第2話 妹
睦月の頭に残っている記憶は、決して悪いものではない。それなのに、自分の気持ちの中で、何か不安めいたものが渦巻いているのを感じていた。
それは失ってしまった記憶への恐怖であり、思い出さなければいけないという思いと、思い出してはいけないという思いが頭の中で交差しているからだ。
交差している部分は、意識のしっかりした部分であり、それを取り巻く環境が、しっかりした部分を抑えきれないことに対して、不安が募っているのである。
睦月が自分の意識の中で、
――覚えていなければいけないことと、忘れてしまっても問題ない――
ということをうまく切り分けできているのかどうか、自分でも不安だった。もしできているとすれば、最初から記憶というものを意識が凌駕できたことを示しているように思えてくる。
しかし、記憶を意識が凌駕するなどという考えは、普通に考えて、考えられることではない。やはり、覚えていなければいけないことと、忘れてしまっても仕方のないということを切り分けるのは難しいと言わねばなるまい。
森山が自分の記憶の欠落を感じたのは、睦月と知り合ってからのことだった。本当は睦月と知り合う前から、
――俺の記憶って、本当に間違っていないのだろうか?
といつも考えていた。
それは、記憶と意識というものを一緒に考えていたからだ。。
いくら子供でも、まったく同じものだと思っていたわけではなく、
――意識というものが、時間が経つことで形を変えて、そして累積されていくのが、記憶なんだ――
と考えるようになっていたが、その思いを感じるようになった最初は、高校生になってからだった。
高校生になるまでは、漠然としてであったが、
――時間が経てば、意識は記憶に変わっていく――
ということを感じていた。漠然としたものが形になってくると、そこに時間軸を感じるようになってきたのだ。
男性の方が女性よりも、ロマンチックなもののようで、男性は、なかなか現実的になれない。特に妄想を抱いている時や、漠然としたことを考えている時は、余計にロマンチックに考えるもののようだ。
そのせいもあってか、自分の記憶がなくなっていることも、気が付いていたが、不安に感じることはなかった。余計なことを考えてしまうと、残っている記憶を意識してしまって、
――どこまでが本当の記憶なのだろうか?
と、疑心暗鬼に駆られてしまう。
人から指摘されたこともあった。
「お前最近忘れっぽくなったようだが、大丈夫か?」
「えっ? 何かを忘れたことなんかあったかい?」
「それを覚えていないことからして、忘れっぽい証拠だ。お前の感じている記憶というのは、本当なのかな?」
「よく分からないけど……」
曖昧に答えてはいたが、相手が何やら確信めいたものを持っていることが気持ち悪かった。しかし、話を思い出してみると、森山がどう答えても、相手に有利になる会話でしかないことに、違和感を感じていたが、違和感というよりも、小さな箱の中で堂々巡りを繰り返している自分の姿を見ているようで、思わず、空を見上げてしまった。
――空の向こうから、もう一人の巨大な自分が覗きこんでいる――
という妄想を抱いていたのだ。
――男なのに、妄想を抱くなどあっていいものなのか?
森山はそれまで、変なプライドがあった。特に男性になくて女性にしかないものの存在に対しては敏感になっていて、
――自分に、女性にしかないものが存在するなどありえない――
と感じていた。
しかし、それは裏を返せば、自分の中に女性っぽさを感じているという証拠でもあった。さすがに、
――性同一症候群――
のようなものはなかったが、成長期の自分がまわりの男の子たちと違って、さほど女性に興味を持っていなかったのは、
――自分が男らしいからだ――
と自負していただけに、女性っぽさなど、自分の中にはありえないとしか思っていなかった。
女性の身体を綺麗だと思うようになっていったが、それは自分の身体を見た時に感じるギャップがコンプレックスになっていった。
――どうして、俺の身体はこんなに醜いんだ――
と思っていた。
精神的に男であれば、女性の身体を見て反応することが性であり、男として大人になっていく証だと思っていたのに、それ以上に自分の身体を醜いと感じるのは、成長期における自分の汚点だと感じていた。
自分の記憶が欠落していたのは、そのあたりに原因があったのではないかと思うようになっていた。高校生の頃の一時期だけ、自分が女性っぽいと感じていたことは、記憶としてハッキリと残っている。しかし、その思いがどのようにしてなくなり、男性の大人に気が付けばなっていたと感じたのか、そのあたりの記憶が曖昧だったのだ。
その時の記憶として曖昧ではあるが、覚えていることとして、
――確か、女性と知り合った気がする――
というものがあった。
その女性とどのようにして知り合ったのか覚えていないが、仲良くなるきっかけとなった会話は覚えている。
「あなたは、何か自分に自信がないの?」
「えっ? どういうことだい?」
「だって、あなたの目は私を直視できないでしょう? いつも下を向いたり、私の目を避けるようにして見続けている」
「意識していないけど」
「それが自分に自信が持てない理由なんでしょうね。どうして自信が持てないのか分からないけど、あなたは、決して表に出してはいけないと思っていることを、ギリギリのところで表に出すのを思い止まっているように思えるの」
彼女からそう言われて、彼女を凝視したのを思い出した。
――確かに、彼女のいうように、俺は彼女を今までまともに見たことがなかったな――
それは、自分の中に女性を感じていたことで、女性の目を直視することが恥かしかった。男なら、そんなことで恥かしがるはずはないのだが、やはり、女性というイメージを自分の中に埋め込んでしまったことが影響しているに違いない。
「自信が持てないというよりも、相手に指摘されるのが怖いからなのかも知れない」
「それが自信を持てないことだというのを、あなたは分かっているはずだと思うんだけど、あなたがそれを認めたくないと思っている。だから自信が持てないということを、相手に求めさせたくないのよ。相手にズバリ指摘されると、きっとあなたは、すぐに認めてしまうんでしょうね。あなたはそんな男性なのよ。つまりは、男性の中に女性らしさを持っていて、時々それが表に出てくることで、余計に認めたくない自分を表に出すわけにはいかないのよね」
分かったような口を利く彼女に、何とか反論を試みたかったが、ここまで看破されてしまうと、出てくる言葉は何もない。その時、彼女にその後何と答えたのか覚えていないが、その時を最後に、繋がっている範囲での自分の記憶の中に、
――女性らしさ――
というものは消えていた。
中学時代の自分が、二、三年の時を一気に超えて、その時に降り立ったような感覚だった。それはまるでタイムマシンのような感覚で、二、三年というのは自分の中でなかったものとして、
――まるで昨日のことのようだ――
と感じるようになっていた。
そんな記憶を、きっと自分では「トラウマ」のように思っていたのかも知れない。
実は、最近まで、自分が女性っぽかったということを忘れていたようだ。曖昧な記憶はその前後の記憶がうまく繋がってしまったことで、消えてしまっていた記憶を感じさせなかったに違いない。
女性っぽさというのは、自分の中で、
――忘れたい忌わしい過去――
だったに違いない。
しかし、その過去を何かの拍子に思い出した。それが、自分の付き合っている相手である睦月の記憶が、半分なくなっていることを聞かされた時だった。
「彼女の記憶は、半分失くなっているようなんです。本人に意識があるかどうかは、ハッキリとはしないのですが」
と言われた時だった。
――記憶が半分ない?
