破壊力が凄まじく、肉を切り裂き骨に到達どころか、骨を破壊する音が聞こえる。
だがそれでも竜は身体を翻し、瞬時に上空に駆けあがろうとした。
こいつらはわかっている。空が自分の
上がりきってしまえば、炎を放ち森を焼き尽くし、それでも敵わないなら姿を消すだろう。
それが竜、卑怯で狡猾だが強い――。
「逃げ出すのは、よくないわねえ」
だがその上、先に空を飛んでいたのは、銀髪のストレートヘア、最強の女神、エヴァ・エイブリー。
「はっ、ははっ」
気づけば笑っていた。俺は強くなった、強くなったが、化け物たちにはまだほど遠い。
だが俺はもっと強くなれるはずだ。
お手本たちが、目の前にいるのだから。
「後輩を虐めた悪い子は、さようなら」
そしてエヴァ・エイブリーは、竜の頭部にそっと触れた瞬間、魔法を放った。いや、正しくは
静かで、ただ淡々と魔力を感じただけだ。
そして竜は断末魔をあげることもなく浮力を失って堕ちると、轟音を響かせた。
何をしたのかすらわからない。だが、一撃で竜の命を奪い取った。
「ヴァイス!」
「ヴァイス様!」
「ヴァイスくん!」
ああ、意識が朦朧としてきやがった。
シンティアとリリス、カルタの声が聞こえる。安心すると人は眠くなるってのは本当なんだなァ。
「アレン!」
「アレン!!!」
デューク、シャリー。
二人がアレンに駆け寄っていく。
ああ、いいなァ。
俺が見たかった光景だ。
最高だ。
最高のシーンだ。
「ヴァイス、あなたのことを心から愛しています。だからどうか、死なないでください……」
「ああ……俺も……」
シンティアが俺を膝に乗せてくれている。
わりぃな、
これからどうなっても、お前には渡さねえからよ。
俺は、悪役だ。
ヒロインを奪うくらい、許されるよなァ。
「――ヴァイス、よく生き延びたな」
最後のミルク先生の声の後、俺は完全に意識を失った。
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