第16話 オイオイ!まさか、天津飯のアンにケチャップを!?


 話は戦いの前に遡る。ヒンメルはデスマンティスを一目見た後、全戦力を当てないと勝てない相手と想定したため、正面で睨みあっている冒険者以外の周りの冒険者をすぐさま動かし、周りの魔物たちへ当てていた。


 ヒンメルは早々に気づいていた、デスマンティスが攻撃を躊躇していることに。そうなると問題は仕掛けるタイミングだった。このままでは冒険者たちは柵にあたってしまいそれが壁となり蹂躙されてしまうと。罠を仕掛けようにもあまりに時間と猶予がないと。


 幸いにも露払いを任せた冒険者たちが続々と集まってきており、相手はデスマンティスただ一体となっていた。


 相手も警戒して出方を待っている現状、生半可な攻撃では逆に相手を勢いづけてしまう可能性がある。それにベテラン冒険者を一撃で屠ったその速さは一撃逆転の機会を与えてしまう可能性があると。


 ヒンメルはメイドスを治めている伯爵家から出て行って、下町で冒険者をやっているアホではあるものの、バカではない。伯爵家で培われてきた人を見る目と教養、そして指揮能力は全世界の冒険者から探しても10には入る。だからこそ思考える、観察する、できるだけ犠牲を減らして勝利できるような一撃目を与えられる方法を。


 そんな、思考しているヒンメルの隣に本物のバカがいた。ミサトだ。こいつはテーマパークでたまたまやっていたイベントを見ているかのように緊張感なく、冒険者を見ていた。


「はへー、すっごい。カマキリってことは変温動物だから私の氷魔法で体温下げたり、リードくんの火魔法で体温上げたりしたら動かなくなるのかな~」


 その一言を逃すヒンメルではなかった。


「そのこの……ミサト女史か、さっきのことは本当かい?」

「あ、ども…。あの~虫って自分で体温調節できないから周りが寒いと体温も下がるんですよ。熊の冬眠っていえばわかります?」


 ヒンメルはそれが本当ならだいぶ有利になると考えた。一番厄介や素早さを生かした一撃必殺を抑える可能性があるからだ。しかも氷魔法という固有魔法は相手の意表をつけるための最適な一撃になると思った。


「ちなみに君の氷魔法とやらは凍らせることができるのかい?」

「私は魔力が多いから凍らせることはできと思うけど時間がかかるわね。誰か風魔法で補助してくれればもうちょっと早いかも。」


『氷魔法   ブリザード』


 そういって、実際に吹雪を出すところを見せるミサト。しかし、雪の量は多いが勢いが足りない。そこを風魔法で補ってくれればましになると言っている。


「じゃあ、任せていいかな?」

「えっ、ちょっ!!」


 そういって何か閃いたようなヒンメルは周囲の冒険者に声をかけ、デスマンティスの周囲に配置させる。


「さあ、行くよ。」


 戸惑っているミサトをよそにヒンメルたち冒険者は配置が終わり、こちらを見守っている。目には闘志がともっており、今更できないといえる状況ではない。悲しいかな日本人の血は異世界に来ても健在のようだ。


「こうなったらやってやりますよー!!」


 やけになったミサトはそれでも完璧に近い精度で氷魔法を発動させる。それはヒンメルが想定していたよりもこちらに有利をもたらしてくれる開幕の狼煙であった。




 いざ開戦。


 冒険者は襲い掛かり、足元や胴体に向けて剣を振り下ろす。魔法使いたちは足止め中心の魔法をかけ、正面は攻撃を耐えることよけることを念頭に置いて行動する。


 リードも正面担当の一人だ。軽やかなステップを使い攻撃を躱していく。ミサトが体温を落としてくれたおかげでデスマンティスの攻撃が鈍く1階位上がっただけの人間でも正面戦闘を可能にさせてくれる。


 いける。誰もがそう思った。完全に先手を取ることができ、動きも封じることができている今、このまま体力を削っていくことが最善だとわかる。冒険者にできることは攻撃をやめないことこそ唯一の勝機。


 しかし、それは突然おこった。誰かがミスしたわけではない。ただ、休むタイミングが同じだっただけだ。そしてその、たった1秒もなかった隙をB級の魔物は逃すことはなかった。


 正面を担当していた冒険者の首が突然とんだ。側面にいる奴ら3人の首も同時に飛んで行った。その正体は『風魔法』。デスマンティスはその強靭な鎌を使うと同時に風魔法を使う切断力も持ち味の一つだ。一瞬のスキ、それはデスマンティスにとってそこら辺の雑魚の命を刈り取るのに十分な時間だった。


 冒険者に激震が走る。だがすぐさま攻撃を封じにかかる。彼らが生き残ったのは単に運がよかっただけに過ぎないのだから。


 攻撃をたたみ掛けるそれは素人目には有利に思える場面だったが、ヒンメルをはじめとするベテラン冒険者は違っていた。恐怖に駆り立てられたが故の秩序のない攻撃の嵐、少し押しただけで倒れてしまうハリボテの壁、それが今の攻撃だった。


 そしてそれは一気に崩れ去る。デスマンティスの軽く振るったその一撃で正面から攻撃していた冒険者の腕が飛ぶ。


「うわあああああああああ!!」


 下手に死ななかったからだろう。恐怖に包まれた悲鳴が戦場に響き渡る。限界だった。経験の少ない冒険者や初めて自分より強い相手と戦った冒険者には。


 剣を、盾を、武器を放り投げて逃走する。その姿は無防備で隙だらけだった。


スパッ――


 逃げていくその背中から命が消えていく。ベテラン冒険者がデスマンティスを止めようとしているが悲しいかな、追い詰められた災害相手に止められる者なし、あっけなく戦意喪失した冒険者たちを刈り取っていった。