それは、まるで自分に対して言われているような気がした。その時まで、自分の記憶がなくなっているなど、想像もしていなかった。ただ、何となく記憶を呼び起こす時、昔に比べて、何か重たい感覚を覚えたからだ。
――頭痛とは少し違うけど、重たいというのは、どういうことなんだろうな?
と、話を聞きながら、森山はその時、自分の世界に入っていた。
医者はその時、
――森山自身が自分の世界に入りこんでいることを知っているのではないか?
と感じていた。
森山のような人をきっと今までにも何人か見てきたに違いない。
――この人を見ていると、睦月さんとどこかダブっているように感じられる――
と感じていたとすれば、森山と睦月の共通点を知っているのは、医者だけではないかと思えてきた。
医者は、二人を見ていて、
――これから、この二人がどうなっていくか、ずっと見てみたい気がする――
という思いに駆られた。それは医者としての好奇心からなのか、それとも、彼自身の人間としての気持ちなのか、すぐには分からなかったが、
――別にどちらかを無理に決める必要もないのではないか?
と思うようになっていた。
医者がそんなことを思っているということを、森山も睦月も知らなかった。それだけ二人は客観的に見ると、興味深い二人だったに違いない。
――森山が睦月と知り合って、付き合うようになったのは、二人の運命なのかも知れない――
医者はそう思っていた。
本当は、医者という立場からも、自分の性格からもあまり「運命」などということを信じる方ではなかったが、時々、無性に信じてみたくなる時がある。そのことをこの医者は自覚していたが、
――どうして、時々無性に思うのだろう?
と考えていた。
まるで何かを我慢していて、張りつめていた糸が切れそうな気がしてくるからなのだが、今まで、そんな患者さんを医者として客観的に見てきたのに、
――自分にもそんなところがあるかも知れない――
と思いながら、そこを意識しないように敢えてしていた。だが、二人を見ていると、まるで我慢しているかのようで、
――必要のない我慢ではないか――
と思うようになると、今まで自分を客観的に見ていたことに今さらながら気付いたことが、
――我慢していたんだ――
という思いを呼び起こすことになっていた。
もちろん、森山も睦月も、自分たちの存在が、医者にそんな思いを抱かせているなどということを知る由もなかった。そういう意味では、睦月も森山も、医者のことを客観的にしか見ていなかったが、先に医者の意識が自分たちに対して主観的に見ているということに気が付いたのは、森山の方だった。
森山は、医者のそんな意識や目を感じたことで、自分が過去の記憶をわざと忘れようとしていたことに気が付いた。
――やはり、わざと忘れようとしたことというのは、まるでメッキのように剥げやすいものなのかも知れないな――
と感じるようになっていた。
睦月の方も、森山の記憶が一部なくなっていることは知らなかったが、
――何となく、彼なら分かっているんじゃないか?
というイメージがあった。
医者から、
「記憶の半分がなくなっている」
と言われても、自分に置き換えてイメージできる人は、そんなにはいないはずだ。同じような経験をした人にしか分からないというのは、当たり前のことであろう。
ただ、睦月には自分の失った記憶を自分の記憶として持っている人が、この世にいるということを実際には知らなかったが、信じられないと思い否定しながらでも、意識せざる負えなくなっていたことが気になっていた。
それは、一度ならずとも、二度までも夢に見たことから始まっていた。
夢というのは、一度ならず二度までも見たという記憶を、果たして持てるかということが、睦月にとって不思議なことであった。
――目が覚めるにしたがって、どんなにセンセーショナルな夢であっても、ほとんどのものは忘れてしまうものだ――
という意識があった。
もう一度見てみたいと思う夢は、必ず、途中のちょうどいいところで目が覚めてしまうものであり、その意識だけを持って目が覚めてしまうことで、記憶には意外と残っていなかったりする。つまりは、自分にとっていい夢ほど、記憶の中に残らないというのが、睦月の考えだった。記憶の中に残っている夢は得てして怖かったり、
――二度と見たくない――
と思うような夢ばかりだった。
都合よく見ることができないというのが、夢というものなのだろう。
さらに不思議なのは、
――どうして、その人が自分の失った記憶を持っている――
ということが分かったのだろうか?
夢に出てきた人から、話を聞いたのだろうか? いや、記憶の中にある夢に出てきたその人が、何かを喋ったという感覚は残っていない。声や喋ったということを忘れてしまってはいたが、その人から聞いたという意識だけが残ってしまっているのだろうか? 睦月は頭の中でいろいろ考えてみるのだった。
夢の中での出来事は、ほとんど、色を感じることはない。色を感じないという意識はあったが、人の話を覚えていることはあっても、その人の声がどんな声だったのかということを意識しなかったというのを考えたのは、この時が初めてだった。
きっと夢の中で、相手が知らない人であっても、誰か知っている人の声にイメージさせて聞いたような気持ちになっていたに違いない。目が覚めていくうちに忘れていくのは記憶なのだが、それ以外に、最初から聞いたはずもない声をあたかも聞いたかのようにイメージしてしまうのも、夢の特徴なのではないだろうか。
睦月は自分の声を、
――意識している声と、他の人が感じている自分の声とでは、かなり違っているものだ――
ということを知っていた。
それは、学生時代に放送部からインタビューされた時に答えたテープを後になって聞かされた時のことだった。
「これって私の声?」
と、ビックリして聞かせてくれた放送部の人に聞くと、
「ええ、そうですよ」
という答えが返ってきた。
「これが私の声だなんて」
と、不思議がっている睦月を見ながら、放送部の人たちは何も言わなかった。その表情は無表情で、
――意外に感じることを最初から分かっていたのではないか?
と思わせるほどだった。
――意外に思っているのは、私だけではないんじゃないかしら?
同じように自分の声をテープで聞かされた人が、以前にも同じようなリアクションを取ったことで、放送部の人たちは、
――自分が感じている声と、他の人が聞いた声とでは、まったく違っているのではないんだろうか?
ということを知ったのかも知れない。
中には自分の声を録音して、実際に聞いてみた人もいるだろう。だが、そのことはなぜか誰も公言しようとはしない。
――人に話すことではない、暗黙の了解――
だという風に、自分たちの中で感じていたに違いない。
睦月は、森山に夢の話をした。自分の失った記憶を持っているという話まではしなかったが、森山には睦月の言いたかったことが漠然としてであったが、分かっていたような気がする。
睦月にとって、今まで森山に対して話をする時というのは、何か目的がしっかりしている時が多かった。今回の夢の話のように漠然としたものではなかったのだ。
森山は普段は鈍感だが、睦月のこととなると、結構鋭いところがあったりする。
「鈍感なあなたが、私のことだと結構鋭いのは、それだけ私を気にしてくれているからなのよね?」
と、睦月はからかうように言うと、
「それだけ君が頼りないということさ。鈍感な俺に気にされるんだからな」
と森山も言い返していた。
二人の会話は他愛もないものだったが、結構的を得ていたのかも知れない。
睦月の話が漠然としていたのは、睦月自身、夢の中で感じたことに対して半信半疑なところがあったからだ。
――本当は誰かに話すようなことではないんだわ――
と思っていたが、どうにも一人で抱え込んでおくには辛いところがあった。
――話すとすれば森山しかいない。だけど、森山に話したところで、余計に話が複雑になるかも知れない――
という思いを抱いていたはずなのに、睦月は不用意にも話してしまった。
話したことを少し後悔していたが、その思いは、半分当たっていたかも知れない。森山は口には出さなかったが、睦月に対してあれだけ敏感だったはずなのに、次第に睦月のことが分からなくなっていった。
睦月が森山の進んでいく方向とは離れて行っているように思えた。気が付いた時には手を差し伸べて届く範囲にいるわけではなかった。自分が動いて引き寄せればいいのだろうが、森山は自分の進んでいる路線から降りるのを恐れた。いくら相手が睦月であっても、自分の進んでいる路線を降りるというリスクを犯すには、そこまでの勇気はなかったのである。
――どうして離れていくんだろう?
