最終話

 ある高台の家にはピアノがあった。そこに住む夫婦はピアノを弾かない。そのかわり、娘たちが気まぐれにその家にピアノの音色をもたらした。姉妹は仲睦まじく、よくふたりで鍵盤を鳴らした。

 やがて時は経ち、姉妹は家を出て、ピアノを鳴らす者はいなくなった。姉妹は話し合い、また親戚のところにピアノを渡した。親戚には幼い少年がいて、その子はピアノが運び込まれた興奮でその使い古された黒艶の楽器を何度も触ったり撫でたりした。

「せっかくだから弾いてみたら?」

 と姉妹のひとりが言った。しかし少年は恥ずかしそうに首を振った。まだ少年に弾ける曲はひとつもなかったのである。

「それじゃあわたしたちが弾きましょう」

 と今度はもうひとりの姉妹が言った。少年はピアノを二人で弾くということを知らなかったから、興味深そうに頷いた。姉妹はふたり並んで弾いた。姉妹たちの身体は弾くときもぴったりと寄せ合って、少年は心浮き立つあの二色の鍵盤を思った。


了  

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ピアノの家のふたりの姉妹 九重智 @kukuku3104

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