最終話 私のハーレムキング
それから先は、なかなかに大変だった。
お父さん――古橋重工業の会長が、私を自分の娘として迎え入れると公表すると、当然のことながら世間は騒然となった。天下の大企業の会長に隠し子がいたなんて、マスコミからすればスキャンダルとして格好の的だった。
そしてある日、どこからどうやって嗅ぎつけてきたのかは知らないが、一時おじさんの家の周りにマスコミの取材陣が群がった。
何とも困り果てた事態になってしまったが、仕事に行かないという訳にもいかず、イェンさんと連れだって仕事に行こうとしたところを、フラッシュとカメラとマイクの渦に取り囲まれた。
「あなたが古橋会長の娘さんですか」
「お父さんのこと、どんなふうに思っていますか」
「先々はあなたが、古橋グループの後を継ぐことになるんですか」
大勢の人間が私に向かって、口々に様々なことを言ってくる。そのことに腹が立って、つい言い返してしまった。
「うるさいなぁ、もう! 人ん
私のこの一言も、少なからず世間で波紋を呼んだのだが、お父さんは「よく言った」と笑っていた。あと、てっきり会社のイメージも悪くしたんじゃないかってヒヤヒヤしていたのだけれども、「そんな些細なこと、お前が気にしなくて良い」とも言ってくれた。
テレビを見たお母さんの
勤め先のおば――お姉様方からも、あれこれ色々と聞かれたが、適当に受け流しつつ「今までお世話になりました」と挨拶だけしておいた。唯一「色々と大変だったろうけれども、本当に良かったね」と言ってくれた
というのも、色々と環境が変わっていく中で、私とイェンさんの勤め先も変わったからだ。いくら大企業の会長の娘になったとはいえ、無職でふらふらしているというのも、色々と問題があるだろうと思ったし。
私とイェンさんの新たな勤め先は、古橋重工業のベトナム事業部だった。
本来だったら私達がそんな場所で働けるはずもなかったのだが、
それでも、今まで働いていた場所とは何もかもが違っていて、色々と新鮮で楽しかった。同期と呼べるような相手がいないことだけが残念だったが、私が会長の娘であることを差し引いても、色々と良くしてくれる人が多いのは幸せなことだと思う。
一方、イェンさんは元々頭が良かったから、すぐに色々な仕事を覚えて、今では彼女にとって母国である現地ベトナムとの連絡係としてバリバリ働いている。おじさんとの婚姻関係はまだ解消していないようだったが、彼女がおじさんからも私からも「独り立ち」する日は、そう遠くないのかも知れない。
仕事が変わったと言えば、
元々キャバ嬢を続けていくことが難しい頃合いで、そろそろ転職を考えなければと思っていたそうなのだが、お父さんからの口添えもあって会社の面接を受けてみたところ、すんなりと採用が決まったらしい。
お店でも成績上位だっただけあって、巧みなトークで若いながらもバンバン新たな契約を取っていると聞くと、莉奈さんはやっぱり大したものだと思った。あとは実家のご両親と仲直りが出来れば良いんだけれどもなぁ。
その一方で、
「これでようやく自由の身になれたわ」
本当にすがすがしそうにそう言ったのには、訳があった。美琴さん、実は
というわけで、晴れて何の気兼ねも無く天下を往来出来る身になったので、美琴さんは久々の里帰りの後、おじさんの家を出て一人暮らしを始めていた。おじさんや他の人達と一緒にいるのが嫌になった訳ではないが、「やっぱり私は一人の方が楽」なのだそうだ。美琴さんらしいといえば、美琴さんらしいけれども。
そして、おじさんと
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、ここ最近はどんな感じなの?」
数ヶ月ぶりにおじさんの家へお邪魔し、帆夏さんの晩ご飯を待ちながら、おじさんに尋ねる私。
「まあ、おかげさまでぼちぼちとやっとるわい」
暇つぶしに読みかけていた新聞折り込みのチラシをたたみながら、微妙な顔をして答えるおじさん。
以前と同じように、居間の座卓には私のほか、美琴さんや莉奈さん、イェンさんがそれぞれの席に座っている。こうしてみんなで集まるのは、本当に久しぶりだ。
「お前らなぁ……帆夏とイェンはまあ良いとして、他の奴らは何で未だにこの家におるんだ?」