それは考え方によっては、進むべき路線をどこかで間違えたのは、森山の方なのかも知れないということだ。それならば、逆に睦月を引き寄せるということは無理なことであって、そんなことをすれば、それこそ元に戻れなくなってしまいそうで怖かった。
森山は自分が睦月のことさえ分かっていれば、まわりからどんなに、
「お前は鈍感なやつだ」
と言われても構わないと思っていた。
森山が鈍感だというのは、別にまわりに迷惑を掛けるものではない。まわりの空気が読めなくて、余計なことを口走ったりしないからである。まわりから鈍感だと思われていると、まわりも過度な期待をしてくるわけではないので、気を遣うこともない。
元々森山は、鈍感ではなかった。ある時を境に鈍感になってしまったのだが、それは、
――人に気を遣うことがナンセンスだ――
と感じた時からだった。
人に気を遣うというのは、自分たちの輪の中でだけの「常識」であって、自分たちのさらにまわりには無頓着である。
――そんな気の遣い方なんて、しない方がマシだ――
と思うようになった。
それから、まわりのことを考えるのは、余計なことであり、人のことに対して、余計な詮索をする人が醜く見えてきたことから、その分、自分の殻を作ってしまったのかも知れない。
森山は睦月に対しては、違うと思っていた。
――睦月に対して自分がすることは、どれもが余計なことではないんだ――
と言い聞かせていた。
睦月も森山から受ける影響は、どんな細かいことであっても、否定したりなどしなかった。
別に、
――絶対服従――
などという感情があるわけではなく、特に、
――服従――
という言葉に嫌悪感を感じている睦月としては、いくら森山でも、それはあり得なかった。
森山の方も、服従という言葉は嫌いだった。相手に服従を強いるということは、それだけ自分にも責任が大いにあるわけで、ある意味、服従させる人に対して、
――命を掛けて守らなければいけない――
という思いが、決して大げさではないと言えるのではないかと思っていた。
そういう意味では二人は、それぞれにギブアンドテイクの考え方だったのだろう。
――どちらかが押せば相手は引く。相手が引いた瞬間に押してみる――
そのタイミングが絶妙であればあるほど、お互いに気を遣っているなどという感覚はなくなってくるに違いない。いわゆる、
――ツーカーの仲――
というやつだろう。
森山は睦月の話を聞いていて、自分が引いていることに気付いた。しかも、引いているところを見下げるようにすると、そこには存在しないと思っていた溝があったのだ。深い溝で、見えるわけがない底の部分を、一生懸命に探っている。
睦月はそんな森山の気持ちを知ってか知らずか、ずっと話し続けている。それも普段にはないほどの力強さがあった。自分の話に夢中になるとまわりが見えなくなるというが、睦月は確かに他の人が相手の時には、その傾向があったが、相手が森山であれば、そんなことはありえなかった。
なぜなら、普段からツーカーの仲だと思っていたから、相手が引いたり押したりしてくるところは分かっていた。自分のタイミングで話をすることができたのである。
――本当は鈍感なのは、森山さんではなく、私の方なのかも知れないわ――
ふと我に返るとそんなことを考えた。睦月は自分の記憶が半分失われていることで、何か焦りのようなものがあるのかも知れないと思っていた。だが、それを水際で防いでくれていたのが森山だった。
――森山に対して、自分が思っているよりも大きな負担を掛けているのかも知れないわ――
と感じたことで、睦月はそれまで嫌いだった、
――服従――
という言葉が頭を擡げてくるのを感じた。
――彼に、服従する気持ちになってみようかしら?
と睦月は考えた。
だが、それは意外と簡単なことであり、しかも、自分が楽であった。相手のいうことさえ聞いていれば、それでいいからだ。特に無理強いなどするはずもない森山なのだ。却って大船に乗った気持ちになってきた。
最初の謙虚な気持ちが少しずつ瓦解してくる。人間、どうしても楽な方へ行きたがるものだ。
そのことを忘れかかっている睦月は、
――忘れることを、意識しないようになってきた――
と、森山に感じさせるようになった。
森山は、睦月の考えが分かっていた。分かっていて、その気持ちに敢えて乗った。
――可愛いものだ――
いくら、相手が楽をしようとしているのが分かっていても、見ていて可愛いのである。
――癒される――
そんな言葉が一番似合うのが、今の睦月だった。電車の中で隣に座っている女の子が、揺れに誘われて気持ちよく眠っている時、電車の揺れで自分の肩に頭を乗せてきた時のようなドキドキ感と同じようなものを感じた。まったく知らない相手が自分に委ねているような感覚、錯覚でしかないと分かっていても、髪の毛が喉に触ってくると、さらにドキドキを抑えることはできない。森山は、
――癒される――
という言葉を聞くと、最初に想像するのが、電車の中でしなだれてくる女の子の画だったのだ。
森山は、自分の中で、それまで歩んでいた道とは違う方向に向かっていることに気付いていなかった。むしろ気付いていたのは睦月であるが、睦月も森山が以前に感じていたように自分の路線から降りるのを恐れた。お互いに時期は違えども、相手が違う路線を歩んでいることに気付いたがどうすることもできなかった。
なぜなら、
――自分の進んでいる道が、本当の道なのか分からない――
という思いがあったからだ。本当の道ではなくとも、自分が信じることができる道なら、相手の手を引っ張っていきたいと思うのだろうが、信じることもできなかった。
それは、お互いに自分の記憶に失われた部分があるということを自覚しているからであり、どうしても、この思いが何か行動に移させることを、否定してしまうことになるのだった。
睦月は敢えて、森山以外の男性を見てみようと思った時期があった。それは森山が自分から離れていくのではないかと思った時期であり、それは勘違いだったのだが、他の男性をその時に見ることができたのは、悪いことではなかった。
他人行儀という言葉があるが、睦月が他の男性を見ていて、その思いは感じなかった。確かに、他の男性に少し靡くような素振りを見せると、優しくしてくれた。
馴れ馴れしいほどに優しくしてくれると、今度は、次第に下心が見えてくるようになる。
それまで森本以外の男性を見たことがなかったので、そんな下心を見抜く目など、持ちあわせているはずもないのだが、そんな目を持っていないことが逆に相手を新鮮な目で見ることができるようになってきた。
それは、
――男性としての森山との比較――
だったのかも知れない。
しかし、考えてみれば、
――今まで男性としての森山を意識したことがあっただろうか?
