第7話 初夜


 大人の階段を一歩のぼってしまった俺は、テントの中で興奮して眠れなかった。


 狭いテントは二人が横になるのがやっとで、すぐ隣にはジュリアがスヤスヤと眠っている。

 薄暗いランプの光に照らされる彼女の寝顔がかわいい。

 胸のドキドキが彼女に聞こえてしまわないか心配だ。

 ここは、さらに大人の階段を上るべきだろうか?

 でもキスの次のステップてなんだろ? 手は繋いだしな。


 そうだ! ツンツンしてみよう! 父さんはいつも母さんにツンツンして怒られていたけどね。


 俺は、心臓が口から飛び出そうなほどドキドキしながら、眠っているジュリアにツンツンしようと彼女のふっくらおムネに震える指を伸ばした時――


「ママ……」


 ジュリアの口から洩れた言葉に伸ばした腕がピタリと止まる。


「ママ……」


 彼女の閉じた目尻から一筋の涙が落ちる。


 くっ、俺は何て自分勝手なんだ。

 ジュリアは一生懸命育ててくれたお母さんを置いて独り家を飛び出したから、後悔や不安でいっぱいだろうに、俺は自分のことばっかり考えていた……。


 俺は自己嫌悪に陥って、ジュリアに背を向けると膝を抱えて丸くなった。

 俺の弁当を全部食べてしまったのも、きっとお母さんの手料理を思い出していたんだろう。

 何ならおにぎりも全部あげれば良かったよ。なんて気が利かないんだ俺は。

 明日は今日より優しくしてあげよう……。




「んん……明るい……」


 気づくとテントの中に朝陽の木洩れ日が入り込んで俺の顔を照らしていた。


 どうやら、昨日一日いろいろな出来事があって疲れていた所為か、いつの間にか寝てしまったようだ。

 ふふ、女の子と同じ寝床で一夜を共にしてしまったよ。

 これって一歩大人になったってことだよね?

 モーニングコーヒーでも淹れたいところだけど、生憎あいにくコーヒーは無いんだよね。


 そんな大人気分を横になったまましみじみ味わっていると、ふと背中に温かく柔らかいものが当たっているのに気づいた。


「ケント……」


 首筋に何度もジュリアの温かい息が吹きかかってきて、その度にゾクッと身体が震える。

 くっ、これは……誘われている!? 


 朝のお目覚めキッスのおねだり……。

 父さんと母さんがよく朝にやってるやつだ。

 ジュリアったら意外に甘えん坊さんなんだな。

 ドキドキするけど、俺も男だ。女の子に恥をかかせる訳にはいかないよ。


 俺は覚悟を決めて、ジュリアの方に向き直ると、こちらに顔を向けあどけない表情で目を閉じている彼女の小さな唇を見つめる。


 父さん母さん……俺は大人の階段を上ります。


 俺は彼女の肩に手をそっと置いて、ゆっくり顔を近づけ、お互いの息が感じられるまでになった時……なぜかジュリアの目蓋がゆっくりと開き、お互い無言で見つめ合うこと数秒――


「えっ……ケント!? きゃぁぁぁぁぁっっっ!」


 俺はジュリアの全力両脚キックを無防備な腹に食らうと、哀れ狭い三角テントの隅に挟まれ、まだ怒りの収まらぬ彼女の蹴りがこれでもかと俺を襲い続けた……。

 俺の悲鳴とジュリアの罵倒が続くなか、テントが崩壊すると、ようやく彼女も我に返ってくれた。


 父さん母さん……寝起きの女の子は怖いです。



「ふんっ、ケントが悪いんだからね! 乙女の寝込みを襲うなんて、最低、変態!」

「ち、違うよ! 俺はただ、お目覚めのチュウを……」


「ほらっ、やっぱり! 変態ケント!」

「うっ……ごめん」


 やはりジュリアに口で勝てる気がしない……。




 そんなドタバタな朝を迎え、しばらく彼女は口をきいてくれなかったけど、王都への出発の準備を終えると、けろっといつものジュリアに戻っていた。


「準備はできたわね! さあ出発よ! 変態ケントっ」

「ねえ、その呼び名やめてよ! 誤解なんだから」


「ケントは変態なんだから、変態ケントでいいの!」

「ええぇ!? 絶対に人前ではやめてよね!」


「ふふん」

「くっ」


 やっぱりジュリアに優しくするのはやめよう……かな。


 こうして俺とジュリアは朝の澄んだ空気のなか、王都へ向けガヤガヤと広い平原を歩き出した。


 今日の日暮れには、乗り合い馬車のある隣村まで着けるといいのだけど。


 前途多難だ……。

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『おいドラゴン!俺の寝技くらいやがれ!』~きまぐれサブミッション~ 八万 @itou999

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