018 返事は、はいだ。

 当然だが、この世界に魔法学園は一つじゃない。

 それこそノブレス学園のような施設はいくつもある。


 ただ他国と比べると圧倒的な違いがある。それは、広大な敷地面積だ。

 修練所として使用可能な場所は、国が自ら進んで提供している。


 山、川、果ては砂漠までもが敷地になっており、これにより実践を想定した大胆な訓練が可能となる。


 これはすべて、有能な人材を選別する為、そして来たるべき時に・・・・・・・備えてだ。


 深い森、漆黒の訓練服に身を包んだ俺たちは、魔力を足に漲らせ、高速移動魔法で駆けていた。


「シンティア、リリス、左右から挟み込み敵の気を引け、フラッグは俺が取る」

「承知しましたわ」

「了解です」


 俺の命令で、二人が左右に散る。


 俺は足を止めると【魔力感知】で位置を二人の把握しながら、秒数を数えていく。


 ――5、4、3、2、1。


 巨大な魔力がぶつかり合った瞬間、俺は再び駆けた。


 視線の先、目標である竜のフラッグを見つけるが、寸前で違和感に気づく。

 高密度に覆われた魔力糸マジックスレッドが、あたり一面に展開されていた。


「……シャリーか」


 粘着性のある特殊な魔術が付与されている。

 触れると身動きが取れなくなるだろう。


 ――俺以外はな。


 魔力を高めて、全身を闇と光の加護魔法で覆う。

 俺が編み出した独自魔術だ。


 敵の魔力を無効化しながら、加護の癒しを術者に与え続ける。


 草木を跳ねのけるように罠を取り払うと、フラッグを手に取ろうとした。


 だが――。


「――させないよ。ヴァイス」


 上空から現れたアレンが、手加減一切なしで俺の脳天に剣を振りかぶる。

 瞬時に回避するが、地面に叩きつけられた衝撃で、地面が抉れて轟音が響く。


 訓練用の木剣だが、魔力が通っている場合、破壊力は刃物とさほど変わらない。


 この躊躇のなさは少し笑えるが、相手が俺だからだろう。


 コイツを放置して旗を奪い取るのは容易いが――。


「来い」


 携帯していた小刀を取り出すと、微力の魔力を流し込む。

 俺の手加減に気づき憤慨したのか、アレンは一直線に駆けてきた。


「ハァッ!」

「――その程度か?」


 鈍い、鈍すぎる。


 主人公ってのはもっと強いんじゃないのか?


 だが首を狙って気絶させようとした瞬間、アレンは三倍ほどの速度で動いた。


 ――これだ、なんでコイツは弱いくせにこの反応ができる?


 ……気に食わない。


 それからもアレンは、何度倒れても向かってきた。


 決定打の時だけ、こいつは回避しやがる。


 しかし――。


「終わりだ」

「――え!?」


 脇腹に拳で一撃。

 悶絶するアレンをよそにゆっくりとフラッグを手に取る。


 その瞬間、魔法花火が上空に撃ちあがった。


『試合終了、ヴァイス隊の勝利です。校庭に集合してください』


 空に放たれていた魔法鳥が、勝利の言葉を叫ぶ。

 