森山と結婚を前提に付き合っているつもりだったし、森山以外に他の男性を考えられなかったのも事実だ。最初の男性が森山ではなかったというだけで、森山を知ってからは、森山以外に目もくれなかった自分にいじらしさを感じながら睦月は、
――森山も同じ気持ちなのだろう――
と思っていた。
だが、記憶を半分失ったということを医者から聞かされてからの睦月は。森山を見る目が少し変わっていった。他人という意識まで至るはずはなかったが、今まで感じていた森山に対してのイメージとは、明らかに違うものだった。
――森山さんは、私の後ろに違う人を見ている――
という意識が芽生えてきたのである。
――錯覚なのかも知れないわ――
と自分に言い聞かせたが、錯覚であったとしても、一度そう思ってしまうと、その思いは頭の中から離れなくなってきた。何しろ、医者から、
「記憶の半分は失われている」
と言われたのだから、その分だけ頭の中に余裕はあるのだ。
急に記憶を失くしてしまったということを、冷静に受け止めることができるようになったのが、森山の、
――自分の後ろに誰かを見ている――
という感覚であったというのは、実に皮肉なことである。
ただ、そのことが分かったというのも、
――彼のそんな目は今までにもあったような気がする――
と感じたからだ。要するに、初めてではないということだった。
だが、その時に自分がどのような態度を取ったのか、記憶になかった。
――これが失われた半分の記憶の一部なのかしら?
と感じたが、記憶を失ったという意識がないのに、それはおかしいと感じた。
失った記憶を意識していないということは、それだけ残っている記憶に、繋がりがあるということである。つまりは、
――途中で切れている記憶というのは、存在しない――
ということだ。
森山に対して疑惑の記憶が残っているのに、その後、自分がどのような態度を取ったかということだけを忘れているというのはおかしなことだった。
――ひょっとして、私はその時、何もしなかったんじゃないかしら?
それは疑いを持った気持ちを自分の中で整理したということであろうか?
睦月は自分で納得しなければ、先に進むことのできない性格である。どのようにしてそこで自分を納得させたというのだろう?
それを覚えていないというのもおかしな話だ。
――私自身、今回の記憶の欠落とは別に、自分が意識して記憶を封印したことも結構あるんじゃないかしら?
と感じるようになった。
だからこそ、失った記憶に対して意識もないのだ。
自分が封印しようとした記憶と、本当に失った記憶とが頭の中で交錯し、結論として忘れてしまった記憶に繋がっている。ただ、失った記憶の部分が、封印しようとした記憶をある意味完成させたのかも知れないと思うと、医者の話も自分の中で納得できるのではないだろうか。
睦月は、森山が自分の後ろに見ている人が、ひょっとすると、自分の失った記憶の半分を持っている女性なのかも知れないと感じた。
――この人は、私の知らない何かを、知っているに違いない――
と、睦月も森山の顔を、穴が空くほど見つめていたことだろう。
森山は、睦月のそんな視線を分からなかった。そこが森山の、
――鈍感だ――
と言われるところのゆえんであろう。
ただ、森山は単純に鈍感だというわけではなかった。鈍感だというよりも、
――一つのことに集中するとまわりが見えなくなる――
という性格なのだった。
それは裏を返すと、
――一つのことに集中しやすい。つまりは、放っておけない性格だ――
と言えなくもない。ただ、それはただ単に要領が悪いだけだと言われてしまえばそれまでで、実際に森山のことを頼りにならない人だとして、誰も頼ってこないのも事実だった。
だから余計に森山と深い仲になろうと思う人はおらず、友達も少ない。どうして睦月はそんな森山を気に入ったのだろう?
睦月は、それでも森山に信頼を置いている。今までに出会った誰よりも頼りになると思っている。
知り合った頃は、森山のことを、
――掴みどころのない人――
として、何を考えているのか分からないところがあったが、仲良くなるにつれて、彼が実直で正面から向き合える人だということが分かってくると、信頼を置いても大丈夫だと思うようになってきた。そうなると、森山のまわりに他の女性の影もなく、嫉妬することもなく、安心感に包まれたまま、付き合ってこれた。睦月としては、理想の相手だったに違いない。
――最初から、結婚相手として意識していたのかも知れないわ――
交際相手と結婚相手とでは、かなり違うという話を聞いたことがあったが、交際相手が延長線上に結婚相手として申し分のない相手だとすれば、その言葉は、言い訳にさえ聞こえてきた。
森山がまわりの人から言われるような鈍感な性格であることは、睦にも分かっていたが、それも許せない範囲であるはずもなく、
――一つくらい欠点があった方が、微笑ましいくらいだわ――
と思った。
だが、本当に睦月はそこまで森山に全幅の信頼を置いていたのだろうか? どこか作られた感情のような気がしているのも事実だった。
睦月は、どちらかというと心配性な性格である。それは小さい頃から感じていたことだったのだが、こと森山のことになると、どうしてここまで安心しているのかが、信じられないと思うこともあった。
心配性であれば、
――好事魔多し――
という言葉にあるように、安心感の裏に潜んでいる不安を感じないわけはないはずである。不安感を自分で打ち消しているというのだろうか? 睦月にはそんな器用なことはできないはずだった。
睦月は森山を見ていて時々、
――彼は二重人格なのではないか?
と感じたことがあった。
それは普段の態度を見ていて感じることではなかった。もちろん、
――実直で、一つのことに集中すればまわりが見えなくなる性格――
だということを大前提に考えているはずなのに、二重人格などというのは、完全に矛盾していることであり、矛盾を認めるほど簡単に納得できるものではない。それなのにどうして二重人格だと思うのかというと、彼の視線が、自分の後ろに誰かを見ていることを感じるようになってからのことだった。
――思い過ごしなのかしら?
一度や二度ならそう思うのだろうが、今までに何度も感じた。だが、二、三度と感じているうちに、
――頻繁に感じていることではないか?
と思うようになったのかも知れない。
人には「慣れ」というものを感じると、それを意識しないようにしようとする意志が働くものだと睦月は感じていた。なぜなら、「慣れ」というものが、あまりいい印象で感じられていないからではないだろうか。何かのミスを犯す時というのは、
「ちょうど慣れてきた時が多い」
と言われるではないか。
それは慣れというものが、安心感だけではなく、気の緩みを産んでしまうからで、それを、
「怠慢」
という言葉で表現すると、「慣れ」というものは、
――百害あって一利なし――
と言わざる負えないということになるのだろう。
そこまで感じているのに、なぜまだ彼に対して、
――二重人格ではないか――
ということに執拗にこだわっているのか、自分でも分からなかった。
だが、二重人格だという思いは漠然と感じているだけで、もう一つの性格がどのようなものなのかという具体的なことを意識したわけではない。
――やはり気のせいなのか?
