第15話 気位高き南の王朝(一)
何日か経った頃、冬籟が「藍可が白蘭に珍しい海産物を食べさせたいと言っている。そこに卓瑛と俺も同席して一度情報のすりあわせをしよう」と会食の日取りを伝えてきた。
出向いた青濤宮では大きな円卓が白磁の小皿で埋めつくされていた。部屋に入ってそれを見るなり思わず「うわあ!」と声を上げた白蘭に東妃がほほえむ。
「喜んでくれて嬉しいわ。どうぞ召し上がれ」
白蘭は「はい!」と勧められるまま席に着き、珍しい食べ物を口に運ぶ。目に鮮やかな朱色の海老の餡掛け、白くて透明でもちもちと弾力がある烏賊の膾、滋味豊かな河豚の羹……。
食事を喜んでいるのは卓瑛もそうで、笑顔で冬籟に話しかける。
「私と藍可が冬籟と一緒に食事をするのは久しぶりだ」
だが冬籟は卓瑛の顔を見ず手酌で酒杯をあおる。
「二人が結婚してからは初めてだな。俺は新婚夫婦の邪魔をするつもりはない。今日は白蘭がいるから例外だ」
そして卓瑛が口を開く前に白蘭に「商人、うまいか?」と問いかける。冬籟が話題を逸らして欲しそうだったので白蘭は少しはしゃぎぎみに答えてみた。
「おいしいです! ほっぺたが落ちそう!」
冬籟は白蘭の様子にふっと笑んだが、すぐに少し戸惑ったかのような顔を見せた。
「そうして年齢相応に無邪気に食事を楽しむあんたを見ていると、政治がらみのややこしい話に巻き込むのは不憫な気もするな……」
白蘭はきっぱりと首を振る。西妃の役割は重い。東西交易で潤う民の幸せは西妃の双肩にかかっている。
「私には私の役割があります。そもそもこうして後宮でおいしいものを食べられるのも、その役得なんですからしっかりその役割を果たさなければ」
東妃が「白蘭は大人ね」と褒めてくれ、自身も責任感の強い東妃の言葉が白蘭にも誇らしい。
食事が一段落したところで、最上席に座る卓瑛が「さて。琥の女商人と情報交換といこう」と卓上に肘をついて指を組むと、隣の冬籟も卓から身を斜めにして足を組む。
「あんたは東の妃を疑った。次は南だ」
「そうですね。確かに順番に犯人の可能性を検討していくべきです」
琥は董だけでなく、北の毅国や南の蘇国との直接の取引もある。蘇は湿潤な気候で実り豊かな国で、蘇王家や貴族達も金払いのいい上客ぞろいだ。
「蘇王が西妃の入内を阻むために何か画策していてもおかしくない。何しろ今の蘇王は娘を先帝に入内させて子どもを産ませようとしていたからな。先帝崩御で頓挫したが、今度は卓瑛に嫁がせる気満々だ」
「え、先帝に入内の話があったんですか?」
先帝は若い頃に一度蘇から南妃を迎えていた。今の蘇王の姉だが、確か三年もたたずに亡くなったはず。そして今の蘇王の娘はと言えば……。
白蘭は「ええと、ちょっと待ってくださいよ」と指を数えた。
「蘇の王女、字を
「そうだ」
「ってことは……。先帝はいわゆる小児性愛者というやつだったんですか?」
「あんた……ちょっとは口にする言葉を選べ。例えば……幼女趣味とかだな」
「たいして変わらないじゃないですか」
東妃のくすっと笑う声が聞こえた。卓瑛も苦笑している。
「父帝はそういう方面では普通の男性だったよ。ただ、蘇王家の姫との間に子を儲けることに特別な意味があるから、早くに入内させて機が熟したらすぐにでも懐妊させたいと思ったのだろうね」
「特別な意味とは、今の蘇王家が前王朝の血を引いているからですか?」
「そうだ。さすが商人は主要な取引先の事情に明るいね」
この世界は徳の高い者が天から認められて統治し、その子孫が治世を引き継ぐ。しかし子孫が必ずしも有徳者とは限らない。だから王朝が変遷する。
「前の王朝も最初は天意があったんでしょうけど、末期は統治能力のない皇帝続きで世が乱れて……。だから天命が革まって今の董王朝の創始者が皇帝になったわけでしょう? 今さら董皇帝が前王朝の血筋を気にかけることなんかないのでは?」
「前王朝最後の皇帝は董王朝を認めて禅譲してくれたが、その弟はそうじゃない。南に落ち延び、天命は未だ前王朝にあると主張した。そして元々の蘇王家と婚姻関係を結んで最終的に乗っ取り今に至る」
南の豊饒な土地を拠点にすれば、再び華都を奪還できると考えたのだろう。そして古くからの貴族にも同じ考えの者が多かったのだと卓瑛は続ける。
「多くの貴族が王朝交代期に蘇に逃れた。彼らは書籍や美術品の類をごっそりと持ち出してね。そして豊かな蘇で貴族文化が花開き、蘇の王侯貴族達は伝統的な文化の継承者は董皇帝ではなく自分達だと自任している」
白蘭の口から「あー」と刺々しい声が漏れる。
「その伝統的な価値観とやらのせいで、我々商人も蘇の取引先から見下されてますよ。額に汗して働く農民は尊いけれど、ものを右から左へ動かすだけで利益を得る商人は賤しい職業ってことになってますからね」
卓瑛が「商人だけではないよ」と苦笑する。
「董の皇帝も教養に欠けていると見下されがちでね」
「董の皇帝を見下してるんですか?」
「君子は徳を持たねばならない。そのためには古の聖人の哲学を学び身に着けることが必要だ。ただ、華都より蘇の方が文献や研究の蓄積が豊富なのでね。董は蘇に写本を送ってもらったり、学問を講じる人材を派遣してもらったりしている」
「それで蘇がいまだに董に対して偉そうにしているわけですか。ですが……」
いくらふんぞり返っていようと蘇王は皇帝ではない。だって……。
「天命があるのは董でしょう? だって四神が現れたんですから!」
乱世を制し天下に覇を唱えた者に天意があるかどうか。それはその者が初めて行う祭祀で判明する。天命を受けた皇帝ならば、墳丘で天を祀るとき四方から四神が駆けつけるという瑞兆が起こるのだ。
「琥の言い伝えでも、董王朝最初の祭祀に白虎が華都に出かけて琥を留守にしたって言われてます」
東妃もここで話に加わった。
「漣王が青龍を董にお返ししてから、董の皇帝は青龍を使役しておられます」
卓瑛が愛妻にほほえみかける
「うん、日照りの時に雨を降らせてもらっているね」
「四神がそうして仕えているんですから、董の皇帝が正統なのは疑いようがないのでは?」
しかしながら卓瑛は首を振る。
「当代の蘇王はなかなか大胆な人物でね。その四神を『天意とは無関係のただの妖だ』と言い始めた」
*****
各話ごとの「あとがき」を書いております。「どの部分がどの資料に基づいているか」あるいは「どの部分が鷲生の独自設定かなのか」などについて書いております。何かのご参考になれば幸いです。
→「中華ファンタジー「後宮出入りの女商人」の資料や独自設定など。」
https://kakuyomu.jp/works/16817330659369663557
第15話 「白磁」について
https://kakuyomu.jp/works/16817330659369663557/episodes/16817330659567180704
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