 逃亡を成功した者も含め、半数以上が戦線離脱した。その結果、最初は50人ほどいたであろう冒険者達はたった17人まで減った。


 誰もが諦めた。いくつもの死線を超えてきたベテラン冒険者も後ろでデスマンティスの攻撃を受けない魔法使いたちも、たぐいまれなる指揮能力を持つヒンメルでさえも…


「GuGyaaaaaaaaaaaaaa」


 否、まだ諦めていない奴がいた。自分より2つ以上格上の相手に対してなお燃え上がる闘志、それに合わせるように燃え上がっていく炎は劣勢から抜け出したデスマンティスにとって意識外からの一撃。


 その少年の名はリード。リードは腹の中にもぐり体の中に火を入れる。もはや氷魔法で敵を封じる意味なんてない、と察したリードは遠慮なく自分の最大火力を出すことを意識した攻撃を放つ。


 ―――D級冒険者になって自分に力があるのを知れた。今ここで逃げてしまったら、後ろの村が襲われてしまう。………だったら、だったらやるしかないだろ?昨日までの自分を捨てろ、明日の自分を想像しろ。魔法は理想の自分になるために踏み出す勇気の一歩!!


 リードを振り払うために体を揺れ動かすがピタッとくっついて離れない。リードはわかっているのだ、内臓を焼き尽くすことそれだけが自分にとって唯一の勝ち筋だと。


 リードとデスマンティスの攻防が続く。デスマンティスはリードがしがみついている下腹を地面にたたきつける。デスマンティスは風魔法のスペシャリストであるがさすがに自分に向けて撃つことは難しい。これはリードとデスマンティスの根競べの戦いに移行した。


 しかし、そんな中で迷っている人が一人。神から選ばれし者、ミサトだ。



―――リードくんがあれだけ頑張っているのに私は何もしなくていいのか?私以外にもあの日死んだ人は何十万人といる。そのなかで神に選ばれて蘇らせてもらったのは私一人。

悔しかっただろう、悲しかっただろう、まだ道の途中だった人だっていたはずだ。私は今ここにいる。


神に選ばれた勇者としてチート能力が備わっている。氷魔法という虫にはめっぽう強いはずの魔法を持ちながらその実自分は後ろでちまちまやっているだけ。


 それじゃあダメだよね。なんのために自分だけが選ばれたのか分かんないもんね。


 体を冷やせ、氷を纏え、すべてを凍らせるイメージ!!


「すぐ行くよ!!リードくん!!」


 ミサトは走り出した、デスマンティスの正面へ。体に氷を纏いながら、その体温を冷やしながら。そして首に掴まり………


『氷魔法   凍てつく抱擁』


 ミサトから出た氷がデスマンティスに張り付いて広がっていく。体内には炎、対外には氷その急激な体温変化に変温動物は自分で対処できない。


 デスマンティスの動きが鈍くなっていく、体を必死に動かし二人を振り払おうとするがなかなか振りほどけない。


『初級魔法   そよ風』


 デスマンティスの攻撃を突風を使い軽減させる。


「お前ら最後の力を振り絞れ!!」


 デスマンティスの弱体化に気づけていない冒険者は誰もいない。ヒンメルの発した号令の下、攻撃を加え始める。前半戦から著しく体力を消耗していた。デスマンティスはもう動きに機敏さが感じさせない。もはや攻撃に気を付ける必要がないほどに弱っている。




 そして遂にその時が来た。今ここに恐怖の象徴が数多の命を刈り取って来た死の鎌が冒険者によって切り落とされた。それは戦いの終わりを告げる合図には十分だった。


 その次の瞬間、デスマンティスの上部から火山が噴火したかのように火が燃え上がる。リードが剣から送り続けていた炎が体内を焼き尽くし、そして限界が来た。


 デスマンティスはしばらく立っていたがやがてぐらつき倒れる。冒険者たちは油断せず魔石を抜き取って、完全に物言わぬ死体となった。


「「「「…………ぅ、おおおおおおおおおおおお!!」」」」


 途端に勝鬨を上げる。それはスタンピードという未曽有の大災害に対し勝利し、生存をかみしめた者の歓喜の歌。




 ヒンメルはすぐさま伝達兵を走らせて近辺の村々の状況とメイドスにことの詳細を伝える。後から来た騎士たちに周囲の状況を監視させ、負傷した冒険者の治療指示や亡くなった冒険者の照会をし始める。


 こうして日没、遅れてきた援軍の冒険者や騎士達が森の深いところまで潜り、メイドスを治める伯爵様のもと正式にスタンピードの終わりを告げたことが発表された。


 冒険者47名の死亡、重軽傷者128名(そのうち騎士20名)という悲惨な結果になった。


 ミサトは軽度の凍傷、打撲で済んだが、リードは両腕と肋骨2つの骨折と右腕は重度のやけどを負い意識がない状態で命からがら生存を遂げた。


昇段(レベルアップ)

リード2→3

ミサト1→2


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半吸血鬼は夢を見る~人体実験で吸血鬼となった少年は勇者と出会い導き手となる~ 嘉矢獅子 カヤ @megarashi

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