という思いが自分の中にあり、彼を信じている自分と、もう一人の二重人格だという思いを捨てきれない自分の葛藤があった。
――なんだ、私だって二重人格なんじゃない――
と、考えた。
他の人からも二重人格に見られているかも知れないとも思ったが、自分が他の人から二重人格に見られる分には別に気にすることではなかった。
そう思うと、森山に対して二重人格であることを気にするのは、自分が気にしているわけではなく、他の人の目が彼を二重人格だとして偏見の目で見ているのではないかということが気になっているのだ。
でも、それもおかしな話で、彼を独占したいのであれば、他の人が彼のことを誤解でもいいので、あまりいいイメージを持たない方がいいというものである。
――私だけが、本当の彼を分かっていればそれでいいんだ――
というのが本音であり、本音の奥には自分の独占欲を正当化しようとする思いが見え隠れしているのだ。
心配性なところがあるだけに、いろいろな思いが頭を巡る。整理できずに、そのまま考えが埋もれてしまって、必要以上のことを考えないようにしていたのだが、森山に関しては、整理するというよりも、自分の中で開き直りができたと言った方がいいのかも知れない。
――おや?
開き直りができてくると、今度は自分の中に疑問が出てきた。
それは、今まで意識したことのない記憶が、どこかから芽生えてきたからだ。
――夢に見たことを思い出したのかな?
夢に見たことは、ほとんどの場合、目が覚めるにしたがって忘れていくものだった。しかし、実際には忘れてしまったわけではなく、記憶の中のどこかに封印されているだけなのかも知れないと思っていた。
その記憶は、自分の中のどこを見渡しても、自分ではないと思えるような記憶だった。
自分の気持ちに反して、何とか気持ちを押し殺そうとする意志がハッキリとしている記憶だった。今までの睦月だったら、
――ここまで自分を押し殺そうとするには、相当自分を納得させなければいけない――
と思うほどの気持ちの押し殺し方だった。
それだけ、じれったさを感じるほどで、とても、自分を納得などさせられるはずもなかった。
――これは私の記憶ではないのかも知れない――
という思いが頭を擡げたが、
――そんなバカなことがあるはずはないわ――
と、すぐに打ち消した。
確かに、オカルトの話として、
「自分の記憶の中に、先祖の記憶が含まれていることがある」
というのを聞いたことがある。
だが、睦月はその思いを打ち消した。その記憶は、そんなに昔のものではない。なぜなら、その思いを感じた時の光景が、瞼の裏に思い浮かぶからだった。
時代は今のもので、しかも、記憶といいながら、
――まるで今同時に感じていることのように感じる――
という思いが強いからだ。
どうしてそこまでハッキリと感じるのか分からないが、その思いを感じるに至った原因が、自分で分かっているからだ。
――そう、彼が私の後ろの誰かを見ている――
というのを感じた時からだった。
相手が女性であることは、何となく分かった。しかも、本人は睦月を見ているつもりでいるのかも知れない。ただ、その表情に感情は含まれていない。据わった目を見ていると、そこに本人の意志を感じることができないのは、不思議な感覚だった。
睦月は、その女性を知っているかも知れないと思ったが、話したことはないはずだ。友人の少ない森山に、女性の友人がいることは本人から一度聞いたことがあったが、それも一度だけで、その時以外に彼女のことを森山の口から聞いたことはなかった。
彼女のことを口にした時の森山は、実に寂しそうな顔をしていた。その時の表情を思い出すことができるのは、聞いたのが、つい最近のことだったからだろう。睦月としては、相当前だったように思えるのは、なるべく意識しないようにしようという気持ちの表れなのかも知れない。
睦月はその時のことを思い出すと、背筋に冷たいものを感じた。
――ひょっとして、その人はもうこの世にいないのかも知れない――
と思ったからだ。
森山が見つめていたのは、死んだ彼女の霊ではないかと思ったのは、その時の森山の視線と同じものを、以前にも感じたことがあったからだ。
中学時代の担任の先生は女性の先生で、
「私は霊感が強いらしいの」
と、言っていたが、それまで普通に授業していたものが、急に固まって動かなくなった。何かを訴えようとしているようだが、声になっていない。
金縛りに遭っているのは明らかで、何とか動こうと、必死なのは身体が小刻みに震えているのを見ると分かっていた。しかし、唇は青ざめていき、表情にも血の気が段々と引いていくのが感じられると、
「先生」
と誰かが、声を挙げるまで、その場の空気は凍り付いてしまっていて、先生以外にも金縛りに遭っていた人もいただろう。張りつめた空気は、一人の金縛りだけで起こるものではない。そう思うと、睦月だけではなく、その場にいた人たち全員が、前を向いたまま、首を動かすこともできずに固まった空気の中でなすすべもなく固まり続けるしかないと思えてきた。
それがいつまで続くか分からない。その呪縛を解くには、最初に陥った先生の金縛りが解けるしかない。
――永遠に続くなど考えられない――
と思った瞬間、先生の身体が崩れ落ちるようにガクッと前倒しになると、まわりの空気が流れ始めたのを感じた。流れ始めたのは空気だけではなく、時間が含まれていると感じると、
――止まっていた時間は、本当はあっという間だったのではないか――
と思えたのだ。
その間、空気の流れは止まっていた。先生が正気に戻ったのを確認できたのは、空気が流れたからだ。それまで凍り付いていた時間はモノクロで、自分だけが動いているように感じたが、ひょっとすると、他の人もまったく同じ感覚だったのかも知れない。
――誰も動いていないのに、自分だけが動いている――
誰かに聞いてみたい思いは山々だったが、聞く勇気を持てないほど、その時の雰囲気は独特だった。
教室が元に戻ると、そのことを誰も口にしなかった。
口にすることがタブーであるのが暗黙の了解のようにも思えたが、それ以上に、
――その雰囲気が最初からなかったものではないか――
と思えるほど、誰もが普段と同じ雰囲気だった。
――他の人が見れば、自分も同じなのかも知れない――
その時のことは、時々思い出すことがある。だが、いつ思い出すのか共通点があるはずなのに、思い出した時、
――以前、どんな状態の時に思い出したんだろう?
と思い返してみても、思い浮かんでこないのだ。
以前にも同じことを感じたと思っても、具体的に思い出すわけではないので、
――こんな中途半端なことなら、なまじ思い出したりなんかしない方がいい――
と感じるようになっていた。
ただ、思い出す時は、先生の顔が浮かんでこない。一度、夢で見たことがあったが、その時の先生の顔が、今の自分の顔に似ているような気がして気持ち悪かった。
あの時、あれだけ緊迫した時間だったにも関わらず、その後、誰もあの瞬間のことを覚えていない。覚えていて、誰も口にしようとしないだけなのかも知れないが、四十人近くいた教室で、皆が皆、口をつぐんでしまうというのもおかしなものだ。
それならまだ、覚えていないという方が超常現象により近い形にはなるが、自然な気がしていた。それなのに自分だけが意識しているというのはおかしなことであった。
――あの時だけ、時間が自分中心に動いていたのかも知れない――
時間が誰にでも平等だという考えを持っているから、皆が何も言わないことを不思議に感じるのだ。それよりも、自分中心の時間があったと考える方が自然だと思うのはおかしなことだろうか?
――夢だったんじゃないか?
