第25話 天才の悩み事

 「しかし、よくそれ気付いたのね」二野の悪意を一旦置いといて、沢地が研究者としての成果だけを見たら、確かに大層なものだ。


 発見の経緯はどういったものか知らないが、きっとたくさんの試行錯誤を経てからたどり着いたのだろう。


 「だからわたしがこうやって彼のことを沢地大先生と呼ぶわけです」イヴァンは何か別の考えがあるように私の話に加担した。


 「甘いなぁ、イヴァン」

 ところが沢地はそれを素直に受け入れなかった。


 「わざわざ俺に自画自賛の時間をくれたのは、前より思いやりが増えそうだが、あいにく俺はこんなに容易く籠絡される人ではない」


 沢地の目が三日月になって、ニコニコしながら言った。


 「エネルギーの知識などすでに知らされることを聞きに来るのではないだろう?天下のイヴァンが俺に求めるものがあれば、やはりしかないのね」


 なるほど、イヴァンは求めるものがあるからわざとこうやって沢地の機嫌を取るのだ。でも——

 

 「あれって?」


 「やはり沢地大先生の目には誤魔化せないですね。まさにあれのために参りました」


 「ね、あれって何?」エネルギーのことを知るためにここに来たんじゃないのなら、何しに来たんのだろう。


 「貸してもいいが、条件はあの時と同じだ」


 「正直申しますと、あの条件少々厳しくないでしょうか」


 「あれは俺に対する正当な評価と思うが?」


 「ねってば」


 私が両手をイヴァンの前に振ってもノーレスポンスだ


 「そんなに褒められたいですか?」


 「不名誉な言い方をやめて欲しいんだけど、これは人間であれば多少持っている承認欲求ってやつだ。イヴァンはそんなことでも理解できないの?」


 「残念ですが、わたしは人間ではありませんので」イヴァンはわざと涼しい顔で答えた。


 何この謎の口喧嘩、この二人の間で一体何があったの?


 「おっと、それは失礼。あんたが脳みそまで硬いロボットってことを忘れた」


 「アンドロイドです」


 「どうでもいい。するかしないか、さっさと選べ」


 「わたしは噓をつかない主義ですから」


  「あの、めっちゃ帰りたいだけど?」そう文句を挟んでもやはり反応なし。ダメだ。二人の間で何か始まったみたいで、私を構う場合じゃないのだ。


 「『沢地明樹はイヴァンより凄い天才科学者』のどこが噓なんだよ?」


 なるほど、何のためか知らないが、これは二人のプライドを賭けた戦いくだらない喧嘩だ。


 「それ、私が言ってもいいっすか?」


 このままじゃ埒が明かない。イヴァンには申し訳ないけど、私はもうこれ以上この意味不明な状況に付き合う気がない。


 「「ダメ!」」二人は珍しく同調した。


 「一体何なんっすか?お願いだから仲間に入れてよ」私は厳重に抗議した。


 「承認欲求ってことは、元人間のあなたならわかるだろう」


 「まあ、それはわかるけど」


 「ところが、俺がどんなに天才であっても、この時代は認めてくれない。他人と競争するより、自分のやりたいことをやるほうが王道的、天才であろうと、バカであろうとみんな同じ、みんなすごいみんないい。そういうな時代だから」沢地がこれを言う時の口調を聞くと、相当不満をため込んだみたい。


 「ノープレッシャーでいいじゃん」


 「でも俺は認められたいんだ。浅いのはわかるけど、俺は本当の天才なんだから、褒められるのは俺の権利なんだろ?頭脳こそが俺のいいところなんだから」態度と勢いだけが百点満点。話した内容はとにかく、俗。


 「それ言っていい?プライド的に大丈夫?」 思わずツッコミを挟んでしまった。


 ——31世紀の天才も大変だね。


 「だからエネルギーロスの問題を解決した時、俺は、ああ、これだ。やっと認められた時が来たと思った。当時、イヴァンはいくつかの領域で重要な結果を残した有名な研究者だ。イヴァンがいる限り、俺は絶対に一位にはなれない。逆に言えば、そんなイヴァンに勝てたら、俺は天才と同じ意味だ」


