第二十八章
高校。
真夏と別れて教室に入ると、私の席を見ていた零夜が振り向いた。
私は彼と視線が合わないようにして席に着き、スクールバッグの中身を机に移してから席を立った。
トイレに向かう。
トイレに入れば誰にも話しかけられることはなくなるからだ。
「ほんとによかったねー」
トイレの外から声が聞こえた。
なんとなく、嫌な予感がした。胸騒ぎがする。
耳を塞ぎたかった。でも話を聞きたいという気持ちもあって、耳を塞げない。
「最近澄川さん、調子乗ってたからね」
『澄川さん』という単語が聞こえた瞬間、ぞわっと鳥肌が立った。
これはたぶん、私と零夜の話だ。
「ちょっと、今は澄川さんじゃなくて霞瑞さん、でしょー」
「なんだっけ、霞瑞千雪だっけ?」
「そうそう」
外には四人ほど人がいるようで、きゃっきゃと高い声を上げながら話している。
「なんで名前変わったんだろー。苗字だけだったらわかるけど」
「なんでだろうね、急に」
「てかさ、霞瑞さん、急に石黒くんと話さなくなったよねー」
どくん、と心臓が鳴った。頭が痛い。
「ね。まあ、べつにいいんだけど」
「これまで何も話さないで俯てさ。なんか気味悪かった」
「それなのに石黒くんがこの高校に来て、なんか一時期一緒に登下校して、それで急に高校来なくなったなー、って思ってたら苗字と名前変わって。そしたら石黒くんと仲良くなって、隣の席になって」
「やっぱり霞瑞さんって、よくわかんないよね」
やはり、怪しまれていた。
確かに、そんな人がいたら不思議に思うだろう。
そのことは、薄々想像していた。
「わかんない。まあでも、霞瑞さんと石黒くんが近づかなくなってよかったね」
「うん。これで石黒くんに近づけるし。邪魔者がいなくなって助かった、ってかんじだよね」
「わかる。私、石黒くんに近づいてみようかな」
「あはっ、それは無理でしょ。近づけたとしても付き合えないって。あんた可愛くないもん。なんならうちのほうが可愛いって」
「なにそれ。あんたは私以下でしょ」
きゃははっ、と彼女達は笑い、そのあと別の話題に切り替わり、トイレを出た。
そのとき、私は脱力していた。
うまく体に力が入らなくて、便器に座ったままでいる。
チャイムが鳴ったが、私はしばらく動くことができなかった。
こんこん、とドアをノックする。
「はーい?」と中から声がしたので、私は失礼します、と言ってドアを開ける。
「一年B組、霞瑞千雪です。……頭痛、めまいがあり来ました」
「……一年B組の霞瑞千雪……っと、はい。どうぞ」
中に入り、近くのソファーに座る。
ここは保健室だ。そばには髪を一つのまとめた大人っぽい養護の先生の望月先生が私を見ている。
「霞瑞さんの症状は頭痛とめまいね。他に症状はある?」
「いえ、頭痛とめまいだけです」
「わかった。ちょっと休む?」
「はい」
こくりと頷き、なんとなく俯く。
私が保健室に来た理由は、教室に戻りたくなかったからだ。
頭痛とめまいはあるが、それほどでもなかった。
「霞瑞さん、私ちょっと用事ができちゃって……すぐ戻るから、待ってて」
望月先生が申し訳なさそうに眉を下げた。
私はわかりました、と頷く。
望月先生は「ごめんね」と謝りながら保健室を出た。
ふぅ、とため息をこぼす。
なんとなく保健室をぐるりと見渡す。
その時、私の視線に人影が映った。
えっ、と声を漏らす。
その人影は、ベッドで寝かされている。
どきどきと鳴る胸を押さえ、そろりと人影に近づいた。
そこには——
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