第2話 Tシャツ1枚でダンジョンに凸するきっかけを教えてください!

「……ダメだぁ、伸びねえ~~~~~~~~~~~!」


 タカハシが自分の坊主頭を両手で抱え、ノートパソコンと向き合いながら、とうとうひっくり返った。


 ――――――マジ? 結構頑張ったんだけどな、今回の編集。


「だよなあ。俺もかなりいいと思うんだけどな? 今回のコジマお前の作ったサムネ」


 俺はタカハシのリアクションに、電子レンジでチンしたパスタソースを指でつまみ上げながら、がっくりとうなだれる。


 俺とこの男は、お笑い養成学校の同期だった。親に頭をこすりつけるほど頼み込んで入った大手芸能事務所付きの養成学校で、初っ端から2人揃って遅刻したのが、知り合ったきっかけだ。そのままの勢いで、俺たちはコンビを組んだ。


 コンビ名は「コジマたかはし」。2人の苗字を合わせたら、なんか名前っぽくね? という、若さゆえの視野の狭さから安直につけた名前だった。

 それから卒業に至るまで、俺たちが目立つことはなかった。一番上ではないが、一番に下でもない。突き抜けることが出来ない、中途半端な成績のまま、卒業を迎えた。


 芸能事務所に一応席は設けてもらったけれど、鳴かず飛ばず。タカハシは頑丈な身体を持ち、ちょこちょことサバイバル系のバラエティ番組に呼ばれたりしたけれど、特に俺の方は何もなかった。


 芸人で稼げないので、コールセンターでバイトをしていた。その方が家賃を稼げるので、次第にコールセンターの方が本業っぽくなっていった。今では事務所に、俺の席があるかどうかもわからない。マネージャーも、わずかながらでも仕事のあるタカハシにしか構わなくなっていたからだ。


 そんなある日、タカハシが俺の家に、突如としてやってきた。


「家追い出されたから、住まわせてくれ!」


 タカハシも芸人の仕事だけでは食っていけず、家賃が払えなくなったそうだ。さらに言えば、タカハシのやっていたバイトはいわゆる最低賃金で、まともな生活などできるはずもない。そのままタカハシは、俺の家に転がり込んできた。


 1人暮らしの契約だったので、管理会社に懇切丁寧に説明し、次の家が見つかるまで、ということで、契約は1人暮らしのままで維持している。2人暮らしだと、その分家賃がちょっと増えてしまうのが、うちのアパートなのだ。

 互いにバイトしながら、半ばルームシェアの状態で過ごす日々。月に1回、2回歩かないかくらいの小さな劇場で、俺たちは何とか爪痕を残そうとコントに励む。だが、なかなか芽は出ない。


 そうして互いに28歳を超え、いよいよ30代が見えてきたころに、タカハシが俺に言った。


「コジマ、Y●uTubeやろうぜ!」


 事務所ではすでに何人かの先輩後輩が、事務所付きで動画配信を始めていたころだった。すでに、Y●uTuberが子供の成りたい職業ランキングに入っている、というニュースもよく聞く。


 そして、俺は多少だが、コールセンターで動画編集に近い仕事もやっていたから、最低限のノウハウはあった。

 誰かを雇う金もないので、2人で始めた「タカハシこじまちゃんねる」。投稿する動画は、タカハシの身体を張った企画だったり、俺のゲーム実況だったり。


 俺のゲーム実況はあんまり投稿数が伸びなかったので、タカハシに何かやらせるのがメインとなった。俺はカメラの向こう側。最初から、顔は出してなかった。名前も「タカハシちゃんねる」に変えた。そうしたら登録者はちょっと増えた。


 そして、「タカハシちゃんねる」2年目の現状は、登録者数35人。35人も、パッと見顔見知りの名前が並んでいる。


 ――――――所詮、こんなもんか。


 そう思ってはいたが、それでも諦めないで動画の企画を出し続けるタカハシに、俺は半ば惰性で付き合っていたのだと思う。


 そうしてずるずると、鳴かず飛ばずで動画投稿を続けていたある日。事件は起こった。


「コジマぁ―――――――っ! 大変だぁ――――――――っ!」


 寝起きと同時にバタバタと俺の部屋に駆け込んできたタカハシは、真っ青になっていた。何事かと聞いたら、スマホの画面を見せてくる。SNSのDMだ。


 やり取りの相手は――――――W.A子さん!?


――――――はちゃめちゃに超大御所の芸能人じゃねえか!


 しかも、やり取りの内容。それは、俺には信じられないものだった。


『お前の言ってた企画、いつ配信すんねん? 楽しみに待っとるで!』


 ……配、信? 言ってた企画……? 全く、身に覚えがない。

 呆然とする俺に、タカハシからの釈明が入った。


「いや、実はさ、この間マネと飲みに言ったら、マネの先輩が来るって話になってさ。それで、その先輩がマネージャーやってるのがA子さんで、『私も行くわ』って言いだしたらしくて……そのまま来ちゃったんだよ」


 数々の伝説を残す中で、よく軍団と呼ばれる方々から聞かれるのが、A子さんの酒豪伝説であった。周りのすべてを呑みで潰し、自分は高らかに大笑いをしている。そんなことが、飲みの席では頻繁に起こるのだと――――――。


「でさ、そんな人が一緒に飲んでくれるってなったら、やっぱり顔覚えてもらいたいじゃん。だからさ? 俺、めっちゃ頑張って酒付き合ったんだよ。その時に、動画投稿やってることも伝えてさ」


******


『おお、Y●uTuberやっとんのか! さすが若いのは、流行に乗るなあ』

「はあ、ありがとうございます」

『どんな動画出してんの? 教えてや』

「まあ、主に俺が体張った企画ですね。アスレチック行ったりとか、ボルダリングとか」

『なんやそんなん。体張るんなら……アレや。【ダンジョン】行けや!』

「【ダンジョン】?」


 【ダンジョン】とは、最近日本に現れた、未知の洞窟であった。なんでも、異世界に繋がっているらしいという、未知の領域。未知のため政府からは立ち入り禁止となっているのだが、ダンジョンはあちこちに点在しており、動画配信者にとってはネタの宝庫となっている。


 もちろん相応に危険もあるのだが、A子さんの酒に付き合ってべろべろに酔っぱらっていたタカハシは、正常な判断力を失っていた。


「……いいっすねえそれぇ! 何だったらあれっすよ、でダンジョン制覇してやりますよ!」

『おお、言うたなあ! よし! 何なら生配信でやったらどうや?』

「あーもう最高じゃないっすかあ! なんか燃えてきたぁ!」

『そーかそーか! ほら、もっと飲め飲めぇ!』


 そうして朝まで飲み明かしたタカハシは、帰ってきた後のバイトをバックレてぶっ潰れていた……。

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