とある脚本家の諸事情
鍛治原アオキ
第1話 とある脚本家
小さなスタジオが、ある街の一角に変身して、太陽よりあかるいライトが役者を照らし出す。カメラがワンシーンを切り取り、監督の一声ではじまる誰かの物語。
その誰かは、役者が演じることによって産まれて、記憶に残り、存在する。そしてそれは、現実の中にある空想であって、誰かの娯楽にすぎない。
ジャンルはサスペンス、恋愛、ホラー、コメディ、SFと種々多様であり視聴者のニーズに合わせて毎月変わる。時にはハズレ、時にはアタル。まるで、くじを引くようで面白い。
通称:芸華
彼女をこの界隈で知らない者は居ない、絶対的存在。職業は脚本家兼、映画監督。
世間で一般的なドラマ。そのアタリくじを創り、日々お茶の間を沸かせるのが彼女の仕事だ。
だが、彼女の正体を知らない者は多い。スタジオなどで姿を確認できても、いつの間にか霧のようにいなくなってしまうせいだ。
聞いたところによれば、口裂け女だという者もいれば、仙女のように美しいと言う者もいる。実際のところ、彼女の美貌はここ数年間、不動の代物となっている。もしかしたら本当に妖怪の類なのかもしれない。
ルルルルル、ルルルル……
「はい、もしもし芸華です。……ああ、宮下監督から?あの話は流せって言ったじゃない。何?内田がやらかした?ったく、あいつは。……まぁいいわよ、適当に蹴っておくから。……うん、わかった。あ、今日の夕飯遅れそう。二時くらいになっちゃかも。ごめん、ありがと。じゃ」
———ふぅ。
最近手掛けたドラマが流行ったせいで忙しい。
勿論、誰かに観てもらい、反応が来るのは喜ばしいし、この仕事に意味ややりがいを感じる。
だが、ありがた迷惑というのだろうか?知り合いのスッタフや監督、演者までもが自分のスマホに仕事のメッセージを送ってくるものだから、気が落ち着かない。
対策として二台所持しているのだが、結果は上がっていない。それどころか両方ともピコンピコンと鳴くようで五月蝿い。
しかし仕事柄、通知を切るのもどうかと思ってもいる。
(いや、どちらとも思い切って通知をオフにしておくか、それとも三台目を買おうか?)
一人、タクシーの中で思案していると運転手が話しかけてきた。
「お客さん、大変ですね。さっきから、ずうーっとスマホの通知が鳴り止まないじゃないですかー。それじゃ休むにも休めないですねー。お客さん、お仕事は何してらっしゃるんです?」
「あーはい。私は芸能関係の仕事をしています。最近、忙しくて……」
「んまー、そりゃ大変ですねー。お客さんお綺麗だからモデルさんか何かですか?」
どうやらこの運転手は知りたがりのようだ。こういう類は、話し始めたら止まらない。
「いえいえ、そういうのじゃなくて、ただの脚本家です」
「ただの脚本家って!すごいなー。忙しいってことは最近、人気のドラマ書いたの?」
まさに感嘆という声を漏らしながら話しかけてくる。
「まあそうですね。人気かどうかは知らないですけど。それなりには」
素性がバレるのもどうかと思うので、題名は伏せておく。
「いやーすごいなー。私も昔は俳優目指してましたけど、今は落ちこぼれてこんなんです。あははー」
「そうですかー、大変ですね。私も頑張ります。」
おじさん特有の自傷ネタを軽くあしらって、会話はあっけなく終了。それと同時に目的地に着く。
「はい、着きましたよー。忘れ物に気を付けて下さーい。あとお仕事頑張ってくださいねー」
「ありがとうございました。」
料金を払いながらドライに応える。
芸華が降りたのは、港区にある有名テレビスタジオのビルの目の前だった。
とある脚本家の諸事情 鍛治原アオキ @kajiwarasan
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