注文6 ポーションの調合と酔い止め薬1

 惑星イールナーグの空を一隻の飛空艇が飛んでいます。

 春も半ばまで過ぎてダンジョンの外も、そろそろ暑くなってきました

 赤い屋根のおうちが真ん中にちょこんと乗っていました。船の後部にある少し広い庭には沢山の草花が育てられ、満開の花畑になっています。

 ちっちゃな魔女が経営する魔法専門店で、店舗兼住宅です。

 祖母の代から経営している、長い歴史のあるお店です。

 その名もエリシア・パルトナ―の魔法専門店。

 狼と猫、そして長い杖をディフォルメした意匠がトレードマークです


 朝早く。まだ太陽が顔を出して間もない時間でした。

 ベッドの上のエリシアは誰かの気配に気が付きました。誰かに体を揺すられている感覚があります。

 エリシアはおうちの二階にある、自分の部屋で目を覚ましました。

 寝転ぶ彼女の周りには沢山のヌイグルミやクッションが並べられています。とても可愛いベッドになっています。

 金の髪は長いナイトキャップの中に入れて、寝間着のワンピースを着ていました。いつも眠そうな目は、起きたばかりなのでもっと眠そうです。


「んー、ねむいです」

 

 体を起こすと、クシクシと目を擦り何とか目を覚まそうと努力をしますが、ふらふらと舟を漕ぎ始めてしまいました。

 そのままポテンとベッドへ倒れる寸前に、見えない誰かに優しく受け止められました。そこで何とか気が付くと、慌てて顔を振り、目を覚まします。

 今日は大量のポーションを調薬する予定があるのです。だから起きなかったら起こしてもらえるよう、同居人にお願いをしていたのでした。

 

「おはようございます。シルキーさん」


 エリシアはニッコリ笑って同居人に朝の挨拶をします。その言葉に答える様に、見えない手が頭を優しく撫でました。優しい感触にエリシアは目を細めます。

 家付き妖精のシルキーさんは、お祖母ちゃんがこの家に住み始めた頃からの付き合いです。ずっと昔から此処にいて家を守っていました。

 エリシアにとっても生まれた時からの付き合いで、良く知った仲でした。


 頭の上の感触が消えると、シルキーさんはサラサラと絹がすれる音を立てて部屋からいなくなりました。どうもこの家、と言うか船全体の中ならばドアを開けずとも移動できるようです。

 

 カーテンを開けて外の光を取り入れます。窓から見える遠くの地平が、太陽の光を浴びて赤く染まっています。エリシアは滅多に早起きをしないのでこの光景はとても珍しく思いました。

 しばらくその光景を見た後、身支度を始めます。その前に一つ欠伸をして、体を伸ばしました。

 今日は調薬をするのでエプロンドレスピナフォアにします。長袖と長いスカートとエプロン。肌をしっかりと隠す服にします。エプロンの片隅にシルキーさんが刺繍してくれた店の意匠があります。

 支度を終えて、お祖母ちゃんから貰った姿見でおかしなところが無いか確認していると、お腹がキューと鳴きました。


「お腹がすきました」


 シルキーさんが朝ご飯を作ってくれています。

 さあ、ご飯にしましょう。




 部屋を出て二階にある主が不在の部屋を通り過ぎ、トントンと音を立てて階段を下りました。

 キッチンからいい匂いが漂って来ました。

 シルキーさんが開けておいてくれたドアを抜け、エリシアはキッチンにある丸テーブルに着きます。

 エリシアが席に着くと、シルキーさんがすぐに朝食を運んで来てくれました。

 

 今日のメニューは、焼いたパンと薄切りハムにスクランブルエッグ、後は小さなサラダとスープが付いていました。

 パンに塗るジャムは何種類かあります。全部シルキーさんの手作りです。今日はリンゴのジャムにします。


 このジャムは裏庭に生えているドリアードさんから取れたリンゴを使っています。いつの間にか船に乗っていた彼女は、シルキーさんへ家賃代わりに実を差し出しているのです。


 エリシアはシルキーさんに感謝を伝え、食べ始めました。食べ物を詰めた頬をプクリと膨らませて、モグモグと良く噛みます。


 思えばシルキーさんと二人だけの食事にも慣れたものです。以前はお母さんとお祖母ちゃんが居ましたが、二人共空の上へ行ってしまいました。

 エリシアは二人の不在で店を閉めるのが嫌でした。だから店の経営を継いだのです。

 幸い、エリシアは小さな頃から二人を手伝っていたので、一通りのことは出来ます。二人がいる頃でもエリシアの作った薬を納品していたので、何の問題もなく経営は続けられました。


