017 一人目の退学者
暗がりの校庭、まだ自己紹介も終えてもいない俺たちは、拳、いや剣と魔法で語り合った。
体力というよりは気力を使い果たし、ほとんどが満身創痍で、項垂れている奴もいる。
俺を除いてだが。
「そこまでです」
今にも人を殺しそうな冷たい目をしたクロエが、一人の生徒に視線を定めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は昨日、夜遅くまで訓練し、魔力を使い果たし――」
「言い訳は結構です。荷物をまとめてください。馬車はこちらで用意します。お疲れ様でした。――ルイ・ミーセント」
その場にいた全員が言葉を失う。
入学早々に退学、そんなことありえるわけがないと思っていたのだろう。だがクロエの淡々とした物言いは嘘ではない。
テストは模擬試験と同じで1vs1だった。
俺は全勝、リリス、シンティアも。
少しずつ全員のポイントが目減りしていく中、俺たちだけは順調に増えていった。
面白いことに、ルイを地獄に突き落としたのは、アレンだった。
あまりにも皮肉だが、一方で仕方ないとも言える。
なぜなら、アレンも負ければ退学だったからだ。
だがそれがまた主人公らしくも思えた。
世界の強制力か、見えざる手に首を掴まれているのかもしれない。
だが今は勝利の喜びよりも、ルイの心配をしているみたいだが。
「クロエ先生、撤回してください! 彼は確かに魔力がほとんどありませんでした! こんなの、フェアじゃないです!」
「あらアレン、そう思うのならあなたのポイントを全て付与することも出来ますが、そうしましょうか? 当然、あなたには消えてもらいますが」
それでも必死に食い下がろうとしたアレンだったが、シャリーが急いで止める。これ以上逆らうと本当にそうなるだろう。
ルイはその場で項垂れるが、次第に顔が鬼のような形相に変化していく。
「僕はミーセント家の長男・ルイだ……この学園に誰よりも貢献しているミーセント家だぞ! わかってるのか!」
「知っています。ただあなたが落ちこぼれだった、それだけです」
その無情な一言が、ルイの心を完全に折った。
だが俺も驚いていた。
ルイは落ちこぼれじゃない。それどころか、トップクラスにまで上り詰める素質を持っている。
原作でも優秀な成績を収めるどころか、上位で卒業していた。
おそらく、いや間違いなく俺の存在のせいだろう。
俺は本来、ルイに大量のポイントを奪われていたはず。だがそれがなくなったことで、シナリオがぶっ壊れた。
アレンが叩き落とすことになったのは滑稽だが……くっ、くっくっ、これは面白い。
もはや俺の知っているノブレス学園ではないということだ。
「では今日の授業はこれで終わりです。自宅に帰る人は馬車を用意できますが、気力がない方は外来者用の寮を使用しても構いません」
クロエがその場を後にすると、項垂れたルイを横目に一人、また一人とゆっくりと動き出す。入学初日とは思えない雰囲気だが、俺は愉快だった。
ポイント制度、切磋琢磨でお手て繋いで仲良くなんかより、ヒリヒリしているほうがいい。
やっぱり俺は、ヴァイス・ファンセントなのかもしれない。
「ヴァイス様、行きましょうか。ちょうど夕飯の時間ですよ」
「……シンティアは怖くないの?」
「何がですか?」
「ええとその……一人退学になったんだよ?」
「負けたのなら仕方ないですよね」
「私も同感です! お腹空きましたー」
驚いたことに、シンティアとリリスは平気な顔をしていた。
俺の想像より何倍も気が強いらしい。
でも、なぜか二人がより好きになった。
寮は貴族たちが生活水準を落とさずに過ごせるようにか、普通の学園と比べて高水準な施設が揃っている。
最新鋭の魔術を使用したライトや魔法自動扉、さらに湯舟まで。
ノブレス学園は三学年、名称は、上級生、中級生、下級生に分けられる。
三つの棟、更に男女で分けられている。
これだけでどれだけの大きさなのかが大体わかるだろう。
ただ食堂やミーティングルーム、共有の施設も多い。
それぞれの棟は横に繋がっているが、手の甲に施された魔法印がカードキーの代わりのようなものになる。
荷物は既に運ばれているので、俺たちはまず空腹を満たすため、食堂に移動した。
夜遅くなったからか、上級生の姿はない。大きなテーブルと椅子が大量に並べられている。
常駐している給仕に声をかけ、適当に食事を頼む。
ただ流石ノブレス学園だ、パン、肉、食材一つとっても高級なものばかり。
一つ言うならば、もう少し蛋白質を増やして、塩分は抑えてほしい。
ちょっとだけゼビスが恋しくなった。
「そこそこ美味しいですわ。うちの料理人よりは落ちますけど」
「これが全部無料だなんて……嬉しいです!」
リリスの言う通り、在校生が快適に過ごす為の施設は食事も含め全て無料だ。
他にも身体を鍛える場所だったり、自習室も利用可能だ。
静かな時間が続いていたが、やがて同学年の連中がやってきた。
どれもクロエのテストで優秀な成績を残していた奴らばかりだ。神経が図太いのだろう。
だがその中に、アレンとシャリーの姿もあった。
何を話しているのか聞こえないが、食べないと元気にならないよ、とかだろう。
彼女、シャリーは子爵家の令嬢だ。
ひょんなことから知り合った平民のアレンの事が気になり、ここまで押し掛けた幼馴染的なポジション、だった気がする。
「そんなに気になるんですか? 彼――アレンのことが」
その時、シンティアの言葉で気づく。
意識してるんだなァと思いながら、微笑んだ。
右手の甲には、他人から奪ったポイントと合わせて2500と表示されている。
対してアレンは、ギリギリの100くらいだろう。
俺はまだ――決めかねていた。
その時、リリスがポケットからハンカチーフを取り出そうとして、金貨を落とした。この世界では結構な大金だ。
それを拾い上げたあと、ふと彼女が以前言っていた言葉を思い出す。
――ちょうどいい。
「リリス、ちょっと借りていいか?」
「はい? 構いませんけど、何するんですか?」
「運試し」
表が出れば、アレンと卒業まで仲良くして破滅を回避しよう。
裏が出れば、アレンのことを真正面から叩き潰し、何もかもぶっ壊す。
どっちに転んでも、面白い。
俺は金貨を親指に乗せて、ピンと弾いた。
心地よい音が響き、天高く舞い上がる。
この世界の通貨は、表に王国の城が描かれている。
その反対、裏は最強の象徴である竜だ。
だが俺は力加減を間違えてしまったのか、金貨は綺麗な直線を描くことなく横にそれてしまう。
受けそこなったコインは地面に落ち、ころころと転がって、ある男の靴に衝突、くるくると踊った後に倒れた。
それを拾った男は、俺の近づいて爽やかな笑顔を見せる。
屈託のない笑み、人懐っこい愛嬌のある顔、無性に苛立ちを覚える。
「ヴァイス、落とし物だよ」
「ありがとう、――
手渡されたコイン、竜が、俺を睨んでいた。
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