第3話 Tシャツ1枚で、ダンジョンに突入してください!
「まさか、覚えてるだなんて……! 1ヵ月も前の話だぞ!?」
タカハシ自身、この企画の話をしたことなどすっかり忘れていたらしい。だが、朝起きたらDMが来ていて、そこで一気に記憶が甦ったそうだ。
――――――つーか、なんつーとんでもない企画の話してんだよ!?
「ジョーダンのつもりだったんだよ! 本気にするなんて思わねーじゃん!」
大体、【ダンジョン】なんて一般の素人が簡単に入れるもんじゃない。一つというわけではないし、世界中に突如出現したらしいのだが、見つかったら大体が政府の管轄に入る。日本の場合は、自衛隊が配備されるのが常だ。
動画配信者が【ダンジョン】に潜ることが出来るとしたら、天然のダンジョンを国より先に見つけることが出来た時のみである。何だったら、【ダンジョン】探しで1本動画ができるほどだ。
「……どうしよう?」
――――――やらないわけには、いかないだろ。
タカハシの問いかけに、俺はきっぱりと答えた。A子さんに期待させておいて何、のアクションも起こさないなど、芸能界では死に等しい。
というか、せっかく興味を持ってくれてるんだから、なんらかの爪痕は残したいという気持ちがある。
……という訳で。
「どうもー! タカハシでーす! 今日は何をやるんですか?」
――――――今回やる企画は、こちら!『~じいちゃんの山で【ダンジョン】探し~』!
「よいしょー! ……え?」
テロップと同時にタカハシが拍手し、直後真顔になる。台本通りの流れだ。
カメラを構える俺の気持ちは、「お前のせいだろうが!」である。
動画の撮影のために、俺とタカハシはバイトを休んで田舎に来ていた。俺にとっては、実に10年ぶりくらいの帰省である。
――――――まあ、ね。【ダンジョン】が発生する可能性がある、というのがね。主に山の中の洞窟とかね。そういう感じのところなんですよ。調べた感じだと、そう言った洞窟が、我々の住む世界と異なる世界……いわゆる【異世界】というものと繋がることで、【ダンジョン】が生まれるのだとか。
「なるほどぉ」
――――――それでですね。ちょうど、うちのじいちゃんが、山を持ってまして。相続する前に【ダンジョン】がないかを確認しよう、という企画でございます。
「なるほどねぇ……ちょっと気が早くない?」
――――――まあ、いつ何があるか、わからないから。
そういうことで、俺たちはじいちゃんの山に入り、ダンジョンがないかを調べ始めた。……と言っても、「見つからない」で済ませる気だったのだ。当初は。
この動画を投稿して、A子さんには「すみません、探したんですけどダメでした」とDMを送れば、ダメージは少なくて済む。
というか、「どーせ見つからないだろ」というのが本音。【ダンジョン】なんて、そう簡単に見つかるもんでもないし、都合よく身内の山の中にできるもんでもない。
……なんて、思っていたのだが。
小ボケを挟みつつ、じいちゃんの山を散策して2時間。
見つけた洞穴が、【ダンジョン】になっていた。
「……こ、コジマ……! コレ……!」
――――――嘘だろ。本当にあったよ……。
テレビなどでしか見たことがなかったが間違いない。【ダンジョン】になった洞窟は、空間が歪んだようになるからよくわかる。洞窟の入り口の虚空が、奇妙に歪んでいた。
一旦カメラを止めて、俺たちは洞窟から離れた。【ダンジョン】の生物が、中から出てくるかもしれない――――――。そんな危険が、脳裏をよぎった。
長丁場の探索を想定したキャンプ用のテントを立てて、俺たちは中で作戦会議を始めた。
「ど、ど、ど、どうする!? ほんとに、【ダンジョン】があったぞ!」
――――――どうするって、通報するに決まってるだろ! あんなの、ほっとけるか!
「でもさ! ホントにあったんだぞ! 【ダンジョン】! 乗り込まないのか!?」
――――――「パンツ一丁」でか!? 死ぬぞ!?