『ラーバス地方では今日の天気は晴れ、時々風のマナが吹き荒れるでしょう。新しく発生したダンジョンの影響で各魔素マナのバランスが崩れています。まだ暫くは突発的なマナの発生にご注意ください。多量の魔素マナを浴びるのは危険です。外出の際は中和剤を携帯されるとよいでしょう。続いては浮遊大陸の~』


 シルキーさんがマギウィンドウを開いてくれます。まだ早いから天気予報や時事のニュースを放送していました。 


 エリシアは放送を聞いて酔い止めの薬の注文が入るかもしれない、と思いました。今の放送で言っていた場所は、ちょうどこの近辺にあります。在庫はあるはずですが、一応後で数を確認しておこうと心に留めます。


 朝食を食べ終えて、シルキーさんに挨拶をします。シルキーさんはご機嫌なのか薄っすらと白いドレスが見えました。彼女は感情が高ぶると、姿を見せてくれる時があります。エリシアでも早々見ることは出来ないのですが。

 エリシアはシルキーさんに何かあったら教えてくれるよう頼むと、軽い足取りで作業部屋へ向かいました。


 一階の後ろ半分以上を占領している作業部屋に入ると、薬草の匂いに包まれます。

 壁にずらりと端から端まで並んだ棚に、乾燥させた薬草や生の薬草、果ては金属やスライム状の物まで、沢山の素材が並んでいました。天井からも色々な素材がぶら下がっています。


 エリシアはまず完成品の薬を保管している一角へ向かいます。魔素マナを通さない特殊な壁とドアで囲まれた部屋です。先ほどの酔い止めの在庫を確認するつもりでした。

 

「少なかったら作っておかないといけませんね。材料の魔素マナ抜きに時間がかかりますし、注文が入ってからでは遅いですから」



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 酔い止め薬。

 正確には体内に入った余分な魔素マナを取り除いてくれる薬です。

 

 この世界の人々は、多かれ少なかれ魔素マナ魔力エーテルへ変換する力を持っています。

 誰でも持っている当たり前の力なのですが、個人の資質で変換できる量にバラツキがあります。

 もし変換できる量を超えた魔素マナを一度に吸収すると、お酒を飲んだ時と同じ症状をもたらします。この時吸収した魔素マナが多すぎると、急性魔素マナ中毒を起こして大変なことになるのです。

 

 エリシアの作る酔い止めは、魔素マナを吸収して貯める性質を持つ薬草を使って作ります。

 薬草の保有する魔素マナを特別な術式で抜いた後、煎じて丸薬にするのです。

 一度魔素マナを抜いてしまえば早々吸収をしません。よほど高濃度な魔素マナの中に入らなければ、ですが。

 例えば魔素マナ中毒を起こした人のお腹の中とかが、その一例になります。



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「大丈夫の様ですね」


 エリシアは在庫の棚を調べました。どうやら酔い止め薬の在庫は十分に在りそうです。劣化もしていません。

 よしよしと頷き、作業場へ戻りました。


「えっと、注文は濃縮ハイヒールポーションを大瓶で……十本?んと希釈して普通の濃度にすると……二百本ですか。これは注文数を間違えているのでは?そんなに大けがを負った人がいるのでしょうか?ミドルポーションと間違えていいます?確認した方がいいですね」


 昨日エリシアが配達に行っている間に来た注文だったので、確認不足でした。

 壁にかかる時計をみるとまだ朝早い時間です。依頼者が店にいるかが分かりません。


「嘆きの谷の冒険者組合ユニオン支部。魔法道具店に繋がるのは……この鐘ですね」


 棚に並べてある鐘の中から目的のものを探し出します。とりあえず伝言だけでも送っておくべきです。



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 囁きの鐘ウィスパーベル

 二個一対の小さな鐘で出来ています。

 この鐘はどんなに離れていても、鳴らせばお互いの声を届け合います。

 受け取り側が鐘の傍に居なくても、音声を保存する機能がある為伝言には打って付けの道具です。

 もちろん直ぐ傍で再生をすれば普通の会話も出来ます。

 一度鳴らせば伝言を、二度鳴らせば会話の終りを。紐を引けばその瞬間届いている声をお互いに再生します。紐は片方が引いていれば、お互いに繋がります。

 聞いていない伝言がある時は、鐘の色が赤く染まるのです。



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 エリシアは鐘を一度鳴らしました。小さな鐘は澄んだ音を響かせます。

