採血のプロ


 そして、数日後にまた私は病院にいた。天気は曇り。とにかく風が冷たい。

 今日はまずは採血。入り口から続く廊下を真っ直ぐ行くんじゃなくて、エスカレーターを利用して2階へ上がっていく。


 上がったところに案内板があったので、どうにか迷わずにいけた。採血室のお姉さんに受付票を渡し、待合室に座る。5分くらいすると、自分の番号が呼ばれた。


「こんにちは〜、お名前と生年月日教えてくれますか?」


 担当してくれたのはクリアブラウンのメガネをかけた優しそうなおばあちゃん。名札には“医師”だけじゃなく長い肩書きが載っていたからきっと偉いひとだと思う。ふんわりとした雰囲気とは裏腹に、やはりてきぱきとしている。やることなすこと全て早い。

 利き手じゃない方はどっち?と聞かれ、左手を出すと、採血前に湯たんぽで温めてくれた。

──いやどこから出したんだその湯たんぽ??

 器具を扱う手つきといい、まるでマジシャンだ。すごい。そしてこの優しさよ。プロだ……!

 話によると、冬場は寒くて血管が縮こまっているから、こうして温めて血管を見やすくすると、採血がやりやすいらしい。


「今日はちょっと取る量多いからね〜、頑張ろうね」


 見せてくれた6、7本くらいの試験管にビビり、がっつり目を逸らす私。いや、頑張るけどもね???もう高校生だし、採血なんて怖くないですけど??


「いくよ〜」


 ちくりとした痛みで針が刺さったことを自覚する。一発で上手く血管に命中したみたいだ。刺しているところを見るとさらに痛みが増す気がするので、もちろん顔は左向き。実際そんなには痛くないけれど、なんかね。


「大丈夫ですか、気持ち悪くない?」

「ア……ダイジョウブデスウ」


 大きな病院での採血に挙動不審の私。心配してくれるおばあちゃん先生。


「学生さん?何年生になるの〜?」

「コ、高校2年生です……」

「いいねえ、部活はやってるの?もう引退?」

「アァ……いえ、まだやってます!この秋の定期演奏会で終わりで〜」


 少しでも気を紛らわそうとしてくれるおばあちゃん先生に、なんとか答えるけれど、目を合わせて会話できなくて申し訳ない。だってそこには採血の現場があるんだもの。血を吸われてる感覚と喋らなきゃという理性がせめぎ合って、カオナシみたいな声が出てる。ごめんなさい先生、ほんとはもっと話したいんだけど採血しながらは無理です!!!

 心の中で叫びながら罪悪感を味わっていると、


「はい、終わり〜」


 素早く針が抜かれ、止血処理をするおばあちゃん先生。同時に会話もストップ。

あれ、終わった……。なんだこのスピード。熟練の技としか言いようがない。


「じゃ、これ5分くらい強く抑えといてください。時間になったらはずしていいからね〜」


おばあちゃん先生はひらりと手を振ると、次の患者さんの番号を呼んだ。


 待合室に戻ると、母がびっくりして、

「え、もう終わったの⁈まだ10分も経ってないよ⁈」

と駆け寄ってきた。

「先生が採血が上手くて……すごかった」

「いつもだったら何回かやり直すのに、本当に良い先生に当たったんだね!」


 そう、私はもともと血管が細くて、採血や点滴とはあまり相性が良くない。腕の血管が見えず、手首に刺されるなんてザラだ。そんな自称厄介な患者の私をものともしないなんて!何回も刺されると気が滅入ってくるし痛いしで嫌だが、こんなにスッキリ終わるならまだ我慢できる。

採血のプロと呼ばせて頂こうか、なんてニコニコしていた。




──このあと地獄を見ることも知らずに。

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