「なあ、コジマ! 冷静に考えてみろよ! これは、チャンスだぞ!? A子さんだって、ホントに【ダンジョン】に潜ったら、絶対に俺たちを取り上げてくれるって!」
――――――だからって、こんな……!
「お前が行かないなら、俺は一人でも行くぞ! ……せっかく、せっかくチャンスがあるんだ! やらない手はないぜ!」
――――――タカハシ……!
タカハシは俺の両肩を掴んだ。凄むように勇敢な発言をしていた奴だったが、その手は、震えていた。
「俺だって、怖えよ。でもさ、このままずるずると生き続けるのも怖いんだよ。なまじ生きられるから怖いんだ。必死に生きない方が平和だから怖いんだ。自分が自分でない方が、丸く生きられるなんて、考えただけでも眠れないくらいに怖いんだ。だから、思いっきり自分としてぶつかっていって、死ぬなら俺はそうやって死にたい」
そうしてタカハシは服を脱ぎだした。パンツ一丁、手にはナイフ1本。ハンディカメラを持って、テントを出ようとする。
「――――――俺、行くよ。お前は、警察に通報しておいてくれ。運が良かったら、俺、自衛隊に助けてもらえるかもしれないしな」
丸出しの背中を向けて外に出ようとするタカハシの後ろで、俺はテントに座ったまま考えていた。
……本当に、これでいいのか?
今のコールセンターの仕事を続けていれば、とりあえず食ってはいける。でも、本当に、それだけでいいのか?
そもそも、俺は、何でお笑い芸人になった? コンビを組もうと言ってきたのはタカハシだ。だが、養成学校に行く決断をしたのは、他でもない俺だ。
――――――俺は、俺になりたい。ほかの誰かが代わりにできないようなことを、やりたい。やってのけたい。
そう思って、芸人を志したはずだった。そんな気持ちがあったはずだった。なのに――――――。
大人になっていき、社会にもまれる中で、俺は「俺」を殺すようになっていた。その方が、平和だから……。
(……嫌だ。そんなのは、嫌だ)
気づけば、俺の尻は椅子から浮いていた。ハンディカメラと充電器、そして……赤いTシャツ。「タカハシちゃんねる」撮影時の、アイツのトレードマークだ。
テントから出て、タカハシの肩を掴む。振り返った高橋の顔に、Tシャツを叩きつけた。
「わぷっ! 何だ!?」
――――――お前はバカか! パンツ一丁で配信なんて、BANされるに決まってるだろ! 男でも、乳首は出したらダメなんだよ!
「……コジマ……!」
――――――大体、充電器も持ってかないで、バッテリー切れたらどうすんだ! カメラの取り換えとか、どうやるかわかるのか!? コメント返信の管理は? そもそも、配信の始め方は!? お前、機械まるでダメだから、俺に編集押し付けたんだろ!
「……着いてきて、くれるのか!?」
――――――俺だって、このままでいいなんて思ってない。こうなったら、とことんやってやる! 無茶ぶりしまくるからな、覚悟しとけよ!
「……おう! 任しとけ! 全部こなしてやるよ!」
親指を立てるタカハシに頷くと、俺はまず最初の指令を出した。
A子さんへの連絡だ。
『いまから配信します! それから、さすがにパンツ一丁は投稿サイトの規約に引っかかるので、Tシャツ1枚で勘弁してください』
そうしてタカハシはトレードマークの赤いTシャツを着る。白の蛍光テープで、両面に「タカハシ」と書かれただけの、フリマで買った安物だ。
カメラを回す。タカハシを映し、俺は配信をスタートさせた。
「どうもー! タカハシです! これから、【ダンジョン】に挑戦しようと思います!」
――――――Tシャツ1枚でお願いします。
「……え―――――――――――――――――――――――――っ!?」
あらかじめ予定した前振りを終えて、俺たちは夢の舞台へと向かう。コメントにちらほら「やめろ!」「考え直せ!」「引き返せ」などとコメントがあったが、もう止まることはない。
こうして俺たちコンビは、【ダンジョン】へと足を踏み入れたのだ。
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