 

「モミジさん。おはようございます。エリシアです。注文を受けたポーションについて確認したいことがあります」

『どうしたの?エリーちゃん』


 鐘から若い女の人の声が聞こえてきました。


「ぴゃっ!?」


 途中まで話した所で返信があり、驚いたエリシアは可愛らしい悲鳴を上げました。小さな肩がビクッと竦められます。

 てっきりいないものだと思い込んでいたのです。それはもう大変に驚きました。

 驚いた声が鐘の向こうへ通じていたのでしょう。クスクスと言う笑い声が聞こえます。


『驚かせてしまったのね。ごめんなさい。ちょうど目の前にいたのよ』


「いえ、大丈夫です」


 エリシアは顔を真っ赤にして、恥ずかしがりました。羞恥心の行き場が無いのかエプロンを掴み指で弄っていました。


『それで何を聞きたいのかしら?』


「はい、注文されているポーションの等級があっているかを確認したかったのです濃縮ハイポーションが十本注文されているのですが、ミドルの間違いかなと思いまして」


『大丈夫よ。その注文で合っているから。いきなりその数の注文が来たから心配になったのかしら?』


「あ、これ合っていたのですね。そうなんです。ハイポーションは高いですし」


『浮遊大陸のダンジョン調査が滞り気味でね。そっちにポーション類が持っていかれてしまうの。おかげで他のダンジョンでは足りなくて困っているのよ』


「そういう理由だったんですね」


『もしかしたら追加で注文が出るかもしれないけど、まだ創れる?』


「んー。出来てあと五本ですね」


『五本ね。分かったわ。追加が出た時はよろしくお願いね』


「はい、わかりました」


『他に聞きたいことはある?』


「いえ、ありません」


『そう。それじゃあ、またこっちに来た時に会いましょう。エリーちゃんの好きなお

菓子を用意して待っているから』


「ありがとうございます!」

 