結局、夢だったというところに結論が行きつく。
何かオカルトめいたことが起これば、
――夢だったんだ――
と、あまり深く考えずに、結論を出すことが多いが、その時の現象を分析してみて、それでも結論を得ることができなかったり、さらに結論を導こうと頑張るなら、そこから先は矛盾しか生まれないのであれば、最後には、
――夢だったんだ――
と、いう考えに行きつく。
それは最初から夢だったと感じることと、かなり違う意味合いだ。少なくとも、自分の中で納得できる部分が存在している。最初から何も考えずに夢だったと感じるのは、
――考えても矛盾しか生まれないからだ――
と、無意識に感じていたからではないだろうか。考えを深めてそれでも矛盾にぶち当たる場合は、矛盾を見つけたという結論を、自分で納得することができる。最初から考えることを諦めてしまうのとは訳が違っているのだ。
その時から、睦月は不思議なことがあっても、自分なりに、考えてみるようになった。結局結論を得る前に矛盾にぶつかってしまい、そこで自分が納得してしまうことで、考えるのをやめてしまうのだが、それでも考えてみたことは自分なりに評価できる。その時に考えていたことも、そのすべてが、今まで記憶として自分の中で格納されていったのだった。
――失った記憶というのは、そのあたりなのかも知れないわ――
だったら、記憶を失ったという意識がないのも頷ける。別に覚えていなければいけないわけではないし、覚えていなくても、頭の中が繋がらないわけでもない。
そう思っていると、失った記憶を無理に思い出す必要はないと感じるようになったのだが、忘れたままでいることがどうにも我慢ならないと思っている自分もいた。
――自分の失った記憶を持っている人がいる――
という意識がそうさせるのか、やはりカギを握っているのは、森山のようだった。
もし、ここで失った記憶を無理に思い出さないようにしようと思ったとすれば、森山が他人になってしまうような気がした。森山のことが好きで好きで溜まらなくて、忘れられないから、失った記憶を忘れたままにしたくはないと思っているわけではない。むしろ、森山が睦月から離れていこうとしていることを認めたくないのだ。
――あの人を私の方から遠ざけた――
と、思うのであれば納得できる気がした。
別に森山のことが嫌いになったわけではないが、さらに好きになったというわけでもない。むしろ、少し距離ができてしまったが、それ以上離れてしまうと見えなくなってしまうと思っているが、その見えなくなってしまうことが一番怖いのだった。
――この間まで、全幅の信頼を置いていた相手だったはずなのに――
睦月が森山に対して、少しずつ気持ちが変わっていくのと同時に、森山の方も、今まで分かっていたと思っていた睦月のことが、次第に分からなくなっていった。
それは、睦月の失われた記憶というのが、森山が知っているであろう女性の中に存在しているという疑念があるからで、それを結びつけるキーを握っているのが睦月だということを考えると、一部でも記憶が途切れたことで、何かが音を立てて崩れていくのを感じたとしても、無理もないことだろう。
睦月の方も、森山が自分を見る目が、今までと違って、遠くを見つめているのに気付いたことで、自分の記憶を持っているであろう人とを結びつけるキーを握っているのが森山だと思うことで、お互いに、二人は適度な距離を保つしかなかった。
近づきすぎても、離れすぎてもいけない。適度な距離は、二人にとっての、必要最低限の距離ではないだろうか。その距離を知ることが、今後のお互いの関係を決定づけるものではないかと思うと、元々結婚を前提に付き合っていたつもりだった考えを、改めなけれればいけないところに来ているように思えていた。
その思いが強いのは、森山の方だった。
睦月にとって、まだまだ森山とは距離が縮まるものだと思っていたからだ。だが、森山が適度な距離を考えているということが分かったのは、自分の後ろにいる誰かを見つめているのを感じたからだった。
――でも、どうしてこの時期の交通事故だったんだろう?
森山は、交通事故を偶然だと思っていない。いや、思いたくないと言った方が正解なのかも知れない。
森山は、鈍感なところがあるが、それゆえに偶然というものをあまり信じないようにしていた。特に相手が睦月ではなおさらのこと、そこに何か作為があったと考えてしまうのだった。
そもそも森山の鈍感なところというのは、性格的に、
――一方向しか見ない――
というところから、他の人には鈍感に見えるのであって、一つの方向に関しては、却って他の人に比べれば研ぎ澄まされた嗅覚のようなものがある。
森山が知っている女の子が、時々、森山も知らない性格になったような行動に出ることがあった。
その女の子というのは、森山にとって普段から、
――妹のように思っていた――
そんな女の子だった。
名前は柳田ユキという。
ユキとは、睦月と知り合う以前から知っている相手で、なぜか最初からお互いに相手を異性として意識していなかった。森山は一度好きになりかけたことがあったが、その時に見せたユキの妹のような態度に、
――この娘は妹なんだ――
と考えるようになっていた。
「お前も、早く彼氏くらい作れよ」
と、タメ口を叩いても、
「ふん、大丈夫よ。お兄ちゃんよりも格好いい彼氏、見つけるもんね」
と、タメ口で返してくる。
ユキのまわりに男性の影はあまりない。理由はいくつかあるが、その一つには、森山の存在があるのも事実だった。
森山が本当の兄貴なら、問題はないが、血の繋がりのない「兄貴」という存在は、まわりから見ると、鬱陶しいものであろう。
ユキにとっては、
――虫よけ――
としての存在もあり、
「それが本当にユキのためになっているのか?」
と言われれば、森山は少し疑問に感じるのだった。
森山は、ユキに彼氏ができない原因が自分にあることは分かっていたが、それだけではないということも分かっていた。しかし、他の理由については、漠然としてしか分からない。ただ、それを偶然という言葉では片づけられないと思っていた。
「どうして、私、彼氏ができないのかしらね?」
と、一時期、ユキも真剣に悩んでいた。
「男っぽい言葉遣いのせいじゃないのか?」
というと、
「そんなことないわよ。私が男っぽい言い方をするのは、お兄ちゃんだけだからね」
と、ユキは森山のことをお兄ちゃんと呼んでいた。すっかり、自分をユキの「お兄ちゃん」気取りになっている森山は、
「そうか」
と、本当に短い一言で答えただけだった。
「お兄ちゃんは鈍感なのよ」
と、その時、初めて森山は、人から鈍感だと言われた。
それまで自分が鈍感だなどと一度も感じたことのない森山だったが、他の人に言われたわけではなく、相手がユキだったことで、少しショックだった。
しかし、考えようによれば、
――ユキから鈍感だと思われているというのは、悪いことではないのではないか?
と思うようになった。
頭の中で結構いろいろなことを考えている森山は、ユキに対して、妹だという意識を持ってはいたが、
――無意識の中に、まだ「オンナ」として見ているところがあるのではないか?