 「でも31世紀はそうゆーの気にしない主義だろ?」


 「だからイヴァンは特別だ。天才というラベルが存在しないはずの社会において、天才として認められる特別な者だ」

 

 前々からイヴァンはただ者ではないと薄々感ずったが、証拠などない。ただ私がそう思っただけ。でも沢地の話を聞いたら、どうやらイヴァンは数多あまたのアンドロイドの中においても本当にとりわけ優秀な者だ。


 「でも、たとえ沢地さんがその問題を解決しても、イヴァンが負けたとは直接に言えないだろ」


 「言える。何せ、イヴァンはエネルギーロスの問題を始めて発見した者だが、その同時に問題解決を諦める者でもある 」

 

 「諦めるのではなく、解決する必要がないと判断しただけです」


 「結果から見れば同じじゃん。解決したのはあんたではない、この俺だ。あんたは負けたんだ」


 「そもそも勝負した覚えはないですが」


 「まだこの言い訳か?もう聞き飽きた」


 「言い訳ではない、事実です」


 「はい、はい、子どもたち、仲良しでいてね」不本意ではあるが、今の私はこの二人の担任先生になるしかない、「続きは?続き」


 「世界のためなら、俺は喜んでこの発見を公表するつもりだが、条件がある。たった一つ」


 「条件というのは?」


 「イヴァンが俺に負けたと認めてほしいんだ」


 「あのね、それもはや世界のためではないじゃない?」


 「ところが、天下のイヴァンこの野郎が何を言ったかわかる?」沢地はわざとイヴァンの声に装いながら言った、


 「わたしはあなたと勝負した覚えはないです。公表するかどうかはあなたの自由です。しかし、エネルギー消耗という世界の存続に関わる問題を解決したのに、他人の認めがもらえないから公表しないというような子供っぽいことをするのもあなたの自由です、とあいつは言った。それつまり遠回しでノーじゃん?そのうえ、道徳云々で俺を言い聞かせて、結局俺はやむを得ず研究結果をそのまま公開した。ズルくねぇ?ズルいよね」


 天才がこんなダサいこと言って、私は一体どう反応すればいいの?


 負けないのに、負けたと認めさせるなんて私だって嫌だ。

 

 しばらく無言のまま沢地に見詰めたら、沢地は自分の失態に気付いたかのように軽く咳払いした。


 でもちょっと意外かも。沢地の要求もあれなんだけど、イヴァンは案外固持するのね。世界のためなら、大人のイヴァンは多少の犠牲をすると思ったが、結局この二人、同じだね。


 「今更なんだけど。認めてあげなんよ? 」私はイヴァンに言った。沢地の考えを変えるより、イヴァンを説得する可能性のほうが高い。


 「いや、わたしは彼を認めたつもりですが、負けたというわけではありません」


 「沢地さんはだから」


 「おーい、聞こえてんだけど」


 「そこは大人のイヴァンが少し譲ればいいじゃん。何が減らすわけでもあるまいし」少なくとも私はそう思ったが、イヴァンのあの苦い顔を見たら——


 「あっ……減らすんだ」まあ、プライドがかかってんだから。


 「ふっ、だと思った」沢地が鼻で笑った。「結局天下のイヴァンも器小っちゃいね」


 ——いや、おめぇが言うな。


 「それじゃ、どんな事情があるか知らないが、残念だけど俺のできることはもうない。どうかお引き取りください」沢地は手で出口の方向を示した。


 私は沢地の言葉を吟味し、急に一つのアイディアを閃いた。


 「こっちのほうが残念だ。せっかくだから、沢地さんが協力してくれたら、もともと重要な情報を提供するつもりなんたけど」


 「あんたが知ってこの俺が知らない情報なんぞないと思うけど」


 「あるさぁ、さっき沢地さんがおっしゃいましたよね。どんながあるか知らないって」


 「それが何か」


 「重要な情報はまさにそのに関係あるんだ」


 「個人的な事情なら興味はない」


 「たとえエネルギー領域に関する重大な真相であっても?言っとくけど、イヴァンは知ってるよ。もちろん、の私も知っている。この領域の第一人者は知らなくていいの?」


 「俺を脅迫するとはいい度胸だ。誰かさんとそっくりだね」

 