 エリシアは鐘の向こうの女性――モミジの言葉に顔をほころばせました。前の時はブルベリーのケーキでした。今度は何があるのでしょうか。

 楽しみでウキウキとした明るい気持ちが湧いてきます。

 そうだ。シルキーさんにドリアードさんのリンゴを使ったアップルティーを作って貰いましょう。それをお土産にするのです。

 エリシアはふと浮かんだ考えにとても満足しました。


 でもその前に。

 お仕事を終わらさなければいけません。


「まずは釜を用意してっと」


 まずは加熱の術式が書かれている台の上に、調薬用の大釜を乗せます。これもお祖母ちゃんの頃から使っている年季の入った一品でした。

 側面に重量を軽減する術式付与エンチャントがされている為、子供でも持ち上げる事が出来ます。


「結構使っているのにまだまだ使えます。丈夫ですねえ」


 次に釜の中に水を入れていきます。ただの水ではいけません。水の魔素マナを含んだ水でなければ、ポーションは出来ません。

 その水を用意するのは簡単です。なんせエリシアは魔導士ソーサラーなのですから。

 周囲の無色の魔素マナを取り込み魔力エーテルに変換します。構築した術式に魔力エーテルを流し込み、水を発生させると言う現象を顕現させました。

 この時に重要なのが術式に消費された魔力エーテル魔素マナに戻るという事です。

 現象と魔素マナが等しくなる。つまり今釜の中にある水は、水であると同時に水属性の魔素マナそのものになっています。

 ちなみにこの水は放っておくと二、三日で無色のマナに戻ってしまいます。


「この位がちょうどいいですね」


 エリシアは大瓶十本分より少し多めの水で釜を満たしました。

 青く輝く水が釜の中でエリシアの顔を映していました。

 台座の術式付与エンチャントを起動して釜を温めます。この台座は欲しい温度を設定すればそこで過熱が止まり、保温に切り替わるのでとても便利です。

 水がお湯になるまで材料の下拵えです。


 必要な薬草を入れていきます。必要な量、正しい手順、正確な時間。繊細に基本を忘れずに行かなければなりません。

 お祖母ちゃんから貰ったレシピを都度確認して工程を進めます。内容は頭に入っていますが、ウッカリ工程を飛ばさないように、毎回レシピとにらめっこをします。


 リピルグラスと呼ばれる薬草を干したものを取り出し、すり潰します。

 これは木の魔素マナを抽出しやすくするためです。出来る限り細かくすり潰さなければなりません。

 繊細かつ大量に製作する為には、魔力エーテルイズ、パワー!なのです。

 

 エリシアは大型の薬研と薬研車を取り出しました。彼女の体の半分はある大きなものです。

 自分と器具に強化魔法をかけます。使ったのは身体強化と物質強化の二つの術式です。

 強化した力でゴリゴリとしていきます。途中でムラが出来ないように中身をかき回し、またすり潰します。潰し終わった薬草は、清潔なボウルに入れておきます。

 強大な魔力エーテルによるゴリ押しで、大量にあった素材は見る見るうちに減っていきました。


 大瓶十本分の薬草をすり潰し終えた頃には、釜の水がお湯になっていました。沸騰する寸前です。でも決して沸騰はさせません。

 ボウルを持ち上げ薬草の粉を釜の中へ入れていきます。こぼさず、跳ねさせず慎重に入れていきます。


 すべての粉を釜の中へ投入すると次に棒でかき混ぜます。玉にならないようにゆっくりと混ぜ込みます。ここで焦ってかき混ぜる速さを上げてしまうと、失敗してしまいます。あくまでゆっくりと優しくかき混ぜるのがポイントです。


 暫くするとリピルグラスに含まれる木の魔素マナが浮かんできました。緑に光る粒子が水に混じり始めます。棒を抜いて自然に任せます。

 ここまでくればいったん休憩です。すべての魔素マナが抽出されるまで時間を置きます。ひよこタイマーに時間をセットしてあとは待ちます。

 

 休憩用の椅子に座り庭を眺めます。

 小さな池とドリアードさんの本体となる大きなリンゴの樹。その二つに挟まれるように薬草と野菜の畑があります。


 ドリアードさんが庭の手入れをしているのが見えます。金の髪に赤いドレスを着て緑色の肌をした美女です。

 丁度良い大きさに育ったリピルグラスを収穫しています。根っこから丁寧に土を払って落としていました。


 なぜ彼女は薬草の収穫をしているのでしょう?自分の実を差し出すだけではなく、労働すら家賃の範囲になったのでしょうか?

 エリシアが疑問に思っていると。

 

「あ、そこはダメです」

 

 ドリアードさんが育ち切ってないリピルグラスまで抜こうとしていました。

 エリシアは慌てて窓を開け、静止の声をかけようとしました。しかしその必要はありませんでした。


 なぜならシルキーさんが現れてドリアードさんを蹴っ飛ばしたからです。

 はっきりと姿を現したシルキーさんの足が大きく蹴り上げられると、ドリアードさんは勢いよく転がっていきました。自分の本体から離れ反対側の池まで転がっていきます。途中で池の端で寝ていたアーヴァンクのサーポを巻き込んでいました。


 池は浅いのでドリアードさんは直ぐに出てきました。魔素マナで作った分身とは言えびしょびしょで気持ち悪そうにしています。

 サーポは起きた事を気にもせず池に浮かんで寝ています。

 シルキーさんは薬草畑を指さして大声で叫ぶと、ドリアードさんを指さしその後に船の外を示しました。

 シルキーさんが言うにはどうやらドリアードさんは、土の栄養を独り占めしようと画策していたようです。別に労働をしていたわけではなさそうです。

 それを察知したシルキーさんが怒って飛んできたのが、エリシアの見た光景でした。

 それにしても大きな声を出すシルキーさんは初めて見ました。


「今までにないほどはっきりと見えています。あれはかなり怒っていますね」


 エリシアは妖精さんの事は妖精さんに任せようと、窓の外で言い合う妖精さん二人から目を逸らし、休憩を続けることにしました。

 

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