と自分で感じるようになっていた。
そんなところをユキに看過されたくはなかった。
――ユキは鋭いところがあるからな――
それは、森山に似て、相手によって鋭いところがあるが、他の人には鈍感に見えるところがユキにもあるからだ。そんなユキだからこそ、心の奥を覗かれたくないという思いが生まれても無理のないことだった。
森山は、ずっと前から妹がほしいと思っていた。しかし、それは、
――望んではいけないこと――
であって、親には口にしてはいけないことだった。
森山が小学三年生の頃だっただろうか。森山には妹がいた。やっと幼稚園に上がると言った頃だっただろうか。いきなり死んでしまったのである。
病気で死んだということしか聞かされていなかったが、まだ小学三年生だった森山に、難しいことを話しても分かるはずもなく、森山は詳しいことは何も知らなかった。
ただ、妹が死ぬ少し前から、両親の様子がおかしかったのは確かだった。妹に対しては何をしても怒らなくなったにも関わらず、どこか近づきにくい様子があった。子供心にその態度が矛盾したものであることは分かったが、もちろん理由など分かるはずもないので、ただ遠くから見つめる目をしているしかなかったのだ。
初めて人の死に立ち合うことになったが、実感が湧くわけもなく、皆神妙な態度の中でなぜかワクワクした気持ちになったのは、親戚や知り合いが、たくさん来てくれたからだった。こんなことは後にも先にもその時限り、後は冷たいものだ。それでも、その時の森山はワクワクしていた。
妹が死んだということよりも、妹がこの世に存在していたということすら、自分が成長するにつれて、忘れていった。家では妹のことを口にするのはタブーのようになり、一時期母親は、まるで腫れものに障るような感じで、父親は接していた。子供から見ても、
――妹のことを話してはいけないんだ――
と思っているうちに、いつの間にか、その存在すら忘れてしまっていたのだろう。
だが、妹がこの世に存在したことは確かで、今までに夢の中に何度か妹が出てきたような気がする。目が覚めると、
――夢を見た――
という意識だけで、それが妹だったのかどうかは定かではない。
しかし、曖昧な夢ほど妹が出てきたのではないかという思いが、ほぼ自分の中で確定しているかのようだ。やはり、本当に忘れるということなど不可能なことなのだろう。
「お兄ちゃん、寒いよ」
顔もハッキリしない妹が夢の中で震えている。そんなイメージを勝手に抱いていたのだが、イメージを抱けるということは、かなりの確率で、夢を見たということだろう。顔がのっぺらぼうになっているのは気持ち悪いが、やはりそれは自分が忘れてしまおうとしている意識がそうさせているのであって、
――本当は妹がほしい――
という意識があっても、それは死んでしまった妹ではありえないということが分かっているだけに、自分の中でジレンマに押されてしまっていたのだ。
森山は自分の中でイメージしていた「妹像」があった。妹というと、幼稚園に上がる前の幼女しかイメージにないため、勝手に自分の中で作り上げたものだったが、
――自分で勝手に作り上げたイメージに似合う女の子など、そう簡単にいるはずもない――
と思っていた。
もし、いたとすれば、
――妹が生まれ変わったのかも知れない――
と感じるに違いない。
ただ、森山がイメージしている「妹像」が自分が成長してくるにつれて変わってくるのを感じていた。
――自分の成長に比例して、イメージも成長しているんだ――
と感じたからだ。
森山が、ユキに出会ったのは、森山が高校生になった頃だった。それまでは学校が近かったので、自転車通学していたが、高校になると電車で数駅は行かなければいけないところなので、電車通学になった。その時、電車で見かけたのがユキだったのだ。
当時ユキは中学二年生。中学生で電車通学というのは、公立ではないのだろう。制服を見ていると、中高一貫教育の女子校中等部の生徒だった。自分の中学時代と、女子校というイメージを思い浮かべて、どれほどのギャップがあるかということを感じただけで、森山はユキの存在が、自分の中でどんどん大きくなってくるのを感じていた。
最初は、
――彼女になってくれたらいいのに――
と思っていた。
その頃はまだ、妹という存在は触れてはならないものだという意識が強かったからで、ユキを見る目も、明らかに遠くから見ているものだった。
しかし、ユキは森山が思っているよりも積極的で明るい女の子だった。
「私、お兄ちゃんがほしいって思ってたの。私のお兄ちゃんになってくれる?」
そう言われた時、森山の中で何かが崩れるのを感じた。
しかも、崩れ落ちるものに対して、後悔の念がまったくなかったのも、この時が初めてだった。今に至るまでも、その時のことを間違っていたなどということは、まったく考えたことがなかった。それまで妹を意識してはいけないと思っていた自分がウソのようだった。
有頂天になっていた森山は、その時、即答したのかどうかすら、覚えていない。
――ちゃんと、口で返事したんだよな――
それすら曖昧だった。
高校生になると、本当なら異性に興味を持つ年齢のはずなので、
「お兄ちゃんになって」
などと言われると、彼女として見ることができないことに対して、もったいないと思うのではないかと思えた。実際に、その頃、彼女がほしくてたまらない時期でもあったはずなのに、妹としてしか見ることができないような複雑な気持ちになっていたはずなのに、どうして有頂天になれたのか、それも不思議だった。
ユキに対して、妹でありながら、異性としても見ていた。本当の妹であれば、ひょっとすると、我慢できなくなっていたかも知れない欲求も、ユキが妹になってくれたことで、我慢できている自分がいた。
――本当なら逆のはずなのに――
それだけ、妹という存在が自分にとって大きなものであったということと、ユキが本当に理想の妹のイメージに嵌っていたということが、森山にとって幸いしたのであっただろう。
森山が、初めて女性と付き合ったのは、睦月と知り合うだいぶ前だったが、その時、ユキの存在が頭の中にあるからなのか、森山はその女性のことを好きになっていたにも関わらず、相手の方から離れて行った。
その理由として、
「あなたは、私の後ろに誰か他の女性を見ているのよ」
と言われた。
森山自身には、青天の霹靂だった。
相手の女性はユキと同じように、積極的な女性で、森山の思っていることを何度も言い当てるほど、森山のことを分かっていた。それだけ相手に優位性があるということで、主導権は完全に相手が握っていたのだ。
だからこそ、別れの時も、ほぼ一方的だった。森山にほとんど何も喋らせない。付き合っている時から、何も言わずとも、気持ちを分かっていてくれたことで、かなり楽な付き合い方をしていた。面倒見のいい女性なので、それでよかったのだ。そんな相手が、
――俺を見限るようなことはないだろう――
と思っていたのも事実で、見限られた時、初めて自分が相手の女性に対して全幅の信頼を置くことで、自己満足に浸っていたことに気付かされた。
しかも、別れの理由がそこにあるわけではなかった。
――俺は、一体誰を見ていたというのだろう?
