タカハシさん、Tシャツ1枚でダンジョン攻略してください!

ヤマタケ

第1話 Tシャツ1枚でゴブリンから女騎士を救出してください!

「くっ……! 離せ! この下衆どもが!」


 洞窟の中で、手足を縛られた女性が、自分を取り囲む影をにらみながら、叫んでいる。鎧をまとっているところを見るに、女騎士である、ということが見て取れた。


 彼女を取り囲んでいるのは、土色の肌――――――いや、実を言うと暗くて詳細の色は全然わからないのだが、松明にぼんやり囲まれた中に映る、こじんまりした沢山の人影。


 小さい身体にやけに大きな鼻をもち、どいつもこいつも頭頂部が禿げ上がっている――――――いわゆるゴブリンという奴だ。


 女騎士を取り囲んでいるちょっと離れたところで、彼女のものであろう片手剣と盾は、ゴブリンたちによって弄ばれていた。


(くっ……! 何たる不覚……!)


 女騎士は自分の浅慮な行動を、唇を噛みしめながら後悔していた。まさか、ゴブリンの仕掛けた落とし穴に気付かないで、そのまま気を失ってしまうとは。


 自分が一体、この後どうなるのか。そんなことは、ゴブリンという存在を知っていれば簡単に想像がつく。

 案の定、ゴブリンの一体が、彼女の鎧を無理やりに引っぺがす。内側に着ていた鎖帷子も引きちぎられ、彼女の豊かな乳房が露になった。


「くっ……! やめろぉっ!!」


 女騎士は悲痛な声を上げるが、それは洞窟内に虚しく響く。続いたのは、滑稽な悲鳴をあざ笑う、ゴブリンたちのしゃがれた声だけだ。


(……誰か……!)


 期待のできない祈りを込めて、彼女は目を強く瞑る。


 ……それが、彼女にとって、最大級の幸運だった。


 閉じた瞳の奥で、何かが白く光り輝いた。閉じた瞼越しに、わずかに彼女が感じ取ったと同時。


「――――――ギャアアアアアアアアっ!?」


 突如、ゴブリンたちの悲鳴が、洞窟内に響き渡る。何事かと思い、女騎士が目を開けると……。


 目の前は、得体の知れない煙に包まれていた。煙の中で、目を押さえていたり、きょろきょろと周りを見回しているゴブリンたちの、シルエットだけが見える。


「な……何だ!?」

「ギャアアアアアアっ!」

「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」


 煙の中で、ゴブリンの悲鳴があちこちから聞こえる。バタバタと、ゴブリンたちが倒れていく音がした。

ゴブリンたちは、強い光で目をやられた後にすぐさま煙でわずかな視界もふさがれ、完全に動転している。

 女騎士のすぐそばで、倒れる音がした。そろりと縛られた身体を這わせて近づくと、どうやら弓矢で脳天を射抜かれているらしい。あんぐりと口を開けて死んでいるゴブリンの眉間に、深々と矢が刺さっていた。


 死んだゴブリンたちは、そのまま塵となって消えていく。魔物は死ぬと、わずかな身体の部位を残して塵となって消えるのが、世界の法則であった。


(……誰かが、ゴブリンを攻撃している? 弓矢で? こんな視界の悪い中で?)


 女騎士に辛うじて分かったのは、それだけだった。確かに、伏せて耳を澄ますと、弓矢の弦が放たれ、しなる音がする。ここからそう遠くないところだろう。

 やがて、しなる音がピタリとやんだ。矢がなくなったのだろうか。ゴブリンはまだまだ残っている。弓矢の射手は、一体次はどうするつもりなのか。


 その答えはすぐにわかった。黙々と立ち込め続ける煙の中に、こん棒を持った人影が現われたからだ。身体の大きさから、ゴブリンではない。女騎士と同等サイズの人間であることも、身体の形からわかる。とがった耳もなければ、広い肩幅でもなかった。

 ゴブリンたちは光で目を焼かれているから、煙の中の人影の存在に気付けなかった。人物の存在に気付けたのは、光を目をつぶって回避した女騎士だけである。


 大きな人影は、ゴブリンの陰の背後に回ると、後ろからこん棒でゴブリンの頭を殴りつけた。「ギャッ!」という短い悲鳴を上げて、ゴブリンは塵と還る。

 そんなことを、煙の中で繰り返す。ゴブリンは、動転して動き回っているから、煙の中でもすぐにわかった。女騎士は逆に動かなかった。下手に動くと、自分も攻撃されそうな気がしたのだ。


 しばらく、ゴブリンの悲鳴だけが、煙の充満する洞窟に響いていた。女騎士は、鼻と口を地面に押し付け、煙を吸わないように。地面に伏せて、じっとしていた。


 やがて、ゴブリンたちの悲鳴は、完全に聞こえなくなった。煙も、時間が経って風に流され、完全に消え失せる。

 伏せていた女騎士の目に、ゴブリンを屠っていた者の足が映った。恐らく松明を持っているのだろう、上から照らされる光によって見える足の肌の色は、自分と同じ色だ。


 ……というか、肌が見え過ぎであったことに、彼女は首を傾げた。

 ここは洞窟。女騎士である彼女もそうだが、間違っても人間が素足で来るようなところではない。素足でこんなところを歩き回るのは、それこそゴブリンのような魔物どもしかいない。


 そして、見えた足は、すね毛の中々に目立つ素足である。


 恐る恐る顔を上げると、そこにいたのはちゃんと人間の男だった。


 坊主頭で、背中に弓と矢とを背負い、手には松明。反対の手には、女騎士のものである片手剣が握られている。恐らくゴブリンから奪い返したのだろう。


 だが、気になったのは彼の格好。素足であるのもそうだが、着ている服装は、薄く、赤い布の服1枚のみ。下に履いているのも、太ももくらいの丈しかないズボン。なんというか、村で遊ぶ少年のような格好である。

 

 男は彼の格好にぽかんとしている女騎士の存在に気付くと、目を見開いた。


「あ、貴方! 大丈夫ですか!」


 大きな声で、男ははっきりとそう言った。どうやら、助けてくれたというのは間違いないらしい。新手の魔物が来たのではないかと、女騎士は若干疑っていた。


「あ、ああ。ありがとう……手足を縛られているんだ。解いてくれると助かる」

「わかりました!」


 男はするすると、女騎士の手足の縄を切る。腰に付けた道具袋から短剣を取り出すと、慣れた手つきで彼女の拘束を解いた。


「これで大丈夫です」

「ふぅ。これで自由に動けるな」


 女騎士は立ち上がり、男の方を向いた。男はその瞬間、「わあああああっ!」と叫んだ。彼女の豊かな胸は、ゴブリンの魔の手によって露になったままだ。


「……あっ! すまない」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 男は彼女を手で制すと、くるりと後ろを振り向いた。見た目は蛮族のようだが、随分紳士的な、と彼女は感心するが。


 彼は後ろを向くと、手で×印を作っていた。それを、高々と掲げている。まるで、仲間にアピールしているようだった。


「――――――こっち来んな! カメラ止めて! 彼女、おっぱい出てるから! 配信に流したら、BANされちゃうから!」

(……配信?)


 聞き慣れない言葉に、女騎士は首を傾げる。


 男の着ている布には、白い文字で「タカハシ」と、大きく光っていた。

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