ぷらせぼ

ある小さな町に大型ショッピングモールが建設されようとしていた。

突然の建設計画に驚き慌てふためいたのは、その町の商店街の人々である。

建設を巡って、商店街とショッピングモールの経営陣とで戦いが始まった。


「我々としては、長年この町を支えて来られた商店街の皆様と協力をして、この町の更なる発展に尽力していきたい所存であります」


建設にあたって、地域住民へ対しての説明会で運営陣のトップは弁をふるった。

しかし賛同の拍手はなく、壇上のトップに対して敵意の目が向けられる。

その敵意の中心となる人物、商店街を取り仕切る鈴木すずきは立ち上がり、声を張り上げた。


「そんな建前に屈する俺たちじゃないぞ!」


鈴木の言葉に商店街のメンバーは大げさなほどの拍手を送り、『そうだそうだ』と野次が飛ぶ。


「皆様のご意見はごもっともです。そこで我々は一つの提案をご用意いたしました。当ショッピングモール完成の暁には、皆様に優先的な出店権を差し上げたいと考えております」


この言葉を受けた商店街のメンバーは、味方の出方を探る様に顔を見合わせる。

その様子を見たトップは、追撃とばかりにさらなる提案を重ねた。


「本来であれば毎月賃料として、月の売り上げ内10%をお支払いいただく所を、2年間は8%と致します」


鈴木を含めた商店街メンバーは、8%が高いのか低いのか相場が分からない様子で、周りに座っている人に耳打ちで何かを尋ねているが、皆は総じて首を傾げるばかり。

会場のざわつきが収まりかけたところで、時計屋の店主の山田やまだが質問を投げかけた。


「では、仮に売り上げが月20万円なら、1万6千円払えばいいのかい?」


山田は鈴木と正反対の人間で、いつも大人しく思慮深い。鈴木のように感情で喚き散らす姿を見た者はおらず、好々爺こうこうやという言葉がしっくりくる男だ。

目立って意見することはないが、困った時は鈴木でさえ山田に意見を伺うことがある。


「ご質問ありがとうございます。結論から申しますと、そうではありません。詳しくは資料を見て頂きたいのですが、売り場面積に応じて賃料は変動します。弊社は【最低保証売り上げ方式】を採用しており――」


トップの言葉に商店街のメンバーは一斉に資料に目を落とす。

そしてトップの話が終わる前に鈴木が食って掛かった。


「坪単価10万だと!? ふざけるな」


鈴木の言葉を理解できないメンバーが数人、鈴木に説明を求める。


「つまり、1坪当たり10万を払ったあげく、売り上げの8%を毟り取ろうって言ってんだ! 売り上げが低くても5坪の店を構えたら毎月50万払えって言ってんだよ!」


鈴木の説明を聞いて、場は騒然とした。

一斉に「横暴だ」、「そんな大金を払う資金はない」との声が飛び交う。

そして、説明会は怒号が止まぬまま終わりを迎えた。


説明会から2ヶ月が過ぎ、ショッピングモールの建設が始まった。

ショッピングモール側は、鈴木ら商店街メンバーの建設反対の声に全く意を介さず、建設を強行したのだ。


商店街のメンバーを中心に建設反対の署名活動を行うも、地域住民からの支援は少なく、集まった署名は町民の1割にも満たなかった。

鈴木らは役場に相談をしたが、「民間同士の話なので行政は口出しできない」と取り合ってすらくれなかった。

騒ぎを聞きつけたマスコミがトラブルを取り上げたこともあったが、それも数日のうちに話題から消え、商店街メンバーの半数以上が店じまいの計画を立て始めた頃、反対活動にあまり参加していなかった山田が、突然皆を招集したのだ。

時刻は20時。古びた公民館の会議室に商店街メンバーの最後の一人が入室したのを見計らって山田が話を始める。


「お集まりいただきありがとうございます。私から一つ提案があります――」


山田が話を終えると、皆の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


翌日、商店街のメンバーは黒いローブの様な衣装を身にまとい、建設現場の向かいの公園に集結した。

総勢20人の黒い集団。彼らは建設現場に視線を向け、手を合わせたまま何時間と拝み続けたのだ。まるでカルト集団の儀式の様に。

初めのうちは笑ってバカにしていた作業員も、その儀式が1週間も続くと気味悪がって視界に入らないように作業を行うようになっていた。


そして10日が過ぎたころ、その儀式を一番近くで見ていた警備員が退職を申し出たのだ。そして新たに採用された警備員も次々に退職をしていく。

そんな矢先、建設現場で転落事故が起きた。

救急車がけが人を収容したところで、現場監督の目に彼らの姿が映った。

いつもの儀式とは違い、天に両手を突き出し、皆が笑っていた。

その様子は大勢の作業員も目にしており、いつしか「住民の呪いだ」と言う者が現れ始めたのだ。


そこから、ことあるごとに「呪いだ」と騒ぎ立てる者が増え、いつしか作業員の退職者が増えていった。

そして、そのことがネットで話題になり、住民側を応援する者が現れたこともあり、大型ショッピングモールの建設計画は白紙になった。


「山田さんのおかげだよ。よくあんな方法を思いついたもんだ」


鈴木は山田のお猪口に日本酒を注ぎながら言った。


「テクノロジーが進んでも、幽霊や呪いってのは誰しも怖がるものですよ。今も昔も悪い出来事があるとオカルトに結び付けてしまうからね。

偶然起きた事故も呪いになり、ちょっと風邪をひいただけでも呪われてると思えば悪化する……要は意識させるだけで勝手に悪い方向へ進んでいくってことです」


「なるほど。夜道を歩いていて怖いって思った途端に、後ろに誰かが立っている気がするようなもんですね。でも、俺はてっきり山田さんは建設に賛成してるもんだって思ってましたよ」


鈴木の一言に山田は酒を置いた。


「まぁ……正直なところ、はじめのうちはショッピングモールの建設も時代の流れかなと思っていましたよ」


鈴木はと言った顔で山田に問いかけた。


「じゃぁなんであんな提案を?」


山田は再びお猪口ちょこに口をつけて言った。


「あいつらが、うちの出店を断ってきたんでね」




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ループスープ ゆきなる @MPIB

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