第4話 Tシャツ1枚で、謎の遺跡を調べてください!

「おお……」


 ダンジョンに入った俺たちは、同様の感想を抱いた。


 ――――――なんというか、普通だな?


 まあ、異世界と繋がった【ダンジョン】と言っても、洞窟の中まではそんなに変わらないか?


「うう、寒い……夏と言っても、やっぱりシャツ1枚は冷えるなぁ」


 ――――――6月とは言っても、洞窟の中ですからね。陽も当たらないし、そりゃ寒いでしょうよ。


「マジかあ」


 タカハシは両手で自分の肩を抱きながら、洞窟の道を歩いていく。暗い足元は、懐中電灯で照らしていた。俺が行かなければ、コイツは懐中電灯すら持って行かなかったろう。


「それで、いざ【ダンジョン】に突入したわけだけど。どんなもん?」


 ――――――どんなもん、とは?


「どれくらい見てくれてるって話だよ。 あと、コメントも」


 ――――――まだ入ったばっかりですからね。5人くらいですよ。コメントも……「

引き返せ」「命を粗末にするな」「マジで入ってて草」「通報しますた」とか、そういうのです。


 さらに言うと、俺が預かっているタカハシのスマホには、A子さんからのDMが来ていた。

『ホンマにやるんか!? 煽って悪かったから、やめろ!』という文面。だが、もう遅いっす。俺たち、覚悟決めちゃったんで。


 演者であるタカハシは、Tシャツに短パン、それとサバイバルナイフ。懐中電灯なんかは、状況に合わせて俺が渡したり、預かったりする。ほか必要な荷物……例えばテントとか、どうしても困った時の携帯食糧とかは、俺が背負って運んでいた。登山で言う「シェルパ」みたいなものだ。


 ……もう、引き返せない。

 褒められた道ではないことは、俺たちだってわかってる。だが、俺たちの中の、熱く燃える部分と「このままでいいのか」と、己の中での問いかけは既に終えた後だ。


「こうなったら、【ダンジョン】、絶対クリアしような」


 ――――――そうですね。


 コメントには「自殺乙」「命は投げ捨てるもの」「社会にはこういうアホが一定数居るから困る」など、中々に人の心のないものも散見される。まあ、無茶なことをやっている自覚はあるから、あまり強くは言えないが。


「……いたっ!」


 画面とタカハシを交互に見やる中、タカハシが叫び声を上げた。


 ――――――どうしました!?


「石、踏んだ! いってぇ……!」


 足元を見れば、洞窟を構成している石が出っ張っている。俺は靴を履いているので平気だが、素足のタカハシにはそれすらキツイだろう。だが見たところ、踏んだだけで、目立つようなケガをしているわけではなさそうだ。俺はひとまずホッとする。


 ――――――気を付けてください。あなた、ただでさえTシャツ1枚で、防御力ペラペラなんですから。


「わかってるよ! ……ねえ、やっぱサンダルくらい……」


 ――――――ダメです。


「ですよね!」


 そう言い合いながら、なおさら慎重に進む。異世界と繋がっているこの【ダンジョン】には、地球上には存在しない生物、いわゆる魔物が存在すると言われていた。動画配信者が【ダンジョン】に挑むのは、そんな魔物を見つけるという撮れ高を得るためだ。

 地球上の動物だって危険なのに、魔物なんてどれだけ危険かは計り知れない。なので、

国が立ち入りを禁止にするのも当然っちゃ当然なのだが――――――。


 実際、【ダンジョン】に入って、魔物と遭遇した動画は、バズる。だから、危険を冒してダンジョンに入ってきたりするわけだ。


 足元にも気を付けながら、20分ほど洞窟を進む。さすが【ダンジョン】というべきか、20分歩いても全く終わる気配がない。じいちゃんの山はそんなに大きな山ではなく、仮に洞窟があってもそんなに深くはないはず。それがこんなに深いとは、やはり【異世界】に来ている、という事なのか。


「魔物、いないね……」


 タカハシは足元を探り探り、歩を進めていく。裸足ゆえに、俺よりも歩幅は小さく、かつゆっくりだった。とはいえ俺はカメラ担当で先に行くわけにもいかないので、必然的に牛歩になる。ペースが遅いというのも、進まない原因だろう。


 だが、少し歩いていくと、そんな道中にも変化が訪れた。光のない空間の変化……それは、音だ。


 ――――――なんか、水の流れる音しません?