「ハァッハァッ……さすが……ヴァイ……ス……」


 苦しそうに倒れ込んでいるアレンに、俺は声をかけることもせずその場を後にした。


 ▽


 魔法隠密訓練一位、ヴァイス・ファンセント。


 魔法追跡訓練一位、ヴァイス・ファンセント。


 魔法防衛訓練一位、ヴァイス・ファンセント。


 ――足りない。


 全然足りない。


「ヴァイス・ファンセントに500ポイント追加」


 クロエが、いつものように淡々と成績を読み上げる。


 入学式を終えてから一ヵ月が経過していた。


 今の時点で退学者は十人、その内の七人は、俺が直接引導を渡した。

 半分以上が原作では卒業していた奴らだ。

 だがある程度期間が過ぎると、すぐにゼロになるシステムではない。


 成長段階の事も考えられたシステムになっている。


 俺の右手のポイントの数字が変動、5700と表示された。


「またヴァイスかよ、あいつ、マジでヤバくねえか?」

「強すぎるだろ。努力もしないで才能でよお」

「間違いなく卒業するだろうな……」


 雑魚どもがよく吠えるが、どうでもいい。

 卒業なんて当たり前、それ以上のことを達成しようとしているのだから。


 俺が退学させたいのはアレンだ。

 だがあいつは、ギリギリになるといつも底知れぬ力を発揮し、何度も窮地を脱出している。

 取り巻きのシャリーの存在、そして原作通りの仲間たちが、あいつを助けていることも関係しているだろう。


 それに日々強くなっている。腹立たしいが、それはそれで面白いなと感じたりもする。

 ――複雑な気分だ。


「シンティア、リリスに300ポイント。続いて、アレンに150、シャリーに100、デュークに50」


 他人のポイントをいちいち計算する必要はなく、週に一度、序列が公表される。

 当然俺は一位だが、アレンは徐々に順位をあげていた。


 ゼロになると退学という分かりやすいシステムだが、それだけだと上位を目指す理由にはならない。


 面白いのは、このポイントシステムが飴と鞭で出来ていることだ。


 数値ごとにランクが決まっていて、最高ランクがS、そこからA、B、C、D、Eとなる。

 俺は現在C級だが、上級生になるとB、Aが増えてくる。


 C級になると特権で個室が与えられる。それ以下は集団部屋だ。

 ノブレス学園に金がないというわけではなく、あえて不満を溜めることで生徒のやる気を向上させる。


 ポイントは筆記、魔法学、模擬テストによって増えていくが、全てにおいて一位を取り続けるのは俺であっても簡単なことじゃない。

 ノブレス学園だって、強い奴だけが欲しいわけじゃないからだ。


 とりわけ一番手っ取り早いのは対抗戦だ。


 直接ポイントを取り合うことができるし、一定の期間を過ぎれば上級生と戦うこともできる。


 退学のリスクがあるので、常に行われているかというとそうではない。


 だが俺は違う。大勢を地獄に突き落としてでも、上にのし上がってやる。

 なぜなら在学中にS級に到達すると飛び級で卒業が可能なのだ。


 今まで到達した奴は存在しない。

 だが俺はそれこそが破滅への一番の回避だと思っている。


「ごめん、僕がまたヴァイスに負けたからだ……」

「気にしないでアレン、次勝てばいいのよ」


 俺に負けたことがショックで項垂れるアレンに、シャリーが慰めていた。二人を見ていると、微笑ましい気持ちが浮かぶ時もある。

 ああ、原作通りだ――と。


 だが次の瞬間、激しい憎悪も湧き出てくる。


 その時、一人の男が、俺を見つけて興奮気味に歩いてくる。

 ドシドシと地面が揺れそうだ。


「ちきしょー! ヴァイスてめぇ、マジで二週目だろ!」

「脳まで筋肉になったのか? デューク」


 ビリアン家の長男、デューク。

 短い黒髪、学生とは思えない大柄の身体に、盛り上がった筋肉。

 身体強化を得意とするビリアン家は、優秀な騎士家系だ。


 攻守ともにバランスは良いが、遠距離が弱いという弱点があった。

 

 そう、だった・・


 今のデュークは、魔法武器を錬成する創造魔法を習得した。

 俺に一度ボコボコにやられた後、力だけじゃ勝てないとわかったのだろう。


 これも大きな改変の一つだ。


 いちいち絡んで来る面倒なヤツだが、わかりやすい分、アレンよりは嫌いじゃない。


 そして視界の奥では、ビクビクと白髪の小さな女の子が、クロエに怒られていた。


「カルタ、あなたは恵まれた才能を持っています。筆記、魔法学はトップクラスなのですよ。ですが次の実践テストで点数を取らなければ退学です。わかっていますか? 逃げてばかりでは何の為に入学したのかわかりませんよ」

「は、はい……」


 彼女は、非常に珍しい飛行魔法を習得している。


 更に無属性が故に凄腕の魔法使いですら扱いが難しく、俺ですら習得はまだ出来ていない。


 だがカルタは性格が弱気で、チャンスがあっても勝機を掴めない。


 原作通りならば、彼女は次の試験で退学となる。


 そしてその悔しさをばねに、本来隣にいる親友が本気になって卒業を目指す、というサイドストーリーだ。


 だがそいつはもう、既に俺が退学にさせてしまったが。


 彼女を見ていると、非常にもったいない気がした。


 誰も届かない高みに到達できる可能性を持っているのに、勇気を出そうとしていない。



「ねえカルタ、早いとこポイント全損してくれない?」

「え……」


 その時、同じ部屋の女からカルタが嫌味を言われていた。

 同じD級だ。カルタが消えれば一時的に個室になるのだろう。だからこそ消えてほしいのだ。


 確か、原作でもこんな虐めのシーンがあったな。


「どうせやる気もないし、親の手前来ただけでしょ? あんたのうざかった親友もいなくなったし、これでハッキリ言えるわ」

「……なんでそんなこというの?」

「落ちこぼれ同士で傷舐めあってんなーって、思ってただけだけど?」


 仲間同士でぎゃははと笑い、カルタを馬鹿にする。


 その時、俺の心が少し揺れ動いた。


 ただ、それに身をゆだねることは、ヴァイス・・・・が許さない。


 そんな甘えは許されない。


 俺は、俺であるべきなのだと。


「そういえばヴァイス、次の試験は私とペアでいいですよね?」

「シンティア令嬢、次は私ではないんですか!?」

「……いや、もう決まった」

「「え!?」」



 二人を残して、俺は歩く。


 そして静かに声をかけた。


「底辺の争いほど醜いものはないな」


 怯えた少女、希有な魔法使い、本来は退学になるカルタ。


「ヴァイスじゃん……やばいよ」

「まずいって、ねえ行こ」

「……ふん」


 去っていくいじめっ子どもの背中は、もう一つの未来の俺に見えた。


「なんで……助けてくれたの」

「助けたんじゃない、バカにされても声を上げない弱虫を見ているのが嫌だっただけだ」

「……なんでそんな言い方……」

「その通りじゃないのか? あいつらはお前のことが嫌いなんだ。だから嫌味を言ってきた。それを大人しく聞いている姿を見ている俺の身にもなってくれ」

「み、みなければいいじゃない……」


 それはそれで正論かもしれないが、まあいい。


「次の試験、お前は間違いなくポイントがゼロになる。なぜかわかるか?」


 カルタは長い間無言だった。しかし、ゆっくりと口を開く。


「……タッグ戦だから……」

「そうだ」


 次の試験はもう公表されていた。

 

 二人組を作って戦うタッグ戦。


 ノブレス学園の実践テストは、個人戦以上にチーム戦のが多い。

 これもすべて将来の為だ。

 求心力のない人間が、上の立場に立てるわけがない。


 仲間を集めることも、学園での勉学の一つということだ。


 それに次のタッグ戦は、今までで一番重要度が高い理由・・がある。

 俺もこのままでは良くない、それもわかっていた。


 だから――。


「俺と出ないか?」

「……え、ええ!? え、!? な、なんで私なんかにヴァイス……くんが……?」


 落ちこぼれ退学間近のカルタと、下級生首位の俺、確かに不釣り合いだ。

 だがそれは、ポイントだけの話。

 上っ面だけを見てもしょうがない。


 彼女は天才だ。俺はそれを認めている。


「お前の飛行魔法は素晴らしい、埋もれるのが惜しい」

「……そんな……でも……」


 悩んでいるのか、それとも怯えているのか。


「勘違いするなよ、俺は何も助けようとしてるんじゃない。お前とペアを組んだほうが効率がいいと思ったからだ」

「そう……だよね」

「ああ。……それと俺に飛行魔法を教えてくれないか? その……何度やってもできないんだ」

「え、ヴァイスくんが……練習してるの?」

「いつも真っ逆さまだ。危うく死にかけた時もある」


 そういうと、カルタは少しふふっと笑った。

 いつも平然としている俺がそんなことをしているのが笑えるのだろう。


「……お前の親友を退学させたのは俺だ。それはわかってる。だけど真っ当な勝負だった。だがお前まで落ちると彼女はどう思う? それでいいと思うか? あいつらを見返したくはないのか? 俺ならお前を上手く使える。だがお前も、俺を上手く使えばいい」


 俺の行為は、原作を間違いなく破壊する。

 特にカルタの魔法は強力だ。

 危険な行為だが、俺は俺の道を行くと決めたんだ。


 カルタは怯えながらも身体の震えを止め、杖を強く握りしめていた拳をふっと解く。

 そして、俺に顔を向けた。


「……わかった、ヴァイスくん。私で良かったら……お願いします」

「ああ、だが俺と出るからには一位を目指す。試験まで時間がない、今日から朝まで特訓するぞ」

「え、えええ!?」

「返事は、はいだ」

「は……はい!」


 ……なんか俺、ミルク先生に似てきてないか?



 同時刻、ミルクがとても可愛らしいくしゃみをしたとか、してないとか。



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