分かっていた気はした。
しかし、簡単に認めるわけにはいかない。認めてしまえば、これから先、自分には彼女ができないことを自分で自覚してしまうことになるからだ。もし彼女ができたとしても、末路は決まっている。毎回同じ別れを切り出されて、結局それ以上でもそれ以下でもない状況に引きこまれてしまう。
――俺は自分の運命から逃げることができない――
と、感じないわけにはいかなかった。
だが、それでもいいという思いになれたのは、ユキがいてくれたからだ。ユキがいてくれることが自分にとっての癒しになり、慰めにもなった。
付き合っていた女性と別れてきた理由の一番が、
――あなたは私の後ろの誰かを見ている――
ということだったが、その後ろにいる人が、「妹」であることを森山は分かっていた。だが、その妹というのが、幼い頃に死んでしまった自分にとっての本当の妹なのか、それとも、
「私のお兄ちゃんになって」
と言われた時に見せた笑顔を持った、その時のユキだったのか、少なくともそのどちらかであることに違いはない。
それを認めたくないと思っている森山は、
――二人の妹が自分の中で見え隠れしている――
と感じていた。
それぞれに森山の中で、お互いの存在を知ってか知らずか、表に出たり裏に隠れたり、そんな状態をずっと続けている。
――ユキが癒しになっていると思っていたが、自分を苦しめているのもまた、ユキなのではないだろうか――
と、感じるようになっていた。
そこで、森山の中でジレンマが襲ってくる。人には言えない悩みを抱えてしまったという意識。さらに今まではそんな悩みがあっても、ユキの顔を見ていれば癒されると思っていたのに、悩みの原因がそのユキにあるのだと分かると、顔をまともに見ることもできなくなってしまった。
一時期森山は、ユキから離れた時期があった。
顔をまともに見ることもできないにも関わらず、こちらの顔を不思議そうなつぶらな瞳が見つめる。ドキッとさせられても、ときめくことを許されない気持ちは、まさしくジレンマであった。
森山がユキの、
――もう一つの姿――
を、知ったのは睦月と付き合うようになってからだった。
睦月は、森山に対して、すぐに他の女性と同じように、
「あなたは私の後ろに誰かを見ているようだわ」
と看破したが、だからと言って、
「別れよう」
とは言い出さなかった。
「それがあなたにとって大切な人なのは分かる。そして、その人と私は、まんざら相容れない仲ではないと思っているのよ」
と言っていた。
その頃から、睦月の存在が、ユキにも影響を与えているのかも知れないと、森山は感じるようになっていた。
そして、睦月の記憶が失われていると言われたその時から、ユキに対しての見方も変わってきた。
普段なら、自然でなければそんなことは考えないはずなのに、その時の森山は、少々無理なことをしてでも、ユキを違った目で見てみようと思ったのだ。
森山が睦月と結婚しようと思ったのは、ユキの存在があったからだ。自分が睦月と結婚してしまうと、ユキが本当の妹になってくれるような気がしたからだ。いずれ、ユキが自分から離れて行くのではないかと思った。
もし、そうなってしまって一人残された自分はその時、睦月と結婚していなければ、睦月にも去られてしまうだろう。どちらかに対して中途半端であれば、もう一人に対しても中途半端になってしまう。しかし、どちらかに対して態度を決めてしまうと、もう一人の相手に対しての態度も決まってくる。
――睦月と結婚することで、ユキが自分の本当の妹になってくれる――
と思ったのも、無理のないことだろう。
だが、睦月の記憶がなくなったと聞いた時、森山はまず最初に、ユキのことを思い浮かべた。無意識にだったのか、それとも意識してだったのか、どちらだったのか自分でも分かっていたつもりだったが、すぐにそれが分からなくなってしまった。
――何か見えない力が働いているのかも知れない――
森山は、すぐにそう思った。
――偶然なんて言葉ありえない――
とも思った。
森山が鈍感だという意識を自分で持っていたのがウソのように、実はいろいろ考えていた。しかし、それは、狭い範囲でしかなく、いろいろ考えることが見えている範囲を狭めることになるなどということになかなか気付かなかった。
森山は、年が明ければ睦月との結婚を、二人揃って真剣に考えようと思っていた。しかし、睦月はそれを自分が二十歳になってからだと思っていたことに気付かなかった。そのあたりが森山の鈍感なところであり、睦月だけを真剣に見つめることのできない性であった。
森山は、睦月の後ろにもユキを見ていた。だが、睦月を見ている時に、睦月の後ろにユキを感じたことはなかった。
それでも、森山はユキの姿を求めた。いないのが当たり前のはずなのに、そこにいてほしいというのは、願望以上の感覚であった。
ユキの姿をずっと追い求めている自分を感じていると、睦月の後ろにはいなかったが、睦月の失った記憶を、ユキが引き受けていることに気付いた。
どうして分かったのか、自分でも分からなかったが、ユキと一緒にいる時に、気が付けばユキの後ろに誰かを見ていた自分がいたのだ。
「どうしたの? お兄ちゃん。私の後ろに誰かいるの?」
と、ユキに言われたからである。
本当は、森山の視線はユキしか見ていなかった。それなのに、ユキは何もかも分かっているのか、森山にそんなことを言った。それからの森山は、そんなつもりはなくとも、ユキの後ろに誰かがいるような目をしてしまっている自分を意識してしまう。すると、今まで見えてこなかったものが見えてきた。
――睦月が失ったはずの記憶だわ――
そう思うと、そんな視線を浴びせた記憶もないのに、ユキが自分の視線の行方について口走ったことを少しだが納得できなくもない。
「ユキは、自分の中に、もう一人誰かがいるって意識したことはないかい?」
その言葉を聞いたユキは、一瞬あっけにとられたような表情をしたが、すぐに含み笑いを浮かべて、
「ええ」
と答えた。
その時、森山は背筋に冷たいものを感じた。
今まで見たユキの表情の中で、一番ゾッとする顔だった。
――何を考えているというのだろう?
と思うと、金縛りに遭ってしまったかのように身体が固まって、萎縮してしまうのを感じた。
その時の森山は、ユキが感じているもう一人の自分というのが、睦月のことなのではないかと思っていた。睦月が失ってしまった半分の記憶が、ユキの中にあるという思いが、ユキの中にいるもう一人の自分を、睦月だと思わせるに十分であり、森山自身も自分で納得できたのだ。
その時になって、今まで忘れていた何かを思い出した気がした。
――そうだ。俺の記憶もどこか欠落していたんだっけ――
と、感じたのだが、欠落した記憶を思い出したわけではなかった。
逆に、思い出してはいけないものを思い出してしまった感覚だった。
――死んだ妹のことを思い出してしまったんだ――
と感じるまでには、少し時間が掛かった。
それでも、妹のことを思い出すというよりも、
――意識しないようにしていたことを思い出した――
と言った方がいいだろう。
妹の記憶があるわけではない。何しろ妹が死んだのは、自分が小学三年生の時であり、妹自身、まだ幼かった頃のことだからである。
もし、森山の中で妹の記憶として、君臨しているものがあるとすれば、それはユキに対しての記憶なのかも知れない。
ユキと知り合う前のユキのことを知らないはずなのに、想像することができてしまう自分がいたのだが、そんな自分を怖いと思った時期があった。そして、自分の妹が、
――本当は死んだわけではなく、生きていて、そのままユキとなって自分の前に現れたのではないか?
という妄想が生まれてきたのである。
勝手な妄想が頭の中を巡ってしまったことで、同時期の自分の記憶が自分の意識の中で「矛盾」として残ってしまった。その「矛盾」を何とか納得させようとするが、その術が見つからない。
――俺の記憶がなくなってしまったと思ったのは、それが影響しているのではないだろうか?
と感じるようになると、
――記憶はなくなったのではなく、記憶のさらに奥にある密閉された場所に、封印されているだけなのかも知れない――
と、思えてきた。
そうなると、医者は、
「睦月さんは、記憶の半分を失っています」
と言っていたことも怪しくなってくる。
だが、それでは自分が感じた、
――ユキが睦月の亡くした記憶の半分を持っている――
と感じたのも、錯覚だということになるのだろうか?
睦月のことをすべて分かっているつもりだったが、結婚の時期についての微妙な違いを考えると、ユキに対して感じている自分の思いも、微妙なところで少しずつ違ってきているのではないかと思うと、森山は、自分の中で静かにパニックになりかかっていることを悟るのだった。
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