「え? あ、ホントだ!」


 さあああああ、と、わずかながらに音がする。それは、まだまだ続く洞窟の先であることは間違いなかった。とにかく移動地点を、そこに決める。

 俺たちの足取りは、わずかながら軽くなった。進んでいくと、更に変化が。


「……光だ!」


 ――――――光!? 洞窟の中ですよ?


「とにかく行ってみようぜ!」


 水の音も、光の見える方向から聞こえる。行かない手はない。俺たちは洞窟を抜けて、とうとう光の中へと飛び込んだ。

 そこにあったのは――――――。


「……うおおおおおおおおおおおお! すげえええええええええ!」


 ――――――なんてこった。


 拓けた空間の、中央で湧き出る泉。泉の側には、人間の女性のような石像。そして、空間を作る壁には、明らかに自然にできたものではない、幾何学的な紋様が刻まれている。光が満ちているのは、天井で植物が輝いているからだった。


 ――――――これは、遺跡、ですかね?


「そうだよ! きっと、【異世界】の遺跡かなんかでしょ」


 床も先ほどのごつごつした状態から打って変わり、ちゃんと舗装されたものになっている。ここなら、石を踏んでケガする心配もない。タカハシは走って、遺跡を見回り始めた。


「すげえ、すげえ! 【ダンジョン】に、こんなところがあるなんてさ!」


 ――――――これは凄い撮れ高ですよ!


 俺もカメラを回しながら、周囲を見渡す。配信のコメントも、リアルで遺跡は初めて見たらしく、「うおおおおおおおお!」「歴史的発見!」などと一部が盛り上がっていた。

 遺跡の空間は、俺たちが入ってきた穴のほかにも、たくさんの穴があった。どうやら、まだまだ先があるらしい。だが、ここはいわゆる、拠点として使えるかもしれない。

 とにかく、帰り道がわかるように、俺たちが入ってきた穴に目印をつけることにした。穴の近くに、持ってきたガムテープで「タカハシ」と名前を貼り付けておく。こうしておけば帰るときに剥がせばいいので、歴史的建造物を汚したり、という扱いも受けない……はず。炎上対策で、その旨はちゃんと説明しておこう。


「なあ、この石像なんだろう?」


 タカハシの元に行きカメラを向けて、女性の石像を見やる。髪の長い、美しい女性の像だ。いわゆる、女神像的なものなのかもしれない。じゃあ、ここは神殿なのか……?


 そんなことを考えていると。


「……ん? 石像の手が、光ってる……!」


 ――――――え?


 両手を開くような姿勢の女神像の手が、淡く光り輝いていた。


 ――――――な、なんだ!?


 手の光はふわりと浮かぶと、ゆっくりタカハシ……ではなく俺……でもなく。

 俺の持っている、ハンディカメラを、優しく包み込んだ。


「か……カメラに……!!」


 光はしばらくカメラを包み込んでいたが……やがて、消えてしまう。タカハシも、俺も、ぽかんとしてそれを見つめていた。


 そして、カメラに何か変化があったかと言えば、あった。


 ――――――あれ? なんか、画面が……。


 カメラ越しにタカハシを映していると、今まで映っていなかった、妙なものが左上に表示される。


――――――『♡♡♡♡ハートが4つ』?


「……何だそれ?」


 わからなかったが、タカハシを画角から外すと、ハートの表示も消える。逆にタカハシを映すと、再び左上に『♡♡♡♡』は表示された。


 ――――――何なんだろう? コレ……。


 タカハシを映すと出てくるということは、タカハシに関連していることは間違いないんだろうが……。


 なお、俺たちは、その意味をこの先で、すぐに思い知ることになる。

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タカハシさん、Tシャツ1枚でダンジョン攻略してください! ヤマタケ @yamadakeitaro

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