第19話
勢いよく飛び出していったアーリさんは近くを徘徊していた黒枝数体を全て、文字通り粉砕してきた。敵の攻撃を紙一重で躱し続け、巨大包丁で根や幹を次々叩き斬っていく様は痛快ですらあった。近接戦闘に限って言えば人型形態のメーダよりも強いのではないか?
でも話を聞く前に行動に移してしまったのは肝が冷えたから次からは気を付けてくれると嬉しいな。強いのは十分わかったけど、何か問題があった時に困るからな。
「うぐっ、面目ないっス」
「うむ、わかればよいのじゃ!」
「あはは、アーリちゃんはお転婆さんみたいだね~?」
で、今は何をやっているのかというと、皆で集まってアーリさんの歓迎会の準備をしている。少しだけ食糧にも余裕が出てきたし、新しく人も増えたので折角なら多少贅沢してもいいだろうという判断だ。尤も、歓迎会と言いつつ上等なもてなしが出来ないのが申し訳ないが……
「いやいや、十分嬉しいっス。ウチ、こうやって誰かに祝ってもらえたことがないっスから」
「そうなのか。まぁ、楽しんでもらえたら嬉しいよ。……ところでさ」
どうして俺は椅子に拘束されているんだ?流石にこんな仕打ちをされることした覚えは無いぞ!
「キサマはもっと自分を労わるということを覚えるべきだと思うのじゃ。だからせめて歓迎会の間だけでも体を休めておけ!血を流しながらぶっ倒れた時は本当に心配したんじゃからな!?」
「うんうん。キミの仕事ぶりには感謝してるけど、正直ちょっと無茶しすぎじゃないかな?ハッキリ言って引いちゃったよ」
「マジでハッキリ言うじゃん。え、ていうかそこまで騒がれるほどのことでもないと思うんだが」
確かに
「水汲み、洗濯、掃除、食事の用意に食糧確保、各種備品の点検、修理、その他諸々!これをここにいる全員分!毎日毎日!昔わらわの家にいたメイドですらそんな激務は課されてなかったぞ!?」
「ボクたちが手伝おうって言っても自分がやるからいいの一点張りだもんねぇ。キミ、ちゃんと休息は取れてるのかい?」
「そりゃあもちろん。睡眠時間があるだけでむしろ前の仕事より楽だぞ。給料は無いけど、嫌な上司もいないし気持ちはすごく楽だな」
「うわぁ……ごめん、流石にウチもそれはヤバいと思うっス」
「何故!?」
お、おかしい。食事がエナドリと栄養アンプルじゃない普通のもので、睡眠時間が四時間も確保できる仕事なんて元居た世界じゃ詐欺を疑うくらい好条件だぞ。中卒の俺からしたらこの上ない夢のような環境なんだが。
「~……ッ!!」
「あまりの酷い社畜っぷりにリリアンちゃん泣いちゃったっスよ」
「えぇ……ご、ごめん?」
「いーけないんだーいけないんだー、憲兵さんに言いつけてやろ~」
「待て待て待て、そんな異常者を見るような目で俺を見たいでくれよ!これぐらい普通だから!大丈夫だから!」
これはまずい。どんどん自分の味方が減っていく。既に尋問へと変わったこの場の空気をなんとかやり過ごす方法を考えていると、ぽんと肩に手が置かれた。
「こいつらの言うとおりだぜ、お前さん」
「ンギョギョ」
「ゴウジさん、メーダ」
二人が料理(と言っても保存食を焼いたり煮たりしただけの質素なものだが)を持って現れた。
「働き者なのは良いことだがな、お前さんはもちっと周りの人のことを見てやるべきだな」
「周りを……?」
「お前さんのことを仲間だと思ってくれてるやつがこんだけいるんだ。前はどうだったか知らねェが、お前さんに何かあったら悲しむのはこいつらだからな?」
もちろんオレも含めてな!と言って笑うゴウジさん。……不思議な感覚だ。
前の世界では、俺のような低流階層の人間というのはいくらでも替えの利く消耗品だった。パソコン1台よりも価値の低い存在だった。そんな俺を仲間だと言ってもらえたのは……ちょっと嬉しいな。
「さァさ!湿っぽい話はここまでだ!折角の料理が冷めちまうぜ?」
「ウゴー」
「わーいいただくっス!」
「う~ん、たまには違う人の料理を食べるのも良いものだね?ほらほらユウガくんも食べなよ」
「お、おう」
「……一つ思ったんじゃが、キサマは普段何もせずに遊んでばっかりじゃから人に説教できる立場ではないのでは?」
「……そ、そんなことないよ~?」
わいわいがやがや。騒がしくも暖かい時間が過ぎていく。ああ、こんな風にこれからも平和に過ごしていけたらいいなぁ。
……そして翌日。俺のささやかな願いは早くも叶わなかったことを知る。
「な、なんじゃこりゃあああ!?」
誰かの悲鳴で飛び起きた俺たちが急いで外へ集まると、そこには巨大な岩の塊が鎮座していた。……いつの間に!?昨日までこんなの無かっただろ!
「一応聞くっスけど、誰かが仕掛けたドッキリっていう可能性は」
「ねェな。こんなバカデケェ岩、オレのザン坊でも一ぺんに運ぶのはキツイぞ」
この岩、よく見ると一つの塊ではなくいくつもの小さな岩がたくさん組み合わさって出来ている。で、それらが崩れないように繋ぎ留めているのが。
「白い糸、か?」
「どうやらその様じゃな。ってこら、ラシン!不用意に触ろうとするでない!」
「え~」
キラキラと光る白い糸が大量の岩を絡めとり、一つの塊にしているのだ。まるで昆虫か何かの繭のようにも見える。気味が悪いな。
「ゴー?」
「どうしたメーダ?……なんだこの出っ張り」
「なんか足っぽくも見えるっスね」
「この馬鹿でかい岩が夜なべしてトコトコ歩いてここまでやって来たってか?流石にそれは……」
無い、とは言い切れなさそうなのがこの世界の怖い所だよなぁ。魔法なんていうトンデモパワーが普及してるし、大蚯蚓や黒枝みたいなビックリ生物もいる。実は歩く岩がいるんです!って言われてもそうなのかと頷いてしまいそうだ。
観察しながらあーでもないこーでもないと言い合っていると、ガチャリと音を立て岩が動いた気がした。気のせいかと思っていたら、次の瞬間、岩が轟音を立てて変形しだしたではないか!
「なっ……はぁ!?」
「凄いねぇ。色んなところを旅してきたけど、自力で形を変える岩は見たことが無いね?」
「いや感心しとる場合かーっ!」
すぐさまメーダとアーリが臨戦態勢を取り、非戦闘員の俺たちを後ろへ退ける。そうしている間にも岩はどんどんその姿を変えていく。
各所に巻き付いた糸が伸縮し、次々と細かなパーツに展開し、組み替えられる。最初から変形することが前提の設計だったのだろう。機械的に、効率よく、時間をあまりかけずに、全てのパーツがあるべき軌道を描き、あるべき場所へ収まる。ただの岩塊だったそれは、やがて巨大な石の塔へと姿を変えた。
俺たちが呆然と岩の巨塔を見上げていると、突如頭の中に声が響いてきた。
≪我らは群れる者。汝らに頼みがある≫
爆死ガチャと落ちこぼれ Sダーマ @sdarma
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