水頭症とアルコール

 以前はかなりの大酒飲みだった。


 だいたいワインだとボトル2本、ビールだったら6缶は堅い。ウィスキーなら概ねボトル1/3から半分くらい。

 その頃(2021年頃)の測定ではγGTPの値が1400だったと記憶している。

 γGTPの正常値が50以下だから、これは常軌を逸している。

 当然翌朝は二日酔い。胃がムカムカするし、実際に朝吐いたことも1回ではない。だいたい週に2、3回は吐いていたように思う。


 さすがにこれはまずいという自覚は僕にもあった。


 僕の本職は外資系IT企業の管理職だ。ソフトウェアのプロジェクト・マネージャーから始まって、最後の頃はプログラム・マネージャーとかデリバリー・マネージャーをやっていた。

 ついでに言うと途中でライン・マネージャーをやっていたこともある。ライン・マネージャーというのは要するに従業員を管理するお仕事だ。目標管理から始まって、お給料の査定やらボーナスの査定やら勤怠管理やら。チーム内の紛争を解決するハメになったこともある。

 僕は某北欧系大企業(みんな知っているかな? ノキアという会社だ)でドコモ向け3G電話を一機種出荷したのちに会社の勧めに従ってここのライン・マネージャーを務めていた。


 プロジェクト・マネージャーやプログラム・マネージャーはざっくり言うと開発会社とその依頼主(要するにお客様だ)のあいだで板挟みになるのがその任務だ。そのために自分のチームなりお客様なりを説得してなんとか納期中に製品を出荷する。

 ライン・マネージャーの場合はこれが従業員と本社との板挟みになる。まあ、どっちもストレスフルな板挟み業務だ。どちらも相当にキツい。

 一度チームメンバーを一人解雇したことがあったのだが、これはかなりしんどかった。

 だってさあ、その子は管理職である僕よりも高いお給料をもらっていたんだもの。そんで仕事はほとんどできない。その割には妙に弁が立つ。

 結局彼女はユバスキュラに異動していったのだが、これは本当にしんどかった。


 外資系ではこういうことがたまにある。

 目標管理とかは口八丁で切り抜けて、査定が終わると遊んで暮らす。

 もし、今後外資系でバリバリ言わせてガンガン給料を稼ごうと思っているのであれば、実務以外に英語での討論をしっかり学んだ方がいい。要求される単語力は約2万。これを突破しないと外資系ではやっていけない。

 日本では仕事ができればちゃんと昇進していくけど、外資系だと多くの場合はそうはならないのよ。ただくすぶるだけ。自分のキャリア・パスをちゃんと考えて転職するなり配置転換してもらうなりしないと、お給料は入社した時のまま横ばいになる。

 僕はそういう例を沢山見てきたから自信を持ってそう言える。

 スキルは絶対に必要だ。でも自分の上司を説得できなければ早晩くすぶる。ライン・マネージャーのお仕事では多くの場合、昇給予算がつけられる。これを上手に配分するのがライン・マネージャーのお仕事の一つなのだが、これができない日本人は意外と多い。

 結果、先の仕事は出来ないけど高級取りみたいな外国人に手玉に取られてしまう。


 まあ、そう言うストレスの解消のために僕はアルコールに逃げたんだと思う。

 それも十年以上。

 そんなことをしていたら早晩ガタがくるよね。

 僕の場合、酒量が増えたトリガーには思い当たる節がある。

 先の北欧系携帯電話会社がiPhoneにしてやられたのだ。

 最初はフィンランドのサロ工場が解散の憂き目にあった。ついでユバスキュラ。タンペレとヘルシンキはOS開発の心臓部だったのだが、ここも規模が縮小された。


 ちなみに東京の拠点には六百人以上もの従業員が詰めていた。ただ、東京の拠点は大丈夫だと皆が思っていたため(なにしろハードウェアは軒並み日本製だ。ここにソーシングがないと色々と不幸なことになる)、その時まではあまり危機感はなかったと思う。

 それに入社する時も東京は世界で一番安全な開発拠点だと言われていたしね。


 ところが2009年の十一月にXディが訪れた。

 全社員が雅叙園(ちなみにノキアは雅叙園の隣に位置するアルコタワーの四階、六階、それに十九階を賃借していた)の巨大な会議室に集められ、来年の四月で東京オフィスが閉鎖されるとの通達があったのだ。

 当然その会議室は阿鼻叫喚のるつぼと化した。

 おそらく、ほとんど全員の女性は泣いていたと思う。それほどまでにノキアは社員に愛されていた。


 ところで僕は話が始まってすぐにこっそりと部屋から抜け出ると、僕のヘッドハンター軍団に連絡をしていた。なにしろ六百人のエリート級要員が世に放たれてしまうのだ。一歩先とは言わずとも、半歩先は行っておきたい。

 だいたい、そんなバカ話に付き合うほど僕はお人好しではない。


 ともあれ。そうやって職探しをしている最中も部下が何かと泣きついてくる。それをなんとかして宥めるのは非常に苦痛だった。

 酒量が増えていったのはこれがきっかけだったように思う。

 フィンランド人は酒に強い。それに付き合って憂さ晴らしをしているうちに、どうやら酒量も増えてしまったようだ。

 よく、「一度上がった生活レベルはなかなか元には戻らない」と言う。アルコールについてもそれは一緒で、一度増えたらなかなか元には戻らない。


 一般的にアルコール摂取量と水頭症には密接な関係があると言われている。

 どうやら僕の水頭症はこの頃から始まっていたようだ。

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唐突に水頭症だと診断されました 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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