 沢地がニッコリしながらイヴァンに視線を向けたが、目が全く笑っていない。


 「イヴァンとは関係ない。あくまで私個人の提案だ」


 「ほう、このような忠誠心とは……どうやらイヴァンがあんたをロボット化した時ついでにあんたを下僕化したらしいね」


 「下、下僕化?!!おい、この人言葉遣い荒いんだけど」


 「ここまでです。もう時間の無駄をやめて、取引しましょう。こっちの知っているすべてを沢地先生に提供し、そのかわりに沢地先生があれをこっちに貸します」イヴァンは態度を改めて、普段のような凛々として顔で提案した。


 しかしその内容は——


 「ね、それさっき私が言ったことだよね?中身まるパクリだよね」


 「わかった。そうしよう」しかもなぜか沢地はそれを受け入れた。


 「え?何で?」

 私ってそんなに影響力ないの?つくづく思ったけど、今日来なければよかった。


 私が凹んでいる間に、イヴァンはもう∞は実は魔力ということや私がエネルギーの限界を知りたいってことを言いはじめた。当然、私よりわかりやすくまとめた形で。

 その後、私もついでにさっきの推論を話した。


 「何だと?鉱石は実際に魔力の結晶?火はドラゴンとの契約?666°Cは発動の条件?言ってる意味全くわかんないんだけど」


 「そう言われても、本当のことなんだから」


 「証拠は?鉱石は魔力ってことを証明する方法はあるのか?」


 「……それはない」


 「じゃただのでたらめじゃん?そんなこと誰か信じるというの?」


 「わたしが信じます。それは何よりの証拠と思いますが」イヴァンがそう言うと、沢地は明らかに動揺したらしいが、


 「いや、こんなことであれを情報料として渡せない。これ知ったって、何の得にもならないから、俺魔法使いじゃないし、そんなの関係ないだろうか」


 「ではこれから魔法のことも研究しはじめたらどうですか?∞の根源が魔法ということは、つまり沢地先生の研究の一部は魔法の研究ともいえるでしょう。を作ることのできる沢地先生なら、科学によって魔法を解明することも、もはや不可能ではないじゃないんですか?」


 「一理あるような、ないような」沢地は真剣にイヴァンの言ったことを考え始めたみたい。


 ——いや、詭弁だろう。


 私の勘ははっきりとそう言った。


 「少なくともわたしはこれから魔法を研究するつもりです」イヴァンはその甘い罠を張り続けた。


 「はい、わかった。魔法研究の第一人者になってみせる」

 そして沢地がまんまと引っかかった。チョロ……これでも天才か?


 「そうですか。では約束は約束です。あれのことよろしく」

 

 沢地はしょうがないなぁという顔でをイヴァンに渡した。というのは手のひらと同じくらいの黒い正方形の機械で、表は小さいモニターが付いていて、31世紀にしちゃちょっとレトロな感じがした。

 

 やけに長い仕事がやっと終わった気分で、イヴァンの車に戻った。


 「よく考えてみれば、なんかすーげ申し訳ないんだけど」最後の最後は沢地を騙した心地で、スッキリしてない。嘘は一つも言ってないけど。


 「君の考えた策でしょう?わたしはそれに乗っただけです」


 「気のせいか?イヴァンはなんかちょっとずつ狡賢ずるかしこくなってない?」


 「恐らく誰かさんの悪い影響を受けたでしょ」イヴァンは少し微笑んで私をチラッと見た。

 

 「へぇ、誰なんだろう」と私もつられて笑った。

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人間はやめたが、魔法使いはやめません! 早川映理 @hayakawa0610

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