ため息交じりのおじさんの台詞に、美琴さんと莉奈さんがそれぞれ口を開く。
「たまにはこの家での生活が懐かしくなるから、かな」
「そーそー。それに、帆夏さんの手料理が食べたくなる時だってあるからねぇ」
いくら役割分担があったとはいえ、今までは家事を帆夏さんに頼り切りだったこの二人が言うと、なかなか説得力がある。
「私はほら、半分は仕事もあるからってことで」
私がそう言ったのにも、実は理由がある。
いくらおじさんが「困っている女の人を助けること」を自分の使命だと思っていても、今までみたいなやり方だったらどうしても出来ることには限りがあるし、いつかおじさん自身も破綻してしまうことだろう。
そう考えた私がお父さんに相談した結果、古橋重工業における社会貢献策の一環として、女性用の民間シェルターを新たに立ち上げて、その運営をおじさんと帆夏さんに任せることになったのだ。
そのシェルターは、言ってしまえば古いマンションを丸々一棟借り上げて、それぞれの部屋に様々な事情を持った女性達を匿い、住まわせるというものだった。で、おじさんと帆夏さんは古橋重工業に雇われて、シェルターの管理人兼生活相談員をつとめているという訳だ。
そして、シェルターの運営に当たって何か困ったことがないか、順調に運営がなされているかといったことについて、私が時々確認するという名目で、相変わらず私はおじさんの家にちょくちょくお邪魔している。
まあ、おじさんは元々いっぱしの社長だった訳だし、帆夏さんも若い頃には経理の仕事なんかもしていたって聞いたから、二人に任せておけば、だいたいのことは大丈夫なんだけれども。バックアップに
「まあ、私としてはみんなの顔が見られるから嬉しいんだけれどもね」
帆夏さんがにこやかに笑いながら、イェンさんと一緒にみんなの晩ご飯をお盆に載せて運んできてくれた。この二人は今も、おじさんと一緒に暮らしている。
今夜の晩ご飯はあの日と同じだ。ご飯と、豆腐とわかめのお味噌汁。そして肉じゃがと、ほうれん草のお浸し。
「いやー、こうやって帆夏さんの手料理を食べていると、生きてて良かったって思えるなー」
莉奈さんの一言に、思わず苦笑する帆夏さん。
「まあ、美琴さんも莉奈さんもそんなにおうちが離れていないから、いつ来てくれても大歓迎だけれども」
「おい帆夏、あんまりこいつらを甘やかすな」
味噌汁をすすりながら、ぶすっとした顔で呟いたおじさんに、莉奈さんが身体をくねらせてみせる。
「またまた、そんなこと言ってー。アタシらがいなかったら、創太だって寂しいでしょー?」
――あ、おじさん。そこで否定はしないんだ。しかめっ面をしながらも、黙ってご飯を食べている。
「みんなニッポンの家族だから、一緒だと嬉しい」
いつものようにニコニコ笑いながら、イェンさんが言った。本当にイェンさん、日本語が上手になったなぁ。
それにしても、家族かぁ――いや、今は実の父親が一緒なんだから、それはそれで良いんだけれどもさ。イェンさんが言うとおり、これはこれで家族の形の一つなんじゃないかなって、今でも思う。
うん。そこにちゃんと愛情があって、みんなが幸せだったら、家族の形はどんなものでも良いんじゃないかな。そして、どれだけ回り道をしようと、全てが最後には収まるところに収まる――そこに至るためには色々な苦労もあるだろうし、辛くて悲しいこともいっぱいあるだろうけれども、きっとムダなことなんて一つもないはず。
「おじさん」
箸を止め、口の中のものを飲み込み、私はおじさんに言った。
「私、生きてて良かったと思うよ。ありがとう」
おじさんは一瞬ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした後、フンと鼻を鳴らして食事を続けた。今だったら分かるけれども、柄にもなく照れちゃって、このー。
でもね――本当にありがとう、私のハーレムキング。おじさんは確かに、私のことを救ってくれたよ。
Fin.
私のダンナはハーレムキング 和辻義一 @super_zero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます