第24話 沢地研究室
「これは、これは、天下のイヴァンじゃないか」
エレベーターのドアが開けたら、爽やかな好青年がそこで待っている。
ここは31世紀最大のテクノロジーラボ——沢地研究室だ。合計30層もある建物はすべて沢地ラボの所有で、多種多様な研究チームが駐在している。ここは最上階で、一階丸ごと沢地研究室の担当者——
こんなのただの偏見ではあるが、彼は科学者に相応しくない良い体格を持ち、日差しに当てられた茶色帯びた肌は私の想像した科学者の印象とははるかに違った。白衣さえ着なければ、どっかのサーファーかと思われるぐらい健康的な体を持っている。
私たちは、魔力の限界を知るために、31世紀エネルギー研究の第一人者こと沢地明樹に相談をしに来た。——もちろん、沢地は魔力とエネルギーの関係性を知らないはずなので、あくまでエネルギーのことを知りたいという名義を使った。
「……」
ところが、イヴァンは到着してからずっと浮かない顔だ。そういえば、理由を明言しなかったが、イヴァンは確か「世界一嫌な人」と言った。沢地に対して余程の怨念 を持つようだ。
「どうした?そんなに俺の顔見たくないか?」
そして、向こうもそのことを承知の上でわざと踏み込んだらしい。
「どんでもございません。ただ沢地大先生を目前にして、わたしなどの者は声を発する資格もないのでしょう」と、イヴァンは普段より百倍の嫌味を吐いた。
「そうか、まさかイヴァンはそこまで俺のことを慕うなんて……」沢地は感心そうな顔をして、少し間を置いて、
「だが、照れる必要がない。さあ、俺に対する
あれ?なんか幻聴が聞こえたようだ。この人、「敗北宣言」を言ってなかったっけ?
「結構です。どうぞお構いなく」イヴァンは遠目になって、言葉の中から面倒くさい感が溢れ出ている。
「俺のことだから、遠慮すんな」
「あんたのことだからこそ、遠慮します」
向こうはまた何を言いたいが、イヴァンはそれを遮った。
「今日はアンドロイドのエネルギーについて聞きたくて参りました。ぜひ沢地大先生のご教示を」
自分のかけた迷惑を耐えられず、強引に話題を変えたイヴァンを見て、沢地はニヤッと笑って、目的が達成したかのようにしばらく大人しく私たちを更に奥の部屋に案内した。
ずっと凛としたイヴァンは珍しく疲れたように見えた。
でも、この一連のやり取りを見て、沢地がどういう人なのかは何となくわかった。もちろん、イヴァンはなぜ渋い顔をあらわしたのも。
しかも、イヴァンの敗北宣言が聞きたいということは、イヴァンに対する強い競争心も垣間見える。もしかすると怨念を持つのは沢地の方かも。私は二人の過去についてちょっと気になってきた。
「さて、こちらのお嬢ちゃんはきっと全科学者の敵——自称魔法使い早苗ミヨ であろう」
奥部屋に入った途端、急に私の存在に気付いたかのように、沢地がようやく私に声をかけた。
「エネルギーのことでここに来たということは 、自分は魔法使いではなく 、ただのアンドロイドという事実を認めざるを得なく、
何でだろう。このまとめ方、ものすごく
しかし、違うけど、と反論を言い出したら、
「えっ、エネルギーに興味を持ってないの?」
なぜか唯一正確なところまで削られた。
「いや、確かにエネルギーには興味はあるが」
「じゃ俺は正解じゃん?」
「だから……」
もっと説明しようとしたが、イヴァンはそれを制した。
「説明しなくていい。ただの嫌がらせだけですから 」
さすが長い付き合いがあるようだ。イヴァンは早くも沢地の意図に気付いた。
「イヴァンは相変わらず無愛想だね。ちょっと
「沢地先生の行為はあまりにも大人げないので、見てられないです。そんな暇があったら、エネルギーの説明に使っていただきたいです」
「へい、へい」沢地は少し肩をすくめて 、作業台の上にあっちこっち物を探し始めた。
「あれがイヴァンの言ったエネルギー研究の第一人者?めちゃくちゃムカつくなんだけど、限界を知りたければ、エネルギーのこともわからないといけないが、イヴァンだけで何とかできないの?」私はできる限り小さい声でイヴァンに話した。
「わたしはほぼほぼ万能とはいえ、そこまで万能でもないですから。しばらくあれで我慢しましょう」
一方、沢地はあったと言って、前イヴァンの作業部屋で見たことのあるアンドロイドのコアを私たちの前に置いた。唯一違うところは、沢地の持っているコアは透明なもので、内部はよく見えるのだ。
コアの中身にはなんと火に包まれた青い鉱石一つが含まれている。
「このコアは見たことがあると思うが、まあ、ようはこの新世代の機械のほとんどが使うバッテリーと言えるものだ。そして、その原理と言えば、見ての通りものすごく単純なことだ。火によって、燃料に当たる青い鉱石を燃やすことでエネルギーを生産する仕組みだ。イヴァンからすでに聞かれたかもしれない。このエネルギーは特別な理由はこの火が一旦点したら、外力がない限り、永遠に消すことがないことだ」
なるほど、どうやって形成されたのかは不明だが、この青い鉱石はきっと魔力の結晶か何かにあたるのだろう。そして、その常に燃やしている火は考えるまでもなく、ドラゴンの魔法と関係あるはずだ。恐らく火は魔力を吸収した後もまた何らかの仕組みでもう一回結晶化する。よって、鉱石も火も永遠にその状態に保つことができる。
まあ、でも、これはあくまで
「この青い石はズバリ
約300年前、つまり二野が当時現存の学習派の魔法使いたちから魔力を無理やり回収した時だ。その時エネルギー化された魔力はこの形で世に戻るのを思うと、とても感慨深いとしか言いようがない。
「もちろん発見された当初 このような使い方があるのは知らないが、当時まだ存在していた沢地財閥 に属するたくさんの優秀な研究員のおかげで使い道がすぐ解明され、その利用もまもなく全国で推進された」
沢地はまるで理科の先生になったみたいに、滔々と講義を始めた。
「何だ。割と丁寧に説明したじゃないか」
私は小さい声で彼の真面目な一面に安心したことをイヴァンに述べると……
「もちろんだ。俺みたいな頭脳がなければ、わかりやすく説明しなきゃわかんないだろう。俺の気遣いに感謝しろ」
それを聞いた沢地はこう反応した。イヴァンは小さく嘆いた。
「あっそう……それはどうも」
「まあ、歴史のことはさておき、火のことなんだけど、一見普通に燃料を燃やすことによって、熱エネルギーを生産するが、実際にそういった簡単なことではない」
ここまで説明して、沢地はなぜか得意そうな顔をしている。
「さあ、ここで質問、この火のどこが特別なんだろう?」
沢地の鋭い視線が矢の如き、ここに刺した。
「何でしょう。マ……」
ムキになって「魔法の火からじゃないの」と言おうとしたところ、イヴァンがイヴァンらしくないやや荒れた動きで肘を使って私を推した。
そして「知りません」、とアンドロイドしか聞こえない音量で答えを提供した。
「知らない」
イヴァンの意図を知らないまま棒読みで答えたら、沢地はより一層満足な表情を表した。
「だよね。凡人は知らないよね。普通なら燃やせばそれでいいだろう。だけど……」
どうも長い講演会が始まる状況に突入するそうだが、
「ねぇ、なんでわざわざこの人の機嫌を取らなければいけないの」と私もまたアンドロイドしか聞こえない音量でイヴァンに聞いた。
「あれは意外と
「いや、イヴァンは正解がわからないはずがない。それぐらいのことあれもわかるだろう。ならばこのいかにも自分だけ知る姿勢はいらないんじゃない?」
「重要なのは知るかどうかではありません。今のスピーチをやる機会があるかどうかです。何せ、あれの発見した31世紀で一番重要な研究結果なんですから」
イヴァンは言いながら、沢地の言うことを聞くように促した。
「——つまり、一番重要なのな『温度』だ。どんな温度でも燃やせるが、あの温度以外なら、本当にほんのわずかだが、どうしても燃料は消耗される。しかし、俺はあの肝心な温度を見つけたんだ。666℃、666℃で燃やせば、燃料を全く消費しないのだ。もともと∞に近いだけなエネルギーは、本当の意味で∞になったんだ」
沢地の演説はここでクライマックスを迎えた。周りはなんか見えない観衆がパチパチパチパチって熱烈な拍手をしたみたいで、沢地は一人で万歳をした。
一方、私はこれを聞いたら確信した。あの火、やはりドラゴンの魔法に関係ある。恐らく最初からそう仕掛けたのだろう。要するに666℃は二野が設定した発動条件だ。
そして、魔法使いならわからないものがいない。666っていうのは悪魔の数字と呼ばれる不吉な数字だ。本来呪詛に使うことが多い。新世代を支えるエネルギーは魔法使いに対する呪いっていうメッセージははっきりと受け取った。
——あの女、とんだ悪趣味だなぁ。
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